青春の始まり

 

 気がつくと、夜の10時になっていた。いつの間にか僕の進学について話は展開していた。

「ところで健一郎! 今17歳だよな?」

 僕はうなずく

「受験シーズンだけど大丈夫か?」

 僕は志望校が全部E判定な事を伝える。純さんは真っすぐ僕を見ると言った。

「1%でも確率があるんだったら、あきらめるな! 大学に行きたくても行けない人もいるんだぞ!」

 純さんはそう言うと、笑った。

 僕は、「でも……」という。

「図書委員の事があってから、勉強が手につかなくて……もう追い付かなくなるほどになってしまいました……」

 純さんは、タバコの火を揉み消しながら言う。

「今度からもう絶対同じ過ちを犯さなければいい! この間の勉強会の事も糧となるんだぜ! 成長したじゃねえか! 逆に今言ってる図書委員の事があったから勉強に遅れが出ました……なんて、それ努力しない言い訳にしか聞こえないぜ! 甘えだぞ!」

 僕は、か細く「はい」と言う。

「一回きりしかない人生。前に向かって進んでいくしかないんだぜ! どんな辛いことがあっても!」

 ぼそっと言った。

「もう今からじゃ間に合わないよ……」

 その時、急におじさんの声が聞こえた。

「自分に打ち勝てば、きっと未来は見えてくる!」

 おじさんを見る。いつの間にかおじさんは起きていた。おじさんは、しっかり僕を見ていた。おじさんは続けた!

「トラウマに負けず、仕事をやり切った!」

 おじさんは何故か涙目だった。おじさんは続ける。

「健一郎、お前言ったじゃねえか! 自分に勝てば、きっと未来が見えてくる!ってさ!」

 その時だった! 純さんが僕の肩をがしっとつかみ、そして言った。

「健一郎! 俺の心も預ける! 俺も小説で賞を取るように一生懸命頑張るから、健一郎も大学入試頑張れ!」

 純さんは真っすぐ僕を見ていた。やはりくもりが無い目だ。おじさんも言った。


「健一郎、人間は、悩んで立ち止まる時もある。過ちも犯す時もある……俺もしょっちゅう悩む。過ちも犯す……でも、歩み続けろ! 悩むなら悩み抜いてもいいから歩むのだけは止めるな! 健一郎は人を傷つける苦しみを知った。それはもう安心している。いつか……健一郎にも大切な人が出来るだろう……その人を守れるだけの力を持て!」


 僕は、おじさんの横顔をじっと見ている……おじさんは、一口吸うと、タバコを置いた。

おじさんは立ち上がると、暗くなった畑を見た。そして言う……

「大学に行け……学歴の為じゃない……経験だ……様々な人との出会い……本当の学問……自分との戦い……様々な事が学べるぞ! 健一郎なら出来る! 俺も信じる!」

 その言葉を聞いて胸が詰まった。こんなすばらしい人達に信じられて幸せだ……僕は、声を振り絞って宣言した。

「僕は、春雷大学文学部一本に絞り、半年間死ぬ気で頑張ります!」

 そういうと、涙が止まらなくなった。とめどなくあふれてきた。おじさんはがっははと笑った。

「春雷大学行ったら俺の後輩だな。楽しみに待っているぞ」

 僕は「はい」と答えた。おじさんは、立ち上がると言った。

「ようし! 明日は宴会じゃあ!」


 次の日、社の所に行き、お金を入れた。チャリンと澄んだ音がした。手を合わせると何十分も祈った……自分が転校させてしまった後輩が、幸せになりますように……と。祈り終えると最敬礼して、神社を後にした……


 夜5時からは、この間の勉強会の人みんな集まり宴会が行われた。お酒の匂いがぷんぷんし、周りがとても騒がしかった。が……嫌いではなかった。僕は、純さんにシャーペンを返そうとしたが、純さんに「やるよ」と言われた。シャーペンの事を聞こうと思ったがうるさくてそれどころではなかった。


 それから2日後、ちょいと1日余分にいてしまったが、帰ることになった。みんな見送ってくれた。おばさんはしきりにハンカチを目に当てていた。最後におじさんがちょいと来いと言って僕を呼んだ。

「そういや、以前何で文学部なのに農業やってんのかって聞いてきたよな」

そうだった。うなずく。

「はなむけに教えてやる。俺は農業のすばらしさを小説で表現したいんだ! でもな……」

 おじさんはしばらく貯めてから言う。

「まだ20枚以上書けねえんだ!」

 そういうと、思いっきり笑った。そして僕の肩を組むと言った。

「だけどな! 自分に勝てばきっと未来は見えてくる! お互いに競争だな」

 僕は、「はい」という。おじさんが手を差し出してきた。その手を固く握った。


 僕が改札口に入り、見えなくなるまでみんな見送ってくれた。心が一杯になり、涙が出そうになった。急いで階段を登った。


 駅のホームに着くと、いつぞやの神主さんがいた。大声で「神主さん~」と叫んだ。神主さんは手を振ると、ぼやけて消えて行った。きょとんとした。あまりにも唐突だったから……もしかしたら神様だったのかな? 不思議とそう思った。そしてその考えはすとんと心に収まった。その方向に深深とおじぎをした。神様! ありがとうございました! 頑張ります! そう心の中で祈って……

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