狐の事情

 キツネの瞳は輝いていなく、死んだ魚のような瞳をしていた。こけた頬はさらにこけ、青白く白く瞬いているように感じた。以前のような覇気はなく、すがるように話しかけてくる。


「ほんの少しでいいんだ」

 そうして、ぐいぐいと背中を押してくる。少し危険な感じがしたが、自身のプライドがキツネを怖がってどうすると語りかけて来る。

「分かった。少しだけだよ」

 キツネは上目遣いに俺を見ると、顔をひきつらせながら

「ありがとう」

 と言った。キツネが先に歩いて行く。内心ビビりながら後を付いて行く。

連れて行かれた場所は屋上だった。

夕方の太陽がぎらぎらと俺らを照らす。太陽の熱気に汗が噴き出る。かすかに青い草の匂いもする。屋上からは運動場で野球部が野太い声を上げて走っているのが見える。

「なあ、藤山君」

 急に馴れ馴れしく、藤山君と言って来た。

「実は俺、次男なんだよ。兄貴と比べられてずっと生きてきて、何をやっても誰も俺のことを認めてくれなかったんだ……」

 キツネはすがるような目で俺を見る。思わず目をそむけた。

「頑張って高校に入っても、誰も何も言ってくれない。親も気楽にやりなさいと言うばかりで認めてなんかくれない。挙句の果てには、高校でパシリまでさせられて……。みんなから見下されて……」

 キツネが「なあ」と言ってくる。

「俺のこと軽蔑しているのか?」

 キツネがまたじっと目を見つめてくる。

「まあね。便器に頭突っ込まれたし!」

 キツネは拳を振り上げると、俺をきっとにらんだ。そのままお互いに固まる。


キツネが拳を降ろした。


そして突っ伏して泣き出した。どうしたらいいのか分からず、その様子を見ている。

「行っちまえよ。さっさと消えちまえよ!」

 キツネは涙声で途切れ途切れに声を震わせながら叫ぶ。その様子を見ても、俺は何とも思わなかった。同情なんか出来なかった。自業自得だと思った。


 俺はさっさと教室に戻ろうとする。屋上から教室に繋がるドアの所に岩樹が居た。

岩樹は天を仰いで、歯をくいしばっていた。


 岩樹の目から一筋の涙がこぼれ落ちる。


岩樹のその様子を見て、俺の心がチクリと痛んだ。俺ってこんなにも嫌な人間だったんだなと少し自分自身が嫌いになった。


俺ってこんなにも黒い心を持った人間なんだっけ……もっと純粋じゃなかったっけ……


 キツネのこと、俺自身のこと、さまざまな事が頭の中を駆け巡る。弱い自分に嫌になって、思わずぎりっと歯をくいしばった。くちびるが切れて血が少し出た。


 冬休みも目前にせまった頃。親父がふと単身長野から戻って来た。

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