お袋に認めてもらいたいんだ
お袋が凄いなと思ったことがいくつもある。その中の一つのエピソードがこれだ。小学生の時、雑巾を縫う宿題が出たが、学校の授業中に終わらず、家に持ち帰って、針と糸で悪戦苦闘していた。そこへお袋の登場である。お袋は糸の結び方から縫い方そして、止め方まできちんと丁寧に説明してくれた。
おかげで、その時、家庭科は5段階評価の内の5を取ることが出来た。子供心にお袋の凄さを思い知ったある一幕である。他にも一杯あるが、数えきれない。本当に数えきれないほどある。お袋の豚の角煮はめちゃくちゃうまいし、餃子もうまい。だから余計に認めてもらいたくてあがいてしまう。
放課後になり、ホームルームの時間になった。先生は、生徒全員の前で、絵のコンクールで大賞を取った人がいると言った。俺の心臓は高鳴り続ける。でも、現実は残酷だった。
「大賞は、丸山」
丸山と呼ばれた生徒は立ち上がって、「マジッ!」とか叫んでいた。丸刈りの野球部のエースだ。身長は150センチと低いものの、コミュニケーション能力の高さは抜群で、クラスの花形だった。
「丸山は、後日、校長先生から正式な発表があると思う。良かったな」
盛大な拍手が丸山を包む。女の子達は、キャーキャー叫んでる。黄色い声で「丸山君すごい」とか。悔しいので俺も「丸山やったじゃん!」と空元気で野次を飛ばしてた。
「なんだ。藤堂悔しいのか?」
先生が俺をちょっとにらんだ。
「うれしいんです」
「素直じゃないな!」
先生は、やれやれという顔をして、「お前には敵わんな」と言った。
「それでは、これからは入選だ。入選は何人かいるから賞状を貰いに来るように」
「小池、厚石、佐竹……」
と言って、俺の顔をまじまじと見た。
「藤堂の以上4名だ」
俺はポカンとした。頭が真っ白になった。もじもじして、賞状を受け取った。
どうやって、家に帰って来たのか分らなかった。ただ、友達にからかわれて、軽くどつきあいして、途中アイスも食って。覚えているのはそれ位だった。途中からお袋を含めた家族に賞状を見てもらいたい一心で急いで帰って来たのは覚えている。
お袋は、7時まで帰ってこない。パートだ。スーパーのレジ係をしている。一人レトルトカレーを温めて食べる。こん時、何か寂しい。弟は、私立の中学校に通っていて、晩飯は親父と外で食べて来る。俺だけだった。一人きりなのは……。
レトルトカレーを食べ終わると、スプーンに目がいった。カレーのルーのかかったスプーン。画板紙を取り出して、模写する。何枚も何枚も。いつしか時間を忘れていた。
「こら! 何やってるの! 勉強はどうしたの!」
スプーンの模写を終え、今度は部屋の明りのデッサンをしていると、不意に耳を引っ張り上げられた。お袋だった。
「何やってるの! 勉強もしないで!」
「あの……これは……」
「お母さんの身にもなって! 一生懸命働いて来て帰ってみたらこれなんだもの」
お袋の小言が始まる。いつ終わるともしれない。いらいらしてきた。聞いてよ! お袋!
「聞いて!」
大声を出した。部屋が一瞬にして静まり返る。
「聞いて……」
お袋は俺を見てる。鞄の中から賞状を取り出してお袋に渡す。
「夏休みの自由研究で、入賞したんだよ。俺の夢に一歩近づいたんだよ。画家になるって夢が!」
しばらく俺を見ていたお袋が座って言った。
「あのね、守。今は学歴社会なの。私もそれで苦しんだの。もう夢叶ったでしょ。だから勉強しなさい。画家なんて途方もない夢みるの止めなさい」
「本当に叶わないと思ってるの?」
お袋は黙ってる。
「俺を信じてないの?」
お袋は、一言「勉強しなさい」と言った。俺の目から涙が込み上げてきた。何で、俺の道を塞ぐんだよ。何で、俺の夢を否定するんだよ。たまには認めてくれてもいいじゃんか。俺は、賞状をビリビリに破くと、泣きながら自分の部屋に行き、鍵を掛けて籠った。もういい。俺はこの家での居場所なんかないんだ。
すぐさま、ドアがドンドンと叩く音がした。
「ちょっと開けなさいよ。急にどうしたの!」
俺は、時計を投げつけて「うるさい」と怒鳴った。そして、蒲団を引っ被って泣いた。俺は孤独なんだ。なんで、俺だけ。なんで俺だけが、こんな目に合うんだ。俺何も悪い事してねえよ。いつしか月が出ていた。月明かりに俺が照らされていた。いつも思う。月も寂しげに青い光を放っている。何でこんなに寂しげなんだろう。
ふと、言霊が胸をよぎる。孤高。月は孤高なんだ。みんなが、眠りにつく間、月は自分の尊厳を保つ為、光り続ける。昼は太陽に邪魔されて光れないから。夜光っている。そうだ。孤高の道だ。
俺は孤高の道を行く為、修羅の道に入る。
そう決めたら涙が収まった。誰も到達できない程の絵を描いてやろう。そして、あらゆる名声と富を手に入れてやろう。お袋悔しがるだろうな。俺は、筆を取り出し、愛用のスケッチブックに一筆書いた。
修羅の道に進まんとする
と。悔し涙で文字が滲んだ。
投げつけた時計がその間にもチクタクチクタク鳴り続ける。
……。いつしか、2年間の月日が流れていた。
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