猫と犬に挟まれて

ちかえ

第1話 転移失敗

 やばい、座標を間違えた。

 そうクレオパスが思った時にはもう魔術は発動し始めていた。


 自分が使ったのは簡単な転移魔術。ただ単にとなりの家の前に転移するだけの簡単なものだったはずだ。魔力だってほんの少ししかいらない。

 なのに、魔法陣にはあり得ないほどの魔力が吸い込まれていく。


 普通はこういう事が起きた場合、魔術発動を止めればいい。でもパニックに落ち入っていたクレオパスにはそんな簡単な事すら思い浮かばなかった。


「だ、だれか……」


 泣きそうな声で周囲に助けを求める。


 だが、誰も来てくれない事はクレオパスがよくわかっている。


 もう真夜中なのだ。彼の師匠で養父であるイアコボスは今頃寝室でぐっすり眠っているだろう。


 それを知っていたから、クレオパスはこっそりとこうやって密かに魔術の特訓をしているのだ。


 別に大した理由ではない。ただ、親を処刑され、独りぼっちになってしまったクレオパスを、遠縁だという理由だけで引き取って、十六まで育ててくれている師匠の誇りになりたかっただけだ。だからはやく魔術を修得したかった。


 きっかけは本だった。

 この国の魔術について書かれた本で、魔導師という魔術の奥義を極めた者の資格を持つ者の最年少は、この国ミュコスの人間ではないという話が書かれていたのだ。

 どうやら、イシアル王国で二百年以上前に二十六歳で魔導師の資格を獲得した人間がいるらしい。


 魔術大国と呼ばれるミュコスに最年少で魔導師の資格を取ったものがいないとのはクレオパスには衝撃だった。

 十年前にミュコスでもその年齢にはるかに近い二十八歳で魔導師の資格を取ったソフロニアという姫君がいるようだが、彼女でも最年少記録を塗り替える事は出来なかった。


 だから自分が頑張りたかった。もっとたくさん勉強して自分が最年少記録を塗り替えるのだ、と考えての事だった。そうすれば、この国の、そして師匠の誇りになれるだろう。クレオパスはそう考えていた。


 師匠はいつも『焦らないでゆっくり覚えてしていけばいい。でもそのぶん確実にきちんと習得すればいいのだ』と言っている。

 なのに、愚かな自分は焦って勝手に隠れて練習をしたあげく、こうして失敗をしている。


 一体自分はどうなるのだろう。間違えた座標で一体どこに飛んでしまうのだろう。むしろ、こんなに魔力を使って死んだりしないのだろうか。

 いろんな思いが彼の心の中を駆け巡っている。


 彼の周りが光った。転移が始まるようだ。たくさん魔力を使ったせいで気分が悪くなっている。


 自分はこのまま死ぬのかもしれない。


「助けて……だれか……たすけて……」


 その言葉と共にクレオパスの意識は途切れた。


 どこかで犬の鳴き声が聞こえた気がした。

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