第18話 先生の忠告

「ミーアさん」


 ミーアは休憩時間に学校の廊下で教師に呼び止められた。


「あ、ポピー先生、おはようございます。どうしたんですか?」


 この教師は二年生と五年生の時に担任だった女性だ。人間の怖い話をしてミーアに恐怖を植え付けた先生でもある。

 それでもう大体話の予想がつく。


 先生は近くの教室にミーアを案内した。さすがにみんなの前で大さわぎする気はないようだ。


「あなたが人間と暮らしてるってうちのクラスの子から聞いて……」


 やっぱり、とミーアは心の中でつぶやいた。


 噂が浸透するのははやい。クレオパスが来てから一週間しか経たないのに、もう他クラスの教師にまで話が行き届いているようだ。この様子では学校中に知れ渡っているかもしれない。


 ミーアの担任の先生はパーティーの翌日に知ったようだ。授業後に今と同じように呼び止められ、話を聞かれた。

 担任は別にこの事について悪い印象は持っていなかった。逆に『変わった家族だと思っていたけど、外からの者を受け入れる事が出来るからこういう家族構成になっているのですね。いい事です』とよく分からない褒められ方をした。


 別に両親はいい事をしようとして夫婦になったわけではない。ただ普通に愛し合っただけだ。


 でも、今は担任の言葉を思い返している場合ではない。ミーアは目の前のポピー先生の誤解を解かなければならないのだ。きっとこの人間嫌いの先生はミーアを案じているだけなのだ。その証拠に軽く震えているのが見える。


「彼はそんなに怖い人間じゃありませんよ」


 だが、ミーアの言葉はポピー先生の気持ちをほぐしてはくれなかったようだ。何故か『ゥニャァ!』と悲鳴をあげている。この教師は本当に人間が苦手なのだ。


 きっと一週間前のミーアもこんな風だったのだろう。そう考えるとクレオパスに対して申し訳ない事をした。改めて反省する。


 ただ、一週間経って慣れて来たとはいえ、寝起きの洗面所でクレオパスに生えている人間の耳を見ると、まだ『ミャア!』と悲鳴をあげてしまうのだが。


 この時、クレオパスは全く悪い事などしていない。ただ、父の手伝いでやっている朝の庭仕事で汚れてしまった手と顔を洗っているだけだ。むしろ清潔でいい行為なので綺麗好きの猫獣人としては好印象を持ってしまう。


 なので、悲鳴を上げてしまった後はいつも申し訳なく思うのだ。クレオパスは『もう慣れました。朝の挨拶だと思う事にしています』とフォローしてくれたが。


「そんなの分かったものじゃないでしょう。大体、そんな人間とどこで出会ったの? どうして一緒に住んでいるの? 先生にはさっぱり分からないわ」

「犬の獣人の街で行き倒れていたのを父と妹が連れて帰って治療したんです。それで、目を覚ました彼が、ここがどこか分からないと言うものですから、とりあえず同郷かもしれない人間が猫の街に取引に来るまでの間、うちに滞在してもらっているんです。畑仕事の手伝いという対価も要求していますが、それもきちんとやってくれています」


 いつも意地悪なクラスメイトの男子から『さすが犬混じり。可愛くねーっ!』と言われるしっかりとした口調で完結に説明する。


「迷子?」

「はい、迷子です」

「同郷かもしれない人間が来るって言ったわね。根拠は?」

「母の話によると、髪色が似ている人間がこの街に取引に来るそうです。それだけで完全に判断は出来ませんが、似たような特徴の者は近くに集まると言いますよね。ここの街だって、違う柄の獣人もいますが、基本的にはトラ猫系の獣人が多いじゃないですか。あたしも茶トラですし」


 それに、文字の事もあった。クレオパスは間違いなくミーア達の使っている獣人共通文字を知っている。それは、クレオパスの国の人間の祖先によって獣人に文字が伝わった可能性があるという事だ。


 ここまでの好条件がそろってて、来たのが別の土地の人間だったら、ただ単にクレオパスの運がとても悪いだけである。


 ただ、文字の事は言うつもりはない。もし、ミーアがまだ人間嫌いだったら、その人間から字がもたらされたという事など認めたくないと思っただろうと考えての事だ。だから、きっと目の前にいるこの教師もそうだろう。


「ミーアさん!」


 ミーアがそんな事を考えているうちにポピー先生は真剣な表情でミーアの手を握った。そしてまっすぐミーアの目を見つめて来る。


「な、何ですか?」

「ミーアさん、あなたは騙されています」

「はい?」

「迷子なんて、嘘に決まっています!」


 何故勝手に嘘と決めつけられたのかミーアにはさっぱり分からない。


 クレオパスが嘘をついているとは思えない。ミーアの観察するかぎり、クレオパスはちょっと抜けたところのあるただの年上のお兄さんだ。

 ミーアはクレオパスに対してこの一週間結構警戒して接していたのだ。だから大体害がない事は分かる。

 そう言ったが、ポピー先生は、いやいや、という風に首を振った。


「せ、先生。落ち着いてください」

「にゃぁー! にゃぁー!」


 先生は悲鳴を上げている。これでは完全に一週間前のミーアだ。逆にこちらが冷静になって来る。


「その人間は今もミーアさんをどうやって攫うか考えているのかもしれませんよ!」


 先生が変な事を言った。ミーアの動きが止まる。


「あたしを攫う?」

「遠くの猫獣人の村で、一族からのけ者になった猫獣人の女の子が行方不明になったの。それが人間の仕業って言われているわ。表向きには家出という事にされているのだけど……」

「え……」


 突然出て来たとんでもない話にミーアは口をあんぐりと開けて呆然とする事しか出来なかった。

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