輝き‼

農場へ

 僕は、塾の学生証を受付のお姉さんに渡す。お願いしますと言いながら……

受付のお姉さんは、受け取ると奥に入って行き一枚の紙を持ってくる。

「どうぞ~模試の結果です。」

 ぺこりと頭を下げると部屋の隅っこに行った。模試の結果を見てみる。春風大学E判定、鮎川大学E判定、そして……春雷大学E判定。全部E判定。今度は、偏差値を見てみる。国語偏差値52。英語35。世界史50。最悪の結果だった。もう高校3年の夏…取り返しがつかない夏。手おくれだった……


 ふと、自分を呼ぶ声が聞こえたように感じた。振り向くと、高校の同級生の有本がいた。見ると有本も模試の結果を持っていた。


「藤堂! 奇遇だなあ」

 僕は、ははって笑う。そおっと模試の結果をカバンの中に隠した。

「そうだ! 藤堂お前の模試どうだった?」

 笑うのをやめて言った。

「あの…その…今日、模試の結果もらおうとしたんだけど、学生証忘れたんだ」

 うそをついた……

「有本は?」

 有本はよくぞ聞いてくれたとばかりに模試の結果を僕に見せた。全部偏差値60以上! 六大学見事射程圏内のC判定とB判定だった。胸がずきんと痛む。紙から目をそらす。有本は、気にせずに言った。

「今日これからマック行かねえか?腹減った~」

 もう耐えられなかった。

「ごめん! 用事を思い出した……それじゃあ!」

 そういうと、逃げ出すようにその場を後にした。


 僕の名前は、藤堂健一郎。高校3年生。三日前から夏休みに入ったばかり。よく高校3年生の夏は、天王山の夏という。天王山というのは、京都にある山で、羽柴秀吉と、明智光秀がここの占領で争った。結果、羽柴秀吉が勝ち、そのことが両軍の勝敗を決したことから、勝敗の分かれ目を天王山というようになったそうだ。よーするに、この夏を頑張んなければ、もー後がないよ! という最後通告でもある。


 帰ってから、英語の教科書を開いた。穴埋め問題が並んでいた。参考書を片手に30分程勉強したが……どうあがいても分らない。過去のトラウマを思い出してしまい気持ちも憂うつになってくる……気がつくと、自作の短編小説を読んでいた。

夕食の時間になり、ご飯を食べていると、お袋が模試の結果を聞いてきた。僕は、まだ貰ってないって言い、ご飯をかきこんで自分の部屋に逃げ込んだ。そして、模試の結果を机の奥深くに隠した。ひとまず安心……。その日は、小説の作法本など読んで2時頃寝た。


 次の日、予備校から帰ってみると、鍵がしまっていた。いつもならこんなこと無いのに……チャイムを鳴らし、入れてもらう。お袋の顔を見ると目が充血していた。思わず「何かあったの?」と聞く。

「ちょっと、居間まで来なさい」

 どきっとしたが、恐る恐る部屋の中に入っていった。


 そこには、親父が腕組みして座っていた……


 親父が口を開いた。

「そこへ座れ」

 そこっていうのは、親父の目の前のイスだ。座りづらい。親父は寡黙だ……しかし、怒ると怖い。親父は、たたき上げ……筋金入りの根性をしている。親父は、帰ってからも部屋で、色んな本を読んで勉強しているのも知っているし、だからこそ逆らえない。大人しく座る。


「お前、どうしてこれを隠していた!」

 そう言って、親父は一枚の紙を見せた。例の模試の結果だった……。

「怒られると思ったから」

 親父は、静かに言った。

「じゃあ、どうして現実に突きつけられても勉強しないんだ?」

 答えに詰まった。

「俺は、お前に言ったはずだ。大学行くのも良し! 働くのも良し! 選択させたはずだ。覚えているな?」

 うなずく。そうだ。親父の前で、文学部に行きたいって言った……

「はっきり言って失望した。」

 僕はうつむく。そこへお袋のすすり泣く声が聞こえてきた。お袋が泣きながら言う

「何でこんな子に育ったの?」

 その言葉は、心のやわらかい所を思いっきり突く。

 親父は、ゆっくりそして、怒りを押し殺すように言った。

「浪人は許さない。うちには、そんな金が無い。落ちたらここから独立して働け」

 うつむくしかなかった……

「もういい。自分の部屋に戻れ……話は以上だ」

 ゆっくり立ち上がる。そして、自分の部屋に帰り、ベッドに倒れこむ……が……だんだんと怒りがこみ上げてくる。くそったれ! 横にあった時計を右手に持つと、壁に投げつけようとした。その時、親父の顔がちらついた。怯む……自分が情けなくなって布団をかぶって何も考えないようにした。そして、いつの間にか寝てしまった。


 何時間ぐらい寝ただろう。窓からは、まばらに星が見える。カーテンを閉め忘れたのだ。いつから文学部に行きたいと思ったのだろうか? 起き上がり引出しを開けると、バインダーを取り出し、冊子を取り出す。この冊子は、僕の宝物だ。かすかな星明りの中からでも探し出せる。カーテンを閉めると、電気をつける。イスに座ると、冊子を開く。表紙には、図書委員便りと書いてあった。3ページ目を開く。トップに僕の名前が書いてある。思えば、この文章が僕の進路を決めたんだったけな……


 高校2年の春。僕は、図書委員になった。なる人がいなかったのもあったし、正直、小説が好きだったので、なりたい気持ちがあったのだ。図書委員になって初めての仕事は、本の紹介文を書くこと。紹介する本をもう決めてあった。その本の内容は、弱小陸上部が、箱根駅伝に出て活躍する話だ。


 その本を読んだとき、泣きに泣いた。無様な恰好でも最後までやり遂げれば、夢が叶う! それをその本が教えてくれた。何回も読んだので、もう内容は頭の中に叩き込まれていた。依頼が来てから、何回も家で紹介文を書いては捨て、書いては捨てた。でも、文章を書いている時は、本当に楽しかった。登場人物になりきって泣きながら書いたこともあった。文章自体も工夫した。感情が落ち着いている時は、「ですます調」を使い、感情が高ぶってきたときには「である調」を使った。あえて文体を統一しなかった。自分の感情の起伏を他の人にも分かってほしかったからだ。出来上がったのは、当日の午前1時だった。翌朝、その紹介文を図書委員の先生に提出した。その3日後だった。先生から呼び出しがかかった。


 職員室に行ってみると、先生が僕の書いた紹介文を持って座っていた。先生の前に立つと先生は、厳しい顔をして言った。

「この文章は、文体がおかしい! やっつけ仕事でやったんじゃないの!」

 黙って聞く。

「まったく最近の学生は文章も出来ないんだから……」

 段々苛立ってくる。文章に魂を込めたつもりだから……

「藤堂! お前よくこの学校に受かったな! 基本ができていない!」

「違います!!!」

 叫んだ。声を荒げて言葉を続ける。

「文体をあえて変えたのは、意味があることです。感情の起伏を文体で出したかったのです!」

 先生は腕を組んでにらんでいた。

「先生は、何故分かってくれないのです!」

 先生は、僕から目を外すと言った。

「まあ、恥かくのは君だから、僕はもうこれ以上は言わないよ。一応忠告したからね」

 先生は、「終わり」と言って、立ち上がって職員室から出て行った。ドアがバンと職員室に響き渡る。荒ぶる心を抑えるのに必死だった。


 例の文章が載った図書委員便りが配られてから、初めての図書委員会。正直行きたくない気持ちもあったが出席した。委員会では、粛々と会議が行われる。自分のような下っ端は、ただ会議に参加するだけなので、友達と筆談して遊んでいた。その時だった。

「藤堂! 呼ばれたら返事しなさい」

 先生が、イラついた顔で見ている。僕は、思わず「はいっ」て言うと立ち上がった。図書委員長がメガネをきらりとさせていた。正直この図書委員長が嫌いだ。女子にはもてるし、この間の模試でも、学年トップ。噂によるとトーダイを目指しているらしい。いけすかないやつだ。その図書委員長が話し始めた。

「今回、藤堂君の小説の紹介文がとても反響が多かったです。励ましの言葉も沢山ありました。」

 何だか分らなかった。いきなりだったから……図書委員長は続ける。

「そこで、藤堂君を、図書委員便りの編集委員に任命したい」

 あわてて断る。

「僕は、そんな器ありません」

 図書委員長は、笑って言った。

「これは、図書委員長である僕と、顧問の先生で決めたことです。何なら議決を取りますか?」

 図書委員長は、凛とした声で言った。

「藤堂君を、編集委員に指名したい人は、拍手してください」

 するとどうだろう。一斉に皆が拍手した。とてつもなく大きな拍手だ。拍手が治まると、図書委員長が言った。

「編集委員の任を受けてくれないか」

 僕は、やっとの事で「はい」と言った。夢のようだった。

 友達が、僕の頭を小突く。

「頑張れよ」

 僕はうなずく。


 図書委員会が終わってから、職員室に呼ばれた。先生の目は、とても優しかった。

「この間は悪かった。お前の才能に気付けなかった自分が不甲斐無い」

 僕も語気を荒げたことを謝った。僕たちは、一時間程話した。そして、先生は僕に別れ際にぼそっと言った。

「お前なら、小説家で生きていけるかもしれないな」

 帰り際、先生の言葉を頭の中で反すうした。そうして、印刷された僕の文章を何回も読みなおした。小説家になるなんて大それた事を今まで考えたことも無かった。でも、僕は、文学部に行って、もっと文章を学びたいと思った。僕は、文章が好きだ。感情が出るほどに……。進路は決まった。文学部だ。


 しかし……高校2年の冬には、あの過ちを起こしてしまってから学力はがく然と落ちたんだっけな……忘れようと必死だ……でも忘れられない……あの過ちは……


 気がつくと、もう朝の5時だった。イスから立ち上がり背伸びした。体中が痛い。ずっと考え込んでいたせいか……。もう一回布団に潜りこむと二度寝した。


 起きてみると、もう9時だった。下に降りると、お袋が、洗濯物を畳んでいた。僕は、なるべく見ないようにして、パンにジャムを塗り、食べ始めた。いつもなら、パンをトースターで焼くのだが、今日は止めた。早く食べ終わりたいからだ。食べていると、お袋が話しかけてきた。


「ねえ、健一郎。バイトしない」

 僕は、そっこーで答えた。

「無理! 僕は受験生」

「あんた、そういって勉強しないじゃない! 2週間で1万円出すわよ」

「無理だってば!」

 面倒臭くなって語気を荒げてしまった。

「じゃあ、2週間で、2万円」

 思わずお袋を見てしまった。お袋の目はすがりつく目だった。……思わず言った。

「どんなバイト?」

「畑での手伝い。私のお兄さんのお手伝い」

「はあ?」

 思わず声に出す。

「何も言わず、バイトして! 浪人することも考えてあげるから」

 決めた!

「いいよ……いつから?」

 お袋は言った。

「明日から! 場所は○○」

「あ……明日から?」

 お袋は、へーぜんと言った。

「そう! 明日から! 分かったら準備して!」

 浪人させてもらえるのなら文句は無かった。パンを胃袋に詰め込むと、2階に駆け上がった。正直ほっとした気持ちが、ちょっと出てしまった。


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