第12話 故郷に繋がる植物
そこにあったのは畑というよりむしろ農園だった。
「でか……」
思わず口をぽかんと開きながらつぶやいたクレオパスを見て、カーロは楽しそうに笑った。
「すごいでしょうワン。これは元はミメットのおじいさんの畑だったんですよワン」
「へぇー」
どうやら結婚した時に『お前も犬の若造も勘当されたんだからどうせ収入源なんかないんだろ。じいちゃんの畑やるからそれでも耕してろ』と渡されたらしい。
言葉だけ聞けば屈辱だ。もちろん、ミメットは『ふざけんニャー!』と怒ったそうだ。
ただ、実際、カーロ達が彼の言う通りの状況だったのは本当だ。そんな事で突っぱねていてはどうしようもないので、カーロが『ありがとうございますワン』と言って受け取った。
そしてミメットの祖父は『この犬っころは素直でよろしいニャン!』と威張り、またミメットに怒られたらしい。
話を聞いてまずクレオパスが思った事は、ミメットの祖父は素直じゃないな、だった。
間違いなくこれは可愛い孫が心配で仕事の世話をしただけだろう。カーロの話ではどうやら畑を受け取った後、義祖父本人にみっちりと農業を教え込まれたらしい。
「面倒見のいい方なんですね」
「そうですねワン。……生きている間にひ孫の顔を見せる事も出来ましたし、良かったと思いますワン」
ひ孫とはミーアとリルの事だ。少しは二人も親戚との交流はあったようだ。ほっとする。そう素直に言うと、「何でメランさんが安心してるワン?」と笑われてしまった。
その話題に出されたミメットは、今は市場に買い物に行っている。今日の夕食のメインである魚を買うためだ。
リルは魚より肉の方が好きらしく、ワンワンと文句を言っていた。結局、次の日の夕食のメインをホロホロ鳥の丸焼きにすると約束してもらってなんとか機嫌を直していた。
『ホロホロ鳥』がどういう鳥なのかクレオパスは知らないが、リルがどうしてもと言うくらいなのだから相当美味しいのだろう。
「こっちですワン」
カーロはそう言うと、背の高い木が密集している方にまっすぐ歩いていった。
木の剪定を頼まれたらどうしようと心配になる。植物の水やりや間引きなどはした事はあるが剪定は未経験なのだ。
でも、やれと言われたら頑張ってやらなければ行けないだろう。
着いた所は、周りの木より背の低い木の所だった。見ると、そこら中に同じ木が生えている。
木の幹には白い花が咲いている。きっと秋に咲く花なのだろう。
「え? 今は春ですよワン」
「……え?」
だが、カーロに確認すると、とんでもない答えが返って来た。
「は……る……?」
そんな事があるだろうか。
「まあ、この花は基本一年中咲きますけどねワン」
カーロはそう言って笑っているが、そういう問題ではない。
そんな事があるだろうか。
今は秋のはずだ。周りが『もうすぐ秋祭り!』とはしゃいでいたから間違いない。
一体自分はどこに飛ばされてしまったのだろう。異世界などではないはずだ。それならクレオパスの魔力は完全に枯渇し、転移の最中に死ぬだろう。だったらここはクレオパスの住んでいる世界のはずだ。
だったら季節が違うというのはどういう事なのだろう。
「メランさん、大丈夫ですかワン」
自分でも分かるほど暗い表情をしているクレオパスにカーロが心配そうに声をかけて来る。
「あ、だ、大丈夫です」
そういえばまだ話の途中だった。せっかく仕事を説明してくれようとしているのに、これは失礼だった。
「それで、この木を俺はどうすればいいんですか?」
「まあ、焦らないでくださいワン」
カーロはワンはは、と笑い、木の幹にもたれた。
「そういえば昨日はリルに揺らされたようですねワン」
そしていたずらっぽい目をしながらそんな事を言う。意地悪だろうか。カーロの意図が見えない。
それに、クレオパスを揺さぶったのはリルだけではない。その双子の姉もだ。もっとも、理由は全く違うのだが。
「はい」
でも、そんな余計な事を言う気はないので返事だけをする。
「その時に飲んだ薬は前に見た事ありますかワン?」
それは魔力回復薬の事だ。なので素直にうなずく。
「それは良かったワン」
「え?」
「だってそれは人間のための薬ですからねワン」
確かにあの薬は魔力持ちの人間のための薬だ。でも、それがどうしたのだろう。
不思議に思っていると、カーロはまたワンははと笑う。
「これはこの地に来た人間達が置いていった薬なんですワン」
「はい」
「そしてその人間は海の向こうから来たらしいんですワン」
海の向こう、という言葉に、また内心落ち込んでしまう。海というのは広いものだ。
それがまた顔に出たのだろう。カーロが心配そうな顔をしてこちらを見ている。なのでクレオパスは素直に自分の気持ちを吐露した。
「離れてるだけですワン。船を使えば普通に行き来出来ますワン」
そしてあっさりそんな事を言う。
「ミメットが言ってたでしょうワン。ここに来る人間がいるワンと」
ミメットは猫獣人なので、語尾は『ニャ』だったはずだが、そんなツッコミは野暮なのでしないでおく。
「その人間はここにその薬の材料を求めに来るんだワン」
「そうなんですね」
きっとカーロは慰めているのだろう。普通は自分が知っている薬があるという事は同じ国出身の人間が来ているという事だ。
でもこれは、この世界中の魔力持ちに普及しているであろう『魔力回復薬』だ。
それに、何百年か前の他国の王族が、液体化して砂糖を大量に入れた『子供用回復薬』を
だから、この薬の材料を欲してる人間はいろんな国にいる。
「何をまたぐじゃぐじゃ考えているワン」
カーロが呆れたような顔をした。
「あなたの住んでいる場所に人間はたくさんいるから落ち込んでるんですねワン。そんなたくさんの中から見つかりはしないだろうワンと」
「はい」
「でも大丈夫ですワン。猫獣人のコネを使って絶対にメランさんの家族を見つけてあげますからねワン」
そう言ってえっへんと胸を張る。
「そうそう。話の途中でしたワン。それで、その薬の材料がこの木に
「え!?」
今までの話の流れでここに行き着くことは予想ができたはずだった。でも、クレオパスは全く思いつきもしていなかった。
材料が植物である事は知っていた。魔力の勉強をする時に同時に習うからだ。でも、聞いていた植物の名前は『ショコラ豆』だった。豆がこんな木に生るなんて有り得ない、とクレオパスは無意識に考えを却下していたのだ。
これが魔力を作るのを促進してくれるものの源。そう考えると、見知らぬ木なのに愛着が湧いてくる。
昔のミュコスの民は魔力を神として崇めていたという。だったらこれは、当時、神の遣いのようなものだったのかもしれない。
「メランさん、忘れるんじゃないワン。この木はこことメランさんの故郷を繋いでいるワン。だから大丈夫ワン。絶対に君は家族に会えるワン!」
その言葉がありがたい。本当にうまくいくのかは分からない。でもそう断言されると、そうなのかな、と自然に思えてしまうのが不思議だ。
「それに、そんな辛気臭い顔をしていたらまたうちのミーアが怯えるワン! もうちょっとにこにこして、君は怖くない人間だっていうことをミーアに教えてあげないといけないワン!」
最後に私的な理由を付け加えてきた。それがおかしくて小さく笑ってしまう。
カーロはその表情を見て満足そうに頷いていた。
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