野の花の青春花
いじめの風景
「ほら、藤山(ふじやま)、泣いたら戻っていいぞ」
ひょろっとして背の高く、目がぎらぎらと光っている、そして変声期で声がしゃがれた坊主頭の少年が茶化すように罵声を飛ばす。この少年は目が窪み、手足がひょろ長く、それでいて体中傷だらけで全体的に崖にある岩のように体中がごつごつしていた。威圧感のある少年だった。名前も岩樹と言う名前で名前にふさわしい貫禄だった。
周りも追従するように笑う。
藤山と呼ばれた少年は、名前の華やかさに似ず、背が低く、坊っちゃん刈りの頭をして、時代遅れのまわるい眼鏡を掛けていた。律儀に高校の学ランをフックまで留めていた。ただし、太っていて見っとも無かった。
藤山は俯いて、必死に涙をこらえている。
「泣いたらママがやってくるよ」
キツネ目のひょろひょろした少年が茶化して、脇腹をどつく。
その時、3時間目のチャイムが鳴った。
「あ~あ、つまんね。もう3時間目始まっちゃったよ」
誰とも言わず笑い声が響くと藤山を残して岩樹を中心とした5人組のグループが教室に帰って行く。
これはいつもの風景だった。
休み時間になると、トイレに呼び出されて、何をするでもなく、ただ見世物にされる。
ほっといてくれと思うが、毎日呼び出される。いつ始まったのかは知らない。覚えていない。
ただ、文化祭を手伝わなくて、クラスのみんなから総スカンを食らった辺りから呼び出されるようになったのは覚えている。
毎日が忍耐の日々だった。毎日歯を食いしばって耐えていた。
「ただいま」
古ぼけたアパートの一室に帰ると、母親が顔出した。
「今日、学校どうだった」
俺は空元気でまあまあと答えた。
本当は最悪。鞄を置いて服を着替えて自分の机に向かう。そこには川端康成の『雪国』が置いてあった。
実は俺は図書委員なのだ。図書委員になると、図書委員便りという学校の広報誌に読書感想文を載せてもらえる。文章に携われると思うとうずうずした。
先程の『雪国』は図書委員として今回の読書感想文でオススメする本だ。どうして『雪国』を選んだかと言われたら、ヒロインの生き方に惹かれるものがあったからだ。芸者として生きながら、主人公に無駄な人生だと言われながらも精一杯生きている。そこが好きだった。でも自分の体験と合わせて書こうと思っても中々書けない。原稿用紙5枚以内なのに、もう30枚位の原稿用紙を無駄にしていた。
『雪国』を読んでいると母親がやってきた。
「もうすぐ受験でしょ。受験勉強しなさい」
「うるせえよ」
「この間、机を掃除してたら英語の期末テストが出て来たよ」
母親の甲高い声が家一杯に響き渡る。
「30点だったじゃない! どこの大学にも行けないわよ」
母親の雷がビシャンビシャンと落ち始めたので、ベッドにもぐりこんで丸まって寝た。
夜中2時。
家族みんなが寝静まるのを待って、読書感想文を書き始めた。でも書けなかった。
恵まれ過ぎてるから……
お袋が作ってくれたおにぎりをもぐもぐ食べると、読書感想文を開いた。
親父は単身赴任で長野に行っているが、両親ともに居るし、弟もいる。勉強さえ頑張れば大学まで行かせてもらえる。何の不自由も無かった。敷いて言うなれば、自分には故郷が無いということ。親父の転勤で自身も2年毎に引っ越して常によそ者扱いだった。後、常にいじめられていた。でも、それさえも大したことの無いような気がする。
そんなことをぼんやり考えていたら、もう朝だった。気がつくとドアの開け閉めやカラスの鳴き声など生活音がしていた、
読書感想文が書きたくても書けない日々が何日か続いた。
「お前、話聞いてんのかよ」
キツネが脇腹をこづいてドスを聞かしたような声色で話す。ここはいつもの通りトイレだ。
岩樹、キツネ、その他3人がニヤニヤしてこっちを見ている。俺の挙動不審な姿を見て楽しみたいのだ。キツネが岩樹の方をちらっと見ると、俺の胸倉を掴んだ。
「早く泣けよ。面白くないだろうが」
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