第17話 お客様がいっぱい
畑仕事があるので、とりあえずお客様には午後に改めて来てくれと頼み、ついでに一目だけクレオパスの姿を見せ——何故か歓声があがった——、なんとか帰ってもらった。
だから、自分とリルの友達が遊びに来るのは知っていた。でも、この大盛況は何だろう。ミーアはため息を吐きたくなった。
来たのは『友達』だけではない。さすがに人数はある程度制限しているが、客の中にはミーアとはほぼ面識のない下級生や上級生まで混じっている。それはリルの方も同じようだ。
これではまるでパーティーだ。夕食までには帰るという約束はちゃんと守ってもらえるのだろうか。
この調子では夕食は遅れそうだ。そうなるとみんなが帰った途端に、お腹を空かせたリルがワンワンと文句を言い始めるだろう。『ホロホロ鳥のグリルまだー?』というセリフがもう聞こえるようだ。
「お招きありがとう、ミーア」
おまけに何故か隣のクラスに在籍している学校のアイドル的男子であるフランクまで来ている。
別に招いていない、という言葉をミーアはぐっとこらえる。
「いいえ。でもまさかフランク君が来るなんて思わなかったわ」
「人間が珍しいんだよ。ぼくはあんまり関わらないからさぁ。別に……」
「そうよそうよ! フランクくんは人間を見に来たのよ! あんたみたいな犬の混じったブスに会いに来たわけじゃないわ」
フランクにべた惚れな女の子までくっついて来ている。そして同じ女だからなのか、彼女をやたらとミーアにきつい言葉を浴びせるのだ。
この発言は犬の獣人達には理解出来ないから反発は来ていないが、かなり問題発言だ。
「あー、はいはい」
そんな風に女の子を侍らせているから、ミーアとの首席争いに負けたのだ、と心の中で馬鹿にしておく。そうでないとあの暴言に納得がいかない。
ただ、実際にはフランクが勝つ事がほとんどなのだが、それは棚に上げておく。少なくとも前回勝ったのはミーアだ。
それではしゃいでいたせいで父とクレオパスを間違えたのだが、それは忘れる事にする。
大体、今の発言もフランクがたしなめるべきなのだ。それも出来ないなんてとても情けない。
ぶらぶらとみんなの様子を見て歩く。
この集まり名目は一応勉強会という事になっているのだが、誰も勉強なんかしていない。ミーアもジュースやお菓子を運んだりして大忙しだ。
「ねえ、これ取ってくれない?」
「え? 何て言ったの?」
「ワンワンじゃ分からないよ」
「ニャンニャン言われても何言われてるのか……」
「あ、リルが取りますワン。これがシトロンの側にあったから取ってほしいって言ってましたワン」
「ああ、なるほどワン。ありがとうワン、リル」
「助かったニャ。ありがとうニャ、ミーアの妹ちゃん」
「いえいえワン」
リルは言葉が通じない猫獣人と犬獣人の間のフォローで大変そうだ。
でも、リルのこういうフォローのおかげで、みんなは共通語を使えばいいのだと気づいたようだ。なのでそのあとの会話は結構スムーズにいっている。
「ねえねえ、あなた猿から進化したんでしょ、何で『獣人』じゃないの?」
「そうだよ。ぼくたちは犬が進化して犬獣人になったってこの間学校で習ったんだよ。だったら何でクレ……なんちゃらさんは猿から進化したのに猿の獣人じゃないんだよ?」
「……え? ち、違う進化をしたから……かな?」
「それじゃあわかんなぁい!」
「ちゃんと説明しろよっ!」
「いや、そんな事言われても……」
そして今回の主役であるクレオパスは、リルの下級生であろう何人かの犬の獣人の子供に捕まって質問攻めにされている。
『進化についてこの間習った』という事は多分九歳か十歳くらいの子供だろう。確か犬の獣人も同じ頃に勉強していたはずだ。
大変そうだ。先ほど見た時にはリルの友達に『もう体調はいいんですか?』とか、『顔色良くなってますね。よかった』とか、『ここにはもう慣れましたか?』などと言われていた。
こんなに負担をかけていいのだろうかと心配になる。今までのやり取りから考えて、『みんなうるせー!』とは言わないと思うが、気分は多少害するかもしれない。
「お姉ちゃん!」
ハラハラしながらクレオパスを見ているとリルがこちらに来た。
「すごい盛り上がってるね」
「そうね」
そういえば犬獣人と猫獣人がこんなに集まるのを見るのは初めてだ。
大人たちも最初はクレオパスを取り囲んで質問をたくさん浴びせかけていた。でも、今はミーア達の両親と共に部屋の片隅でお茶を飲みながら談笑している。
「なんか楽しいね、お姉ちゃん」
「そうね」
確かにリルの言う通りだ。
「リル、今日いっぱい通訳しちゃったぁ」
「うん、見てたわよ。頑張っていたわね」
褒めてあげるとリルが嬉しそうにスリスリとミーアに甘える。ミーアも頬ずりを返してあげた。
「あーっ! リルが『お姉ちゃん』に甘えてるー! 本当にリルはミーアさん大好きだよねー」
「いいでしょー。リルのお姉ちゃんだもん」
そんな事を話しているとリルのお友達が寄って来た。そのままリルをからかっている。でも、それは悪い雰囲気ではない。お姉ちゃん子の友人をいつものようにいじってるという感じだ。
「今日は楽しんでってくださいニャ」
「ありがとうワン、ミーアさん。あ、ミーアさんって呼んじゃったけどいいですよねワン? 私の事もキュッカって呼んでいいからワン」
「うん、いいですよニャ。よろしくニャ、キュッカさん。あとあたしに対しては犬語で喋っても通じますニャ」
「そうなんだ。いつもリルで慣れてるからって事?」
「そうですニャ」
ミーアは自分でも驚くほどすんなりと許可を出した。まさか犬の獣人の友達が出来るなんて思ってもみなかった。
だが、そんな平穏はそこまで長くは続かなかった。
「い、痛い痛い痛い!」
クレオパスの悲鳴が聞こえる。そちらを見ると、何人かの七、八歳くらいの猫獣人の子供たちが物珍しそうに彼の耳を引っ張っていた。
「ホントだほんものの耳だ」
「すごーい!」
子供達は感心しているが、やっている行動が感心出来るものではない。
「あんた達! クレオパスさんが痛がってるでしょ。やめなさい!」
「ちょっと! 人間さんに迷惑かけないの!」
ミーアはすぐにすっ飛んでいって彼らをすぐに止めなければならなかった。その直後に彼らの姉であるミーアのクラスメイトのイージスも弟妹を止めに来る。
「ごめん、ミーア、人間さん」
「大丈夫ですよ。きっとこの耳が珍しかったんですね」
申し訳なく落ち込んでいるイージスにクレオパスは笑顔で許した。
交流というのは大変な事もあると、ミーアはこの時再確認したのだった。
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