第14話 ここはどこだ(前編)

「クレオパスさんってやっぱドジ?」


 ミーアに話したのと同じ話をした直後にリルが言い放った言葉はそれだった。


「リル、そんな事言っちゃ駄目」


 台所で、今日の夕食に使う大きな魚を手慣れた様子で捌きながらミーアが注意する。でも、その言葉はリルの言葉を肯定しているのと同じ事だ。


 今は仕事を終えてカーロの家に帰って来ている。


 まだ夕方にもなっていない。そしてミメットとカーロはまだ畑にいる。


 クレオパスはもっと遅い時間になってから、五人で一緒に帰るのだと思っていた。だが、カーロは家まで三人を送ると、さっさとリルとミーアのお守りをクレオパスに任せて畑に戻ってしまった。


 クレオパスもこれには反対した。年頃の男女を近づけては危ない。そう言ったのだが、『今の言葉でめちゃくちゃ安心したワン』などという逆の効果を引き起こしてしまった。


 クレオパスの故郷では成人年齢は十五歳だ。でもこの獣人の住む地域では十八歳で成人するのだそうだ。

 だから十六歳のクレオパスはカーロ達にとっては『子供』なのだ。だから安心されている。


 つまり簡単に言えば『子供同士仲良くしなさい』という事だ。

 それと、ミーアの人間嫌いを克服するのに大人の介入はいけないと考えたからかもしれない。

 それに、カーロ達がいなくても、リルがフォローしてくれると期待しているのだろう。


 ちなみに、ミーアがカーロと間違えてクレオパスに抱きついた事は言っていない。言ったとしたらきっとミーアに怨まれると思っての事だ。ミーアにとってはあれは絶対に忘れたい事件だろう。


「だってさー、なんだっけ? 移動する『まじゅつ』っていうのを使ったら? 数値か単位を間違えて? 信じられない所に移動しちゃった? これを『ドジ』って言わずになんて言うの?」


 リルはまだずけずけ言って来る。


「おまけにここがどこか分からないって? 季節が違うって? それでどーやって家族を探すのよ! 絶対無理でしょ!」


 おまけにクレオパスがずっと心配していた事をドカンとぶつけて来る。


「リル! やめなさい!」


 台所からまたミーアのお叱りが飛んで来た。おまけに魚の血がついたままの包丁を持ったまま振り向くので、なんとなく怖い。


「……ごめんなさい」


 リルは思い切り姉に叱られしゅんとしている。


 ミーアはため息をついて包丁を洗い始めた。どうやらクレオパスがリルに厳しい事を言われている間に、魚を捌き終わったらしい。魚はバットの上に綺麗に並べられている。


 普段なら、状態保存の魔術をかけるか聞く所だが、それはしない方がいいのだろう。


「お、お魚に変な事しないで下さいね」


 そんな事を考えながら魚を見ていると、ミーアがおどおどとした調子で言って来る。そして魚を守るように背中で隠した。


 だが、クレオパスはまだ何もしていない。それだけミーアの警戒モードが強いのだ。彼女は猫の獣人なので、魚が好物なのかもしれない。


「しませんよ。お、美味しそうだなと思っていただけで」

「ならいいんですけど」


 クレオパスからしても不自然な調子で言いわけをしてしまう。だが、それでミーアは警戒を少し引っ込めた。


「ところでリル、あたしの机から地図帳持って来てくれない?」


 ミーアが手を洗いながらリルにお願いをする。リルは、あからさまに、面倒くさいですという不満顔をした。


「えー、お姉ちゃんが持ってくればいいじゃない」

「あたし、今、手がびしょぬれだから」

「だったらクレオパスさんの力でかわ……」

「ニャ!?」

「……分かった。持って来るね」


 姉の心の傷を引っ掻いてしまったリルは大人しく自分の部屋に歩いていった。昨日と今朝の姉の恐れぶりから、クレオパスの風魔術で手を乾かされるのは怖いのだと分かったのだろう。


 ミーアはタオルで丁寧に手を拭いてから、こちらに歩いて来た。そして温室のときよりは近いが、やはりクレオパスからは離れた所にある椅子に座る。まあ、この部屋があの温室ほど広くないという理由もあるのだろう。


「多分、あたし、クレオパスさんの故郷とここの季節が違う理由わかると思うんです」


 そのとんでもない言葉にクレオパスは瞠目する。


「それはどういう事ですか?」


 身を乗り出すと、ミーアは慌ててそのぶん後ろに軽くのけぞろうとした。だが、椅子の背があるせいでうまくのけぞれなくて『ミャア……』と哀れな声をだしている。何故か尻尾まで丸まっていたが、それを引っぱる気はないのでそこまで警戒はされたくないとクレオパスは思った。


「い、いや……あの……地理上の問題……だと、あたしは思うんです」

「地理上って?」

「ち、地図で説明するから」


 そのためにリルに地図帳を持ってこさせようとしたらしい。きっとそれはクレオパスに近づいて手渡すのが怖いというのもあるのだろう。


「お待たせー! 持って来たよー!」


 そんな事を話しているうちにリルが戻って来た。手には言葉通り本が一冊握られている。


「あーっ! お姉ちゃんがくつろいでるー!」

「お姉ちゃんは夕飯の下ごしらえをしてくたくたなのよ」


 戻って来てすぐにリルとミーアは軽口を叩き合う。そうする事でリルはミーアの緊張をほぐそうと考えているのだろう。


 リルがこちらに来た。そうしてクレオパスが座っているソファーの隣に座った。本をミーアに渡さず自分でクレオパスに見せるつもりなのだ。


「お姉ちゃん、何ページ?」

「最初の世界地図」

「わかった」


 どうやらミーアが見せたいのは世界地図らしい。当たり前かもしれない。クレオパスが飛んだのはとてつもなく遠い所なのは間違いないからだ。


 リルはミーアに教えられたページを開き、クレオパスに見せる。


 クレオパスは無意識にごくりと唾を飲み込んでいた。

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