何度でもやってみよう
次の日の午後、僕とおばさんは洗濯物を畳んでいた。おばさんは僕に話しかけてきた。
「ねえ……そろそろ畑行ってみない?」
少しためらいがちに聞いてみる……
「いいの……?」
おばさんは優しく笑うと言った。
「いいわよ……行ってらっしゃい! その方がおばさんもうれしいし……」
濯物がまだ沢山ある。
「洗濯物は?」
「気にしないで。行ってらっしゃい! 今までの分取り返してらっしゃいね!」
立ち上がると、靴を履いて外に出た。
外は鮮やかな青空だった。太陽も相変わらず暑い……手で額の汗を拭うと畑へと急いだ。
畑に着くとおじさんを探して歩いた。畑では、ミニトマトが赤くなっていたり、キュウリが沢山なっていた。おじさんが一生懸命育てているんだな……としみじみ思う。おじさんは、一番奥まった場所の畑で鍬を振るっていた。何してるんだろ?近づいておじさんに話しかける……
「お手伝いに来ました!」
おじさんは無口だった。僕は、もう一回同じことを言う。おじさんは口を開いた……
「健一郎! おばさんの手伝いはどうした? また飽きたのか?」
うつむく……
「戻れ……! 大切な畑を覚悟も無いやつに任せられないからな!」
おじさんを見た。おじさんはこっちすら見てくれない……分りましたと言うと、後ろを向いて戻り始めた……何でこんなことになっちゃったんだろう……その時だった。
うぐっ!
振り向くとおじさんが口から吐いていた。僕はおじさんのもとに駆け寄る! もっとも畑の土はでこぼこなのでスピードはあまりでないが……精一杯の力で駆け寄った。
「おじさん……大丈夫ですか?」
おじさんは、鍬にもたれかかれかかっていた。おじさんは明らかにおかしい……額に手をやってみる! 熱かった! おじさんは、また鍬を持つと土を盛り始めた! ふらふらだった。思わず言う
「僕がやりましょうか?」
おじさんが手を振りながら言う!
「俺が、どんな気持ちでこの畑を切り盛りしてきたのか分かっているのか?」
おじさんの目は充血していた。僕は黙る。何を言えばいいか分からなかったのだ。おじさんは作業に戻った。
たまらず後ろを向いて歩きだした。しばらく行くと神社が見えた。神社に着くと、石段に腰かけた。自分って本当に弱いんだな……今回も負け組だな……おばさんの一言を思い出す。人生失敗するよ! 確かにそうだ……今回もそうだ。何でいつも……純さんの笑顔がちらついた。純さんは強いよな……自分で人生を切り開いているんだもの……逆境にも負けず……僕とは大違いだな……
いつの間にか、小学生らしき男の子が、おじいさんと神社に来て縄跳びをしていた。二重跳びをしようとしているのか……何回も早く縄を回しては引っかけていた。僕もこんな時期あったけ……とちょっと懐かしかった。頑張れと応援してしまう。男の子はあきらめず何回も縄を飛び続ける。僕はずっと見ていた。
いつしか昔を思い出していた。小学生の頃、二重跳びが出来なくてばかにされ、悔しくて何回も練習してできるようになったこと。勉強では、九九をクラスの誰よりも早く出来るようになったこと。高校受験を乗り切った事……一杯乗り切ってきたんだなあとびっくりする。宋さんの言葉がよぎる……
「自分に勝てば、きっと未来が見えてくる!」
でも……昔イジメをして、人の人生を狂わしてしまった。許されることではない……そのことを思うと胸が締め付けられる。未だ、トラウマとして残っている……身動きが取れない……僕は、神様の前に行き、祈った。何10分も祈った。幸せになる資格はないのは分かってる……でも僕も生まれてきたんだ。幸せになりたい。どうしたらよいのですか? そんなことをずっと祈っていた。すると……
「お前さん……何をそんなに祈っているのかね」
振り向くと、紺色の地味な着物を着た白髪のおじいさんが立っていた。おじいさんは続ける。僕は「どなたですか」と聞く
「私は、ここの神主だよ」
おじいさんは、長いひげをしごきながら答える。
「それで、迷いは解決したの?」
黙る。見ず知らずの人に自分の恥を言う必要もないから……しばらく沈黙が続く……神主さんが、僕のポシェットを指さして言った。
「何か念を感じる……出してみなさい」
言われるがままにポシェットを探る。すると、純さんにいつか借りたシャーペンが出てきた。神主さんはそれを見ると言う。
「その持ち主は相当心の清い人間じゃな! 輝いている!」
僕は改めて眺めたけど何も感じなかった……神主さんを見ると、もう神社を出て行くところだった。僕は思わず「あの」と声をかける。神主さんは一言……
「人は誰でも幸せになっていい権利を持っている。お前さんは十分苦しんだようじゃ! もう歩みを始めてもいいんじゃないのかね……」
神主さんは微笑んだ。すべてを洗い流してくれるようなそんな微笑みだった。心がぽうっと温かくなった。何故だか分らないが、涙の線が緩んだ。シャツで汗を拭う振りをして涙をぬぐう。神主さんは、僕の肩にそっと手を置くと、事務所の中に入って行った。
石段に座り、改めてシャーぺンを見てみる。おじさんと純さんの顔が消えては現れ消えては現れた。純さんの真っ直ぐな瞳。おじさんの情熱。自分とはかけ離れたものだった。自分と、おじさん・純さんとの違いは何なのだろう……天性なもの? それもあるだろう。でももっと他の! なんて言うんだろう? ぼんやりとは分かっているがやはり分からない……10分程考えた。出てこない。あ~もう。歯がゆくてしょうがなかった。その時だった! 不意に言葉が脳裏に浮かんだ。あきらめない……? あきらめない心? そうだ……あきらめない心だ! いつの間にか拳を握りしめていた。二人とも自分との勝負に何回も何回も勝ってきていたんだ……おじさんが暑さと闘いながら作物を作っている姿が目に浮かぶ。純さんにしてもそうだ。逆境に乗り越えたんだ! 挫折をしても乗り越えて来ているんだ。純さんは、辛いことあったのに、あんな澄み切った目をしている。あんなに一生懸命に生きている……僕ももう一度やり直したい……今度やり直せたら同じことは二度としない!
もうじっとしていられなかった。シャーペンを握りながら神様に祈った……どうか罪が許されているのでしたらもう一度チャンスを下さい! 鳥居から社に向かって一礼すると、畑へと向かった。いつの間にか走っていた。
おじさんのところに着くと、息切れしながら心から頼み込んだ。
「おじさん……僕にチャンスをください……自分に勝てば、きっと未来が見えてくる! ですよね! 僕にもう一回チャンスを下さい!」
深深と礼をして頼み込んだ。そうしておじさんの目を見た。おじさんは僕を見た。おじさんは驚いた顔をしていた。もう一回繰り返す。
「自分に勝てば、きっと未来が見えてくるんでしょう? 僕ももうあきらめませんから!」
目が潤む。おじさんは、はあと言うと言った。
「健一郎……作業の説明をするから日陰に行くぞ……」
その言葉を聞くと涙が溢れて来て止まんなかった。
おじさんと僕は、日陰に行くと説明を受けた。
「この日の作業は、うねを作ること……うねとは、野菜を植えるために間隔をおいて土を筋状に高く盛り上げることだ」
必至に聞き洩らさないように全神経を注ぐ……
おじさんは手帳を取り出すと一枚破き、うねの幅など見取り図を描いた。僕は、メジャーと、麻の糸を巻きつけた棒、鍬を、それに説明書きを受け取ると、「行ってきます」といって、畑に入って行った。入って行く時おじさんは一言言った。
「信じてるからな! 俺はプレハブ小屋で横になってるからいつでも声掛けろ」
その言葉は心に響いた。僕はうなずく。おじさんはふらふら歩きながら戻って行った。
メジャーでうねの幅を図り、麻の糸で区切っていく。区切り終えると、鍬を使って、土を盛り始めた。結構腰に来る。なんせ中腰だから……一振りひと振り土を掘り上げて行く。なんか不思議な気分……なんていったらいいんだろ……一振りにそっと心を添えているような気分だった。心を込めるってこんな感じ? 万の心を込めて鍬を振るいつづけた。30分に5分の休みを入れながら……
腰に痛みを感じ、少し休みを入れる。現状を見てみる。まだ3分の1しか終わっていない。僕は不安に襲われる……でもやるっきゃないんだ……再び鍬を握りしめると土を掘り上げ始めた。時間は、4時30分……まだ時間はある。
5時30分になり、段々暗くなり始めた。少々焦る。腰も痛い……僕にはやっぱり無理だったのかな……そんな考えが頭をよぎり、ずっと頭から離れなかった……その時だった。
「ちょっと鍬貸してみろ」
声が急にしたのでびっくりした。声の方向を見ると、純さんだった。純さんは、Tシャツにジーンズだった。
「どうして……」
純さんはそれには答えず、鍬を構えると言った。
「そんな大ぶりに鍬を振るわなくていいんだ。一回トラクターで土を柔らかくしているからな!」
純さんは鍬で土を盛り上げた。何回かやってみせると、鍬を僕に戻した。
「やってみろ!」
見よう見まねでやってみる……
「そうそう! そんな感じだ!」
何回か確かめるように鍬を振って、土を盛り上げていく。純さんは言った。
「今日は、俺、午後休み取ったから、ずっと見守っててやる! 健一郎! 男を見せろよ!」
僕は、「はい!」と言うと作業を続けた。純さんは、僕が働いている間ずっと立って見守っていてくれた……
その間にも暗くなっていく。もうほとんど見えない! 目を凝らし、鍬を振いつづけた。
そして、7時30分。作業終了! もう真っ暗だった。急いで、純さんの元に駆け寄って行った。純さんの元に行くと、純さんは肩を組んできた。
「よくやったな! これで健一郎も一人前だな」
僕は、へへっと笑う。
「そう言えば、純さん! どうして僕がここにいるって分かったんですか?」
純さんは、タバコに火をつけ吸い始めると言った。
「心配だからよ。今日午後休みを取って真一おじさんの家に行ったら、健一郎は畑に行ったって言われたんで駆け付けたんよ」
不思議に思ったことを聞いてみた。
「何でそこまでしてくれるんですか……?」
「兄貴は、弟分の面倒を見るのがとーぜん!」
思わず純さんを見た。純さんは、ははっと笑った。いつ僕は、純さんの弟分になったんだ? そう思ったが……なんか心がほっとした。純さんの弟分か……悪くないな……そう思ってしまう僕がいた。
プレハブ小屋に戻ると、おじさんはすーすと寝息を立てて寝ていた。純さんは、上着をどっかから持ってくるとおじさんに掛けた。
僕と純さんはイスに腰掛けると、お互いに「ふ~」と言った。純さんは、僕に言った。
「疲れたろ~お疲れ様~」
純さんと目が合った。純さんの目は穏やかだった。思わず笑ってしまう。純さんも笑う。あの日のことを謝るなら今だと思った。
「純さん! すみませんでした!」
純さんは、「はあ?」って言う。
「ほら……あの時です。勉強会の時です。純さんのすばらしい作品をけなしてしまって」
純さんは手を振って「もーいいよ」と言った。僕は続ける。
「お願いがあります! 実は前にも同じことがあったんです! 聞いて下さいますか!」
純さんは、僕を見て言った。
「兄貴は、弟分を守るのがふつーだろ」
僕は、深深とおじぎをして話し始めた。
僕は勇気を出して過去の過ちを語った。純さんを信じているから! 純さんは、語っている間ずっと黙って聞いていてくれた。最後にこう付け加えて話終えた。
「人の凄さを素直に認められなかった……本当に情けないです……」
話終えると、僕は黙った。
2人は10分程沈黙のままだった……純さんはタバコに火を点け、その火をずっと見ていた。
「俺も荒れた時期があってよ……色んな人に迷惑をかけた……今でも時々思い出して胸が痛む時がある。でもよ! 」
純さんは僕の肩に手を置く。
「罪を背負うのは、人間だからしょうがないんだよな……大切なのは、罪を知り、その罪を理解した上で、いかに相手に思いやれるか……そして人はちょっとずつ強くなっていくんじゃねえかな?」
心の中で反すうした……罪を知り、いかに相手を思いやれるか?か……純さんは言った。
「健一郎は強いよ、そして優しい! ちゃんと自分の犯した罪と向き合うんだからな!」
僕は、シャツで涙をぬぐった。
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