第24話 自白

 年末には金沢の事件の専従捜査は解かれた。


 捜査に進展がなく、他に捜査をしなくてはならない事件が頻発ひんぱつしたためだった。


 年が明けると再び鯵沢とコンビを組むようになった。高尾の事件が発覚してから二ヵ月が過ぎ、特別捜査本部は縮小されたので鯵沢は用済みにされたのだ。


 高尾の事件もまた、捜査が進展しない事からの苦渋の決断をしたのだった。


 七日。金沢の鼓膜が再生されて聴力が戻ったと、病院から連絡を貰った。


 私と鯵沢は抱えていた捜査を中断して病院へと向かった。


 金沢は現在も話す事は出来なかった。しかし聞く事が出来るのであれば工夫をすれば事情聴取は可能だと判断した。


 つまり、こちらの質問に対してイエス・ノーで顔を動かして貰えばいいのだ。鯵沢は、金沢から何らかの証言を得られれば犯人逮捕へと近付けるかもしれないと喜んでいたが、私は憂鬱ゆううつな気持ちになった。


 ついに来る時が来たと思ったのだ。真希は金沢に正体を知られていないと言ってはいたが、金沢が何を証言するつもりなのかを想像すると不安がつのった。


 金沢の病室に入室すると、金沢はベッドの上で半身を起こしていて、私たちが来るのを待ち構えていた。その金沢の体は、入院した当初より一回ひとまわり小さくなっていた。


 主治医は金沢本人に、自身の身に起こった体の変化をすでに伝えてくれていた。主治医の話を聞いた金沢は、暴れる事もなく大人しくしていたそうだ。二ヵ月の入院生活である程度自身に起こった体の変化を感じていて、覚悟していたのかもしれない。


 私たちが自己紹介をして事情聴取を始めようとすると、金沢は手首から先のない右手を上げて横にプルプル振った。


 私と鯵沢は『?』と顔を見合わせた。そして鯵沢は私にあごで『オメエが聞け』と指示を出してきた。鯵沢のガサツな声よりも女の私の声で尋ねた方がいいという判断なのだろう。


「何でしょう? 何か伝えたいのですか?」


 こんな男に敬語を使うのはしゃくだったが、鯵沢の手前仕方なくそうした。


 すると金沢は右手首でくうに四角をえがき、そこに右手首を小刻みに震わせて上下に移動させた。


 私はその動きにピンときた。


「書く物が欲しいのですか?」


 その問いに、金沢は大きく頷いた。


「どこかで調達してこい」鯵沢が命令した。


 私は病室を出て、ナースステーションの壁にかけてあったミニ・ホワイトボードとペン、それにテープを借りて病室に戻った。


 そして金沢に断りを入れて、黒ペンを右手首の先にテープで固定した。


 鯵沢はその様子を黙って見ていた。


 ペンを固定し終わると、ミニ・ホワイトボードを金沢の両太腿りょうふとももの上に置いた。


「伝えたい事があるのならば、太腿の上に置いたホワイトボードに右手に固定したペンで書いて下さい」

「文章でなくてもいいんだ。一文字づつでも構わない」鯵沢が付け加えた。


 金沢は大きく息を一つくと、右手首に固定された黒ペンをホワイトボードの上にたどたどしくすべらせた。


 私はホワイトボードが動かないように両手で押さえた。


 真希の名前が書かれるのではないかとドキドキしながらペン先を見つめた。


 文字は手先の感覚だけを頼りに書かれていたので、ミミズがったあとのようにブレていた。


 しかし大きく書かれた一文字目はかろうじて解読出来た。


 金沢が書いた一文字目は、ひらがなの【た】だった。


「た、か?」鯵沢が大きな声を出して金沢に確認した。


 金沢はそれに頷いて肯定こうていした。


 私は金沢が書いた文字が、権藤の【ご】や真希の【ま】の字でない事に一先ひとまずホッとした。


 次に金沢が書いた文字は【か】だった。そして【お】と続けた。続けて読むと【たかお】だった。


 ここで私には金沢が何を伝えようとしているのかを理解できた。


 ホワイトボードを覗き込んでいる鯵沢の顔を見たが、鯵沢には金沢が何を伝えようとしているのかは分かっていないようだった。


 次に金沢が書いた文字は【こ】だった。そして【ろ】【し】【た】と文字を続けた。


 鯵沢はその文字を声に出してつなげた。


「た・か・お・こ・ろ・し・た……。高尾……、殺した……。まさか! おい、オメエが高尾で発見された二人の女の子を殺害した犯人なのか?」


 興奮した鯵沢の問いに、金沢は大きく頷いた。


 そして文字の続きを書き始めた。


 その文字は【し】【け】【い】だった。


 金沢は自分の起こした犯罪を自供して死刑になるつもりでいるのだ。金沢は真希の望みに反して、苦しみを背負って生きる事を拒否して、死刑になって死ぬ事を選択せんたくしたのだった。


 それからしばらくすると、病室は一気にあわただしくなった。鯵沢から連絡を受けた高尾の事件の特別捜査本部の管理官だった人物が、部下を引き連れて駆け付けて来たのだ。


 すると、私と鯵沢は病室を追い出され、完全に部外者扱いにされてしまった。


 ほどなくして、縮小されていた特別捜査本部が元に戻された。金沢の身柄は特別捜査本部に押さえられた。そして金沢による言葉の自供を取る為に、歯のインプラントと声帯の手術が特別捜査本部の予算で早急に行われる事になった。


 私と鯵沢は特別捜査本部に呼ばれ、これまでの捜査状況を聞かれた。


 その際私は、亜希に起こった不幸や真希が起こした事には口をつぐみ、高岡についても情報提供はしなかった。


 話を聞かれ終わった時の私の印象は、特別捜査本部は金沢の傷害事件については、さほど興味がないように感じた。


 声を取り戻した金沢は、高尾の事件だけでなく大阪で起こした事件についても自供した。


 しかし、高尾の事件や大阪の事件も、それを裏付ける証拠を見つける事は困難を極めた。

 

 金沢が所持していると供述した工藤綾香のキャリーバッグや、神崎未央のヴィトンのバッグが金沢の部屋から発見されなかったのだ。他にも暴行や殺害の現場が自室と供述した為、鑑識が徹底的に再調査したが、当然のごと遺留痕いりゅうこんは何一つ残っていなかった。


 捜査員がいくら探そうと二人のバッグは発見される筈はなかった。二人のバッグは私の部屋の押入れの中に保管してあるのだ。勿論、私はそれを特別捜査本部へ提供するつもりはなかった。


 私は金沢を簡単に死刑台へと送るつもりはないのだ。


 しかし、そんな私の気持ちとは裏腹に、大阪の事件の証拠品である被害者の携帯電話が、金沢の供述通りに淀川よどがわの川底から発見された。その前に被害者が発見時に着用していた服がヒョウ柄のワンピースだったと、警察が公表していない事実を金沢が知っていた事とプラスされ、大阪の事件に対しては金沢は起訴される公算が高くなっていた。


 金沢はスカウトの仕事にく前に一ヵ月ほど廃品回収の仕事をしていた時期があり、その時に不法投棄場所として高尾山のふもとの森の中を知ったそうだ。そのため高尾の事件に関しては、そこを二人の遺体遺棄現場にしたと供述していた。その供述をもとに捜査員たちが捜査をしたところ、遺体を遺棄する時に使用した車が、廃品回収会社から借りた車だと立証された。


 他にも金沢の背中のタトゥーが殺害されていた女性たちを表しており、女性たちを表した蝶の特徴が、女性たちの服や持ち物からきているものだという事が判明した。


 この事から、金沢の供述の信憑性しんぴょうせい担保たんぽされたとして、金沢に対して大阪と高尾の殺人及び遺体遺棄事件について逮捕状が発行された。


 それにより金沢は病室で逮捕され、その身柄は警察病院へと移される事になった。


 警察が金沢の逮捕を発表すると、世間やマスコミは騒然となった。


 堂本に続いて、十四年前の女子高校生拉致監禁殺人遺体遺棄事件の犯人の一人である金沢が、新たに三人の女性を暴行して、殺害して、遺体遺棄をしていたのだ。その衝撃は計り知れないものがあった。


 また金沢は、自分に傷害を負わせた人物を、福丸優子の関係者だと思っていたとも供述していた。


 しかし、供述したような容姿をした女性は、福丸優子の関係先には存在していなかった。


 それにもまして、世間の金沢に対する糾弾感情が激しいことから、金沢の傷害事件の捜査はなおざりなものへとなっていった。


 ある週刊誌では、金沢に傷害を負わせた人物をヒーローのように取り上げていた。


 余談ではあるが、金沢の指に指紋がないわけは、いつか犯罪を犯した時に身元がバレないようにと、自分で日々少しづつ紙ヤスリでけずっていたというのだからあきれて物が言えない。


 

 

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