第2話 犬の獣人の放課後
「みんなー! 放課後にジャーキー食べに行かない? 南商店街のお店で、ラム肉ジャーキーの期間限定フレーバーが今日から発売なんだって!」
クラスのムードメーカーであるキュッカが女子達に声をかけてくる。
「行くー!」
「あたしもあたしも!」
すぐに何人もの女子が彼女のまわりに集まった。
「待って! リルも行くー!」
帰りの支度をしていたリルは大慌てでカバンに勉強用具を乱暴に詰め込んだ。
いろんな肉や香辛料を使ったジャーキーは、今、犬の獣人の女子学生の中で大流行している。学校が終わった後にそこで買い食いするのが彼女達の楽しみになっていた。
「そんなにすぐに出発はしないよ。リルったらせっかちだよねえ」
プリントが乱暴につめられたカバンを背負ってワンワンと尻尾をふりふり駆け寄ってきたリルをキュッカがからかってくる。
確かによく見てみればみんなはまだカバンを持ってない。とりあえず誰がジャーキーを食べに行くか集計をとっていただけだった。
さすがにちょっと恥ずかしい。リルの頬が染まった。
「だ、だってあそこのジャーキー超美味しいもん。そこの新作だなんて。急いで行かないと売り切れちゃう……」
「わぁ! さすが色気より食い気のリルちゃん!」
「何よー! みんなだってジャーキー楽しみなくせにー!」
便乗してからかって来るクラスメイトにリルは頬を膨らませて抗議をした。
クラスメイトとの時間はいつも楽しい。
リルの事をからかってくるイジワルな男子はいる。だが、そんなものは気にしていない。友達や家族といられればリルはそれでいいのだ。
***
新作ジャーキーはまだたくさんあった。店主がこんな事もあろうかと多めに作っておいたという。
リル達は喜んでそれを買い求めた。新発売の商品なので少し高いが、彼女達はそれをもったいないとは思わなかった。
お店に席はないので、帰り道を歩きながら食べる。
「わおぉー! これはなかなか……」
「美味しいね」
「うん。でもちょっと辛い?」
「確かにピリ辛かも。でもそれが絶妙!」
「だねー!」
「私病み付きになっちゃいそう」
「リピする価値ありだね」
みんなで味の感想を言い合うのもとても楽しい。
「ねー、リル」
不意に友人のシトロンが話しかけて来た。
「ん。なーに? シトロン」
「リルは二袋も食べるの?」
どうやらリルが食べているのとは別の包みを持っているのが気になったようだ。
リルは確かに食いしん坊だが、二袋もいっぺんに食べるほどではない。そんな事をしたら太ってしまう。
「違うよ。これはお土産。お姉ちゃんも欲しいかもって思って」
「あー! 出た! 『お姉ちゃん』!」
「リル、お姉ちゃん大好きだもんね」
クラスメイトがまたからかってくる。でもリルはこれに対しては恥ずかしいとは思わない。
リルにとって、双子の姉のミーアは誰よりも大切な存在なのだ。時々厳しい事を言って来る事もあるが、それはリルを嫌いだからではないという事はよく知っている。本当はとても優しい姉なのだ。
「うん! 大好き!」
だから堂々とみんなの前で宣言出来る。みんなは呆れた顔で苦笑していた。
「でも、リルのお姉ちゃんってジャーキー食べるの?」
そんな言葉が飛んで来た。これはきっと純粋な疑問だろう。彼女達にとってミーアという獣人は不思議な生き物なのだ。
「食べるよ。よく買って帰ってるけど喜んで食べてるよ」
「でも、リルのお姉ちゃんって猫でしょ? 犬の食べるものなんて! って言われない?」
リルはきょとんとした顔をする。何故そんな質問が出るのかリルには分からない。
ミーアとリルは、犬獣人の父と、猫獣人の母から生まれた双子の姉妹だ。
犬の獣人の街の住人と、猫の獣人の街の住人はいがみ合う事が多い。だったら隣同士に街を作らなければいいのに、と思うが、どちらにとってもその場所は大事な縄張りらしいのだ。
そんな中で偶然に出会い恋に落ちてしまったのがリル達の両親だ。
二人の結婚はどちらの街でも祝福されなかった。父の両親は『何で猫なんかと!』と文句を言うし、母の親戚も同じだったらしい。
今は隣同士の街の真ん中あたりに住居を建て、家族四人で仲良く暮らしている。親戚付き合いはないが、リルとしては両親と姉がいればそれでいいと思う。
ただ、リルは犬の獣人の容姿を、ミーアは猫の獣人の容姿をしているので、通う学校は別々のものになってしまった。
それでも七歳から七年間通っている犬の学校は楽しく、お友達もたくさん出来たので何も問題はない。来年卒業なのが残念なくらいだ。
たまに『やーい! イヌネコ!』とからかって来る男子はいるが、そのたびに先生が彼らを叱ってくれるのですぐに収まる。
だが、それでもみんなとは違う容姿をしているミーアの事は、みんな理解出来ないのだ。それがリルには納得がいかない。少し猫の特徴をしているとはいえ、姉も『獣人』という種族には変わりない。食べるものだって完全に一緒だ。
「お姉ちゃんがジャーキー嫌いだったら、リルだってわざわざ買わないよ。そんなのお金がもったいないだけじゃん」
でも説明して理解してくれるとも思わないのでそれだけ言う。
みんなはリルの言葉にそれもそうかと納得した。
友達を紹介したら仲良くなるかもしれない。でも、姉は人見知りな所がある。たくさんの犬の獣人の中にいては姉も落ち着かないだろう。
だからリルはまだ家に友達を呼んだ事はない。
それに友達の親も『リルちゃんと遊ぶのはいいけど、お家には遊びに行ってはいけませんよ』と言い聞かせているらしい。ただ、リルが友達の家に行くのは問題はないようなのでそうする事にしている。
そんな事を考えながら歩いていると、不意に遠くから大人たちのざわめきが聞こえて来る。
リル達の耳がぴくりと動いた。
「何だろ?」
「行ってみる?」
「そうだね」
キュッカの提案で野次馬をする事が決まった。リル達は早速声のする方に駆けていく。
それでも、全員が美味しいジャーキーの袋をしっかりと手に握るのは忘れなかった。
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