第16話 思いがけないお客様

 クレオパスが北半球の人間だという事はカーロもミメットも気づいていたらしい。

 『そんな事で悩んでたんですかワン? 船を使えば帰れるって確かに言ったのにワン。聞いていなかったのですかワン』とカーロに呆れた声で言われ、がっくりしてしまう。


 ただ、クレオパスの無知のおかげでミーアの当たりがきつくなくなったのは良かったのかもしれない。

 今朝は『にゃあああーーーー!』という悲鳴ではなく『おはようございます、クレオパスさん』というまともな挨拶をしてくれたし、他の会話も普通にしてくれている。まだ表情は少し固いが、それは仕方がないだろう。

 昨日の夕食後は家族団欒の席で『火の道』についての簡単な本も朗読してくれた。これで、これから少しずつ仲良くなっていけるといいとクレオパスは希望を持った。


 リルの方はもうすっかりクレオパスに懐いている。きっと根が人懐っこい性格なのだ。

 たまに悪気のない毒舌を吐く事もあり、クレオパスが言い返したりしているが、結構仲良くやれている。もうリルに対しては敬語を取り去っているくらいだ。


「おはよう。おなかすいたぁ……」

「遅いよ、リル。朝ごはんもう食べちゃったわよ」


 そのリルが起きて来た。ミメットと朝食作りをしていたミーアが意地悪を言っている。今日は学校がないらしい。なので、ミーアはゆっくり母の手伝いが出来るし、リルはお寝坊が出来る。


 姉のからかいの言葉を聞いたリルは明らかに不満そうな顔をした。


「嘘だ! スープのいいにおいがするもん。それにお姉ちゃん、そのかき混ぜてるお鍋は何?」

「お寝坊さんにはあげられないお料理よー」

「お姉ちゃんの意地悪!」

「嫌だったら顔くらい洗いなさい」

「えー。面倒くさい」

「面倒くさくないの!」

「こら、二人とも朝っぱらから喧嘩しないの!」


 たまりかねたミメットが姉妹喧嘩を止める。


「リル。顔を洗い終わったらこのパンを食卓に並べてね」


 そう言いながらミメットはオーブンから平べったいパンを取り出している。


 リルは不満そうな声を出しながらも言われた通りに顔を洗ってから、天板からお皿に熱々のパンを盛りテーブルに持っていく。


「クレオパスさんは何もしないの?」

「いいの」


 リルの疑問にミーアが答える。


 朝食作りはクレオパスも参加しようと思った。だが、ミーアに『あたしたちがするからいいです。座っててください!』と強い調子で言われた。


 どうやら、井戸から水を持って来る時に軽量化の魔術を使ったのが気に食わなかったらしい。失敗されたら困るのが半分、まだ少し魔術という現象が怖いというのが半分なのだろう。

 それにしても、気づかれないように術を使ったのにすぐに気づかれてしまうなんて、ミーアの観察力は恐ろしすぎる。


 これからは魔術を使わない力仕事にも少しずつ慣れなければいけない。


 クレオパスがそんな事を考えている間も、リルはまだどこか納得のいっていない顔をして文句を言っている。


「いいなぁ。クレオパスさんばっかり」

「でもリルさんは朝の水汲みはしなかっただろ」

「してないけどさー」

「リル。何をワンワン言ってるんだ」


 リルが文句を言っていると庭仕事をやっていたカーロが戻って来た。


「だってクレオパスさんがサボってるんだもん!」

「サボってなかったよ。クレオパス君は休憩をしているんだよ。朝仕事もしっかり手伝ってたんだから」

「そうなの?」


 リルはまだ納得のいっていない顔をする。


 南半球三日目の朝はこうしてのんびりと始まった。



***


 その、『のんびり』も朝食後までだった。


「ミーア、リル、今日はどうするの? 畑に来る?」

「うん。さすがに昨日はクレオパスさん大変そうだったし、水やり半分こした方がいいだろうって思うの。あの温室結構広いし」

「リルも行く! 一人お留守番なんて嫌!」


 今日の活動は決まった。そして準備をしようとみんなが立ち上がった時、扉の方から女の子たちの楽しそうな声が聞こえた。


「せーの! リルちゃーん! あっそびましょー!」

「ワン!?」


 女の子たち——間違いなくリルの友達——の声にリルが首をかしげる。


「な、なんでキュッカ達が? 約束してないのに」

「ただ単に忘れてたんじゃないの?」

「遊びの約束は忘れないよー。大体うちに来るなんて珍しい事を忘れるはずがないよ!」


 リルの文句に、その家族が納得のいったような顔をする。


「ちょっと見て来るね」


 リルはそう言うとさっさと家から飛び出していった。室内着ではなく普段着を着ているから出来ることだ。


「あ、リル! 上着! 上着くらい着なさい!」


 ミーアがそれを追いかける。ただ、子供部屋で着替え、リルの上着を取っていかなければ行けなかったのですぐには出れなかった。


 その間にリルとその友達は会話を始めている。


「どーしたの?」

「一昨日の人間さん元気になったんでしょ。会わせて」

「そ、それが目的……?」

「だって一昨日真っ青な顔してたのよ。昨日リルから大丈夫だって聞いたけど、それだけじゃねえ……」

「そうそう。私たちにも会わせてくれたっていいじゃない」


 どうやらリルの友達が集まったのは、珍しい『人間』に会うためらしい。


「でもいいの? うちに来てみんなのお母さん怒らないの?」

「あら、リルちゃん、おはよう。いい天気ねえ」

「おばちゃん達も混ぜてね」

「……おはようございます」

「ほら、お母さんもいいって言ってるわ」

「そうそう」


 どうやら大人たちも好奇心に負けたようだ。隣でカーロとミメットが苦笑している。


 その直後にドアが開く音がしてミーアが表に出て行く。


「ほら、リル、上着!」

「あ、ありがとう、お姉ちゃん」

「ミーアー! 遊びに来ちゃったぁー!」

「いや、ちょっと、何でよ!」


 どうやらミーアの友達も何人か遊びに来ているようだ。ミーアが困惑した声を出している。


「人間と暮らし始めたんでしょ! ケチケチしないで会わせなさいよ」

「別にケチケチなんかしてないわ」

「じゃあ会わせてよー!」

「クレオパスさんは見せ物じゃないのよ」

「『クレオパス』さんって言うの!? 面白い名前ね」

「あ……ニャォゥ……」


 つい『人間』の名前を漏らしてしまったミーアは困ったような鳴き声を出している。


 クレオパスの事は猫の獣人の街でも話題になっているようだ。


 室内にいる三人は同時に肩をすくめたのだった。

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