第20話 からかい
「リルー! 明日みんなで買い物に行くって計画があるんだけど、リルもどう? 夏もののワンピースがもう出てるんだって」
リルが帰り支度をしていると、シトロンが話しかけて来る。
それは楽しそうだ。ショッピングは嫌いじゃない。そして、きっとお昼ごはんには美味しい店にも行くだろう。
だが、スケジュールを頭の中で確認してすぐに落ち込んだ。そして何で明日なんだ、と心の中で悪態をつく。
「あー。ダメだ。明日は用事があるの。ごめんね」
リルがそう答えると、みんなが珍しいものを見るような目で見て来る。
「リルちゃん行かないの!?」
「お昼はローストビーフサンドにしようって話も出てるんだよ。えっと……お店の名前なんだっけ? えっと、ほら商店街の真ん中くらいにあるカフェの」
「う、ローストビーフサンド……。でも行けないの。残念だけど」
「えー! 食べ物の誘いにも乗らないなんて!」
「きっと明日は雨よ!」
酷い言い草だ。これではまるでリルが食いしん坊のようだ。
実際その通りなのだが、リルは認める気などなかった。
「で、何? どっか行くの?」
「え? え、えっと……その……クレオパスさんと、ちょっと……」
言葉を濁す。
嘘は言っていない。確かに明日はクレオパスと出かける予定だ。でも、詳しい事は言えない。明日はクレオパスが、父の運転する荷馬車で姉の先生が嫁ぐ前に住んでいた街に何かの調査に行く。リルはそれに着いて行くのだ。
本来は今日行く予定だったのだが、着いて行きたいというリルにあわせて明日になった。
それを話すという事は、遠くの獣人の街での人間による誘拐事件まで話さなければいけなくなるという事は分かっていた。
あの話はリルには本当にショックだった。何も悪くないクレオパスがこそこそしているのを怪しんでしまったほどなのだからよっぽどだ。
だから、同じ思いをクラスメイトにさせてはいけない。そうリルは思っていた。
なのに、その一言だけで教室はざわめきに包まれる。帰ろうとドアに手をかけていたクラスメイトまで戻って来た。
「えーっ! クレオパスさんってあの人間さん?」
「リルが男の人と!」
「ちょっとぉ! もしかしてデート!?」
「会ってから一ヶ月くらいしか経ってないのに早いわね」
「嘘だろ? あのイヌネコに男だ?」
「嘘だー! 嘘だと言ってくれぇー!」
みんなは何をざわめいてるのだろう、とリルは小首を傾げた。
「リル! 詳しく聞かせなさい!」
みんながワンワンと迫ってくる。なんだか怖い。
「リ、リル、もう帰るね」
怖いので退散する事にする。だが、そう言った途端、何故かクラスメイトからブーイングが飛んで来た。
何で帰るの! と文句を言う者から、もっと詳しく聞かせるまで家には帰さないぞ! など無茶苦茶な事を言う者、ワンワンワーン! と後ろから責めるように吠える者、ガウガウッ! と怒った声を出しながらドアの前で通せんぼをする者、リルがまさに背負おうとしていたカバンを無言で押さえる者までいろいろいる。
これは困る。
「ねえ、リル帰りたいんだけど……」
ぽつりとつぶやく。
シトロンがにっこりと笑ってリルの肩に両手を置いた。
「大丈夫よ、リル。私たちはリルの味方だから」
他の女子もうんうんとうなずく。でも、リルにはとてもそうは思えない。みんな尻尾を振りながらわくわくした顔でリルを見ているのだ。やめて欲しい。
「ねー。みんな、なんか面白がっているでしょ」
「あたりま……あ、ううん! そんな事ないよっ! 私たちはリルの恋を応援しているの」
「リルの恋?」
わけが分からない。ただ一つ分かるのは、みんなが何かを誤解しているという事だ。
リルは恋なんかしていない。だが、みんなはそうに違いないと確信しているのだ。それはシトロンの言葉を誰も否定しない事からも分かる。
間違いなく相手はクレオパスだと思われているのだろう。年上の人間のお兄さんとちょっと出かけると言っただけで何でこんな事になってしまったのか、リルにはさっぱり分からなかった。
「あのね。違うの……」
「大丈夫! 分かってるから!」
なんにも分かっていない。でも、否定の言葉は効かないようだ。それではリルには何も出来ない。
「リル。違うって事はクレオパスさんと付き合ってるわけじゃないの?」
キュッカが聞いて来た。やっと分かってくれる人がいたのでリルはほっとする。
「うん。付き合ってないよ」
「じゃあクレオパスさんの片思いなのかな、可哀想に」
「リルったらダメよー、人間さんをもてあそんじゃー。イケナイワンちゃんね」
「そんな事言っちゃ駄目よー。もしかしたらリルちゃんが自覚してないだけかもよ」
「……は?」
だが、まだ終わっていなかった。むしろ悪化している気がする。
「あ、あのね……」
「そんな事情ならしょうがないね。買い物は今日にしよう」
キュッカが突然話を変えて来た。助かったと思ったリルは早速それに乗る事にする。
「うんっ! ありがと、キュッカ!」
わんっ! と吠えながら抱きつき喜びを示す。リルが進化していないただの犬だったらキュッカのほっぺをぺろぺろと舐めていただろう。ただ、尻尾は思い切り振った。
女子も買い物モードになったようで追求が止まったのもありがたい。押さえられていたカバンもしっかり返してもらった。
今から一旦着替えに帰ってからすぐにキュッカの家に集合という事になる。今日は半日授業なのでこういう事が出来るのだ。
男子も着いて行きたがっていたようだが、女子が一斉に『ダメー!』と言ったのですごすごと引き下がった。
「夏服楽しみだねー」
「そうね。春服のバーゲンもあるから見に行こうね」
「いいねー!」
みんなで楽しく盛り上がる。
だからリルは、まだみんなが好奇の視線を彼女に向けていた事に気づかなかった。
そしてみんなが何のために『春服のバーゲン』を見に行こうとしているか、リルは全く分かっていなかった。
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