雑草むしりと
「起きなさい! もう朝よ!」
おばさんが僕を起こす……眠たい目をこすりながらけーたい電話の時計を見てみる。まだ5時2分……
「も~起きるのですか……?」
「農家の朝は早いの! 分かったら早く起きる!」
無理やり身を起こす……目を無理やり開けようとするが、まぶたが落ちてくる。おばさんが一言!
「熱いブラックコーヒーでも飲みなさい! そうすれば起きられるから! 早く来なさいね。皆朝ごはん待ってるから!」
「はい……」と小さく答えてやっとの事で立ち上がると、台所に向かおうとした。
「健一郎! 先に顔を洗いなさい」
も~やだ! 踏んだり蹴ったりだ! 不満を抑えながら洗面所に行く……
朝食は、ご飯と肉じゃがだった。居づらかったが何とか耐え食べ終わった。おじさんは、食べ終わるとすぐに、「行くぞ」と言って出て行った。しぶしぶ後ろについて出ていく。畑は、歩いて10分の所にあった。着くと、まず目に入ったのが、ミニトマト。おじさんは、気にせずプレハブ小屋に入っていく。おじさんは、僕に長そでのシャツと、手袋、長ぐつ……それにタオルと、麦わら帽子、2リットルの水の入ったペットボトルをそこら辺から取ってきて手渡した。
しょーじき長そでのシャツを渡されて戸惑った。おずおずと聞いてみる。
「あの……なんで長そでなんですか? 暑くないですか?」
おじさんは、土で汚れた手帳に何か書き込みながらぶっきらぼうに教えてくれた。
「虫にさされないためなど色々ある……」
おじさんの言った言葉は、何故分からないが重みがあったので、素直に聞いて長そでのシャツを着た。おじさんは、僕が用意の出来たのを見ると、「こっち来い」って言って歩き出した。
着いた場所は、畑から10分程離れた草がぼーぼーの場所。
「今度さつまいもの苗を植える場所だ。」
改めてその場所を見る。一言で言うなれば草の海! 夏雲のもと、風に吹かれて背の高い草草がたなびいている……どこまでも……思わず聞いてしまった。
「これ全部ですか?」
おじさんは、そうだと言った。
「今日の作業はこの草全部引っこ抜いて欲しい」
何も言うことができない。ただ草の海をじっと眺めていた。かまわず、おじさんは、言葉を続けて言った。
「あ~後、30分に5分の休憩を必ず入れろよ! 水分補給もしっかりな! 熱中症になっちまうから!」
「熱中症! ?」
「そうだ、熱中症だ。気をつけろよ~。俺は向こうの畑に行って、ミニトマトの収穫をしているからな。なんかあったら声掛けろよ」
おじさんは、後ろを向いて右手を上にあげ振りながら向こうへ行ってしまった。ぽつんと残された僕は、改めて草の海を見る。しょーがない! やるか~ 座りこんで草を抜き始めた。
それから一人きりで草を抜き続けた。おじさんが、長そでのシャツを着ろと言った理由がやっと分かった。草かぶれになるのと、虫に噛まれるのを防ぐためらしい……多分……。それくらい虫が多い。両手で草を持って精一杯草を引き抜くと、バッタが飛び交い、蛾が宙を舞い、地面では、クモや何だかわからない虫や、毒虫などが逃げ回る。もし、半袖を着ていたらそう思うとぞっとした。
1時になると、おじさんがやって来て飯だと言った。僕は、立ち上がると汗を拭う。草を抜いた後を見ると、草が干からびていた。太陽の照りつけの壮絶さを物語る。午後も相変わらず草を抜き続けた。すると、かすかにブーンという機械音が遠くの方から聞こえてきた。立ち上がってその方向を見てみた。
麦わら帽子をかぶった人が、機械で草を刈っていた。
草刈り機だ!
呆気にとられた。今まで何やってたんだろう?ここも草刈り機だったらすぐ終わったんじゃないか? 仕事に戻ったが、その事ばかりが気になって仕事にならなかった。
不満ばかりが募る。そりゃ、迷惑かけたさ、でもこの仕打ちは無いんじゃ無いのかな? 立ち上がると一目散におじさんの家に向かった。帰る! そうだ! こんな意味のないことしてられっか! 浪人駄目? ! そうなりゃ働くさ!
山之内の家に行くと部屋に戻り、帰る準備を始めた。帰る準備が出来たころ、おばさんが部屋にやってきた。
「何してるの? 仕事は?」
ぶっきらぼうに答えた。
「もう帰ります。おじさんが無意味なことさせるので!」
そして、「どうも」と言って部屋を出た。
その時だった!
「根性無し!」
おばさんを見た。おばさんは、僕を睨んでいた。怯む。おばさんは続ける。
「健一郎! 恩を仇で返すつもり? 私たちは健一郎の事を信じて引き受けたのよ! 分かる?」
僕も反論した。草抜きの事……!
「お父さんは、健一郎を信じて仕事を託したの! 意味のない仕事なんてないの!」
僕はうつむく。おばさんは、最後に言い放った。
「おばさんの言葉が分からなければ帰りなさい! でもこのままいけば、あんた人生失敗するわよ」
無言で家を出て行った。
帰り道色々考えた。人生失敗する……か……。思い当たる節はいくつもある。いい加減な勉強のせいで、浪人まで考えなくちゃいけない事もあったが、それ以上に辛い経験がある……今頃あの子どうしているだろう……駅の改札口に来ると僕の心は重苦しくしんどかった。後ろめたかった。こんな別れ方嫌だ。おじさんが気になって仕方なかった。おじさんの姿を見れば踏ん切りがつくかもしれない……いつの間にかおじさんの畑へと歩いて行った。
しばらくすると、畑についた。おじさんの姿を見てみる。おじさんは、土がむき出しの畑で鍬をふるっていた。僕は、一応農作業の格好になっていく。怒られるのが怖かったからだ。近くに寄ってみると、おじさんは泥だらけだった。おじさんがこっちに気付いて振り向く。
「健一郎! 仕事終わったのか?」
おじさんは、泥だらけだった。その姿を見て心が痛む……おじさんが鍬を振るっていたところを見てみた。広大だった。
「おじさん! これ全部一人でやったんですか?」
おじさんはうなずいた。僕は「戻ります」と言ってその場を離れた。心がずきずき痛む……草むしりの場所に戻り、草をむしり始めた。おばさんの言うことは本当か分らない……でも、おじさんはあんだけ泥だらけになって鍬を振るっていた。ここで逃げかえれば根性無しになる。帰るのならせめて与えられた仕事を確実にこなしてから、不満を言って帰ろう。そうしなければ僕は一生根性無しになってしまう。そんな気がした。一心不乱に草を抜いた。全部抜き終わったころには、6時になっていた。
おじさんの所に報告に行くと、おじさんは、ナスの収穫をしていた。おじさんのそばに行く。おじさんは、僕の姿を見ると、ナスを一個差し出した。
「食ってみろ」
かじりついてみる。とても瑞々しく甘かった……おじさんは、笑いながら言った。
「水ナスだから生でも食えるんだ」
口から自然に言葉が出た。
「手伝うよ」
おじさんは、ちょっと待てやというと、カゴを持ってきた。
「じゃあ、収穫手伝ってくれや」
僕は、「うん」とうなずくとナス畑を巡回した。いつしか、凍った心に暖かい風が少しずつ吹き込む。
1時間後、おじさんと家に向かっていた。僕は気になっていたことをおじさんに聞いてみた。
「おじさん……1つ聞いていいですか」
おじさんは、うなずいた。
「今日僕が草むしりした場所って、草刈り機で草を刈っちゃえば早かったんじゃないのかな……ってちょっと思うんですけど……」
おじさんは、たばこを取り出すと言った。
「草刈り機は、危ないし、手で雑草を抜くことによって種が余りばらまかれないんだ」
僕の心が完全に氷解した。
家に着くと、おばさんが出迎えてくれた。おばさんは僕の姿を見ると、にこにこした。「あの~」と言うと、おばさんが、にこにこしながら、
「早く着替えてきなさいね。今日は歓迎会だから」
着替えて食卓に行ってみると、焼き肉の用意がしてあった。おじさんとおばさんが食卓につく。僕も急いでつく。おばさんがにこにこしながら言う。
「おじさんに聞いたよ。草むしりやり遂げたんだって! 根性あるじゃない!」
おじさんも続けて言う。
「ナスの収穫も手伝ってくれたんだ」
その言葉を聞いて、恥ずかしかったが、うれしかった。おじさんが言った。
「では、改めて! いらっしゃい! 山之内家に!」
おばさんも、
「よろしくね」
僕も、「宜しくお願いします」と言った。おばさんは、「肉を焼かなきゃね」と言うと、肉を鉄板の上に乗せる。肉がジューと景気のいい音を立てた。それと一緒にいい匂い。なんかいい感じ! アットホームな感じがして心が安らいだ。
おじさんと目があった。おじさんはにこやかに笑うと、タバコを取り出して、目を細めながら吸い始めた。おじさんのその顔は至福の一時って感じ……2週間やっていけ そうだな……ここに来て初めてそう思った。
次の日、
「健一郎! いつまで寝てるの!」
開かない目を無理やり開けてけーたい電話の時計を見る。5時3分……
またかよ……かんべんしてよ……
「早く顔洗って来る!」
おばさんは、鬼の形相だ……しょーじき鬼って見たこと無いけど……有無を言わせぬ強さがあった。僕は、「はあい」と言って重い体を引きずって洗面所に行った。前言撤回……本当に2週間やってけんのかな……とても……とても不安だった……
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