自由な鳥チュン坊

 東京のとある町にチュン坊という雀の子がいました。チュン坊は、青い空を飛びまわるのが、三度のご飯より大好きです。特に、冬の雲一つない朝。まだ、なんの物音もしないせいじゃくな朝。空気を吸うと、ひんやりとして、気持ちいい朝。そんな朝、飛び回っていると、大空を一人自由に飛び回っている。そんなスカッとそうかいな気分になります。

 そして、ある冬の朝。この日も、小さいクチバシから白い息をはきながら飛び回っていました。

「ああ、実にたのしい。この大空を一人自由に飛びまわれるなんて!幸せだなあ」

 チュン坊は、ある家の屋根にとまると、朝一番に、ちゅんちゅんとゆかいに歌いました。そして、太陽がのぼってきて、この世界を照らしだすのを、こころゆくまで楽しんでいました。


 その日の昼、一匹の若者のオウムと一緒にごはんを食べました。オウムの名前は、リバティ。何でも、この名前は、昔飼われていた家でそう呼ばれていたそうです。チュン坊は、リバティという名前は、呼びにくいので、リティと呼んでいました。オウムのリバティも、その名前に気に入っていたようで、自分でも最近、自己紹介する時は、リティと呼んでいました。二人は、野菜畑に、降り立つと、そこで、野菜にひそんでいる小さな虫を心行くまで食べました。

「リティ。おいしいねえ。ぼくは、毎日こんなにおいしいものを食べられるなんて幸せだ」

「ああ、僕もだ。しかし、なんだな……」

 リティは、虫を口にくわえると、ごくんとのみこみました。

「人間のご飯もおいしかったな……」

 チュン坊は、目を丸くしました。思わずくちばしではさんでいた虫を落としました。チュン坊がにがした虫は、ひっしになって草むらに逃げていきます。チュン坊がおどろくのもむりはありません。チュン坊が、両親の元からひとり立ちするときに、人間ていうものは、おそろしくてきけんだから、近づいてきたらすぐにげるように、言われていたからです。


 しかし、チュン坊は、ほんの少し、好奇心もありました。


「どんなごはんなの」

 リティは、くちばしをかちかち言わせながらしゃべりだしました。

「人間は、僕たちのごはんのことをエサっていうんだ。」

「へええ」

「そして、ぼくを、人間のかたにのせてパンっていうものをくれるんだ。ふわふわでおいしいんだ」

 リティは、くちばしからよだれをたらしかけて、のみこみました。その日の昼は、リティの人間のパンのおいしさについて語っているのをずっときいてすごしました。


 その日から二日が経ちました。朝になると、いつものように、冷たい空気の中をとび、おいしい空気をすい、昼にしんせんな虫をたべますが、昨日のリティの言っていたパンというものが気になってどうもいつもよりすべてが味気なく感じました。

 

 夕方、チュン坊は、思い立っていっけんの人間の家のヘイにとまって、中をのぞきました。よく見えませんが、なべがゆげをたてています。においをかぐと、なんともおいしそうなにおいが、ただよってきます。チュン坊は、そのにおいをこころゆくまでかぎました。


 次の日、その次の日も、チュン坊は、昨日とまった人間の家の近くのヘイにとまって、おいしそうなにおいをかぎました。チュン坊の人間に対する心は、おそれから、あこがれにかわっていったのです。


しかし、いく日たってもチュン坊は、人間の食事をたべることができませんでした。そんなある日、じけんが起こりました。


 それは、ある夕方の事です。チュン坊がいつものように、人間の家にいこうととんでいたら、車にひかれたのです。チュン坊は、はねとばされて地面にたたきつけられました。

チュン坊の体にいたみがはしります。チュン坊は、痛い痛いと泣いていると、チュン坊の意識がしだいにうすれていきました。チュン坊は、そっと目をとじました。


チュン坊は、いつしか野菜畑にいました。そこには、オウムのリティもいました。リティが地面を指さしました。そして、

「これがパンだよ」

 チュン坊には、なにも見えません。チュン坊は、必至になってパンを探しますが、何もありません。そのうちに、チュン坊は、おなかがすいてすいてたまらなくなりました。

「いやだ~!」

 チュン坊は叫びました。すると、ふいに目が覚めました。


 ゆめだったのです。


 チュン坊が目を覚ますと、周りを見回しました。みなれないものがたくさんありました。地面には、ふわふわしたものがひいてあります。チュン坊は、体を起こそうとしました。すると、からだ全体に痛みが走りました。からだをみると、チュン坊の体は、白いもので巻かれていました。(そうだ、ぼくは、車にひかれたんだ)チュン坊は、横になると、もう一回、目をつむりました。


 起きてみると、もう空が、暗くなっていました。チュン坊は、空をながめていると、ふと声がすぐそばから聞こえました。

「ねえ~お母さん。スズメ目を覚ましたよ」

 だれかが、もう一人ちかよってくると、

「本当ね、一時は、どうなるかと思ったけど、生きていてよかったわ」

 お母さんはためいきをつきました。どうやら、ここは人間の家らしいのです。チュン坊は助けられたのです。お母さんは、またむこうに行って何かを持ってきました。そうして、なにかをチュン坊の口に持ってきます。

「パンをくずしたものだけど、食べるかしら」

お母さんは不安顔です。チュン坊は、おそるおそる一口食べました。なんともいないおいしさでした。チュン坊は、むちゅうになって全部食べました。


 それから月日は、何か月も経ちました。チュン坊の体は、日増しに元気になっていきました。今ではもう自由に羽ばたきができます。パンというものも心ゆくまで食べることができます。チュン坊を助けてくれた人間は、太郎という少年とそのお母さんですが、二人ともチュン坊をかわいがってくれます。チュン坊は幸せでした。


 気がつくと、チュン坊は、おりの中に入れられていました。いわゆる鳥かごです。チュン坊は、最初のうちは、閉じ込められていることが、理解できなくて何度も飛ぼうとしてぶつかりました。


 そうです! チュン坊は、自由を失ったのです。チュン坊は、必至になって二人にうったえました。

 しかし、スズメの声は、人間には届きません。チュン坊は、その日からなげきくらしました。


 そのまま、三か月経ちました。チュン坊は、毎日ずっと空を見上げては、ためいきばかりついています。食事にでてくるパンもおいしくなくなってしまいました。

 そんなある日の事です。チュン坊にチャンスが訪れました。太郎が、チュン坊のおりの中にごはんを入れたまま、おりのかぎをしめるのを忘れたのです。チュン坊は、はじめは気がつきませんでしたが、その事に気がつくと、おりを飛び出しそのまま逃げ出してしまいました。


 チュン坊は、空に向かって飛び立ちました。ひさしぶりの飛ぶ感覚。うれしさがこみあげてきます。すると、チュン坊がいた家から、チュン坊を呼ぶ声が聞こえてきました。太郎です。太郎はおおさわぎしています。チュン坊は、ふと助けてもらったおんを感じ、そのまわりをしばらく飛び回っていました。しばらくすると、お母さんも家から出てきました。そうしてお母さんは、チュン坊に向かって手を振り始めました。さわいでいた太郎も、お母さんを見ると、今度は思いっきり手を振り始めました。

 チュン坊の両方の目からはなみだがあふれでました。チュン坊は、ありがとうとさけぶと、二度家のまわりを飛び、大空へと飛んで行きました。

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