第23話 記憶

 記憶を辿たどる。


 あの日の俺の気分は最高だった。一ヵ月前にスカウトした女がキャバクラ店のナンバーワンになったので、店からスカウトバックの金が思いのほかに入ったのだった。


 この調子で新たに金になる女をスカウトしようと通りで女を物色していると、両手いっぱいに買い物袋をげたイイ女がやって来たのだ。その女は若いとは言い難かったが、なかなかお目にかかれない上玉じょうだまだった。


 俺は他のスカウトに取られる前に声をかけた。


 すると女は、荷物を持って車まで運んでくれたら話を聞いてやってもいいと言ってきた。スカウトでは、話を聞いて貰うまでが苦労するのだから、荷物を運んでやって話を聞いて貰えるのならば断わる理由はなかった。


 俺は女の荷物を持ってやって、女の後を付いて行った。そして駐車場の奥まったところに駐車してあった車に荷物を入れてやっていたところで、首筋にチクリと痛みを感じて、意識を失った。


 意識が戻ったのはひどい痛みを目に感じたからだ。まぶたを開こうとしたが上手うまく開けず、普段なら瞼を閉じていても感じられる光を感じる事が出来なかった。


 また、体を動かそうとしても動かす事が出来ず、体は背もたれの高い大きな椅子にでも縛り付けられているように感じた。


 声を出して助けを呼ぶと、女が答えた。池袋の通りで荷物を持ってやった女の声だった。


 女は、俺の目が見えなくなったのはレーザーで焼きつぶしたからだと、信じられない事を冷酷な声で告げてきた。


 俺はありったけのおどし文句を使って、女をののしってやった。だが、女は動じる事はなかった。


 すると女は俺の耳元で『今まで犯した罪を全て懺悔ざんげしろ』と言ってきた。


 それを俺が即座に拒否すると、何の予告もなく、口に金属の何かを乱暴に突っ込まれ、口を強制的に開けさせられた。そして上の前歯を何かで掴まれたかと思ったら、いきなり掴まれた歯を強引に引き抜かれた。


 俺の全身を激痛がつらぬいた。


 再び女はしつこく『懺悔しろ』と言ってきた。そして『懺悔をしなければ、今度はカナヅチで歯を叩き折ってやる』と脅かしてきた。


 女にそんな事が出来るわけはないとたかをくくっていると、いきなり下口したくちに衝撃が走った。女がマジでカナヅチを叩きつけてきたのだ。カナヅチは歯だけでなくあごにも当たったみたいで、それまで味わった事のない痛みが脳天を突き抜けた。


 その激痛は治まる事がなく、ジンジンガンガンといつまでも続いた。


 『もう一発食らわしてやろうか』冷酷な女の声が言った。


 これは拷問だ。


 この女は狂っている。


 放っておいたら拷問はドンドンエスカレートして行き、殺されてしまうと思った。


 俺にはこれ以上の痛みには耐えられそうもなかった。『助けてくれ』我ながら情けない声を上げて、俺は女に許しをうた。俺は他人を痛めつけるのは好きだったが、自分が痛い目に遭うのは大っ嫌いだった。


 口が痛くて喋りづらかったが、俺はこれまで犯した自分の罪について懺悔した。


 そして女は話を聞き終わると『お前には一生をかけて罪を償って貰う』と怒りの声を上げた。


 それが俺が女の声を聞いた最後だった。


 痛さに負けて、世の中に知られていない罪まで懺悔してしまった俺は、女によって警察へ突き出されるのだろうと覚悟した。


 しかし女は俺を警察へは突き出さなかった。


 その代わりに耳にヘッドフォンを装着させられ、大音量の破裂音をかされた。


 拷問の続きが始まったのだ。この女は拷問が好きで、拷問の続きがしたかったのだと俺はさとった。


 そして何度目かの破裂音を聴かされた後、俺の頭の中でも破裂音が炸裂さくれつした。キーンと耳鳴りがしたと思ったら……、無音の世界に包まれた。


 その後も拷問は止む事はなかった。


 口の中に金属を突っ込まれたと思ったら、のどに熱さと共に激痛が走った。確信はなかったが、喉チンコを切られた感じがした。


 その結果、声を出そうと思っても声が出せなくなってしまった。


 しばらくすると、今度は手足を何かできつくしばらられた。すると、段々と手足の感覚がなくなって行くように感じた。体中に痛みがあったので、もはやどこで何が起こっているのかが分からなくなっていた。


 どれだけその状態でいたのだろう。時間の感覚がなくなっていき、いつの間にか意識が途切れた。


 次に気が付くと、俺はベッドの上に寝かされていた。


 いや、ベッドの上という確信はなかったが、背中でそうではないかと感じたのだ。


 何も見えず、何も聞こえず、何も話せなかった。手足を動かしてみたが、違和感があった。しかしその違和感が何かは分からなかった。


 目も耳も口も機能していなかったが、鼻は正常に機能していたのでにおいは感じた。この匂いはどこかで嗅いだ事がある。記憶を探ると、消毒液の独特の匂いである事が分かった。今いる場所が病院ではないかと思い、一先ひとまず安心した。


 しかしそんな気持ちは長くは続かず、俺の心はイラついた。


 そのイラつきがピークに達すると、俺は見境なく暴れた。そして暴れると、決まって大勢の人間に抑えられ、注射を打たれた。するとまた意識が途切れるのであった。


 どれだけ日にちが経過したかは分からなかったが、ある時足の先がなくなっている事に気付いた。右足を動かし、爪先で左足を触ろうとしたが、どれだけ探そうと右足が左足に当たる感覚がないのだ。


 手も同様であった。布団を握ろうと指先を動かしても、いつまで経っても布団を握れないのだ。


 俺は生きる事に絶望した。


 俺はあの狂った女に、目、耳、口、そして両手足を奪われたのだ。


 あの時女が言っていた『一生をかけて罪を償って貰う』という言葉の意図が分かった気がした。


 あの女は、俺の残りの人生から自由を奪い、苦痛を与え続けて無意味に生き永らえさせようというのだ。


 ふざけるなッ!


 こんな体で生かされるくらいなら死んだ方がましだ。


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