第3話 謎の獣人?

 そこにいたのは、リル達が見た事もない生き物だった。


 獣人と似たような外見はしている。でも耳は頭の上ではなく顔の横のあたりにあり、おまけに変な形をしている。尻尾もない。

 手や足も変な形をしている。手の指は長く、そしてどうやら肉球もないようだ。この獣人は肉球なしでどうやって物を持つのだろうとリルは不思議に思った。


 おまけに体調が悪いようだ。真っ青を通り越して真っ白な顔色で倒れていてぴくりとも動かない。


 周りの大人たちもこんな生き物は見た事もないようで首をかしげている。


「なんだこれ?」

「ああ、人間とかいうヤツだな?」

「人間? あの猿から進化したっていう……?」

「でも普通の獣人じゃないんだっけ?」


「おれ、こんなの初めて見る」

「猫の敷地ではたまに出るらしいがな。ここには出ないと思ったが」

「ああいうのは猫にお似合いって事か」

「本当にな」

「くっ! くっくっくっくっく!」


「そういえば人間っていう生き物について授業でちょこっとやったね」

「それがこれ?」

「へぇー。変わった外見しているのねー」


「ねー。ママ、あれナニ?」

「ヘンなおててー!」

「こら、あんた達! こんな怪しい生き物に近寄っちゃいけません! さ、帰りましょう!」

「えー?」

「もっと見ていたいのに。ママのバカ!」

「ママは馬鹿じゃありません! 帰るんです!」


「病気なのかしら。顔が真っ青で……」

「うつったら困るわね。遠巻きに見ましょ」


「珍しいな。犬と猫以外の獣人を見るとは」

「おれ、チーターの獣人を見た事あるぞー!」

「だったらおれは龍の獣人を見た! 喋った事もあるぞぉー!」

「嘘付けー! ってか『だったら』って何だー!」


 周りがざわざわしている。おまけにみんな同時に話すので情報が上手く入って来ない。


 こんな雑踏の中ではクラスメイトの言葉すら上手く聞こえてこない。


 ごちゃごちゃした中で聞こえた単語を統合し、リルの出した答えは『彼は「人間」という種類の猿の獣人で、重い病にかかり苦しんでいる』だった。


 クラスメイトが授業がどうたらと言っていたが、リルには覚えがない。きっと病欠した日に勉強した内容なのだろう。最近のテストにも出てなかった気がするので、対して重要な事ではないはずだ。


 話を聞く限り彼はみんなに疎まれているようだ。かなり彼に対する悪態も聞こえて来る。ちょっと可哀想だった。


 見知らぬ生き物なのに同情してしまうのは、リルが犬でも猫でもあり、そしてそのどちらでもないとも言える不思議な獣人だからだろうか。


 それにしてもこんな顔色をしているという事は、彼は瀕死ではないのだろうか。不安になってくる。

 それを周りの獣人も思ったらしい。この生き物は何者か、から、この得体の知れない生き物をどうするか、に話がうつっている。


 話し合いが始まってからはざわめきも収まってきた。これならリルも話が聞ける。


 体調が悪いようなのでどこかで休ませられないか、という意見が出て来る。それはリルも賛成だと考えた。こんな顔色の悪い生き物をずっと地面に放っておくわけにはいかない。


「この中でこの『人間』を一時的にでも預かっていいという者はいるか?」


 体の大きい獣人がみんなに大声で問いかける。ここでは有名な大工のおじさんだ。

 リル達の家も彼が建ててくれたという。結構この界隈で力を持っていて、おまけにみんなの人気者だ。この街の犬獣人の子供なら誰でも彼に遊んでもらった経験を持つ。


 彼の問いに答える者はいなかった。目をそらし、自分は関係ない、という空気を醸し出している。

 みんな、こんな厄介ごとに関わりたくはないのだ。


 猫の獣人の集落に捨てて来るか、なんて意見も出て来る。


 あんまりだ、とリルは思った。母の故郷はゴミ捨て場ではない。ましてや犬の獣人のみんなが持て余している存在を猫の獣人が受け入れるかどうかは分からない。

 もしかしたら、また他の獣人の土地に捨てられ、そして疎まれまた他の地に、とたらい回しにされるかもしれない。

 そんな事をしたらこの『人間』は死んでしまうだろう。それでは可哀想だ。


 そう同情すると同時に自分も、彼を無意識に『ゴミ』と判断した事を思い出し、自己嫌悪する。


 自分だって変わらない。リルもこんなよく分からない謎めいた獣人を引き取る事なんか出来ない。


 自分の存在を醜く感じ、リルの目に涙が浮かんで来る。お前はなんて酷い子なんだ、と心の奥が自分を責める。


「リル」


 不意にリルの肩に手が乗った。リルは慌てて後ろを振り返る。


「パパ」


 それは父だった。父の優しい笑顔がリルを見つめている。


「リル、大丈夫だよ」


 父はそれだけ言うと、輪の中へさっと入って行く。

 みんながまたざわざわし始めた。猫の獣人と結婚した変わり者、という言葉が聞こえる。


「あんたが引き取るのか?」


 大工のおじさんは驚いた顔をしている。当たり前だ。娘のリルだってこの展開は予想していなかった。


「いや、一生面倒を見る気はありません。でも、彼が元気になれば、もしかしたら故郷に戻してあげる事も可能かと思ったんです。その手がかりに一番近いのはわたしかと思いまして」


 それならリルも理解出来る。とりあえず病気を治してあげなければ何にもならない。でも父が何故『人間』の故郷探しに一番役立つのかは分からなかった。


「じゃあはやく運んでやらなければな」


 他人の家に運ぶのならみんな手伝ってくれるようだ。

 すぐに病院から担架を借り、てきぱきとその猿の獣人をそこに乗せる。そうしてさっさとリルの家に彼を運んで行った。


 リルの父の気が変わる前にちゃっちゃと行動しちゃえ、と思っての一致団結だったのだが、リルはそこまで見抜く事は出来なかった。


「リル、ちゃんと着いていてあげるんだよ、きっと不安だろうからね」


 父が優しい笑顔でそんな事を言ってくる。


「わかった!」


 リルは元の元気を取り戻し、ワン! と一声吠えた。


 その時のリルには父の目的が何なのか、両親が何を考えているのか、まだ何も分かっていなかった。

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