父さんの一言

 春風健人は、絵を描くのが好きな小学五年生です。春になると、桜。夏は、青々とした草原を描くという風に、いつも、絵を描く道具を持って、出かけていきます。


 二月の初め。健人は、学校で勉強したり、友達と遊んだりしています。そして、この日も……

「健人、お前今日すぐボール当たっちゃったじゃないか! だらしないなあ!」

 水で、手を洗いながら言うのは、健人の幼なじみで、いちばんの友達の山本太一です。

「は~本当になあ~! ゆだんしたのがまちがいだったかも」

 健人はおおげさに、肩をおとしながら手を洗っています。健人の手についている土は、水でながされ、にごった水となって、はいすいこうへと流れていきます。

「そういやさ、そろそろ絵がもどってくんじゃない? 健人は、絵がうまいから賞とれるんじゃないか?」

 絵というのは、絵画コンテストにおうぼした絵のことです。だいぶ前に学校一丸となっておうぼしたのです。

「そんなこと……むずかしいもんなあ」

 健人はそんな風にいいながらも自信はありました。(なんたって、ぼくは絵がうまいもの)

 やがて、二人は、手を洗い終えると、急いで教室へとはいって行きました。


 三日後の朝、先生は、たくさんの画用紙を自分の机に置いていました。日直が、起立、礼のあいさつをしました。先生は、みんなが座ったのを見ると、大きな声でこういいました。

「この間、応募した絵が返ってきた。その中で、何品か、入賞していた! よくやったな」教室は、急にざわざわ言い出しました。健人は、期待のまなざしで先生の顔を見ていました。


「それでは、入賞者の発表に移るぞ! 相田と山本だ!」

 先生は、はくしゅします。クラスからも、大きなはくしゅがおこりました。健人は、がくぜんとしました。


(そんな……何で?)


 健人は、うつむいて、こぶしをにぎりしめました。

「それでは、みんなに却ってきた絵を返すぞ~! 出席番号一番から取りにきて」


 休み時間、健人は、太一のもとへ行きました。

「太一、おめでとう」

 その言葉を聞くと、太一は、うれしそうに笑いました。

「まさか、ぼくのが、賞とれるなんて」

「みせてよ?」

 太一は、絵をわたしました。見てみると、それは、川の絵です。鉄橋も見えます。山もみえます。それはふつうでした。しかし、びっくりしたのは、そこからです。


 川の一つ一つの流れにも、様々な色を使い、川の流れというものが見事に表現されています。草むらもそうです。緑色だけではなく、黄色、赤色などたくさんの色を使い表現しています。絵は、どちらかといえば、雑なのですが、せまってくるものがありました。特に川の流れなんかは、見事としかいいようがないです。しかし、健人は、感想を言わず返してしまいました。


 学校から帰ってから健人は、ベッドにもぐりこみました。悔しかったのです。(絵だけは自信あったのに……)そう思うと、やりきれないきもちでいっぱいでした。


 夕食が終って部屋に戻ってくると、絵を描く道具を取り出し、奥の方にかくしてしまいました。そして、今日返してもらった絵をぐしゃぐしゃにやぶってごみばこに入れました。

 その日は、何もする気にはなれないので、布団に入りました。まだ、八時です。くやしさでなかなか眠れませんでした。


 次の日の学校の一時間目は、図工でした。この日は、ポスターを書くというものでした。描き始めて四十分。いつもなら絵を描いていると、絵を見に来る友達もいます。今回は誰一人見にきませんでした。周りを見回すと、この間、賞をとった相田と、太一の周りに人が何人か来ていました。(当然だな)そう思っていても、辛い気持がありました。


 学校の昼休み、図書室に行きました。友達から一緒にドッジボールをしようとさそわれたのですが、どうも気持ちがのりませんでした。


夕食の後、テレビを見ました。そして、何気なくお父さんにこんなことを聞いてみました。「こんなはずじゃなかったのにって事、お父さんにはある?」

お父さんは、しんぶんをめくりながら答えました。

「そりゃあるさ、みんなそうだよ。生きていれば、辛いこともある。でもがんばんなきゃ。お父さんだって辛いことたくさんあるけど、がんばって、かぞくを支えているんだから」

健人は、お父さんを、改めて見ました。そういうお父さんは、なんとなくつかれているようにみえました。健人はだまって立ち上がると、自分の部屋に向かいました。その時です。

「健人! この間、返してもらった絵……うまかったぞ」

健人は、思わずお父さんの顔を見ました。お父さんは、ほほえんでいます。健人の目からは、なみだがにじみでてくるのがわかりました。急いで自分の部屋へと入って、ドアを閉めました。そして、そのまま座り込んでしまいました。なみだは、ほおを伝い、ながれおちてきます。「ぼくは、男だ! 泣くな」と暗示をかけても、止まりませんでした。


 月曜日になって、学校が始まり、図工の時間がやってきました。健人は、一人一生けんめいかきました。自分の気持ちを全部ぶつけるように……しばらくして顔をあげると、声をかけられました。太一です。

「うまいじゃん」

健人は、うしろをむいて太一の絵を見ると、

「太一もうまいじゃん」

そういって、笑いました。つられて、太一も笑いました。(絵、描き続けてやるぞ! がんばるしかないんだ)。筆を置いて、窓から空を見上げました。雲が気持ちよさそうに、青空を泳いでいました。

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