第14話 容疑者

 福丸夫妻の家に到着したのは、十四時三十八分だった。下道を通った時間稼ぎに大した意味はなかった。鯵沢を起こすと大きなアクビを一つした。私はその呑気のんきさに腹が立った。


 ナビの案内では一帯が畑の表示になっていたが、現地に到着すると、その畑の一角が新興の住宅地になっていたので納得した。新興の住宅地だけあってどの家も新しかったが、福丸家は中でも一番新しく建てた家のように見えた。


 福丸家の庭の物干しには洗濯物は干していなかったが、駐車場には車が駐車されていたので、夫婦のどちらかは在宅していると思われた。車のナンバープレートを見ると山梨ナンバーだった。


 転居届をまだ出していないのだろうか?


 鯵沢が私にインターフォンを鳴らせとアゴで指示をした。拒否する事も出来ずに、私はインターフォンのボタンを押した。五秒ほど待って女の人の声が応答した。


「はい」


 優子の母親の頼子だろう。


「こちら福丸さんのお宅でよろしいでしょうか?」表札が出ていなかったので確認した。

「はい、さようです」


 今時珍しい言い回しだ。


 まさか警察の人間が訪ねて来たとは想像もしていないのだろう。こちらが名乗ったらどんな反応をするのだろうか?


 あからさまには動揺して欲しくなかった。


「私、警視庁世田谷西警察署の諸星と申します。少しお話をお伺いたくて参りました」


 返答がなかった。


 それがどういう意味かをはかりかねた。逃亡という言葉も頭に浮かんだが、さすがに今の今、それはないだろう。


 一分ほど待たされた後、玄関ドアが開いた。


 そこに立っていたのは頼子ではなく、夫の修三の方だった。南アルプス市の隣家の木島が言っていた通り実年齢より老けて見えたが、元気がないようには見えなかった。


 私たちを見る修三の顔は、明らかにいぶかしがった表情を見せていた。それが警察に対する警戒か疑問かは、私には読み取る事が出来なかった。


「何の御用ですか?」

「東京で起きた事件について少しお伺いしたいのです」

「東京の事件?」


 とぼけているのか、事件そのものを知らないのか、それを計り知る事が出来ないほどその返答は自然なトーンだった。事件を起こしているのにとぼけているのだとしたら、用意周到に準備して待ち構えていたのだろう。だとするならば、犯罪の決定的証拠など残していないだろう。


 また、事件そのものを知らないのだとしたら、それは福丸夫妻が犯人でない確実な証拠だ。しかしそれを証明する事は至難のわざだ。


「それはどのような事件でしょうか?」


 鯵沢が咳払いを一つした。まだ話すなという合図だった。


「それはここでは……」


 修三は少しの間逡巡あいだしゅんじゅんした。


「どうぞ。何もお構い出来ませんが」修三はそう言うと、私たちを招き入れてくれた。


 玄関の中に入ると、新築の家独特の木の匂いがした。が、次に鼻に香ってきたのは、お線香の匂いだった。


 どうしてお線香がたかれているのかを考えたら、心の奥が締め付けられる思いがした。


「申し訳ありません。お客様用のスリッパを用意しておりません」

「お気遣きづかいなく」と言ったものの、足の裏に汗をかいていないかが気になった。


 鯵沢はというと、そんな事を気にする様子もなく靴を脱いでズカズカと家の中へと上がって行った。私も仕方なく後に続いた。


 通されたのは玄関の壁の向こう側にあったリビングで、室内が異様なほど殺風景な部屋だった。


 背後に視線を感じたので振り返ると、廊下を挟んだところにあるダイニングに女が立っていた。妻の頼子だろう。小さく会釈をしたその姿は、木島が言っていた通り、木島と同年代とはとても思えないほど老け込んでいた。また、木島は生気を取り戻したとも言っていたが、私にはそうは感じられなかった。


「妻の頼子です」修三が紹介した。


 頼子は蚊の鳴くような声で『頼子です』と言ったが、ダイニングからこちらに来ようとはしなかった。


「出来れば奥様もご一緒にお話をお聞かせ頂きたいのですが」


 鯵沢が普段絶対に使わない丁寧な言葉使いをした事が不気味に感じた。


 私は悲しみを背負ったこの老夫婦が、容赦ないベテラン刑事の追及を上手うまくかわしてくれる事を願った。


 しかし、その前にする事があるのを鯵沢は忘れている。


「お話をお聞かせ願う前に娘さんにお参りをさせて下さい」


 鯵沢は自分が先に言わなければならない言葉を私に言われたので、バツの悪そうな顔をした。


 修三がリビングの奥のふすまを開けて、私たちを仏間に通してくれた。


 私と鯵沢は順番に優子の眠る仏壇に向かい手を合わせた。仏壇の前に飾られている優子のいくつもの写真を見て、優子は今でも両親に忘れられずに愛されているのだと改めて思い知らされた。


 そしてそれは、この笑顔を奪った金沢たちへの私の怒りを再燃させた。


 リビングに戻ると、頼子がソファーに座って頭をれて待っていた。


 私たちは改めて自己紹介をして、頼子の向かいに並んで腰かけた。修三は頼子に『心配するな』とでも言うように優しく肩に手をえてから、頼子の隣に腰かけた。


「お茶をお出ししたいところですが、スリッパ同様お客様用の湯呑み茶碗がありません。申し訳ありません」

「どうぞお気遣いなく」


 スリッパといい湯飲み茶碗といい、どうやら福丸夫妻はこの家にはお客を招かないと決めているかのようだ。改めて見える範囲で家の中を観察すると、この家には必要最低限の物しか置いていないようだった。もしかしたら、何か理由があって引っ越したまま荷物をほどいていないのかもしれない。


「こちらに越して来たのはいつ頃でしょうか?」


 鯵沢が夫婦の挙動を観察していてなかなか口を開こうとしないので、間が持てなくなった私は、すでに知っている質問をした。


「十月の中頃でしょうか」修三は誤魔化す事なく正直に答えた。


 それから、他愛のない天気の話やこの土地の話などをしてお茶をにごした。


 その間も鯵沢は、夫婦の心の奥を読み取ろうとしているかのように黙って二人を見つめ、観察していた。


 修三は強い眼差しで話し相手である私を見ていたが、頼子はうつむいたままジッとしていた。それは見ようによっては、後ろめたい事を見透みすかされないようにしているようにも見えた。


 そんな頼子の姿は、鯵沢の心証を悪くしていると思った。私は頼子に、もっと普通にしていてと心で念じたが、そんな思いは当然頼子には届かなかった。


 いつまでも私たちが訪問の目的に触れないので、しびれを切らして修三が聞いてきた。


「ところで、東京の刑事さんが私どもに話を聞きたいとはどのような事でしょうか?」


 金沢の事件に関しては鯵沢が質問と受け答えをする事になっていたので、私は鯵沢が口を開くのを待った。当初この事件は私の事件だと言っていたくせに、これからは鯵沢主導で捜査が進んで行くのであろう。まあ、それはそれでいい。状況は大幅に変わってしまったのだから。


 私は私の出来る事をするだけだ。


「十一月七日の深夜に、世田谷区内の公園で発見された傷害遺棄事件についてお伺いしたいのです」鯵沢はそう言うと、するどい視線を夫婦に向けた。


 私も夫婦の反応に注視した。


 頼子は相変わらずうつむいたままだったので顔色の変化は分からなかったが、体から動揺のきざしを感じられるような事はなかった。


 修三の方も特に何かを反応するような事はなかった。


「この事件は少し特殊とくしゅなものでして。遺棄いきされた被害者は一命を取り留めました。ですが、目を焼かれて失明させられ、耳は鼓膜こまくを破られて聞こえなくさせられ、口は歯を抜かれた上に声帯を傷付けられて喋れないようにさせられています。この犯人はそれだけでは飽き足らず、手足を壊死えしさせました。その為に被害者は手足を切断しなければならなくなり、一生を目と手足を失った生活をおくる事を余儀なくされたのです」


 鯵沢の話を聞いていくうちに、修三は顔をしかめていった。


「それは……、ひどい事をする人間がいるものですね」


 少しの間が気になったが、不自然というほどでもなかった。


「その事件が私どもに何か関係があるのでしょうか?」

「ええ、少なからず関係があるのです」


 いよいよだ。その名前を告げる時がきた。その名前を告げられた時の夫婦の反応を見逃してはいけない。


 私は固唾かたずを飲んで身構えた。


「被害者は、あなた方の知っている人物なのです」


 鯵沢は夫婦を交互に見て……、そして言った。


「被害者の名前は……、金沢拓也と言います」


 その名前を耳にした途端、ジッと俯いていた頼子が顔を上げ、一瞬鯵沢を見た後に修三に顔を向けた。見られた修三はその視線に気付かず、目を見開いた驚いた表情を浮かべて鯵沢を見ていた。


「今、金沢拓也と言いましたか?」修三は自分の耳を疑ったのか、聞き返してきた。


 それはとても芝居をしているとは思えなかった。その自然な仕草を見て、私はこの夫婦が事件に関係していないと思った。


「その金沢とは、あの金沢ですか?」

「あのとは?」


 私は鯵沢の意地悪な問い返しに腹が立った。容疑者との駆け引きが刑事の仕事の一つだとは理解しているが、福丸夫妻のように悲しい過去を持っている人間には、今は使うべきではない。


「決まっているでしょう。娘の全てを奪った犯人の金沢の事です」修三は怒りの感情をあらわにして言い放った。


 頼子が修三の手を握った。修三は鯵沢から目を離さずに、その手を握り返した。


「娘の事件を知っているから私どものところへ訪ねて来たのでしょう?」

「はい、おっしゃる通りです。私たちが今捜査している事件の被害者は、娘さんの事件の加害者の一人の金沢拓也です。名前は知っていましたか? 事件当時加害者は未成年でしたので名前は非公表のはずでしたが」

「小さな町ですからね。未成年と言っても誰がやったかは耳に入ってきます。ましてや加害者の一人は教え子でしたから」

「そうでしたね。心中お察しします」


 鯵沢の言葉には真心まごころが感じられなかった。この男が嫌いになりそうだ。


「もしかして、あなた方は私どもが金沢をそんな目に遭わせたとお思いでここに訪ねて来たのでしょうか?」


 修三は私たちの訪問の理由を当然のごとさっした。


「いえ、そういうわけではありません。私たちは被害者に関係する全ての人に話を聞いて回っているのです」鯵沢は、白々しらじらしい言い訳をした。

「そうですか。しかし私ども以上にあの男をうらんでいる人間はいないのではないでしょうか。だから引っ越し先を探して訪ねて来たのでしょう?」


 鯵沢がどんなにキレイごとを並べようと、修三には見透みすかされていた。


「金沢を今でも恨んでいるのですね?」

「当然です。娘をあのような目に遭わされて、犯人を恨まない親がいると思いますか?」


 いない。私は心の中で叫ぶと共に、今鯵沢にそんな事を言っては駄目だと、修三に向かって念じた。


 鯵沢は修三の質問には答えずに自分の質問を続けた。


「これは話を聞く全員にする質問ですが、十一月七日の深夜三時前後どこにいました?」


 いつの間にか鯵沢は敬語を使わなくなっていた。それは、福丸夫妻を容疑者として本格的に扱うという事か。


「アリバイですか?」

「まあそうです」


 修三は軽く声を出して笑った。


 何で笑うの? 笑っちゃ駄目よ。


「何が可笑おかしいのですか?」

「失礼。しかし深夜の三時にアリバイのある人間はそうはいないでしょう」


 だからって、笑ったら挑発していると見られるわよ。


「そうですね。で、どうなんですか?」

「考えるまでもありません。この家で寝ておりました。勿論妻も一緒です」

「奥さん、どうです?」鯵沢が頼子に顔を向けて聞いた。


 頼子は小さくうなずいた。それは見ようによってはオドオドしているようにも見えた。


「しかし、確か親族はアリバイの証人にはなれないのでしょう?」

「そうとばかりは言えませんが、親族でない方が信用されますね。それでは七日以前はどうでしょう? 十月の月末から十一月の七日の間はどこにいましたか?」

「基本的にはこの家ですな。出かけるのは週に一・二回、昼間に近くのスーパーへ食材の買い出しに行くくらいですから」

「他にはどこにも出かけていませんか?」

「おりません。その期間に何があったのですか?」

「その期間、被害者の金沢がどこかに監禁されていたのではないかとみています」

「監禁ですか。フンッ、因果応報いんがおうほうとはよく言ったものです。娘を監禁した犯人が、今度は自分が監禁される立場になるのですから。フンッ」修三は笑みを浮かべた。


 鯵沢はその笑みをしっかりと確認していた。


「あなた方はその犯人が私どもと疑っているわけですね?」


 私は違う。そう声を出して言いたかった。


「疑われるような事をしましたか?」

「さあ、心当たりはありませんが、生憎あいにくとそれを証明する手立てがありません」


 修三は鯵沢を挑発するような言い方をした。そんな対応は得策ではないと、修三にアドバイスしたかった。


「回りくどい質問はそろそろよしてくれませんか。聞きたい事があるならば率直そっちょくに聞けばいい。私どもは正直に答えますよ。長年生徒たちに『嘘はくな、正直者でいろ』といてきた身ですから。その私が平気で嘘を吐いたら生徒たちに顔向け出来ません」

「そうですか、さすが教育者ですね。ではそうさせて貰います」鯵沢はチラリと私を見た。


 それは、これから修三の口から語られる真実から目をそむけるなとでも言うような目だった。


「では単刀直入に聞きます。あなた方が金沢を監禁して、その上暴行を加えて、公園に遺棄したのですか?」

「いいえ。そのような事はしておりません」修三は間髪入かんぱついれずに答えた。


 それでいい。否認し続ける事が賢明けんめいな対応だ。


「そうですか」


 鯵沢は明らかに落胆らくたんした。


「それでは別の質問をします。金沢が少年刑務所を出所していたのを知っていましたか?」

「それは……、事件が起こってから十四年が経ち、確定した刑期が十年と漏れ聞いていましたから、すでに出所しているとは思っていました。しかし正確にいつ出所したかは知りません。警察も裁判所も被害者には何も教えてくれませんから」


 お願い、皮肉を言うのは止めて。


「金沢が出所してから会った事は?」

「前も後も一度もありません」

「所在地を知っていましたか?」

「いいえ。どこにいたのですか?」


 修三の言葉や表情から、私には修三は本当に何も知らないように見えた。


「捜していたのですか?」

「はい。捜しておりました」


 それは即答しなくていいのに。もう~……。


「娘の全てを奪った奴です。たかだか十年の服役で罪が償えたとは思って欲しくはありませんからね。捜し出してそれ相応の償いをして貰おうと思っておりました」


 ああ、もう止めて。言い過ぎよ。


「今の言葉は聞きようによっては自白に聞こえますが」

「そうですか、そんなつもりはありませんが、それが正直な気持ちです。しかし残念ながら私どもはあなた方の希望に沿う事は出来ません。金沢をそんな目に遭わせたのは私どもではありません。それは何度聞かれようとも同じです」


 そう、それでいい。


 鯵沢は言葉にまった。正直に話すと言われて犯行を否定されたのでは、今のところこれ以上攻める手立てはない。


「私の方にも一つお教え願いたい事があるのですが、よろしいですか?」

「ええ、ただ答えられる事とそうでない事がありますが」

「分かりました。それではそれを踏まえてお聞きします。金沢は今どうしているのかを教えて下さい」

「やはり気になりますか?」

「なりますね。先ほどのお話しですと死んではいないようですが」

「ええ、死んでいません。しかしある意味、死以上の仕打ちを受けたと言えます。初めに言いましたが、金沢は発見当時、目、耳、口、両手足を傷付けられていました。耳と口はいずれ回復するようですが、目は一生見えなくなりました。そして両手足は縛られて壊死をさせられていて、その為に病院で切断されてしまいました」

「切断、手足を失いましたか。それはそれは……」


 修三はその後の言葉を口にしなかったが、『お気の毒に』ではない事は確かだろう。


 金沢の現在の状況を聞いた修三と頼子は、どこか喜んでいるように見えた。


 その頼子と私の目が合った。私はその目に『私はあなた方の味方です』と訴えたが、頼子には届かなかったようで目をらされてしまった。


「どうやらこの犯人は金沢の命を奪うのが目的ではなく、生かして苦しめるのが目的だったのではないかと、私たちは考えています」

「だから私どもの犯行だと思われたのですか?」

「いえ、ですから先ほども言いました通り、今は一人一人関係者を調べて、容疑者を見つけようとしている段階なのです」

「差し詰め私どもが第一容疑者という事でしょうか」

「そういうつもりはありませんが、気を悪くしたのなら謝ります」


 鯵沢のその言葉は、全く気持ちがこもっていなかった。


「いえ、あなた方もお仕事でしょうから、少しでも疑わしい人間がいたのならば調べるのは当然の事です。多少失礼な質問をされても理解しますよ」

「恐縮です」


 全く恐縮していなかった。


 修三は鯵沢の上辺うわべの言葉など気にしていないようだった。


「しかし先ほども申しました通り、金沢をひどい目に遭わせたのは私どもではありませんよ。それだけは何度聞かれても変わる事はありません」


 修三は毅然きぜんとした態度を取った。その姿は私を少し安心させた。


「そうですか、では質問を変えさせて貰います。奥さん」


 突然名指しされた頼子はビクリと体をふるわせた。


 どうやら鯵沢は、修三がボロを出さないのでターゲットを頼子にシフトするようだ。


 安心した気持ちが不安へと振れていった。


「奥さんは看護師をしていましたね?」

「昔の話です。娘が亡くなった後、体調を崩しまして辞めてしまいましてそれっきりです」頼子の代わりに修三が答えた。

「すみません、奥さんから直接聞きたいのですが」


 修三が答えたのでは、鯵沢の意図が半減してしまう。


 修三が頼子に優しく頷いた。


「……主人の言った通りです」頼子がか細い声で答えた。


 その声は聞きようによっては、後ろめたい思いがこもった声にも聞き取れたし、単に覇気はきがないだけとも聞き取れた。しかしそれより私が気になったのは、頼子の体が微かに震えている事だった。その事は当然鯵沢も気付いているだろう。


「病院を辞めてから、病院や病院関係者との付き合いはありますか?」


 頼子は指示をあおごうと修三を見た。修三は黙って頷いた。


「病院には……、体の具合が悪い時には……、お世話になっております」


 頼子のその体を見れば、病院の世話に度々たびたびなっているであろう事は容易よういに想像出来た。


「病院に勤めていた頃の医師や看護師とは今も付き合いはありますか?」

「先生とは……、お付き合いはありません」

「看護士はどうです?」

「何人かとは……、お年賀状のやり取りは御座います」

「会う事はありませんか?」

「はい……。いえ、一人おります」

「どなたですか?」

「南アルプス市の中央病院の看護師長をしておられる徳永麻衣子さんという方です」

「どういう関係ですか?」

「最後に勤めていた病院で、私が指導していた後輩です。それ以来仲良くさせて頂いています」

「よく会うのですか?」

「よくと言うほどでは……。時間が許す時などに……、たまにお茶をする程度です」


 頼子は今自分が重要な証言をした事に気付いていなかった。親しい間柄のそれも後輩の看護師がいるという事は、頼子が頼めば麻酔薬や筋弛緩薬を手に入れられる可能性があるのだ。

 

 勿論、看護師の倫理観りんりかんがそれを許すとは思えないが、優子の事件を知っていて、薬を使用する相手が事件の犯人に限るならば、同情心から倫理観を逸脱いつだつしてしまう事はなくはないかもしれない。


 どちらにしても、その徳永という看護師に近々会いに行く事になるだろう。


「それが何か事件に関係するのでしょうか?」修三が頼子に代わって質問してきた。

「いえ、参考までに聞いただけです。おい、オメエから何か聞いておく事はないか?」突然私に話を振ってきた。


 私は考えたが、これ以上質問して思いがけないボロが出ても困ると思い、鯵沢に事情聴取の切り上げを提案しようとした時、修三が逆に質問をしてきた。


 頼子から気を逸らすのが狙いかもしれない。


「金沢は東京で何をしていたのですか?」


 鯵沢が私に答えろと、目で言った。


「風俗のスカウトマンをしていました。今年の初めに上京して来て、少年刑務所で知り合った男の紹介で始めた仕事です」聞かれてもいない余計な情報を付け加えてやった。


 鯵沢はその行為が気に入らなかったらしく、足を蹴飛ばしてきた。


「風俗ですか。若い女の子を食い物にするような仕事ですな。まったく、そんな仕事をしていたと聞くと、とても娘の事件を反省しているとは思えませんな」


 修三はあからさまに苦々にがにがしい表情を見せた。


「そのような仕事をしていたのならば、恨みを買うようないざこざの一つや二つを起こしているのではありませんか?」

「ええ、勿論その線でも捜査をしています。ですからこちらにお伺いしたのも、たくさんの可能性の一つと考えての事なのです。いろいろ伺いましたが、お気を悪くなさらないで下さい」私は心を込めて謝罪した。

「別に気を悪くしてはおりませんよ。金沢の近況を知られて良かったです」


 修三は私に微笑みかけてくれた。


 その笑みの意味を私は測りかねた。感謝の笑みならいいのだが、鯵沢は挑発的態度だと解釈して、心証を悪くしたかもしれない。


 その時、インターフォンの呼び出し音が鳴った。修三が立ち上がり受話器に向かって対応した。どうやら誰かが訪ねて来たらしい。客など来ないと言っていた筈だが、誰が来たのだろう?


「お客様ですか?」

「いえ、客ではありません。ちょっと失礼します」修三はそう言うと、玄関へ向かった。


 それを契機として、私たちは今日のところは引き上げる事にした。それを告げると、頼子はどこかホッとしたような表情を見せた。


 好むと好まざるとに関わらず、私はまたこの家に来る事になるのだろう。


 廊下を玄関へと進むと、玄関の上がりがまちをベージュの作業着を着た三十前後の短髪の男が上がって来るところだった。


 新築の家なのにどこか直すのだろうか?


 狭い廊下なので、私たちが体をかわした。男は一礼して廊下を進んでリビングの中へと消えて行った。


 修三は、私たちを送り出そうと待っていてくれた。


「帰る前にもう一つだけ頼みがあるのですが」

「何でしょう?」

「二階を見せて貰えませんか?」鯵沢が帰ろうとしていた私をしり目に言った。


 気になっていたのか。実は私も二階は気になっていたのだが、鯵沢が気にしなければ知らんふりをし帰ろうとしていたのだった。


「二階ですか。何もありませんが、ご覧になりたいのであればお気の済むまでご自由にどうぞ」


 修三は嫌な顔一つせずに受け入れた。


 それを聞くと、鯵沢は私を置いてサッサと階段を上がって行った。仕方なく私も後に続いた。


 修三が付いて来ると思ったが、一階にとどまった。二階には見られて困る物がないという証拠だろう。


 案の定、二階にある和室と洋室の二部屋には、修三が言っていた通り、家具はおろか引っ越ししたての家にありがちな段ボールの一つも存在していなかった。


 和室の方に入室すると、部屋の空気は何日も換気していないのか、ドンヨリとよどんでいた。


「ホントに何もありませんね。ここだけ見たら入居前の家だと勘違いしますよ」


 もしかしたら、福丸夫妻はこの家に引っ越して来てから、一度も二階に上がっていないのではないだろうか。


 鯵沢は押入れの中を調べたが、押入れの中にはちりさえも落ちていなかった。


 ふと窓の外に目をやると、先ほどの作業着の男が門を出て行くのが見えた。


 もう用事は済んだのか。


「おい、何突っ立ってんだ。部屋の中をよく見ろッ」鯵沢が部屋に何もなかった事にイラついて、私に怒鳴どなった。

「よく見ろって言われても、何もない部屋を見ようがありませんよ。夫婦は二階を使っていないんじゃないでしょうか」

「生活に使っていなくても、金沢の監禁に使っていたかもしれねえじゃねえか。こんだけキレイなのはかえってあやしい。監禁に使っていた痕跡こんせきを消す為に掃除をしたのかもしれねえ。完璧な証拠隠滅しょうこいんめつはプロでも難しいんだ。壁の隅に飛び散った血痕けっこんの取り残しが残っているかもしれねえ。探せ」


 鯵沢は真新しい壁紙が張られた壁をなめるように見て回り出した。


 仕方なく私は隣の洋室へ移動して、壁を見て回った。


 血痕などないと思っていたが、もし万が一あったとしたら鯵沢が見つける前に隠滅しなければならない。


 しかし結果は、血痕はおろか染み一つ見つからなかった。


「何かあったか?」和室の捜索をあきらめた鯵沢が、洋室の入り口に立って聞いてきた。

「ホコリ以外何もありません」


 鯵沢は舌打ちをして不満を表した。


「気に入らないからって舌打ちしないで下さい。福丸夫妻が事件に関係していなければ、いくら捜索しようとも何も見つからないのは当然の事です」

「オメエは福丸夫妻を犯人にしたくないから早く結論を出したいだけだろうが。捜査はな、簡単に結論を出しちゃいけねえんだよ」

「そんな事は分かっています。でもこれだけは確かです。二階には何もありませんよ。そもそもあの夫婦には、金沢を二階まで上げて下ろす力なんかないんじゃないですか」

「夫婦になくても、他に協力者がいるかもしれねえだろうが」

「共犯者って事ですか? 誰です?」

「バカ、そんな事まだ分からねえよ。可能性の話をしているんだ。夫婦の兄弟とかおいがいて、そいつらが協力すれば犯行は可能だろうが」


 それは福丸夫妻を犯人にしたい鯵沢の願望に過ぎない。


「そんな人がいますかね。兄弟や甥がいたとしても、その人たちにも家族がいるでしょう。いくら頼まれたからと言って簡単に協力するとは思えません。その前に、福丸夫妻が犯罪を犯そうとしているのならば、止めるんじゃないですか」

「フンッ」

「鯵沢さんはどうしても福丸夫妻を犯人にしたいみたいですね」

「オメエはどうしてもしたくないみたいだな。私情を挟んだら刑事失格だぞ」

「私情を挟んでいるつもりはありません」


 嘘だ。思いっ切り挟んでいた。


「冷静に考えて、福丸夫妻を犯人とする証拠は何一つないというのが今の現実です。福丸夫妻だけに固執こしつするのは危険ですよ」

「そんな事はオメエに言われなくても分かっている。他に容疑者がいないかは捜査するが、今のところ一番犯人に近いのはやはり下の二人だ」


 反論したかったが止めておいた。反論して、また私情を挟んだと思われて捜査をはずされたりしたら最悪だ。


 二階には何もない事が分かったので、私たちは階下へ下りた。すると階段を下りて来る気配を感じた修三が、リビングからやって来た。


「今日はこれで失礼します」

「また来る事もあるかもしれないので、その時はよろしくお願いします」鯵沢が疑いは晴れていないとでも言うように、私の言葉に付け足した。

「いつでもどうぞいらして下さい。事前にご連絡を頂ければ、お茶くらいはお出し出来るようにはさせて頂きます」


 その言葉が嫌味なのか本心なのかは、私には読み取れなかった。


 玄関が狭いので、私は鯵沢が靴を履き終えるのを廊下で待った。


「先ほどの男の人は大工さんか何かの職人さんですかね?」間が持てなかったので、ここで擦れ違った男の話をした。

「さすが刑事さん、よくお分かりで。奴は大工です」

「やっぱり」

 自分の目利きが当たっていたので嬉しかった。

「新築のお宅なのにどこかに不具合でもあったのですか?」

「いえ、違います。奴は特別な用事があって来ているのです」


 あれ? それまでと違う修三の言葉使いに違和感を覚えた。他人の事を奴呼ばわりするのは修三らしくない。


「特別な用事とは?」


 大工の特別な仕事とは何だろう? パッと頭に浮かんでくるものはなかった。


「刑事さん、それは質問でしょうか?」

「ええ、はい」どうしても知りたいわけではなかったが、反射的に返事をした。

「おい、世間話なんかしていねえで早く靴を履け。置いていくぞ」


 もうー、あんたが靴を履き終わるのを待っていたんでしょうが。私は靴を履き始めた。


「奴は娘に謝罪に来ているのです」


 えっ、何で大工が優子に謝罪に来るの?


「奴は堂本です」


 堂本? 突然の事に直ぐにピンとこなかった。


「今堂本って言ったか? 堂本ってあの堂本か?」玄関を出かかった鯵沢が、振り向いて詰問口調きつもんくちょうで言った。


 まさか! それで私も遅ればせながら気が付いた。


「はい、あの堂本です。私の教え子だった、あの堂本武士です。もっとも今は苗字みょうじが変わって前島になっていますが。奴です」

 修三は平然と言った。 

「あなたに質問されなければ黙っていようと思っていましたが、先ほど質問には正直にお答えすると言ってしまった手前、お答えしなくてはいけなくなりました」


 ウソ、私の何気ない質問にこんな重大な事を答えたと言うのか。


「まあしかし、あなた方にお教え出来て良かった気もします。隠していたところで、あなた方はいずれ奴の居場所を捜し当てたのでしょう。ですからこれであなた方の手間もはぶけたわけですし、後から何であの時言わなかったのだと責められる事もなくなりました」


 私は修三の話を聞きながらも、何が起こっているのかを頭の中で整理出来ずにいた。それは鯵沢も同じようで、口をポカーンと開いていた。


 私は息を一息吐いて落ち着きを取り戻すと、修三へ矢継やつばやに質問をぶつけた。


「なぜ堂本がここにいるんですか? 堂本とはどういう付き合いをしているんですか? 堂本は何をしに来たんですか?」

「そんなに早口で話さなくても疑問にはお答えますよ。質問には正直にお答えするとお約束したでしょう。さて、何でしたかな……。そうそう、どうして奴がここにいるのかでしたな。それは単純です。奴がこの家の向かいの家に住んでいるからです」


 その答えを聞いて、私と鯵沢は玄関を出て向かいの家を見た。家の外には堂本の姿はなかった。


 しかし、修三の告白を聞いても、先ほどここにいた男が堂本だとは信じられなかった。堂本の逮捕時の写真を新井に見せて貰っていたが、十年以上前の写真だったからか、先ほどの男が写真の少年と同一人物とは全く思えなかった。


「さて、次の質問の答えですが……、付き合いなどありません」

「嘘」私は思わず声を出した。


 付き合いのない人間がなぜここにいる。新たな疑問だ。


「嘘じゃありませんよ。娘を殺した奴となど付き合いはしません」

「それならどうして?」

「先ほども言いました通り、奴がこの家に来るのは、娘に謝罪をする為です。毎日この家に謝罪に来る事が奴の日課なのです」

「どうしてそんな事に……」


 ハッとすると同時に体の中に電流が走ったような衝撃を受けた。


「あなた方がここに越して来た目的は、堂本に謝罪をさせる為なのですね」声がだんだん大きくなっていってしまった。

おっしゃる通りです。他に娘との思い出の詰まった山梨の家を離れる理由などありませんからね」

「どうやって堂本を捜し当てたのですか?」


 警察の新井でさえ堂本の行方をつかめていなかったのに、素人の修三が捜し当てられるとは思えなかった。探偵にでも依頼したのだろうか?


「それは、全くの偶然でした。こちらの方に嫁いだ教え子がおりまして、その子が教えてくれたのです。その子の家がリフォームをする事になって、工事を頼んだのが奴が勤めていた工務店だったのです。その子は奴が更生して真面目に働いていると思い、善意の気持ちから私にその事を教えてくれたのですが、私ども夫婦にとっては、奴が更生しているかなどどうでもいい事だったのです。私どもが奴に望む事は、優子に対しての一生をかけた償いです。奴は逮捕されてからも、少年刑務所に入所していた時も、そこを出所してからも、優子や私どもに一度も謝罪の意思いしを示しませんでした。そういうわけで、奴が謝罪に来ないのなら、こちらから行くしかないと考えて、山梨を家を出てこちらに転居して来たのです」


 話しをしているうちに、修三の顔は見る見るきびしくなっていった。


「これが私どもなりの奴に対する娘の復讐です。何も憎い相手の体を傷付けなくても復讐は出来るのですよ、刑事さん」


 修三の全身からは強固な覚悟が感じられた。


 この人はやはり娘を死に追いやった犯人に対して復讐を考えていたのだ。しかしそれは、私たちが考えもおよばない方法でだった。


 私と鯵沢は、衝撃を背負せおったまま福丸家を後にした。


「やはり金沢に傷害を負わせた犯人は福丸夫妻ではありませんでしたね」


 修三の考えを聞いて私は確信した。


「なぜそうなる? 結論を出すのは早いぞ」

「どうしてですか。鯵沢さんだって聞いていたでしょう。福丸夫妻が望んでいるのは、娘を殺した犯人たちの謝罪と一生をかけた償いです。金沢がされたように意思疎通を出来なくしてしまったら、謝罪や償いをさせられなくなるじゃないですか」

「なるほどな、しかしこうも考えられるぞ。何らかの手段を使って金沢の居場所を突き止めた福丸夫妻は、金沢にも堂本にさせているように、毎日の娘への謝罪を要求した。しかし金沢は堂本と違ってその要求を拒否したんだ。それを許せなかった福丸夫妻は、あのような実力行使に打って出た。どうよ?」

「そんな、強引ですよ」


 このに及んでも鯵沢は福丸夫妻を容疑者から外したくないのだ。


「俺はあり得ると思うぞ。金沢は堂本と違って更生もせずに相変わらず粗暴そぼうだったようだからな。そんな男に心からの謝罪や償いは期待出来なかったのだろう」


 こんな考えしか出来ない鯵沢への腹立ちが怒りへと変わっていった。


「福丸夫妻が金沢の居場所を知っていたという証拠が出ないうちは空想でしかありません」

「今のところはな。まあ、それについてはこれからじっくりと調べようじゃねえか。しかしその前にまずは向かいの家の男に話を聞かねえとな」


 それには異議はない。堂本の居場所を掴む事は苦労するだろうと思っていたが、思わぬところで堂本を捜す手間がはぶけた。


 私たちは福丸家から数歩のところにある堂本の家の門の前に立った。


 まだこの家の住人が堂本であると信じられない気持ちがあった。しかしそれも会って話せば直ぐに解消される事だ。


 私は門扉の横のインターフォンに手を伸ばした。するとその手を鯵沢が掴んで止めた。


「警察と名乗るのは止めておけ」鯵沢はそう言うと、門扉の柱の上部にあった表札をアゴで指した。


 その表札には、前島武士の名前に並んで直美という女の名前が書かれていた。


 妻だろうか? 修三が堂本は前島に名前が変わったと言っていたのは、結婚して直美の姓になったのだなと理解した。


 鯵沢が言いたい事は、堂本は妻に自分の起こした犯罪を告白していないだろうから、警察の訪問はせておいてやろうという事らしい。


 あんな非道な犯罪をした奴にそんな気遣いをしてやるのはしゃくだったが、私は頷いてインターフォンのボタンを押した。すると直ぐに男の声で応答があった。


「はい」


 私はカメラに顔を向けた。勿論、笑顔など見せなかった。


「先ほど向かいの福丸さんのお家でお目にかかった者です」

「はい、何の用ですか?」

「少しお聞きしたい事があるのですが、お出になって来て頂けないでしょうか」


 少しの間があって『はい』と返事があり、間もなく玄関ドアが開き、警戒した堂本が顔を出した。


「何?」愛想あいそ欠片かけらもないぶっきらぼうな言い方だった。

「奥様は御在宅でしょうか?」

「何? セールス? うちそういうのいいから」


 いいからじゃないんだよ。こっちが親切心で警察を名乗らないでいてやっているのに。


 堂本はドアを閉めようとした。


「待って下さい」不法侵入になりかねないが、私はあわてて敷地に入り、ドアが閉まるのを止めた。

「何だよ」堂本は不審がり、少しキレた声を出した。

「こういう者です」私は素早く身分証を出して見せた。


 すると、ドアを閉めようとしていた堂本の手が止まった。


「奥様は御在宅ですか?」

「えっ、ああいない、買い物に行っている」キレた声は、震えて慌てた声に変化した。


 それなら遠慮する事はない。


「そうですか、それなら丁度いい。少し話を聞かせて下さい。ここでは何だから中に入れて貰えないかしら」


 堂本は家の中に目をやって、少し考えてから言った。


「直美、嫁がいつ帰って来るか分からなないから家に上がって貰うのは困る」

「そう、だったら」

「そこを出て右に行ったところに神社があるから、そこで待っていてくれ」堂本は早口でそう言うと、私の返事も待たずにドアを閉めた。


 私たちは堂本に言われた通り神社で堂本が来るのを待った。


 そこは神社とは名ばかりの朱色しゅいろの塗装のげ落ちた鳥居とりいと無人の古い小さなやしろがあるだけだった。三方を雑木林ぞうきばやしに囲まれていて、鳥居と社の間に大きなイチョウの木が一本あった。そのイチョウの葉は黄色く色づいていて、根元には銀杏ぎんなんの実が落ちていた。近くに寄ると独特の異臭が鼻についた。


 私は時間潰しに賽銭箱さいせんばこに百円を投げ入れ、福丸夫妻の無実を願った。鯵沢は賽銭箱の前の石段に腰を下ろして、タバコの代わりに常備じょうびしている飴玉あまだまめていた。


「遅いですね」


 神社に来てから五分が過ぎていた。


「逃げたなんて事はないですよね」

「逃げる理由がねえだろう」

「金沢を襲ったのが堂本だったとか」

「オメエ本気で言っているのか?」鯵沢はあきれ顔を見せた。

「ないですか?」

「ねえよ、バカ」


 鯵沢は事もなげに否定したが、私はその可能性はあると思っていた。


「こうは考えられませんか。更生して真面目に暮らしていた堂本を、金沢が昔の事件の事をネタに脅迫きょうはくしてきて、堂本がそれに怒って、金沢をあのような目に遭わせたとか。有り得ませんか?」


 二人の現在に接点がなければ成り立たない仮説かせつではあるが、福丸夫妻の疑いを晴らす為にもそうあって欲しいという私の願望がんぼう思考しこうさせた。


「まったく、オメエの想像力には感心するよ。しかしまあ、その事も頭に入れてやっこさんに色々聞いてみようじゃねえか」


 意外な事に鯵沢は私の仮説を頭から否定しなかった。


 そんな会話をしていると、堂本が鳥居をくぐって小走りでやって来た。近付いて来る堂本の全身には警戒けいかいのオーラがまとわれていた。


 堂本の着ていたジャンパーの胸には【前島工務店】と金糸きんし刺繍ししゅうほどこされていた。


「困るんだよ。俺は今真面目に暮らしているんだぜ。突然警察なんかに来られたら迷惑なんだよ。嫁さんに見られたらどうしてくれるんだよ」堂本は開口一番文句を連射してきた。


 やはり堂本は、妻には過去自分が罪を犯した事を話していないのだ。


 当然か。女子高校生を拉致して、レイプして、監禁して、殺して、遺棄した過去がある男と知って結婚しようだなんて女はいやしないもの。


 私は堂本の文句を制して、これまでの経緯けいい簡潔かんけつに話した。


 すると堂本は口をつぐみ、顔が見る見る驚愕きょうがくの表情に包まれていった。


 しかし私が話し終えると、堂本はしょうじた不安を打ち消す為か饒舌じょうぜつに口を開いた。


「信じられねえ、キムをそんな目に遭わせた奴は絶対にあの夫婦だぜ。アイツら狂っているんだ。アイツらならやりかねねえよ。きっと俺にしてきたみたいに、キムのところにも行ったんだぜ。でもよ、キムは俺みたいに守るべき家族がいねえからよ、アイツらの要求を拒否ったんだ。そのキムの態度にムカついたアイツらは、実力行使に出て、そんなひどい事をしたんだぜ、きっと」


 堂本は自分のしてきた事をたなに上げて、福丸夫妻の事を非難ひなんした。


「罪を償った人間を付け回しておどかすなんてよ、真面まともな人間がやる事じゃねえよ」堂本は怒りにまかせて口汚くちぎたなののしった。


 女子高校生を集団で襲う方が真面じゃないわよ。私は強く拳を握った。


「福丸夫妻が金沢を襲った証拠を何か知っているのか?」鯵沢が冷静に聞いた。

「証拠? そんなもの今のアイツらの行動を見れば分かるだろうが。アンタらも刑事なら見抜けるんじゃねえのかよ」

「無茶言うなよ。俺たちは刑事は超能力者じゃない。どんなに疑わしくても、証拠がなければ犯人とは断定出来ない」

「チェッ、使えねえな。かく何でもいいから早く証拠を見つけて、俺の前からアイツらを消し去ってくれよ。頼むよ」


 カチンときた。


「ちょっと待って。あなたがなぜそんな酷い事が言えるのよ。あの人たちはあなたに何も悪い事はしていないじゃない。あなたがあの人たちに謝るのは当然の事じゃない。あなたはそれだけの事をあの人たちにしたのよ。分かっているの」堂本の態度に腹が立って耐えきれずに思わず言ってしまった。


 堂本は自分に都合つごうのいい真実を言い返してきた。

 

「でもよ、俺はちゃんと罪を償って来たんだぜ。少年刑務所に入って、刑期を終えて出て来たって事は、罪が許されたって事じゃねえのかよ。アァー」最後は口調が乱暴になった。


 これがこの男の本性ほんしょうなのだと思った。


「それは違うわ。少年刑務所に入って、刑期を終えたからといってそれで罪が消えるわけじゃないのよ。犯した罪は何があろうと一生消えやしないのよ。あなたが起こした犯罪は強盗や傷害とは違うのよ。分かっているの?」

「分かってるよ。でもよ、だからって突然家の向かいに越して来てよ、毎日娘に謝罪に来い、来なければ家族に事件の事をバラすって脅かされたんだぜ。そんな事を言われたら行かないわけにはいかないじゃねえか。そんなのやり方がきたないだろうがッ」

「何が汚いのよッ。あなたたちのした事の方がよっぽど汚いじゃないの。あなたはあの人たちに一生消えない傷を負わせたのよ。それなのに一度も謝罪に訪れなかったらしいじゃない。そんな人間が、どう更生したって言うのよ。何が罪を償ったよ。償ったかどうかはあなたが決める事じゃないのよ。それは被害者と被害者家族が決めるのよ。勘違いするんじゃないわよッ」

「何だお前、俺にケンカ売ってるのか」


 堂本が私に詰め寄って来たが、私はひるまなかった。


「二人とも興奮するな」


 鯵沢が割って入って来て、私と堂本を引き離した。


「凛、言い過ぎだぞ。アンタもだ。そんなでかい声を出したら誰かに聞かれるぞ。知られたら困るんだろ」


 堂本はそう言われて我に返つたのか、大人しくなり、周りに人の姿がないかを確かめた。


「何なんだよこの女。ホントに刑事かよ?」堂本は文句を言う声のボリュームを少し下げた。

「ああ、新米だが正真正銘しょうしんしょうめい刑事だ。コイツにはちょっと事情があってな、アンタみたいな事件を起こした人間が嫌いなんだ」

「事情って何だよ?」

「あなたが知る必要ないわよ」


 お前などには死んでも教えない。余計な事を口走った鯵沢をにらんだ。


 鯵沢も口がすべったのを自覚してか、右手でチョンチョンとびる仕草しぐさをした。


「それよりも話を聞かせてくれ。アンタもいつまでも俺たちに付き合わされるのは迷惑だろう。奥さんが帰って来る前にサッサとましちまおう」

「ああ」堂本は返事をすると同時に、私を威嚇いかくするように睨んだ。


 私も負けじと睨み返した。


「しょうがねえな」


 鯵沢は私を自分の後ろに追いやった。


「こいつの事は気にするな。話は俺としよう」

「ああ、早くしてくれ」

「それじゃまず、福丸夫妻が越して来た時の事を教えてくれ」

「あれは確か、今建築している家の棟上げ式が行われた日に引っ越して来たんだ」

「棟上げ式?」

「家の骨組みを大工が集まって一気に建ててしまう日があるんだよ。大工にとっては一番大事な日だ」

「ああ、あれか。そういえばアンタは大工なんだってな?」

「ああ」

「大工になってどれくらい経つんだ?」

「七年ちょいだ」

「七年か、続いているな」

「好きだからな、大工の仕事が」

「そりゃいい。好きな仕事にめぐり逢えるのは幸せな事だ。前島っていうのは奥さんの名前か?」

「……ああ、そうだよ」


 堂本は名前には触れて欲しくなさそうだった。コイツは名前が変われば、事件の事がなかった事になるとでも思っているのだろうか?


「もしかして社長の娘か?」鯵沢は堂本のジャンパーの胸のネームを指して言った。

「えっ……、ああ」


 仕方なく認めたという感じだ。聞かれたくない質問だったのだろう。


「て事は逆玉か」

「ゲスな言い方するなよ。そんな事考えて結婚したわけじゃない」


 私は信じるよ。お前は名前を変えたかったから結婚したのだろう。それが社長の娘だったのは、オマケみたいなものだったのだろう。


「そうか、そうだよな。まっ、そんな事はどうでもいいんだ。話を戻そう。その棟上げ式の日に引っ越して来て、それからどうなった?」

「その日は向かいの家に誰が越して来たかは知らなかったんだ。だが翌朝、仕事に行こうとして家を出たら、アイツらが家の前で待ちせしていて挨拶あいさつされたんだ」

「待ち伏せとはおだやかじゃないな」

「アイツらは俺の驚く顔を見たかったんだ」

「驚いたのか?」

「当たり前だろ」


 フンッ、いい気味だ。


「で、どうした?」

「アイツらはどういうわけか事件の事には触れてこないで、中学の担任の先生だったと挨拶してきただけで、他には何も言ってこなかったんだ」

「何もか、それは却って不安になったんじゃないか?」

「ああ、だから仕方ないから数日後にこっちから目的は何なのかを知りたくて訪ねて行ったんだ」


 何が仕方なくだ。直ぐに謝罪に行けってんだ。


「それで?」

「で、家族に事件の事を黙っていて貰う代わりに、毎日家に訪ねて行って、死んだ娘が入った仏壇に手を合わせてお参りする事を約束させられたんだ」


 それで済んだ事を有難ありがたく思え。


「なるほど。すると福丸家へ通って今日で……、一ㇳ月くらいか?」

「二十九日だ」

「まあ、最初は気が重かっただろうが、それだけ通っていれば、もうれてきたんじゃないのか」

「フンッ、慣れるもんか。俺が毎日通っていても会話は一つもなく、アイツは黙って俺が線香に火を灯して手を合わせるのを見ているだけなんだ。母親の方は恐ろしいほど冷たい視線をびせてくるしよ。ほんの三分かそこらの事だからって、毎日そんな事が続けばウンザリするぜ」

「目の下のクマはそのせいか」

「あ、ああ」

 堂本はそう言うと、目の下をさすった。

「グッスリ眠れねえからこのザマだ」

「奥さんに怪しまれていないのか?」

「今のところはな。仕事がいそしいって誤魔化ごまかしているよ。刑事さんヨ、刑事さんからも『もう許してやれ』って、アイツらに言って貰えないかな」


 たかだか二十九日間謝罪をしたくらいで、何を言っているんだコイツは。福丸夫妻は何年も苦しんできたんだぞ。

 

「警察の人間が間に立ってくれれば、アイツらも考えを変えてくれるんじゃないのかな。刑事さんヨ、俺はホントに更生して真面目に暮らしているんだよ。年明けには子供も生まれてくるし、二度と過ちは起こしはしないよ」

「子供? 親父になるのか?」

「ああ」

「生まれてくる子供は男か女かは分かっているのか?」


 その問いに堂本は顔をらした。無意識に行った行為だろうが、余計な事を言ってしまったとの後悔の表情が見て取れた。


「まだ……、分かっていない」


 女の子だな。私は堂本の顔色を読んでそうんだ。優子と同じ女だという事を言いたくないのだろう。


「親父になるのなら益々ますます気苦労だな」

「そうなんだよ。だからそっとしておいて欲しいんだよ。頼むよ刑事さん」堂本は頭を下げた。


 コイツは自分の事しか考えていない身勝手な奴だ。福丸夫妻にはイヤイヤ頭を下げているくせに、自分の身を守る為なら素直に頭を下げやがった。


「俺にそんな事を言われてもな。俺はお前の事を知らないからな、お前の言葉だけを信じてあの夫婦にどうこうしてやれとは言えんよ」


 当然だ。こんな虫のいい願い事を聞いてやる必要はない。


 堂本はガッカリをあからさまに表した。


「でもな、俺が思うにあの夫婦はお前の誠意を見たいんじゃないのかな。お前が事件を心からいて、謝罪し続ければいつかは許してくれるんじゃないのかな」

「いつかっていつだよ?」

「それは分からんが」

「チェッ、いい加減な事言うなよ」

「お前、福丸家に上がって何か気付いた事はないか?」


 鯵沢は何を話そうとしているのだろう? 私には鯵沢の意図いとが分からなかった。


「アァー、気付いた事? そんなの知るかよ」

「あの家の家財道具かざいどうぐは、自分の家の家財道具と比べて少ないと感じた事はなかったか?」

「ああ、そういえばそうだな……。だけどそれが何だっていうんだよ?」

「どういう事か分からないか?」


 分かった! 私もあの家に入った時に違和感を覚えていたのだが、そういう理由だったのか。


「分からないよ。何だよ? 勿体ぶらずに教えろよ」


 コイツ、福丸さんの身になって少しは考えてみろッ。


「福丸夫妻はな、あの家には永住する気はないって事だ。おそらく、お前の誠意を感じて罪を許せる気になったなら、また山梨の家へと帰る気でいるんじゃないかな」

「そんな事……、ホントか?」


 堂島は半信半疑はんしんはんぎのようだった。


「俺が受けた印象としてはそうだ。山梨にある家は売りに出していないみたいだし、その家の固定電話は解約もしていなかった。ここの家の家財道具は必要最小限のものしかそろえていないようだし、車のナンバープレートも山梨ナンバーのままだっただろう?」

「ああ、そういえば」

「つまり、それらはみんな夫妻が今の家に長居しないつもりの証拠なんじゃないのか。だからお前も文句など言っていないで、夫婦に認められるように誠心誠意せいしんせいい毎日あの家に通って、謝罪と償いの気持ちを見せるんだな。そうすれば、いつかお前の誠意が認められて、その時夫婦は山梨の家へと帰って行くんじゃないかな」


 きっと福丸夫妻の気持ちはそうなのだろう。しかし、あの夫妻にコイツを許せる日が訪れるのだろうか? さっきまでのコイツの態度を見る限り、そんな日は金輪際こんりんざい訪れてこないような気がする。


「へッ、希望的観測きぼうてきかんそくだな」堂本はそう言うと、足元に落ちていた銀杏を踏みつぶした。

「それでもいいだろう。そういう日がいずれ訪れると思っていれば、お前の気持ちも楽になるし謝罪にも身が入るだろう」

「……」


 鯵沢の言葉に堂本は反応しなかった。ない頭で損得勘定をしているのかもしれない。


「話を戻すが、福丸夫妻について何か気付いた事はなかったか?」

「何かって何だよ?」

「たとえば何か不可解な行動をしていたとか?」

「どうかな……。毎日会っているっていっても数分の事だからな、分からないな」

「そうか。奥さんは何か言っていなかったか?」

「いや、言っていないな。なるたけあの夫婦とは関わるなって言ってあるから」


 そんな事を言われて、妻は何も疑問に思わないのだろうか? 堂本が妻をどう言いくるめたか興味がいた。


「そうか」


 鯵沢は気にならないようだ。


「キムをやったのはあの夫婦なんだろう」


 コイツ、福丸夫妻をそんなに犯罪者にしたいのか。


「そんな証拠は一つも出ていない。そんな事より、お前は少年刑務所を出所してから金沢に会った事はあるのか?」

「ないよ。あるわけないだろ。キムとはあの日あの別荘で別れたきりだ。キムのヤロウ、自分が殺したくせしやがって一人で大阪に逃げたんだぜ。だいたいアイツがいなければあんな事件は起こさなかったんだ。あんな卑怯ひきょう疫病神やくびょうがみとは二度と会いたくないよ」


 またコイツは自分は悪くないような言い訳をしやがる。やはりコイツには反省の気持ちは存在そんざいしていないのだ。


 それにコイツは金沢をにくんでいる事が判明した。それならばコイツには金沢を傷付ける動機はある事になり、容疑者の一人としてマークすべきだ。


「おい」鯵沢が振り返って、私に声をかけてきた。

「はい」

「顔が怖いんだよ」


 どうやら堂本への憎悪ぞうおの気持ちが顔に出てしまっていたようだ。


「金沢の写真を見せてやれ」

「ベッドの上の画像しかありませんけど、いいんですか?」

「いいから出せ」


 私はショルダーバッグからタブレットを取り出した。


 面白おもしろい。今の金沢の姿を見せて、コイツがどんな顔をするのか見てやろうじゃないの。


 タブレットの画面に金沢の画像をアップして、堂本に見せた。手足の切断部と目と耳に包帯を巻かれ、口にギブスを装着そうちゃくされた写真だ。


 画像を見た堂本は顔をしかめた。


「これじゃキムかどうかも分からないだろ」


 堂本はもっともな反応しかしなかった。


「この犯人は、金沢の口や耳も使えなくしようとしたかったんだろうけど、その目論見もくろみは失敗に終わったわ。破れた耳の鼓膜こまくは一ヵ月後くらいには再生されて聞こえるようになるし、口は手術をすれば話せるようになるみたい。だからそうなれば金沢の口から犯人が誰かを話して貰えると思うわ」

「そうか、だったら早く傷を治して貰って話して欲しいな。きっとあの夫婦が犯人だと言うぜ」


 コイツが福丸夫妻を犯人だと言うのはムカついたが、本心でそう思っているのだとしたら、コイツは犯人でない事になる。


 クソッ。


 その時、堂本のスマホにLINEが受信され、堂本はすかさずメッセージを確認した。


「嫁さんが帰って来るみたいだから、もういいかな」


 スマホの画面をのぞき見ると、擬人化ぎじんかされたカエルが陽気に踊っているスタンプが見えた。


 それは福丸夫妻とは対照的たいしょうてきな幸せな夫婦の生活が垣間見かいまみえた気がした。


 福丸夫妻は向かいの家の堂本夫妻の幸せな生活を見てどう思っているのだろうか? ……決して祝福しゅくふくはしていないだろう。


 私も祝福はしない。


「いいですよ」鯵沢は堂本が帰る事を承諾しょうだくした。


 堂本は鯵沢に会釈えしゃくをし、私を一睨ひとにらみして去ろうとした。


 その背中に鯵沢が声をかけた。


「ああ、前島さん。向かいの家で不審な動きがあった時は直ぐに教えて下さい」


 堂本は振り返ってうなずいて、鳥居をくぐって境内けいだいを出て行った。


「奴は容疑者のリストから外れたな」鯵沢は堂本が視界から消えると、ポツリとつぶやいた


 私にも異存はなかった。アイツの事は嫌いだが、それとこれは別の話だ。


「でもアイツは自分と家族の未来しか見ていませんよ。過去に起こした犯罪に本気で向き合う気なんかないんです。そんな事ではいつまで経っても福丸夫妻の許しを得られる事はないんじゃないでしょうか」

「お前の許しもな」鯵沢は私の堂本に対する態度をとがめた。

「分かっています。少し言い過ぎました。すみません」気持ちをおさえて謝っておいた。


 鯵沢には上辺うわべだけの謝罪だと見透みすかされているかもしれないが、謝っている人間には追い打ちをかけて説教は言えないものだ。


 案の定、鯵沢はそれ以上説教をしてこなかった。


 フッ、これでは堂本とたいして変わりないな。自分が少し嫌になった。

 

 帰りの車中では、明日以降の捜査の方針が話し合われた。


 改めて金沢にうらみをいだく人間がいないかを調べる事。放置されていた公園付近の再捜査。大阪で金沢が事件を起こしていないかの再確認。大阪に住む金沢の親戚しんせきに金沢の自宅の家宅捜索の許可を貰う事と身元引受人になって貰う事を依頼いらいする事。そして福丸家周辺のパトロールを強化して貰う事を所轄署しょかつしょ要請ようせいする事。以上が当面の私たちの仕事とされた。


 鯵沢は福丸夫妻を容疑者からはずしていなかったが、責め立てるのではなく、しばらくは様子を経過観察をしていくというところで収まった。


 私は近いうちに、鯵沢に知られずに一人で福丸家を訪れるつもりでいた。


 こうして予期せぬ出来事に遭遇そうぐうした濃密のうみつな一日が終わった。


 


 

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