第5話 獣人と人間の関係
「それでお父さん、何の話?」
妹がくれたお土産のジャーキーを少しだけお皿にうつしながらミーアは尋ねる。変わった味付けが苦手なミーアのためにリルがお土産に買ってくれたのはプレーンだ。
「いや、そんなに長居する気はないんだが……」
父は苦笑しながらもジャーキーを手に取る。そうして口に運び満足そうに笑った。
「美味しいじゃないか」
「リルの行きつけのお店なんだって。よく買って来てくれるの」
そう言いながらミーアも羊肉ジャーキーを食べる。相変わらずの美味しさだ。余計なものが入っていないおかげでお肉そのもののうまみがよく出ている。
「リルはいい子よ」
ぽつりと本題を切り出す。父はジャーキーを食べながらうなずいた。
「ああ、あの子はとても優しい子だ」
「でも人間っていうのは恐ろしい生き物よ。あたしが会った奴らは……」
「知ってるよ」
「知っててリルに見張りをさせたの!?」
我慢出来ず怒鳴る。
「お父さんはリルが可愛くないの? なんであんな危険な生き物の側につけたのよ!」
ミーアの文句にも父は動じない。
「あの人間がリルを害するかもしれないのよ! 家の作物を持って行こうとする奴らと繋がっているかもしれないわ! 気絶してたのもフリかもしれない。二人きりになった途端、リルに襲いかかったらどうするのよ!」
常に最悪の想定をしていなければ対策は出来ないとミーアは思っている。
尻尾を膨らませて、フーッ! フーッ! と怒るミーアを見て、父は困った顔をした。
「ミーア、猫の獣人が人間と作物の取引をしているのは知っているか?」
それは知らなかった。ぽかんとするミーアに父は説明してくれる。
人間は全員が全員、ミーアを苦しめた奴らのような悪い性格をした者ばかりではなく、どうやらきちんと獣人と正当な取引をしてくれる者もいるらしい。
もちろんむこうから渡されるのは腐肉などではない。こちらでは珍しい野菜や、動物の肉、魚などを持って来てくれる。
そして、ミーアの両親が育てている畑から採れる作物にも、その人間達が欲しているものがあるらしい。いや、人間達がその作物を欲していると分かっていて、ミーアの両親はそれを育てているのだ。
その作物はミーアの母を通して猫獣人の街に出荷している。そうでなければミーアの家族は生計が立てられない。
それをどうやって向こうで売っているのかはミーアの両親にも分からないらしい。でも、ちゃんとした市場で売られているであろう事は話を聞いているミーアにも想像がついた。
そしてミーアに言葉の攻撃を仕掛けて来るほぼ泥棒に近い男達は、どうやら正当な取引をする気がない者達なのだそうだ。でも、『取引をしている』という体を取りたいので、ああいう方法をとっているようだ。
おまけにミーアとだけ関われば、子供が勝手にくれたものだから、で終わらせられると思っている。だから両親といる時には近寄らないのだ。
きっと、彼らは他の地にいる立場の弱い猫獣人の家でも似たような事をやっているのだろう。だからミーアの家での小さな失敗くらいなんでもない。
そうして違法で手に入れた作物をこっそりと高く売るのだ。
そしてそんな単純な人間が、ミーアの言うような大それた作戦を実行に移すはずはないだろうと言う。
これは父の憶測でしかない、と言っているが、合っているのだろう事はミーアにも分かる。だから先ほどリルに任せても大丈夫だと言ったのだ。
ちなみに、悪い人間たちは正当な取引をしている人間とは住む地域が違うので対策をしてくれないという。したくても相手の土地との関係を考えると出来ないのだろう、と父は言った。
「それで、今、家にいる人間はきちんと取引してくれる人間に似た特徴を持ってたんだ。だから連れて来た」
父のその言葉にミーアの耳がぴくりと動いた。
「……もしかしてお父さん、あの人間に恩を売ろうとしてるの?」
もし、正当な取引をする者の仲間なら『仲間を助けた』という事でミーア達の問題にもうちょっと真剣になってくれるかもしれない。もしかしたら悪者の住んでいる場所のリーダーと掛け合ってくれるかもしれない。
ほぼあり得ないが、あの悪者の仲間だったとしても、頑張って味方に付ければいい。優しくしてやれば、少しはミーア達に酷い行為をしている事への罪悪感も沸くだろう。
きっと父はそれを狙っているのだ。
そう父に言うとにっこりと笑ってくれる。どうやら当たったようだ。
「ミーアは相変わらず頭がいいね」
抱きしめて頬ずりしてくれる。何だかくすぐったい。ミーアは赤ん坊じゃないのだ。
それでも、いつもは甘えさせてもらえるのはリルばかりなので嬉しい。ついゴロゴロと喉がなる。にゃぁーん、と甘えた声まで出て来る。
「ちょっとお父さん、あたしもう十四よ」
「何だ。さっき泣きべそかいてた娘が偉そうな事言うんじゃないよ」
一応抵抗してみたが、あっさりと蹴られる。あれは父と妹が心配だったからなのだが、そんな事は父も知っているだろう。思い切り『お父さん! リル!』と叫んでいたのだ。
「ところでさ、あの人間生きてるの? 死んじゃったら恩を売る事も出来ないんじゃない?」
不安になって尋ねると、父は大丈夫だという。
どうやら取引している植物は、人間の世界では何らかの薬になるらしい。そして人間から母に『あなた方から売ってもらった植物でこういうものを作っています』と薬のサンプルを渡されているそうだ。そのサンプルは定期的にくれるので、一応取っておいている。
そのサンプルの薬を人間に飲ませるようリルに言っておいたらしい。
それなら人間は生きられるかもしれないと安心する。人間の薬ならよほどの事がない限り彼にとって害にはならないだろう。
だが、その直後に固まった。
「リルが薬を飲ませるの?」
ミーアの言葉で父も気づいたようだ。『あ……』と小さな声で言っている。父もミーアも体験している。リルの薬の飲ませ方はとっても乱暴なのだ。自分で飲めないと判断すると実力行使をする。特に熱でうつろになっている時は最悪だ。
その直後、父の部屋の方から、何やらがったんがったんという音が聞こえる。おまけにぐもった声まで聞こえた気がする。吐き出さないよう口でも押さえられているのだろうか。
これは『恩を売る』どころではない。
ミーアは父に目配せをするとすぐに子供部屋を飛び出した。
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