青臭い青春時代

中村さんが満面の笑顔のまま「何でもします」と答えた。菊池先生は渋い顔のまま淡々と告げる。

「条件の一つ目は、体育館の清掃を放課後、3人だけで行うこと」

 岩樹が急におとなしくなる。

「体育館ってのはどういうのをするんですか」

「それについて何だが、体育館の全面の床をモップ掛けしてもらう」

 中村さんも両手を降ろす。

「第二の条件に、青少年に不健全なDVDは見ないこと!」

 菊池先生がさらに続ける。

「また、視聴覚室のDVDレコーダーは一般開放するため、毎回貸出しの用紙で予約をとること。またDVDは視聴覚室でみること。なお、担当の先生が監視して、風紀が乱れないようにする」

 岩樹が「そんな」と答える。

「俺たちの大損じゃないですか!」

「お前たちの青春とやらはそんなものだったのか?」

 菊池先生がまっすぐな目で俺を見る。

「僕はやりたいです。チャンスをくれたからには……」

 中村さんもうなずく。俺は岩樹の方を見る。

「岩樹君、お願いだよ。やろうよ。せっかくのチャンスだよ」

 岩樹はぎゅっとくちびるをかみしめると、「よしっ」と掛け声をかけた。

「しゃーねえな、藤やんの頼みじゃな!」

 その時、菊池先生の瞳がきらりと光った。

「嫌ならこちらとしても結構なんだが……。手間も省けるし」

 岩樹は慌てて手を振りながら

「是非、お願いします!」

 と答えた。中村さんが満面の笑顔をする。

ふと気が付くと、中村さんの手が俺の手に触れていた。慌てて手を引っ込める。中村さんは俺を見ると、かすかに笑ってた……ように感じた。


帰り道……俺は岩樹に話しかける。

「岩樹君……」

 岩樹はコンビニで買ったチキンを頬張りながら「何だ?」と答える。

「お願いがあるんだけど……」

「さっさと言えよ。まどろっこしいな!」

 数秒黙っていたが、決心して息を吸い込んで一気に言う。

「岩樹君のこと、イッちゃんって呼んでいい?」

 岩樹は「ああ」と言うと、

「やっとあだ名で呼んでくれるか!」

「いいの?」

 俺はおずおずと答える。

「ああ、いいよ」

「ありがとう。イッちゃん」

 その時、岩樹がゴミ箱にチキンの袋を捨てると、水のボトルのフタを開けながら、

「藤やんに一回言おうと思ったんだけどよ。藤やん、堅苦し過ぎるのもう少し崩せない? マブダチなんだろ! 俺ら」

 中村さんもものすごい勢いでうなずくと、

「私、堅苦しい男子苦手だな」

 そう言って満面の笑みをした。

「どうやればいいのか分からないよ。ずっと一番下っ端にいたから……」

 岩樹は「少しずつだな」とあっはっはと笑った。


 次の日から放課後のモップ掛けを一生懸命頑張った。俺と中村さんが半面を二人で行い、残りの半面を岩樹が一人でやった。最初のうちはモップ掛けがしんどくて、終わった後、3人で倒れ込んで、床で泥のように眠った。

 そんなしんどいモップ掛け一週間目の日曜、午後七時。


いつものようにモップ掛けが終わると、中村さんは胎児のように丸まって眠っていた。

俺も壁に寄りかかって目をつむっていた。もう10月にもなり、夕方は虫達の鳴き声がかすかに、しかししっかりと響く。この頃の冷たい風も心地よい。夢心地でうとうとしていた。


 なぜか夢の中で岩樹、中村さん、俺とでどこかの大学のキャンパスライフを送っている夢を見ていた。


しばらくして気が付くと、よだれがつうっ~と垂れかかっていたので慌てて拭いた。床によだれが垂れていたが、それは見なかったことにした。気配を感じたので、横を向くと何故か隣に岩樹が座っていた。岩樹はじっとそのよだれを見ていた。慌てて聞く。

「見た?」

 岩樹はいじわるそうな顔をすると、

「見たよ」

 俺は慌ててモップで床のよだれをこすり拭き取った。

「なあ、藤やん?」

「ちゃんと片付けたよ」

 またまた慌てて弁解する。岩樹は頭を振ると、

「そうじゃねえって……」

「じゃあ何?」

「お前、大人になりたいか?」

 一瞬意味が解らなかった。

「大人って?」

「常識のある大人になって、会社に入ってお金を稼いで……」

「そりゃあ、大人になりたいよ!」

 岩樹が寂しそうな目をこちらに向けて言う。

「そうか……」

 岩樹が遠くを見ていた。

「どうして?」

「何でもないよ……」

 岩樹は体育座りをすると、鼻歌を歌い始めた。何か聞いたことある曲。昔、親父のテープに入っていたのを聴いたことがある。しかし、曲名を思い出せない。

「それ、何て歌?」

 岩樹は寂しそうにははっと笑うと。

「ブルーハーツの『終わらないなんとか』だよ」

「どういう歌?」

「聴くか?」

「うん」

 岩樹はポケットからipodを取り出して片方のイヤホンを貸してくれた。

「中村を起こすと悪いからな」

 そう言って岩樹はいたずらそうな笑みを浮かべた。

 イヤホンを付けると、曲が始まった。耳の中で熱い男たちが熱唱していた。


昔はこういう歌は好きじゃなかったけれど、今は悪くない。


聞き惚れている内に曲が終わった。イヤホンを岩樹に返す。岩樹がぼそっとつぶやいた。

「まだまだ子供のままでいてえなあ……」

「どういう意味?」

 岩樹はイヤホンをポケットにしまうと、

「おこちゃまには関係ないですよ」

 とおどけた。

「ちょっと、僕がおこちゃまって」

 岩樹は、あははと笑うと、

「わりい、わりい」

 と謝った。その後、岩樹は急に無言になって横になって目をつむった。


3人しかいない体育館では虫の鳴き声が響き渡っていた。リーリーリーと。

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