金魚のフン

 次の日の放課後、図書室でとっつあんを待つ。岩樹と中村さんが二人きりだと思うと、頭がモヤモヤする。本当にカラオケだけだろうか。そんな思いがふとよぎる。

 とっつあんの仕事は単純だった。色んな本を一部分コピーしてまとめていくというものだった。コピーだけで1日が終わってしまった。


 一週間ばかりコピーばかりだった。とっつあんがコピーしたものを上手にファイリングしていく。教育の今昔、生徒のメンタルの育て方など沢山あった。

「これどうするんですか」

「論文を書くんだ」

 とっつあんが目をぎらりと光らせる。

「お前たちに感化されてな。俺も学会に論文を提出してみようと思ったんだ」

 あいまいに「そうですか」とうなづくと、ページをペラペラめくって行く。

「だから手伝ってくれ。これはお前のためでもあるんだぞ」

 思わずそうなんですか? と、ぶっきらぼうに答える。もう一週間も活字のコピーを見て疲れてしまったのだ。

 それでも終わった後にとっつあんがごちそうしてくれる缶コーヒーをちびちび飲んでは、うれしがっていた。


 それからしばらく経ってから、とっつあんは図書室にノートパソコンを持って来て、パチコンやり始めた。脇にはとっつあんの資料とメモが散乱している。しばらく眺めていると、文章がどんどん紡がれて行った。とっつあんはパソコンに何時間も集中していた。その間、俺は資料をたくさん集めてコピーした。途中とっつあんに「遅い」と言われ、へこんだりもしたが無心に頑張った。


 それからしばらく経って、冬休みが始まるかの時に、とっつあんの論文の草案は完成した。論文をめくって文章を読むと、赤く朱で付け加えられたり消されたりして何が何だか分からない。とっつあんから「まあとにかくありがとう」と言われたのでまあ良しとしよう。最後にとっつあんが気になる事を言った。

「藤山は、岩樹と中村とは友達か? それとも夢を語り合う同志でいたいのか?」

 友達? 夢を語り合う同志? 思わずはあと気の抜けた声を出してしまった。

「どっちなんだ?」

「夢を語り合う同志でいたいです」

とっつあんはずり下がった黒縁のメガネを直しつつ、

「今のお前は、岩樹と中村の金魚のフンになってるよ」

「金魚のフン」

 一瞬何のことか分からなかった。

「金魚のフンってなんですか?」

「金魚はフンをしてもフンがしばらくくっついているんだ。お前は、岩樹や中村に子分のようにくっついているだろう。だから金魚のフン」

 一気に血がたぎるのを感じた。頭がカッカしてくる。とっつあんは構わず言った。

「同志って言うのは、対等な立場でなくっちゃな!」

 とっつあんは捨て台詞のようにそう言った。そして、資料をまとめると、「ありがとな」と言って出て行った。


 帰り際、駅のホームのベンチに座ってずっと考えていた。何でそんなこと言われなくちゃいけないんだろう。

まずは、とっつあんに何か嫌われるようなことをしたのかということを考えた。何もしていなかった。そもそもとっつあんにとって俺は砂利だ。とっつあんの目にも入らないだろう。考え方を修正するが、どんどんネガティブ思考が出てくる。


胸がギュッと苦しくなる。


たった一言でこんなにももろく崩れ去ってしまうんだと思うと、器の小ささを思い知らされる。言われてみると、確かに岩樹と中村さんに金魚のフンみたいにくっついていた。従者のようにかしこまっていた。

でもだから何だというんだ。他の生徒だって、みんなグループでつるんでいるんじゃないか。同じドラマを見て、同じスポーツ観戦して、みんなとファミレスでくっちゃべって。それの何がいけないと言うんだ。一人になるのは、怖いんだよ。だからつるんでいるんだ。頭痛がしてきた。考え過ぎると、よくこうなる。Ipodを取り出して、音楽を聴き始めた。


 次の日、仮病を使って学校を休んだ。父親も母親も会社に行っていていなかった。朝飯は、ご飯とイカの塩辛で済ませた。そしてそのまま寝た。


 いつの間にか、夕飯の時間になっていた。台所に行くと、母親が料理を作っていた。

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