ランナー
ランナー
ここは、六年一組の教室。坊主のトレーニングウェアを着た男の先生が、図太い声を出して、生徒たちに何か話しています。
「六年生の最後の行事として二週間後五千メートル走を行う。クラスの代表を決めてくれ」
周りの男の子、女の子からは、「エー」という声が教室全体にひびきわたります。ぼく、馬宿さとるもいやそうな顔をして先生を見ました。先生の名前は、高遠和久先生。先生は、みんなを落ち着かせるとひときわ大きな声で話しを続けました。
「そうかなあ、やりとげれば自信になるぞ! ほら! だれかやってみないか!」
先生は、周りを見回します。ぼくは、下を向いて(どうか、自分に当たりませんように)と祈りました。ぼくは、運動オンチです。いつも体育の成績は2ですし、昼休みのドッヂボールでは、真っ先に標的にされます。そのせいで、いつもばかにされます。くつをかくされたこともありますし、本に落書きされたこともあります。でも先生にそうだんしたことはありません。仕返しがこわいのです。先生は、一人の生徒に声をかけました。名前は、楽市かおる。運動しんけいは、ばつぐん。クラスの人気者でもあります。そして…いじめのちょう本人でもあります。楽市かおるは、先生に指名されたのがわかると逆に先生に言いました。
「ぼくは、馬宿さとる君をすいせんします~」
周りからくすくすと笑い声が聞こえてきました。楽市かおるは周りを見まわすとほかの同級生にいいました。
「なあ、みんなも馬宿君がいいよなあ」
すると、まわりから「馬宿! 馬宿!」とコールが始まりました。ぼくは、たまらなくなって先生を見ました。先生は周りが落ち着くのを待つと、ぼくに言いました。
「じゃあ、多数決で馬宿君決まりだな。がんばれよ!」
ぼくは、正直なきたい気持ちでした。
放課後、帰ろうとすると、先生に呼び止められました。
「馬宿君、これから二週間みっちりトレーニングしよう」
ぼくは、(じょうだんじゃないよ! 帰ってゲームしたいのに)と思いました。しかし、こばむことはできませんでした。
早速たいそう服に着がえて校庭に出ました。先生は、じゅんびたいそうを始めると、ぼくにもじゅんびたいそうをするように言いました。(いじめをだまってみているくせによくいうよ)と思いましたがだまってしたがいました。十分後、二人で走り始めました。しかし、千メートルも走ると息が苦しくなってきました。校庭の白線の引いてあるところを五周すると、ちょうど千メートルなのです。ぼくが歩き出すと先生は背中を押しました。
「まだ、五分の一だぞ! せめて二千メートル走ろう」
ぼくは、仕方なく走り始めました。その日は、結局三千メートル走りました。
ぼくが、五千メートルを走ることが決まってから一週間後五千メートル走の選手が発表されました。見てみるとほかの人はみんな運動クラブに入っています。ぼくは、くやしい気持ちでいっぱいでした。
次の日、ぼくは学校を休みました。ぼくは、その日ずっとふとんにかぶって泣いていました。夜になってお母さんがぼくの部屋に入ってきました。
「今、高遠先生がおみまいにきてくださったわよ」
ぼくは、ふとんをかぶると会いたくないと言いました。すると、お母さんはぼくのふとんをひっぺはがしました。そして言いました。
「そんなんだから、みんなにいじめられるのよ! もっとしっかりしなさい」
ぼくは、思わず頭がかあっとなりました。
「お母さんに関係ないだろ! ほっといてよ!」
その時です。高遠先生の図太い声が聞こえました。今日は何となくやさしいです。ドアのところを見てみると、高遠先生が立っていました。
「産んでくれたお母さんにそんないいかたはないなあ」
そういいながら高遠先生はぼくのそばに座りました。ぼくはだまりました。
「今日はさびしかったぞ。早く元気になって学校来てくれよな」
そういいながら先生はにこにこ笑っています。ぼくはいかりがこみあげてきました。(これも全部先生のせいじゃないか)
「先生も楽市と同じでぼくを笑いたいのですか…」
ぼくは、やっとの事で言いました。両のほおからなみだがあふれてきます。先生は、笑うのをやめていいました。
「本当に先生が、馬宿のことを笑い者にしたいからと思ったのか!」
ぼくは思わずだまってしまいました。
「このままいくと、馬宿はいじめられ続ける。おれはそんな姿をみたくない」
ぼくは、下を向きながら聞いていました。相変わらずなみだがぼろぼろこぼれています。先生は続けます。
「おれもなあ、弱虫でいじめられっ子だったんだ。小学校、中学校といじめられたよ。辛かった…」
ぼくは先生の顔を見ました。いつもの先生の印象と違っていてとてもかなしそうでした。
「今回の五千メートル走は、馬宿にとってチャンスじゃないかと思ったんだ。これをやりとげればきっと馬宿も変われる。そう思ったんだ」
ぼくは、だまったまま泣いていました。先生は、しばらくだまったままでしたが、しずかに立つと帰って行きました。
次の日…ぼくは学校に行きました。足どりは重たかったでしたが…放課後…先生とぼくは、もくもくと走り続けました。
一日、一日と時間は刻々と過ぎて行きました。
…いつしか…五千メートル走れるようになっていました。
五千メートル走の前日、練習が終わった後先生はぼくにいいました。
「努力したんだから、がんばれ! おれは馬宿が最後まで走り続けられることを信じているからな」
そういうと先生はぼくにお守りを渡しました。古びたお守りです。所々がほつれていました。
「これは、おれの宝物だ。もっといてくれ」
そういうと、先生はぼくの頭をなでました。ぼくは、その時素直にうれしいと思いました。この先生なら信じられるそう思ったのです。
当日、学校に行くと、楽市かおるはおどけて「リタイアすれば~」と言いました。でもぼくの心はゆるぎませんでした。
そして、五千メートルの時間がやってきました。一組、二組、三組の代表者が一緒に走るのです。待っていると、高遠先生がやってきました。先生は、にこやかに笑ってがんばれよと言ってくれました。ぼくは、ポケットの上からお守りをなでるとぼくは、大きくうなずきました。
立ち位置につき、よーいドンの合図が鳴るのを待ちました。ぼくはちらと先生のほうを見ました。先生は、うでぐみして見ています。少し安心しました。よーいドンの合図が鳴るとぼくはゆっくりはしりはじめました。千メートル、二千メートルと順調に走り続けました。
半分ほど走ったときです。走っていると何かのひょうしで転んでしまいました。いそいで立ち上がろうとしました。その時足にげきつうが走りました。(くじいたんだ)あせりました。立ち上がろうと思いましたがずきずきといたみがきついです。(やっぱりぼくはだめだったんだ)その時です。ポケットにふと気付きました。手を入れてみると、高遠先生からもらったお守りがありました。(そうだ、ぼくははしりつづけなきゃいけない! 先生と約束したんだから!)ぼくは立ち上がると足を引きずりながら走り続けました。
必死でした…走り続けなければいけない。心の底からそう思いました。たとえみんなに笑われてもいい。でも信じてくれる人がいるんだ。そう思うと足を止められませんでした。いつしかゴール地点に来ました。途中のことは覚えていません。気がつくとゴールの前にはクラスのみんなが立っておうえんしてくれていました。ぼくはゴールに向かって走り続けました。そして…
ゴール!!!!!
すぐに、クラスのみんなに囲まれました。そして次々に「すごいなあ!」「根性ある~!」とほめたたえてくれました。となりにいた女子が言いました。
「楽市君なんかねえ、馬宿君が足を引きずりながらはしっているのを見て涙ぐんでたんだから」
ぼくは、楽市かおるの方を見ました。楽市かおるは顔を真っ赤にして否定しました。みんなは、それを見て大笑いしました。
「馬宿…信じてたぞ」
ふり向くと高遠先生がうでぐみしながらにこやかに笑っていました。
ぼくは、お守りを取り出すと天高くかかげました。先生は満足げにうなずいていました。
終わり
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