岩樹の恋愛の詩

岩樹の方を向くとよく目が合う。ただ、目が合うと、岩樹はふいと別の方を向く。後、イジメられなくなった、のは本当だけど、今度はクラスメイトが話してくれなくなった。

最初はがやがやわいわいだったのだが、友達が一人減り二人減り、また一人ぼっちになった。クラスメイトとのコミュニケーションが取れなかったのだ。何を話していいのか分らない。小説のことを話すと、「それって自慢?」って言われへこんだ。何を話していいのか分らなくなった。岩樹の方を向くと、岩樹が机に座って缶コーヒーを飲みながらこっちをみていた。


視線がふと合う。


そう思ったのも一瞬だったのか、すぐさま、数学の先生が「授業始めんぞ~」と言って入って来た。


 それから一週間が経った。


中村さんも微笑むだけでもう話しかけてはくれなかった。孤独、独り、一人で学校生活を送らなくてはならなくなった。理由は分かってる。相手の話をさえぎって、自分ばかり話してしまう癖、そんな癖がみんなから嫌われるんだ。


どうしたらいいんだ。


周りのザワメキに埋もれ、一人小説を読むでもなく眺めていた、そんな時だった。

「おい、ちょい面貸せ」

 岩樹が俺の机に蹴りを軽く入れた。

「もうイジメしないって約束じゃ」

「そうだよ、イジメじゃねえよ。ちょいと見てもらいたいものがあるんだよ」

 その時、中村さんが近づいて来た。中村さんは俺の顔をちらっと見ると、岩樹に文句を言った。

「ちょっと、あんた何やってんの! もうほっといてやんなよ」

「だからイジメじゃねえって」

「じゃあ何なのよ!」

 中村さんが食い下がる。

岩樹がしばらく唇をかんでいたが俺の顔を見ると言い含めるように言った。

「お前、このままでいいのかよ。このまま無視され続けてよ。女子にも守ってもらってよ……」

岩樹は黙り込む。

ぼそっと言った。

「一度でいい俺の事を信用してくれ」

 確かにこのままではいけなかった。イジメられるのも辛かったが、無視されるのも辛い。

「本当にイジメじゃないの?」

 岩樹がうなずいた。


 昼休みの屋上は誰もいなかった。

外は蒸し暑く、色の濃い草が元気よく地面から伸びていた。足元には沢山のアリが這っていた。二人で手すりに背中を預ける。岩樹がカバンからA4の紙を数枚取り出して、俺に渡した。詩だった。

「批評してくれ」

 恐る恐る中身を見ると、月にビールとか、夜にぼうっと光る桜とかの叙景詩だった。月並だった。でも、怖くてそれを言えなかった。

「良いと思うよ」

 怖くて本音が言えなかった。


岩樹が腕を組んでいたが、「本当か」と聞いた。俺はうなずく。

岩樹は足を思い切りバンと踏んだ。思わず身構えた。

「そんな怯えるなって」

 岩樹は思い切り笑う。

「怯えるなって言われても……」

 岩樹はそれに答えず、また紙を取り出した。そして俺に渡す。そして「見ろ」とあごでしゃくる。


こわごわ開ける。


そこにはこんなような詩が書いてあった。好きな女の子と話すが、好きって言えない辛さ、抱きしめてキスがしたくても勇気が出ない、こんな臆病な俺が嫌いだとこんな風な詩が書いてあった。思わず言葉に発してしまう

「初々しい……」

 岩樹の顔が一瞬ほころんだ。

「初々しいか……」


 何度も読み返す。


すさんだ心がうるおう詩だった。一言で言うなればみずみずしかった。

もどかしい、歯がゆい、でも心がギュッってなる。すぐさま顔を冷水で思い切り冷やしたかった。

「もどかしい」

 岩樹は顔を真っ赤にしていた。そして口調を早くまくしたてる。

「俺な、作詞家になりてえんだ。恋愛の詩を描いた……。でも俺恋愛なんかまだしたことないからこんな詩しか書けねえんだ。でもいつか大作を描いてやるんだ」

 岩樹は耳まで真っ赤にしながら更にまくしたてる。

「なあ、藤山、俺とタッグを組まないか。一緒に映画やアニメ、歌詞をみて批評しあってお互いに高め合う。映画やアニメだって一定のパターンがあると思うんだ。それを一緒に研究していかねえか。なあ頼むよ」

 岩樹が俺の肩を掴むとぎらぎらした目で見つめて来る。思わず視線を外すと、岩樹が又言った。

「常識なら俺が教えてやる。コミュニケーションだって場数だ。お前だって俺を利用すればいい。だから頼む!」

 その時だった。

「いいんじゃねえの~」

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