親父と僕の想い

「なあ、お袋?」

「何?」

 母親はぶっきらぼうに答える。

「お袋は親父のどういうところに惹かれて結婚したの?」

「何よ、急に!」

「いや、親父のこと知りたくて」

 母親は、料理を作る手を止めて一瞬考えた。

「職人みたいなところだね」

「職人みたいなところ?」

「そう、ぶっきらぼうで、でも立場の弱い人には優しくて……そういうところにあこがれたのよ」

「親父って頑固だよね」

 母親はシチューを小皿に入れて味見すると、

「洋介もお父さんそっくりで頑固よ」

 そうか頑固か。

「ねえ、お袋、俺が金魚のフンって呼ばれてたらどうする?」

 母親はふふんと笑うと言った。

「私とお父さんとの子供だもの。どんなこと言われても信じてる、信じきるのが親ってもんじゃない」

 話はそれきりだった。


 夕飯を食べて、国語の宿題をした。今日の国語の宿題は、古文を訳す宿題だった。

宿題をしながら金魚のフンについてずっと考えていた。

黒く四角い時計がチッチと秒を刻む音が聞こえる。蛍光灯が蛍光灯の端っこがもう黒ずんでいる。そろそろ替え時だな。

机の中からカッターを取り出し、歯の先端の部分を親指の肉に食い込ませる。親指の皮が破れ、血が一滴出る。しばらくその血を眺め、その血をティッシュペーパーに滲み込ませる。血はすうっと紙に吸い込まれていった。


快感……。


悩むとこういうことをよくやる。


時々思うんだ。


俺って生きていないんじゃないかって。機械じゃないかって。何故そう思うのかというと、いじめられていた時も、みんなで感動して泣いていた時でも、何故か冷静になってしまう。熱くなれない。心が機械のように凍っている感じがする。だからそういう時、わざと血を出して生きているんだということを実感する。


 考えるのがおっくうになって、文学全集を探しに親父の書斎にもぐりこむ。親父は俺が純文学を読むのを毛嫌いしている。子供に何が分かるとか言う。文章を見るのが好きだというのは本当だ。小説の主人公の生きざまなんか感動して涙がだーだー出てくる。でも時々出てくるエロい描写に心を時めかしている自分もいる。親父はそんな心を見透かしている部分もあるんだと思う。


 今日も純粋な心半分と不純な心半分で、新しい本を探す。その時、分厚い本を見つけた。


取り出して開く。


写真が一杯入っていた。フォークギターを抱えた、まわるい眼鏡をかけ、パーマをかけた長髪の少々気弱そうな青年が沢山写っている。親父だった。鍋を囲んでみんなでピースしている写真やギターを抱えてキメポーズしている写真もある。


親父、いい青春時代送っていたんだな。


イジメラレっ子、金魚のフンの俺とは全く正反対だ。いいなあと少しだけ思った。その時だった。


赤ちゃんの写真が出て来た。横に文字が書いてある。洋介誕生と。俺だ。それから俺の幼少時代ばかりの写真が沢山出てくる。そこにこんなことが書かれていた。幼稚園の先生から協調性がないと言われた。そこでとある施設に連れて行ったが、問題ないと言われた。みろ俺の子供だ。俺の子供だ。立派に育っている。洋介が小学校に入学した。イジメが始まる。教育の本をたくさん読む。洋介の助けになりたい。


 とここで一枚の黄ばんだ紙を見つけた。開く。図書委員便りだった。そこにこんなことが書かれていた。洋介は、文才があると。


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