第8話 罪

 俺は十六歳になったばかりだった。


 その頃、俺は山梨県南アルプス市に住んでいた。赤石山脈のふもとにあり、水と空気が美味しい風光明媚ふうこうめいびな土地といえば聞こえはいいが、十代の若者にとっては退屈な場所でしかなかった。市内には鉄道の駅はなく、遊ぶ場所といえば隣町の甲府市へ行くのが常だった。父親は市内で小さな不動産屋をいとなんでおり、母親はその仕事を手伝っていた。


 俺は高校に入学してから四ヵ月で自主退学した。名前さえ書ければ入学出来ると噂されていた高校は、二年になる前に入学した人数の三分の一が辞めると言われていたが、俺は一年も持たなかったわけだ。


 退学した理由は単純だった。机の前にジッと座っている事が苦痛でしょうがなく、毎日がつまらなかったからだった。高校を退学した俺は、父親の仕事の一つ、管理している別荘の見回りのアルバイトをしていた。しかし遊びたい盛りだったので、アルバイトをサボっては友達とブラブラ遊び歩いていた。


 キムこと金沢拓也とは高校で知り合った。キムは在日朝鮮人の四世だったが、父親が日本に帰化していて、キムは日本人として育っていた。両親はキムが小学生の頃に離婚していて、キムは父親と二人で暮らしていた。その境遇から子供の頃からイジメの的になっていたらしい。しかしキムは黙ってイジメられておらず、イジメてくる奴をボコボコにしてやったという事を、知り合った時から自慢していた。キムは暴力事件を起こして俺より早く高校を退学させられていて、父親の友人の経営する自動車修理工場で雑用のアルバイトをしていた。


 ベソこと轟公介とどろきこうすけは二歳下の中学二年生だった。中学校には一年の冬休みから通っていない不登校児だった。不登校の原因はイジメだったが、キムのように強くなかったベソは学校へ行くのを止めたのだ。そんなベソと出会ったのは甲府駅前にあるゲームセンターだった。地元のヤンキーにからまれていたベソを、偶然居合わせた俺とキムが助けたのだ。別に正義感から助けたわけではない。ムシャクシャしていて誰でもいいからケンカをしたかっただけで、結果的にベソを助けた形になっただけだ。しかしそれをきっかけにしてベソは俺たちになついてきたのだった。ちなみにベソというあだ名は、何かというと直ぐに泣きベソをかくところから俺が命名したのだ。


 あの日。


 俺たちはもう一人の仲間の高岡さんの見舞いに行こうと集まったのだった。二歳年上の高岡さんと知り合ったのは、ファミレスの会計時にお金が足りずにキムとベソと揉めている時だった。すぐ後ろで会計待ちしていた高岡さんがお金を出してくれたのだ。高岡さんは金払いが良く、俺たちは事あるごとにお金を出して貰っていた。高岡さんは子供の頃に母親を亡くしていて、県議会議員の父親が再婚した継母との折り合いが悪く、高校入学と同時に甲府市内のマンションで一人暮らしをしていた。高校は県内随一の進学校の【私立城北学園】であったが、父親に反発してほとんど通っていなかった。俺たちはそんな高岡さんのマンションを溜まり場として、色々な悪さをしていた。


 あの日の三日前。高岡さんはバイク事故を起こし大怪我をして入院していたのだ。


 俺たちは見舞いに行ったはいいが、肝心かんじんの高岡さんは面会謝絶になっていて会う事が出来なかったのだ。そこで俺たちは仕方なく街へ出て、甲府駅前のファストフード店【バーガー魂】の二階の窓際の席に陣取り、どうでもいいくだらない話をして時間を潰していた。


 窓の外の通りの向こうのビルに【甲進ゼミナール】という進学塾があった。そのビルの出入り口には『学生の本分は勉強である』と言う親や先生の言葉を疑う事のない奴らが出入りしていた。


「またヤルか」その進学塾を出入りしていた女子学生を見ていたキムが、意味深いみしんな笑みを浮かべてポツリとつぶやいた。


 俺とベソはその言葉と笑みが何を意味しているのか直ぐに分かった。


 二週間前の事だ。その日は高岡さんを含めた四人で、高岡さんの住むマンションの近くのコンビニの店先にしゃがみ込み、いつものようにくだらない話をして盛り上がっていた。


 キムの冗談に爆笑したその時、突然一人の女が近付いて来て、俺たちを見下ろして文句を言ってきたのだった。女はセーラー服を着た女子高生だった。濃紺のセーラー服のえりにエンジの三本ラインが入っている事から、女が高岡さんと同じ【私立城北学園】の生徒である事が分かった。女は背が高く性格がキツそうなキリリとした顔立ちをしていた。


「こんなところで大勢でしゃがんで話をしていたら他の人たちに迷惑でしょ。話をしたいならどこか他所よそ行きなさいよ」


 女は上から目線の生意気な口をきいた。女は高岡さんを知っていたらしく、高岡さんに向かってさらに続けた。


「あなた高岡君よね。お父さんが県議会議員だからって好き勝手していいわけじゃないんだからね」


 高岡さんはその言葉が終わる前に立ち上がり『うるせぇ!』と吠えて女を威嚇いかくした。俺たちも高岡さんにならい、女を取り囲んで威嚇した。


 しかし女はひるむことなく、俺たちをにらみつけてきた。


 俺たちの興奮は一触即発の一歩手前まで高まっていた。


 するとその騒ぎを聞きつけたコンビニの店員が店から出て来て、警察に通報すると警告してきた。俺たちはその言葉を聞いて、女に捨てゼリフを吐いてその場を立ち去った。


 その後。高岡さんの怒りはマンションに帰っても収まる事はなかった。そして女に対する罵声がきた頃、高岡さんが言った。


「あの女ヤッちまおう」


 俺は自分の耳を疑った。キムとベソも唖然あぜんとしていた。


「ヤッちまおうって、殺すって事か? 冗談だろ」俺は笑いまじりで聞き返した。


 当然冗談だという答えが返ってくると思っていた。


「殺しなんかするかよ」


 俺はその答えを聞いてホッとした。


「殺しより楽しい事をするのよ」

 そう言うと、高岡さんは俺たち一人一人の顔を見回し、ニヤリと微笑んだ。

「犯して皆でまわしちまおう」

 高岡さんはテレビゲームでも始めるかのような楽し気な顔をした。


 それでもまだ俺たちは冗談だと思っていた。


 しかし高岡さんはマジだった。その証拠に具体的な計画を話し出した。


 その計画とは、車の免許証を取得したばかりの高岡さんがキャンピングカーを借りて来て、学校帰りのあの女を人気ひとけのないところで拉致して、キャンピングカーに連れ込み、皆で犯すというものだった。何とも無謀な計画だと思ったが、高岡さんが『手伝えば一人十万やる』と言って来たので、俺たちは金と好奇心とスケベ心に釣られて、その計画に乗る事にした。そしてどういうわけか、その計画は成功したのだった。


 女を学校の前で待ち伏せをし、尾行し、人気のない果樹園の間の道で拉致した。そしてキャンピングカーで森の中へと連れて行った。それから泣き叫び抵抗する女を暴力で制圧し、高岡さん、キム、俺という順番で女を犯した。ベソだけは、ビビッて股間が縮こまり出来なかった。最後に高岡さんは女の裸の写真を撮り『警察にチクったら写真をばら撒く』とおどし、女を解放した。そして脅しが効いたのか、女は警察にチクる事はしなかった。


 その成功体験があったので、この日キムは提案してきたのだ。


 俺はその提案を聞いて気持ちが高揚こうようした。あの日初めて味わったドキドキと快楽をもう一度味わってみたいと思ったのだ。一方ベソは戸惑っているようだった。あの日上手く出来なかった事がトラウマになっていたのだろう。そんなベソにキムは耳元に口を寄せて野卑やひな笑みを浮かべてささやいた。


「お前に女を選ばせてやるよ。好みの女なら縮こまらねえでおっ立つだろう」とキムはベソの股間をグッと掴み揺らした。

「やめてよー」ベソは必死に逃げようとした。


 俺も加わってひとしきりじゃれ合って、ベソを解放した。


「どうするんだよ、ヤリたいのかヤリたくないのか決めろよ」


 俺たちにかされるとベソははにかんで『ヤリたい』と言った。話が決まるとそこからはベソも積極的になり、進学塾を出入りする女を物色し始めた。


 そして一人の女に目を付け、指差した。


 指差した先にいたのは、進学塾の前で立ち話をしていた三人のうちの一人だった。キャメル色のブレザーにブルーのリボンタイ、赤と緑のチェックのスカートを穿いた少し小柄なポニーテールの女だった。


「よし決まりだ」


 キムが言ったが、俺がそれに待ったをかけた。その女が中学二年の時の担任だった福丸の娘だと気付いたからだ。福丸の娘は一学年上だったが、生徒会長をしていたので見知っていた。その事をキムに言うと。


「そんなの関係ねえだろう。お前その先公に恩でもあるのか?」キムがバカにしたように言ってきた。


 恩などなかった。むしろ厳しい生徒指導を受けて停学にさせられていた。


「だったら丁度いいじゃねえか、復讐してやろうぜ」キムはけしかけてきた。


 その言葉を聞いて確かにそうだと俺の心は奮い立った。


 それから三人は顔を寄せ合い、女を襲う計画を練った。


 拉致はその日の進学塾帰りを待って行う事に決まった。ベソを進学塾へ偵察に行かせると、授業が終わるのが二十時だと分かった。


 拉致する場所は俺が決めた。福丸の家は知っていたので、バス停と福丸の家の間にある環状道路の下を通るトンネルがベストだと提案した。トンネルの出入り口付近はどちらも一面の田んぼが広がっていた。トンネル内には電灯があるのだが薄明かりであった。外の農道には離れたところに外灯があるだけで、道幅は車が一台通れる広さしかない。ここなら車や人が通らなければ人に見られる恐れはないのだ。ただしその道が暗いという事は地元の人間は知っているので、この時間には女もその道を通らない可能性はあった。その事を言うと、キムはそれを賭けの対象にして、女が通らなかったらなぜか俺が二人にジュースをおごる約束をさせられた。


 拉致の仕方はこうだ。女がトンネルに入ったところで、キムが背後から女にズタ袋をかぶせる。そこで俺とベソがその上からロープをグルグル巻きにして、身動きを取れなくさせる。こんな何とも乱暴な計画を立てた。


 『犯罪は大胆な方が成功する』というのがキムの持論だった。万引きする時も車上荒らしをする時も、キムはいつも堂々と大胆に行動して成功していたから、あの時もその言葉に説得力があると思っていた。


 女の身柄を押さえた後は、キムが運転するビッグスクーターの後ろに乗せ、そのまた後ろにベソが乗り、女が落下しないように女を挟んでキムにつかまり、人通りのない道を選んで監禁場所まで運ぶ段取りにした。俺はビックスクーターの後ろを原付バイクで追って行く事になった。本当は車を使いたかったのだが、盗難車で無免許運転をして事故を起こしては元も子もないと意見が一致し、無謀だがこの方法でいく事に決定した。皆内心では危なっかしい計画だと思っていたかもしれないが、それよりもそのスリルを楽しむ方へと気持ちは完全に傾いていた。


 監禁場所は俺の父親が管理してしている空き別荘に決まった。別荘の見回りのアルバイトをしていたので、鍵は簡単に手に入れる事が出来た。


 俺たちはいったん解散し、必要な物を各自分担して取りそろえに行った。そして再び集まった俺たちは、高揚した気持ちを抑えてその時が来るのを待った。


 二十時前。三人で進学塾の出入り口が見える道の端にバイクを止めて、女が出て来るのを待った。


 二十時十分過ぎ。女が友達二人と連れ立って進学塾を出て来た。友達と一緒なのには少しあせったが、しばらく様子を見る事にしてベソに女の後を追わせた。ほどなくベソが戻って来て、女が一人でバスに乗った事を告げた。


 俺たちはバイクを発車させて拉致現場のトンネルに先回りした。そして女が来るのを身をひそめて待った。汗をかくような気温ではなかったが、物陰に身を隠していると汗がジワジワと肌から浮き出てくるのを感じた。


 しかし三十分待っても女は現れなかった。もしかしたら市役所のバス停まで行き、親に迎えに来て貰っているのかもしれないと思った。このあたりの若い娘を持つ親がそうする事はありがちな事であった。


 キムはイライラを態度に表し始め、ベソにバス停まで見に行くように命令した。俺は女が来なかったらジュースをおごらなくちゃならなくなるので、嫌だなと思った。


 バス停を見に行ったベソが五分ほどして走って戻って来て、息を切らしながら興奮して『女が来た』と告げた。


 それを聞いた俺とキムは思わず雄叫おたけびを上げた。


 キムはすぐさまズタ袋を持ってトンネルの入り口側の田んぼの中にあるパチンコ店の大きな広告看板の陰に身をひそめて隠れた。俺はロープを握り締めてトンネルの出口の脇に隠れた。ベソは俺の後ろにピタリと引っ付き、俺のジャンパーのすそを強く握っていた。


 身を潜めてからしばらくすると、人が一人トンネルの中を歩いて来る足音が聞こえた。そして俺が固唾かたずを飲み込んだその時。


「キャッ―!」高い女の叫び声が一瞬聞こえた。

「武士ッ!」続いてキムが大声で俺の事を呼んだ。


 その声を聞いて俺はあわててトンネルの中へと駆け込んだ。トンネルの中ではキムが倒れ込みながら女にズタ袋を被せていて、必死で暴れて逃げようとしている女におおいかぶさり全身を使って押さえつけようとしていた。


「何やってんだッ! さっさとロープでしばりやがれッ!」キムは完全にキレていた。


 女のこもった叫び声がズタ袋の中から聞こえた。俺は二人に近付きロープをズタ袋の上から巻き付けようとしたが、女が全身をバタつかせて逃げようとしているので上手く巻けなかった。


「ベソッ!」トンネルの出口で呆然ぼうぜんと突っ立っていたベソを呼んだ。


 その声で我に返ったベソが俺たちのところへ駆け寄って来た。


「足押さえろッ!」キムがベソに命令した。


 ベソはバタつく女の足を両腕で抱き、必死の形相で締め付けた。


「おとなしくしやがれ、このヤロウッ!」キムがズタ袋の上から女の顔と体を力任せに滅多打ちに殴り付けた。


 すると女の動きがピタリと止んだ。


「武士、今だ早く縛れッ!」


 俺は女をロープでグルグル巻きにした。キムはズタ袋の上から女の顔の辺りをまさぐり、口を見つけて余ったロープで猿ぐつわをませた。


 女はピクリとも動かなくなっていた。


「死んだんじゃねえか」俺は心配になって言った。

「こんなんで死ぬ奴はいねえよ。気絶しているだけだ」

 キムは何も確かめもせずに自信たっぷりに言った。

「グズグズしてねえでバイクに乗せるぞ」


 キムの命令にしたがい俺たちは動かない女をビックスクーターのバックシートに乗せた。そしてキムはハンドルを握り、ベソが女を後ろから抱いてキムのベルトをつかんだ。俺は女のカバンを拾いキムに言った。


「事故んなよ」


 こんな状態で事故でも起こされたら最悪だ。


「分かってるよ。行くぞ」キムはアクセルを吹かしてビックスクーターを発車させた。


 俺も原付バイクにまたがり三人の後を追った。二台のバイクは農道などの車や人が少ない道を選んで走り進んだ。それでもどうしても国道を一回越えなければならなかったし、いくつかの信号機にも行き当たった。しかし悪運が強かったのか、一つの信号にも引っかかる事もなく目的地の別荘に到着する事が出来た。


 その別荘は三年買い手が付いていない築三十年の二階建てのログハウスだった。周りを広葉樹に囲まれた別荘は、隣の別荘までは五十メートル以上あり、その別荘には今は誰も住んでいなかった。アルバイトの見回りは昼間にしていたので、夜間に別荘を見るのは初めてだった。月明かりに照らし出された古いログハウスは妙に不気味に見えた。


「鍵」興奮状態が続いていたキムが大声で叫んだ。

「でかい声出すなよ、誰か来たら困るだろッ」


 近くに人がいる別荘がないとはいえ、少し離れればリタイアし別荘に定住している人もいるのだ。俺はポケットから鍵を取り出し、ログハウスの玄関ドアを開けた。


 ログハウスの中はカビ臭くはなかったが、どんよりとした空気が立ち込めているような感じがした。俺は懐中電灯を照らし、洗面所にあるブレーカーのスイッチをオンにし、リビングの灯りを点灯させた。


 このログハウスは、一階に広いリビングとキッチンとバスルームと洗面所とトイレがある。リビングにある階段を上がった二階には寝室が二部屋とトイレがあった。リビングには暖炉があり、前の所有者が置いていった黒革張りのソファーセットがあった。そのソファーセットにはホコリがかぶらないようにビニールが被せてあった。


 キムとベソが女のわきと足を持って運んで来て、ソファーの前の床に置いた。二人ともひたいに汗をにじませていた。ベソはその場にしゃがみ込み、キムはビニールの上からソファーに座り込み大きな息を一つ吐いた。


「やったな」キムが俺とベソの顔を交互に見て安堵の声を上げた。

「ああ」俺は緊張がほぐれて笑みがこぼれた。


 ベソは親指を立てて答えた。


 床に置かれた女は一向に動く気配がなかった。


「ホントに死んでいないだろうな」

「死んでねえよ」

 キムはそう言うと、ソファーから立ち上がり女のロープを解き始めた。

「暴れたら押さえろよ」


 キムの命令に俺とベソは素直にうなずいた。いつの間にかキムはすっかりリーダーになっていた。


 ズタ袋を取っても女はグッタリしていて動かなかった。女の顔にはキムが殴って出来たアザがあった。


 キムは女の口元に耳を寄せた。


「ほら、息しているぜ」


 それを聞いて俺も確かめた。確かに女は息をしていた。よく見ると女の胸の辺りも心臓の鼓動に合わせて上下に動いていた。


 俺は女が死んでいない事にホッとした。


「ベソ、一番にヤラしてやる」キムがベソに声をかけた。

「俺いいよ」遠慮したのかビビっているのか、ベソは女から離れながら言った。

「だらしねえなぁ。それじゃ武士、ジャンケンだ」


 俺は女の顔のアザを見て性欲が失われていたが、ここで断ってビビッていると思われるのがしゃくだったのでジャンケンに応じた。勝ったのはキムだった。ジャンケンに勝ったキムは無邪気むじゃきに喜び、テンションが上がって、早速女の服を脱がそうとした。


「もうヤルのか?」

「当たり前じゃねえか。その為に拉致ったんだろうが。目ぇ覚まさねえうちにヤッちまった方が楽だろうが」と言うや否や、女の服を乱暴に脱がし始めた。


 その衝撃で女が目を覚ました。


「……あなたたち何? 誰?」


 女が自分の身に起こった事態を把握するのに時間はかからなかった。女は脱がされた服を掴み取り、逃げようとした。


「どこ行くんだ」キムは女の足を掴み引きずり戻した。


 女は抵抗し、叫び、大声で助けを呼んだ。


「黙れッ!」キムは女の顔面に躊躇ちゅうちょすることなくパンチを入れた。


 パンチは女の鼻に直撃し、うなって鼻を押さえた女の手の隙間から鼻血がれて床に落ちた。そして女は痛い痛いとむせび泣いた。


「ピーピーなくんじゃねえッ! 黙らねえともっと殴るからなッ、分かったかッ!」キムがドスをきかせて恫喝どうかつした。


 すると女は黙り、恐怖に震え、涙を流して頷いた。


 キムは気を取り直して女の下着をむしり取ろうとすると、女は反射的に叫び、暴れて抵抗した。するとまたキムの怒りに火がき、女に怒号を浴びせて狂ったように殴り続けた。それを見て、さすがにやり過ぎだと思った俺は止めに入った。しかし、そんな俺をキムは突き飛ばした。そして、数十発キムのパンチを受けた女は、今度こそ完全に抵抗する気力を失いグッタリとした。


 殴り疲れたキムの息は上がっていた。


「写真撮れッ」息を切らせながらもキムが俺に命令した。


 俺は言われるままに、家から持ち出したオヤジのカメラで女の裸の写真を撮りまくった。ソファーに座ってその光景を見ていたキムは、ベソに命令して女の股を開かせてみだらなポーズをとらせた。そして俺はそのポーズを写真に収めた。


「いいか、警察にチクったらこの写真をバラ撒くからな」キムは女の耳をめるようにしておどし文句を聞かせた。

「……どうして、……どうしてこんな事するの……」女はキムの言葉に答えず、消え入るような声でキムの怒りに火を点けるような事を言った。


 キムは今度は殴らずに、女の髪の毛を掴み床に顔を押し付けひざで押さえつけた。


「どうしてこんな事するかって? 決まっているじゃねえか、お前を犯す為だよ。分かったぁ?」そう言うと、膝を女の頬に当て変えグリグリとこねくった。


 女は『痛い』と言った後、なぜか『ごめんなさい。ごめんなさい』と謝ってきた。悪いのは俺たちなのに、女が謝る意味が俺には分からなかった。


「よし、許してやるからおとなしく言う事を聞きな。そうすれば痛い目に合わせないし、家にも帰してやるからよ。分かったか?」


 女はキムを見る事なく頷いた。それを見て、キムは勝ちほこった顔を俺とベソに向けた。


「いい子だ」

 キムはさっきと打って変わって優しい声を出して、女の頭をでた。

「おい、二階に行ってろ」


 俺とベソは言われるままにキムと女を残して二階への階段を上がって行った。二階の廊下からリビングを見下ろすと、キムが嬉々として自分の服を脱いでいるのが見えた。その姿はまるで獣のようだった。


 俺とベソは二階の部屋で一言も喋らずにジッとしていた。


 十数分経過した頃、キムが二階の部屋へズボンをはき上半身裸の上気した姿を現した。そしてキムは俺にコンドームを渡してきて、ニヤニヤしながら『ガンバ』と声をかけてきて、背中を押されて送り出された。


 部屋を出て階段の上からリビングを見下ろすと、裸の女が床に放心状態で横たわっているのが見えた。俺は階段をゆっくり下りてリビングに下り立ち、女の足元に立って女の裸を見下ろした。


 女は俺が足元に立っている事に気付いていないようだった。女の体には真新しい青アザが数ヵ所出来ていて、鼻かられていた血は固まっていた。俺はその血を拭き取ってやろうと、かたわらに放ってあった女のカバンの中をまさぐってハンカチを探し出し、キッチンへ行ってハンカチを濡らして戻って来た。そして女の顔の脇に片膝を付き、ハンカチで鼻血を拭き取ってやった。すると女は目を開いて俺を見たが、嫌がるわけでも言葉を発するでもなく、されるがままにされていた。


 鼻血を拭き終わると、童顔に似合わぬたわわにふくらんだ胸や下半身へと自然に視線が移っていってしまった。


 さっきまでひどい姿になって可哀想だなと思っていたのだが、若い女のき出しになった裸を目の前にすると、俺の下半身は敏感びんかんに反応し出した。


 そして本能のおもむくままに女におおいかぶさって体をむさぼった。


「た…す…けて……」


 女が思い出したかのように助けをい、細やかな抵抗をこころみたが、一度目覚めてしまった男の欲望を止める事は出来なかった。女は俺が果てるまでなすがままにされているしかなかった。


 事が終わり二階へ戻ると、ベソが入れ替わりにリビングへと下りて行った。キムは俺にベソがヤレるかヤレないか賭けようと言ってきたので、俺はヤレない方に賭けた。数十分後、戻って来たベソはキムの問いに『出来た』とはにかんで嬉しそうに答えた。俺はキムにジュースをおごらされる羽目になった。


 三人の見知らぬ男たちに凌辱りょうじょくされた女は、心身ともボロボロになっていた。体のアザはドス黒く変色し、顔はいたるところがれ上がっていた。


 俺たちは女をこのまま帰すわけにはいかないと思った。


「キムが容赦ようしゃなく殴ったりしたからアザだらけになっちまったじゃないか。どうするよ? このまま帰したら女が黙っていても大騒ぎになってバレるかもしれないぞ」

 俺は女を解放した後の最悪の事態を考えて言った。

「うるせえなッ! 俺が殴って黙らせたからお前ら女とヤレたんだぞ」

 キムがキレ気味に言い返してきた。

「分かっているよ。でも実際どうするよ?」

 俺にはどうすればいいか良い考えが浮かばなかったので、キムの考えを聞いた。

「そんなもん傷が消えるまでしばらくここに置いておくしかねえだろう」


 その言葉を聞いて女が手を付いて上半身を起こした。


「誰にも言わないわ。だから家に帰して、お願い」

 女は力ない声で懇願こんがんした。

「そんな事出来るかッ! テメエが何も言わなくてもその顔見た親がガァーガァー騒ぎ立てるだろうが」

「言わない、言わせない。だからお願い」

 泣き声まじりに女が言い、俺たち一人一人に頭を下げた。


 俺たちは女から顔をそむけた。


 キムはベソに女の見張りをさせ、俺をキッチンに連れて行きどうするかを相談した。そしてやはり傷が消えてから帰した方がいいという結論に達した。女の親に捜索願いを出されるかもしれないと危惧きぐしたが、高校生の家出は珍しい事ではないと言うキムの主張に俺も納得した。


 そして、これから女を解放するその時まで順番に女を見張る事になった。


 一日を三で割って一人八時間づつ、最初が俺で二十三時から七時まで。次がベソで七時から十五時まで。そしてキムが十五時から二十三時と決まったところで二人は帰って行った。ログハウスには俺と女が二人きりで残された。

 

 二十四時過ぎにキムが戻って来て、食料と毛布を届けてくれた。帰り際キムは『ヤッてもいいんだぞ、ただし殴るなよ』と自分の事を棚に上げた忠告を残して帰って行った。


 女の体のアザはいっそう濃くなっていた。キムにああ言われたが、放出したばかりで冷静さを取り戻した今、アザだらけの女に欲情する事はなかった。


 女の服や下着は、キムが乱暴にぎ取ったので破れて使い物にならなかった。俺は裸の女にキムが持ってきた毛布を掛けてやった。女は俺に礼を言う事もなくボンヤリと放心していた。


 女が簡単に逃げられないように、女の足とソファーの足をロープでつないだ。そして女にロングソファーを譲り、俺は灯りを消してソファーに座り、テーブルの上に足を投げ出して昨日から今日にかけての出来事を思い返した。


 朝目覚めた時にはこんな事をするとは夢にも思っていなかったので、人生とは不思議なものだと悪い頭なりに思った。


 しばらくすると女がシクシクと泣き出した。うっとうしく思ったが、キムのように脅しておとなしくさせる気にもなれず、だからといってなぐさめてやるのも違う気がしたので、そのまま泣かせておく事にした。


 そして一時間が経過した頃、女の泣き声は寝息に変わっていっていた。俺もいつの間にか眠ってしまった。


 翌朝。


 俺はリビングの天窓から差し込む朝日の光で目を覚ました。女を見ると、まだソファーの上で寝息をたてて眠っていた。女が掛けていた毛布がまくれ上がり、生足の太腿ふとももがあらわになっていて、その足に朝日が照らされてキラキラ光って見えた。


 俺はその光景に思わず生唾を飲み込んだ……。


 すると眠っていた性欲の衝動しょうどうがムクムクと起き出し、自分を抑えきれなくなって女に掛かっていた毛布を剥ぎ取って、女に襲いかかった。眠っていた女は驚いて目を覚まし、激しく抵抗してきた。


「暴れんじゃねえッ!」


 平手で女の頬を叩くと、女は直ぐにおとなしくなった。思わず叩いてしまったが、女の頬は少し赤くなっただけだった。俺は安心して女を犯しにかかった。


 七時。


 時間通りにベソが来て、俺は何事もなかったかのように見張りを代わって帰宅した。そして家に帰ると緊張の糸が解けたのか、ベッドに入り死んだように眠った。朝帰りをした事に母親が何か文句を言っていたが無視した。


 二十三時。


 俺は再びログハウスへ行き、キムと見張りを代わった。その際、短い言葉を交わしただけでキムは帰って行った。リビングへ入って行くと、女はロングソファーに座り毛布にくるまっていた。俺が来た事に気付いている筈だったが、女は俺を見ようとはしなかった。女のアザは今朝より少し薄れてきているように見えた。テーブルの上にはカップ麺の空き容器や食べかけのスナック菓子やマンガ雑誌が無造作に放置されていた。


 女がログハウスに監禁されてから二日が経ち、三日が過ぎた。


 見張り番の時にそれぞれが女を犯している事は、キッチンに置いてあったコンドームの減り具合で分かっていた。


 そして一週間が過ぎた。


 俺が昼間に自宅で寝ていると、キムからの電話で起こされ、直ぐにログハウスへ来るように言われた。


 訳も分からずにログハウスへ駆けつけると、見張り番のベソとキムが待っていて、女の姿はリビングにはなかった。


「女は?」

「風呂に閉じ込めた」

「どうして?」

「いいからこれを見ろ」そう言うと、キムは一枚の紙を差し出した。


 俺は受け取り、それを見た。その紙は行方不明者を探すビラだった。ビラに書かれていた内容は【この人を探しています】の見出しが大きくビラの上部に書かれていて、その下に福丸優子という名前、いなくなった日時、服装、年齢、身長、体重、髪形が書かれていて、拉致した時に着ていた制服を着た女の写真が添えられていた。


 俺たちは女の名前が優子だという事をこの時初めて知った。俺たちは女の体が目当てで、女の名前など興味がなかったのだ。


「これ、どこで手に入れたんだ?」俺はあせって聞いた。

「甲府の駅前でこれと同じ制服を着た女が何人かで配っているのを、知らん顔して受け取ったんだ。受け取る時はさすがにドキドキしたけどな」

 聞いてもいない感想までキムは言った。少し高揚しているようだった。

「で、マズい事になったと思って武士んとこに電話したんだよ。どうするかと思ってよ」


 ここまでベソは一言も喋らず、落ち着きなく手で自分の体のアチコチを触っていた。


「どうするって……」

 俺は頭をフル回転させて考えた。

「帰すしかないんじゃないかな」

 考えたところで結論はそれしかなかった。

「やっぱりそれしかねえか」

 キムもそう考えていたようだ。

「ボクもそれがいいと思う」

 ベソも口を開いて同意した。


 拉致から一週間が経過して、幸い女の体のアザはほぼ消えていた。女が自分でバラさない限り気が付かれる事はないだろう。


「でも帰すにしてもよ、女にどう言わす?」


 行方不明だった期間の言い訳だ。家出をしていた事にするにしてもそれなりの理由はいる。


「そうだな……、勉強に疲れて東京に気晴らしに行っていたでいいんじゃないか」


 ありふれた理由だったが、それが一番もっともらしい言い訳に思えた。


「よし、それでいこう」キムはたいして考えもしないで俺の意見にすんなり乗った。


 それから風呂場に閉じ込めていた女に、家に帰すから体を洗うように言うと、

女は帰れる事がよほど嬉しかったのか、温水の出ない冷たい水で体を洗い始めた。


 その間にキムが破った女の服の代わりを、ジャンケンで負けた俺が買いに行く事になった。女の服など買った事がなかったから恥ずかしかったので、メンズの服で女が着てもおかしくない服を選んで買って帰った。


 ログハウスに帰ると、なぜかキムとベソが玄関の外にいて俺を迎えた。キムはタバコをスパスパと落ち着きなく吸っていて、ベソは青白い顔をして俺の事を不安顔で見た。


 嫌な予感がした。


「どうした?」


 俺の問いに二人は答えようとせず、ベソはキムの顔色を横目でうかがい、キムは怒ったようにタバコを捨てて靴先で乱暴に揉み消した。


「どうした?」今度はさっきより強く聞いた。

「俺が悪いんじゃねえからな」

 キムの答えは答えになっていなかった。

「女が悪いんだからな」


 どうやら女がキムに何かして、それに怒ったキムが女に何かしたらしいという事らしい。問題はその何かが何だという事だ。まさかとは思うが、またキムが女に対して暴力をふるって女の体に新たなアザを作ってしまったのか? もしそうなら、女を家に帰すのを延期しなければならなくなる。


「何をした? また殴ったのか? 折角アザがなくなったのに」


 俺が愚痴ると、黙っていたベソが蚊の鳴くような声で言った。


「……そうじゃないよ、武ちゃん」

「そうじゃないって?」


 またベソは口をつぐんだ。


「ベソ、教えろッ! キムッ!」

「自分の目で見ろよ」キムが投げやりに言った。


 このままではらちが明かないと思い、俺は仕方なく玄関のドアを開けてログハウスの中へと入って行った。リビングには女の姿が見えなかった。振り返ると、キムとベソがリビングの入り口まで来ていたが、それ以上中へ入って来ようとはしなかった。


「女は?」

「よく見ろ、ソファーとテーブルの間にいるだろう」キムがその場から動かずに怒った口調で言った。


 俺は確かめる為に歩みを進めた。すると、テーブルとロングソファーの間に盛り上がった毛布が見えた。


”ドクンッ” 俺の鼓動が大きく高鳴った。


 俺はゆっくりと毛布に近付き、毛布の端を手に取ったところで背後の二人を見た。二人は何も言葉を発せず、俺のする事をジッと見ていた。俺は意を決して毛布を思い切って一気にがした。


”ドクドクドク……” そこにあったものを見て、俺の鼓動は早まった。


 そこには裸の女が倒れていて、見開いた目には生気は感じられなかった。俺は女が死んでいると思った。


「キムッ、そんなとこにいねえでこっち来て説明しろッ!」


 俺の怒りに驚いて、キムは渋々やって来た。


「どういう事だよッ?」

「見れば分かるだろ」

「死んでいるのか?」


 見て分かっていたが確かめたかった。希望的観測だったが、もしかしたら気絶しているだけかもしれないのだから。


「だろ、触っても動かねえし、息してねえみたいだからな」


 他人事のように言いやがって。


「だからなじゃねえよッ、何したんだよッ?」

「だから俺は悪くねえんだよ。この女が俺の大事なモンをみやがったからよ」そう言いながらキムは股間に手をやった。


 それでだいたい何が起こったのかが分かった。キムは女を帰す前に最後のセックスをしようとして、女にフェラを強要したところ、女に自分のモノを噛まれて、それにキレて殺してしまったのだろう。


 キムの言い訳はだいたい俺が思っていた通りだった。死んだ原因は、自分のモノを噛まれたので思わず突き放したところ、女は運悪くテーブルの角に頭を強打してしまった為に死んでしまったようだ。その証拠に女の後頭部がパックリと割られていて、そこから血が流れ出ていた。


「どうするんだよ。ったく、殺しちまうなんて信じられねえよ」


 俺たちはこれまでたくさんの悪事を働いてきたが、人殺しだけはしていなかった。それは悪は悪なりに、人殺しをしたらその先の人生が無茶苦茶になるという事だけは認識していたからだ。


 それを今、キムが一線を越えてしまったのだ。


「うるせえッ! ガタガタ言うんじゃねえッ! 死んじまったもんしょうがねえじゃねえかッ!」


 逆ギレするんじゃねえ、キレたいのはこっちの方だ。そう思ったが、言葉には出さずにグッとこらえた。


 キムがマジでキレたら手が付けられない。そういう場面を何度も目撃している。今は仲間同士で争っている時ではない。それよりも何とかこの場を乗り切る方法を考えなければならないのだ。しかし頭が混乱して良い考えが浮かんで来なかった。


「俺、警察に捕まるの嫌だよ」ベソがポロっと漏らした。目からは今にも涙が零れてきそうだった。

「警察なんかに捕まるかよッ。メソメソ泣くんじゃねえぞッ!」

 キムは腹立ちまぎれにベソの頭を叩いた。

「いいか、全員共犯だからな。自分だけ関係ねえみたいな顔するんじゃねえぞ!」


 殺したのはお前一人だろうと口先から出かかったが止めておいた。なぜなら、女を拉致し、監禁し、強姦したのは俺たち三人なのだ。殺人が明るみに出ればそれらの罪も隠しておけなくなるのだ。その為にもこの始末はこの三人でしなければならない。


「分かっているよ。俺だって警察なんかに捕まりたくないからな、何とかするしかないだろう」

「おお、そうだよな。俺たちは仲間だからな」キムは機嫌が直り調子良く言った。


 殺人の罪までかぶると言ったつもりはなかったが、キムの中では殺人も皆でやったつもりになってしまっているようだ。


 どこまでも自分勝手な奴だ。


「で、どうすればいい?」


 自分では考えるつもりはないようだ。


「ここに置いておくわけにはいかないんだから、どこかに隠すしかないだろう」


 それしか解決策はない。


「隠すってどこに?」

「山に埋めるか、川に捨てるか、海っていう手もあるけど、海はここからだと遠過ぎるから駄目だろう」

「いっそ燃やしちまうか、ログハウスごとパアーっと」どういう神経をしているのか、キムは笑いながら言った。


 このログハウスが火事になり、そこから死体が出たら、親父の管理責任はどうなるのかを考えた。


「女が家出中にこのログハウスに忍び込んで、火事を起こして焼け死んだってストーリーはどうよ。いけんじゃねえか。なっ、なっ」

 キムは自分の思い付きを自画自賛し、俺とベソに同意を求めた。

「駄目だよ。警察が調べたら殺人だって直ぐにバレちゃうよ」

 おびえていたベソが珍しく自信有り気に言ってきた。

「何でだよ。骨になっちまえば殺人かどうかなんて分からなくなんだろう」

「それが分かるんだよ。警察には鑑識や検死官ていうのがいて、その人たちが調べれば、たとえ骨になっても殺人か殺人じゃないかは直ぐに分かっちゃうんだ」

「マジか? 何でお前がそんな事知っているんだよ?」

「学校行っていなかったから、する事なくて犯罪もののDVD見まくっていたから知っているんだ」

「そんなのドラマの中だけの話じゃねえのかよ」

「その女、頭打って死んだんでしょう?」

「ああ、後頭部のここんとこがパックリ割れている」

 俺は自分の後頭部を見せて、自分で見た事を教えた。

「だったら絶対分かるよ。焼けて骨になっても骨に付いた傷は残るんだから」

 ベソは自分の見解に自信満々だった。


 俺はテレビの警察に密着した番組を見た事があったから、ベソの言っている事は正しいだろうと思っていた。


「じゃあどうすればいいんだよ?」


 重い空気が室内に立ち込めた。


「やっぱり埋めるしかないんじゃないか。ここは森の中だし、埋める場所はたくさんあるよ」


 俺の提案に反対する者はいなかった。


 それにしても埋める道具は必要だし、夜の方がいいだろうという事で、俺たちはいったん解散して各自必要な道具を用意して、深夜に再び集まる事になった。


「バックレるなよ」別れ際、キムはこれ以上ないという怖い顔をして凄んで言い捨てた。


 二十三時。


 俺がスコップと懐中電灯を持ってログハウスへ戻ると、すでにキムとベソの姿があった。しかし二人はログハウスの外にいて、玄関の前でスコップと懐中電灯を持って座り込んでいた。何でログハウスの中に入っていないのかは聞かなかった。理由は分かっていた。きっと死体と同じ空間にいるのが怖いのだろう。俺が先に着いていたとしても、きっとそうしていただろう。


 だからといっていつまでも外にいるわけにもいかないので、三人で体を寄せ合ってログハウスの中へと入って行った。気のせいかもしれないが、死体を置いているリビングは外よりも冷えているように感じた。


 女は死んだ時そのままに毛布の下にいた。俺たちは死体を見ないようにして、女を毛布にくるんで力を合わせて外へ運び出した。体重はそんなにある筈ないのに、三人で運んでも死体の女は随分ずいぶんと重く感じた。


 なるたけログハウスから離れた森の奥に埋めようとしたが、雑草や木の枝が邪魔をして道なき道を死体を持って運ぶ事は凄く大変だった。


 その為、ログハウスから三十メートルくらいしか離れていなかったが、手頃な空き地があったのでそこに埋める事にした。


 死体を置いて三人でスコップを使い穴を掘ったが、土は思いのほか硬くて五十センチも掘ると三人ともヘトヘトになってしまった。そこで深く掘るのをあきらめて、女を横に寝かせて隠れるように横に長く穴を掘る事に変更した。


 それでも苦労して何とか掘り終わったのは、夜中の三時を少し過ぎた頃だった。それから三人で死体を毛布でくるんだまま穴に入れて上から土をかぶせた。しかし穴が浅かったのか、被せた土は死体の大きさそのままにこんもりとふくれ上がってしまっていた。


 しかしその時の俺たちには、死体を掘り起こし、もう少し穴を掘り進める気力も体力も残っていなかった。


「大丈夫。こんな森の中誰も来やしねえよ。見つからねえって」


 キムの楽観論に、疲れていた俺とベソは同調した。


 それでも心配だったので、最後に落ち葉を拾い集めて、膨らみの上に自然な形に見えるように振りいた。


 それからログハウスに戻り、室内を掃除してそれぞれの家に帰って行った。


 別れ際、万が一死体が見つかり疑われる事になったとしても、シラを切り通す事を約束しあった。


 それから三日。


 その日は朝から雨が降っていた。大型の台風が近付いてきていて、夕方から雨風が激しくなるとテレビの天気予報が告げていた。


 あれ以来、キムとベソとは会っていなかったし、電話で連絡を取り合う事もしなかった。


 死体を埋めた場所の様子が気になっていたが、とてもじゃないが見に行く気にはなれなかった。


 夜になり予報通り雨風が激しくなり大雨暴風警報が出された。不安を抱えて布団の中に入った為かなかなか寝付けず、眠りに落ちたのは台風が過ぎ去り外が静かになった朝方だった。


”パラパラパラパラ……” 外から聞こえてきたその音で目が覚めた。


 時計を見ると、十時三十五分だった。起き上がり窓を開けて外を見ると、青空の下に二機のヘリコプターが飛んでいるのが見えた。そのヘリコプターの飛んで行く先が、あのログハウスがある方角だと直ぐに気付いた。


 俺は体中の血液が逆流したかのような感覚になり、気を失いそうになった。


 十一時三十分になると、テレビのニュース番組がログハウスがある森の中で死体が発見されたニュースを伝えた。昨日からの雨と風が死体をおおっていた土を流し、あの別荘地帯に住む老人が愛犬を連れて散歩中に、偶然死体を発見したと若い女のアナウンサーが厳しい顔をして伝えていた。


 埋められていた死体の詳しい情報はなかったが、次のニュースで市内に住む女子高校生が十日前から行方不明になっている事が伝えられた。勘の良い人間ならこの二つの出来事がつながっていると気付くかもしれない。


 そのニュースが終わるのを待ってキムに電話したが、キムは電話に出なかった。続けてベソに電話をすると、ベソもニュースを目にしていて、動揺しておびえていたので、そのまま家でジッとしていろと言って電話を切った。


 警察が俺の家に訪ねて来たのはその日の夕方だった。


 俺が死体の発見現場近くの別荘を見回りしていた事を聞きつけて来たのだった。死体が発見された事を知ってから、警察が俺のところへ訪ねて来る事は覚悟していたが、あまりにも早かったので平静をよそおうのに苦労した。


 しかし訪ねて来た刑事は、俺が何も知らないと言うと、玄関先で少し話しただけであっけなく帰って行った。


 その日の夜のテレビのニュースで、埋められていた死体の後頭部が陥没骨折かんぼつこっせつしていた事と、警察署に殺人事件の特別捜査本部が設置された事が伝えられた。


 翌日には死体の身元が行方不明だった女子高校生だったと判明し、ニュースだけでなくワイドショーでも事件としてセンセーショナルに伝え始めた。


 俺は各テレビ局のワイドショーをリモコン片手にザッピングしまくり、出来るだけたくさんの情報を集めた。


 ある番組では、訳知り顔の警察出身のコメンテーターが意見を求められ、犯人は複数の若い男たちだと断定していた。それを聞いて俺の心は更に落ち着きがなくなっていった。


 死体が発見されてから三日目の朝。


 再び俺の家に刑事がやって来て、俺は今度は任意同行を求められ警察署へ連行された。


 そこで俺は生れて初めて取調室というところに入った。そこは窓のない細長の暗くて小さな部屋だった。部屋の壁には大きな鏡があり、これが刑事ドラマに出てくるマジックミラーだと思った。


 取り調べを担当した刑事は、南アルプス中央警察署・少年課の新井と名乗った。四十前後の肩幅の広い七三分けのタレ目の男だった。


 新井は優しい語り口でたわいのない世間話をし始めた。それに対して俺はやましいところがない事をアピールする為に、平静を装い慎重に質問に答えた。


 そして三十分ほど時間が経過した頃、刑事は福丸優子について聞いてきた。


「ところで、君は福丸優子さんを知っているかい?」

「福丸…優子? ……いえ、知りません」

「本当に? 福丸優子さんというのは、君が中学二年生の時の担任の先生だった福丸先生の娘さんなんだがな。優子さんは君の一年先輩だが、生徒会長をしていたそうだ。君が知らないのはおかしいんじゃないかな?」


 一度知らないと言ってしまったので、訂正するのはマズいと思った。


「そんな事言われても、俺は先生なんかに興味なかったし、その先生に子供がいたなんて事知らなかったし……、だいたい俺に生徒会なんか関係なかったし、その生徒会の会長が誰かだなんて知らないし……」シラをつきとおした。

「そうか……、うん……、それなら十三日前の話を聞かせて貰おうかな。十月八日の金曜日だ。憶えているかな?」

「さあ、憶えてません」

「即答するなよ。もう少しよく考えて思い出してくれないかな」


 しまった。焦り過ぎたか。落ち着けと自分に言い聞かせた。そして、考える振りをしてから口を開いた。


「……俺、頭悪いからそんな昔の事憶えてないです」

「そうか……、だったら思い出せるようにヒントをあげよう。その日、君は甲府駅前のファストフード店【バーガー魂】に入らなかったか?」


 俺は白々しくならないように注意して首をひねった。


 すると刑事は手帳を取り出しページをめくり、目的のページを見つけたのかしばらくそのページをじっくり見つめ、それからゆっくり俺の顔に目を移すと、気持ち悪いくらいの笑みを浮かべて言った。


「君はダブル照り焼きバーガーとフライドポテトのLサイズとコーラのLサイズを注文して食べたのだろう。時間は午後三時二十三分だ。おやつにしては食べ過ぎだと思うが、どうだ、憶えていないか?」


 この刑事はどこまで知っているんだ。


「覚えていませんッ!」思わず声を荒げて言ってしまった。


 刑事はひるむ事なく無言でジッと俺を見つめた。


 俺はその視線に耐えきれなくなり思わずうつむいてしまった。あの手帳には他にどんな事が書かれているのだ? ……心臓のドキドキが止まらなくなった。


「そんな大声を出さなくても聞こえるよ。君は憶えていないかもしれないが、店の防犯カメラに君と君の友達が映っていたから間違いないよ」


 キムやベソの事までもう知られているのか……、表情を読み取られたくない……、ますます顔を上げられなくなってしまった。


「一緒にいた友達も誰かは分かっているんだが、是非君の口から聞きたいな」


 脇汗がジワーッと噴き出してきたのを感じた。体全体に力が入り、ひざの上で拳を強く握りしめた。


「友達の名前も思い出せないか?」


 俺はその問いに、俯いたまま小さく頷くのがやっとだった。


「いつも一緒にいる仲間だろう。忘れたら可哀想だぞ」


 友達と言っていたのが仲間に変わった。それはいったいどういう意味だ? ……友達ではなく、犯罪を共にした仲間とでも言いたいのか……。


「しょうがないな、じゃあ教えてあげよう。一緒にいた仲間は金沢拓也君と轟公介君だ。そうだろう?」


”バンッ!”


 それまで優しく語りかけていた刑事が突然平手で机を叩いた。狭い部屋にその大きな音が鳴り響いた。


「はい」意表を突かれ、そう返事をしてしまった。

「そうだな、知っているよな。どうだ、正直に話すと気が楽になるだろう」

 刑事は一転してまた優しい声に変わった。

「轟君はちゃんと正直に話してくれたぞ」


 その言葉に驚いて、思わず顔を上げてしまった。


 ベソもすでに警察に連行され、取り調べを受けていたのだ。そうなるとベソがどこまで話してしまっているのかが無性に気になった。そしてキムも連行されているのかを知りたかった。しかし刑事はキムの事には触れなかった。


「【バーガー魂】の二階の窓際の席から何が見えた?」


 そこまで知られているのか。ベソが話したのか? しかしたとえ話していたとしても、俺が認めるわけにはいかない。


「別に……、話をしていただけだから……、外なんか見てたかなぁ……」不審に思われる事は分かっていたが、俯かずにはいられなかった。

「それは違うなぁ」


 何が違うんだ。ベソは何を喋ったんだ。


「窓からは向かいにある進学塾が見えたんだろう。そこでお前たちは進学塾に通う福丸優子さんに目を付けた。違うか?」

「し……、知らない」


 限界が近付いていた。


 その時ドアがノックされた。俯いたままで盗み見ると、スーツ姿の若い男が入って来て、新井に耳打ちして何かを渡して出て行った。


「新しい情報だ。優子さんの手の指の爪の中に複数の人間の皮膚片が残されていたんだがね……」


 俯いている俺を新井がジッと見つめているのを感じた。


「そのうちの一つが君のDNAと一致した。君のお母さんに頼んで、君が普段使っているくしと歯ブラシをお借りして照合させて貰っていたんだ」


 終わった。


「どうする? まだ知らないと言い続けるか?」


 俺は観念してゆっくりと起った事全てを正直に話した。そして話し終えると、心の奥にあった重石おもしがなくなり軽くなったような気がした。


 取り調べが終わると留置場に連れて行かれたが、そこにはキムやベソの姿はなかった。


 冷たく暗い鉄格子の中に一人取り残された俺は、今更ながら自分のした事を深く後悔した。


 




 

 



  


 



 

 


 


 


 

 

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