親友

「晋作! 夏休み、和歌山に行って来たんだって? 絵、見せてよ!」

「うん! いいよ」

 そう言って、スポーツ刈りの少年がA3のスケッチブックを開ける。坊主の少年が中をのぞき込む。スポーツ刈りの少年の名前は晋作。坊主の少年は大介。僕だ。二人は、小学5年生。もう幼稚園の頃からの友達だ。一緒にかけっこもやったし、小学校に入ってからは、ドッヂボールもやった。でも……一番気が合うところは他にある……。

 今は9月。まだみ~んみ~んとセミが鳴いている。もう秋なのに……それに暑い。扇風機の回る風が唯一の救いだった。絵の中身はカブトムシの絵や、山の絵、川の絵など一杯一杯あった。なんかひかれる。


「すごいね~。和歌山っていいとこだね」

「そうなんだ~。星も一杯見れてさ。でもさ、面白いの。お父さんが携帯電話で星の写真を撮ろうと思ったらしくて、しきりに空に向かって携帯電話を向けてるの。後で見たら、真っ黒。みんなで大笑いしたよ~」


 僕は話を聞きながら、スケッチブックをめくっていく。晋作の絵は川一つとっても、いろんな色で描いてある。ほんとかなあと思って、試しに空を見てみると、確かに青一色じゃない。白い部分もあれば、少し、オレンジがかった所もある。少し前に誰にこれ教わったのって聞いたら、お母さんと言っていた。

 晋作のお母さんは絵の学校に行っていたらしい。晋作はお母さんの血を引いたのかなと勝手に思った。晋作の部屋は6畳一間だ。一杯スケッチブックが置いてある。『風景スケッチのコツ』と書かれた本も置いてある。ただしきれいだけど……晋作に聞いてみると、漢字が多くて読めないのだそうだ。だから読める日が来るまで大切に取ってあるのだと。すごいなあってフツウに思う。晋作は僕に話を振ってきた。

「大介~。小説まだ書かないの? 早く読みたいよ~」

「そのうちね!」

 僕は答える。実は、まだ完成したことがないのだ。お父さん、お母さんからは、読書感想文みたい~って言われるし、自分で読んでも何かイマイチ……。晋作は読むのが好きって言ってくれるが……。良き理解者は晋作だけか……。


「そのうちっていつ?」

 晋作はきらきらした目でこっちを見る。うっ……僕が返答に困っていると……。


「大ちゃん、晋作~。おやつよ~」

 と言いながら髪を後ろに結えた女の人が入ってくる。晋作のお母さんだ。晋作のお 母さんが言う。

「晋作、趣味の押し売りはいけないわよ」

 僕が聞く。

「押し売りって?」

 晋作のお母さんが優しく教えてくれる。

「大ちゃん、絵見せられて嫌じゃない?」

 何でそんな事聞くんだろ。

「そんなことないです。すごい面白いですっ!」

「大ちゃん、小説書くんでしょ。だから話合うのかもね~」

 僕がキョトンとしていると、晋作はお母さんを追いだした。話が合うか。よく分かんないけど、一番一緒にいてほっとすんのは晋作だな。話も絵と小説の話だから楽しいし……

「絵描くの楽しい?」

 ちょっと聞いてみた。すると、晋作はニヤッって笑う。

「じゃあさ、大介は小説書くのどのくらい楽しい?」

 逆に問いただされた。僕はそんなこと分かんなかった。好きだから書く。それだけ……。

「うまく言えないよ。どのくらい好きなんて」

 晋作はニヤッってもう一回笑うと、

「僕もだよ。気がついたら描いてる」

 僕はおずおずと、もう一回聞く。

「将来、画家になりたい?」

 晋作は急に真剣な顔になった。僕も真面目な顔になる。晋作は大声で断言した。

「ただの画家じゃつまんない。世界一の画家になりたい!」

 部屋の中がシーンとする。晋作の目を見る。輝いている。なんてでかい夢なのか。なんでか分からないけど動悸がする。僕の場合は、ただ、将来あわよくば小説家になれればなあと思っていたのだけど……。本気なの? 本気でそう思ってるの? ただのアコガレ? 大人が良く言う。子供は夢を見ると……。僕もお父さんやお母さんから現実を見なさいとよく言われる。でも、晋作の絵に対する情熱は人一倍だ。目の輝きは? なんか混乱してきた。


「ほら、プリン食べようよ」


 晋作が明るい声に戻る。ハッと我に帰る。見るとプリンが置いてある。それに氷の入ったオレンジジュースも! 食べ終わると、二人で、キャッチボールするために、公園に遊びに出かけた。出かけ際、晋作のお母さんが五時までに帰ってきなさいよと言う。

 晋作は、「は~い」って大声を出した。さっきの事は何だったんだろ? 僕の胸はずっと高鳴り続けていた……。


 次の日、学校に着くと、みんな、画びょう回しをやっていた。画びょう回しというのは、言葉の通り画びょうをコマのように回すこと。画びょうの針の所を持って、くるっと回して、机の上に乗せる。

 そうして、誰が一番長く回していられるか勝負する。ただそれだけ。晋作の所に行く。晋作の机の上で画びょうがいくつかくるくる回ってる。しばらく見ていると、一人のクラスメートがこっちを見て言った。

「おっはよ~」

「おはよ~」

 声を掛けられて、僕はクラスメートの一人を見る。名前は春日和。春日和 一樹(はるびより かずき)。みんなからは、“ハル”って呼ばれてる。よく見ると、目の下にくまが出来てる。ああ、こいつ、中学受験だっけ。一人納得した。みんなが僕を見る。みんなって言っても4人だけどね。とりあえずみんなとも挨拶した。ハルが聞いてくる。

「何で来たら挨拶しねえんだよ。ぶすっとして感じ悪いじゃん」

「ごめん。ごめん。なんか白熱しててさ」

 晋作が横やりを出す。

「とりあえず、筆箱の中に閉まってる画びょう出しなよ。画びょう回しやろうよ」

 自慢じゃないが、僕の画びょうは長く回せる。プリントを貼ってある画びょうを片っ端からとって研究した。銀色の画びょうもある。ただ、塗装が取れただけじゃんと思うかもしれないが、これがまた美しい。筆箱の中に大事にティッシュに刺して閉まっている画びょうを取り出すと参戦した。


 僕の銀色の画びょうがくるくる回る。


 どれくらい経っただろうか、「きりーつ」の声でふと我にかえる。ホームルームが始まっていた。僕達は、そそくさと席に戻る。

「礼」

 頭を下げる

「着席!」

 座る。先生が話しだした。もうすぐ、クラス対抗音楽祭があるから、係を決めようとか、そんな話だった。僕はぼお~と聞いていた。

「ところで!」

 先生が僕の顔を見る。

「最近、画びょう紛失が多い。画びょうは学校の備品だから取らないように」

 相変わらず僕の顔を見る。思わず言う。

「何で僕の顔を見るんですか?」

 先生は咳ばらいすると言った。

「大介は画びょうをコレクションしてるんだろう」

 何故それを……僕は黙った。みんなは大爆笑。先生は「静かに」と言う。周りは黙る。先生はまた周りを見回した。

「みんなもだぞ。備品は大切にするようにな! では以上! 学級委員、号令」

 学級委員が号令をかける。学級委員は、海藤 英(かいどう すぐる)がやっている。ばりばりの野球男児。後、少々目立ちたがり屋……。

ホームルームが終わると、いつもの仲間が寄ってくる。晋作もだ。晋作の第一声は、

「自業自得だねえ」

 人に言われると、なんかムカッと来るので、言い返そうと、晋作の顔を見る。晋作はにこにこしていて、邪心がない。こっちがアホらしくなった。


「まあねえ。ま、取り上げられた訳じゃないし、大丈夫っしょ」


 この日は、この後、国語、算数、図工などが淡々と行われた。そして、帰り……。今日は、晋作、掃除当番だ。帰ろうとすると、晋作が僕を呼びとめた。

「大介、今日、公募ガイドって雑誌が売られるんだ。一緒に買いに行かない?」

 公募ガイド? 僕は気になって聞いてみた。すると、晋作は、

「絵とか、小説のコンクールが今現在何をやっているのかが一目瞭然で分かる雑誌なんだ」

「それって、小学生が応募してもいいの?」

 晋作はノンノンノンと言うと、

「小学生までしか応募できない賞もあるんだよ」

 へえ~なんかすごい。ノンノンノンという言葉が少し気になったが、公募ガイドとやらを、一度見ておくのも悪くない。

「いいよ~」

 ちゃらけて、ガッツポーズしながら答えた。そして、

「じゃあ、晋作んちに行くね」

「おう」

 そう言って、「じゃ~ね~」と別れた。晋作は、机を運び始めた。


 帰る道は、一本道だ。途中、荒川の河川敷で野球をしてるのを見た。見るのは好きだ。するのは嫌いだ。打てないもん。動体視力がないから。ボールが見えない。この間、クラスみんなで野球をやった時は大恥をかいた。空振りのオンパレード。それ以来、野球はあきらめた。だからするのは、キャッチボールだけ。遠投や、思いきり高く投げて捕る遊びか、それくらい……今度の日曜日、みんな誘って、キャッチボールやりたいな~ってふと思った。


その時、

「お~い!」


 なんか声がする。向こうの方で、何人か固まってる。僕の事呼んでんの? 迷ってると、もう一回、

「お~い! 大介~!」

 叫び返す。

「僕の事~?」

 向こうから、

「そうだよ~! 俺だよ! 海藤だよっ!」

 カイドウ? ああ! クラスメートだ。学級委員の海藤だ。道を降りて海藤の元に行くと、そこには5人いた。海藤が遊ぶいつものメンツだ。声を掛けられるなんて珍しい。いつもスルーなのに……。

「何?」

 海藤は鼻の頭を掻きながら言った。

「何は無いだろ。せっかく声掛けたのに」

 相変わらず海藤は鼻の頭を掻いている。そんなにカユイのだろうか?

「だって、珍しいじゃん。いつも話すって訳じゃないのに」

 その時、海藤にいつもくっついているクラスメートが口を挟む。

「海藤君の家でゲームやんね~?」

「晋作と約束してるから無理」

「最新のゲームだぜ。ロマンシング・ファンタジーってRPG」

 いらいらした。

「だ・か・ら、晋作と約束してるんだってっ!」

 海藤がちゃかすように言う。

「おまえらは、金魚のフンか? いつもくっついて」

 動揺……

「たまにはいいんじゃない? 明日でもいいじゃん。毎日一緒に遊んでんだから」

 動揺……動揺……動揺……

「ゲームだって、シナリオあるんだぜ。もしかしたら、晋作にも思いつかないシナリオを思いつくかもしんねえよ」

 晋作の事は尊敬している。晋作には勝てないとも思う……でも……それで、いいのか。晋作に尊敬してもらいたい僕がいる。晋作にすげえって言ってもらいたい僕がいる。僕にもプライドがある。晋作と対等になりたい……


「分かった……行く」


 ランドセルを家に置いて、海藤の家に行く。海藤の家は知らないから、途中、公園で待ち合わせする。海藤達は集まってる。やっぱしちょっと良心が痛む。


「やっぱ、ちょっと、晋作に断ってくる」

「いいってば」

 海藤がいらいらした口調で答える。

「分かった」

 海藤の家に着くと、みんなで例のロマンシング・ファンタジーというゲームをやった。海藤の部屋は、漫画とゲームの本ばっか。窓からは、青空が見える。海藤の家にベッドがあるから、ベッドに寝転んで、空を眺めるなんていいなってうらやましかった。隅っこにある本棚には、塾の参考書が一杯並べてあった。一冊を手に取って中を見て見ると、全く分からない問題が多々並んでいた。


 ふと横に目をやると、一匹の小さいクモがいた。身体の色が茶色い地クモ。巣を作らないで、自力で獲物を取るんだっけ。


 そっと、背中をなでた。背中をなでると、他のクモは知らないが、このクモの種類は、じっとする。表情は分からないが、歩くのを止めて身を任せてくれる。実は、これは、晋作に教えてもらった。晋作が言ってた……「先生達はクモや、昆虫は感情が無いって言ってるけど僕は信じないね。だってなでると、こんなに気持ち良さそうにしてんだもん」晋作の仕草、そぶりが目に浮かぶ。今日の事で、良心がちくちく痛む。


 すると、

「おい、大介! 大介もやってみるか?」

 自分にもコントローラー渡されたが、すぐに返した。途中からずっと見ていた。晋作の事が気になる。帰ろうか。でも帰り道が分からない……迷ってるうちに、5時になった……。

 みんなが帰り支度を始める。僕も始める。海藤達と別れて、他の人と途中まで一緒になる。まだ日が明るい。晋作の事が気になる。晋作んちに寄っていくか……。


 晋作の住んでいるアパートに着くと、急いで二階に上がる。晋作んちは、アパートの一室だ。昭和60年に建てられたって言ってた。外壁には、ツタが生い茂る。建物の名前は、『こもれびアパート』。由来は知らない。ともかく、階段を駆け上がって、晋作の住む201号室についた。チャイムを鳴らした。インターフォンから「は~い」と声がする。

「僕です。大介です。晋作君はいますか」

 しばらくして、晋作のお母さんが出てきた。晋作のお母さんが言った。

「今、買物行ってるの。ごめんね。せっかく来てくれたのに」

「どこですか?」

「近所の商店街だから分からないと思う。ごめんね」

 僕は礼を言って、家を出た。心がず~んと重い。


 帰るとお母さんに何故こんなに遅くなったのかと聞かれた。「道に迷った」と答える。二階の自分の部屋に行こうとする。その時だった。お母さんが、

「そうだ。晋作君から4時くらいに連絡あったわよ。今、海藤君の家に行ってるって言ったら、「そうですか」って言ってたわよ。もしかして、晋作君と遊ぶ約束してたの?」

 晋作は知ってたんだ。もしかしたら、会いたくないから居留守使われたのかも……急に心臓がばくばくしてきた。二階に駆け上がる。「ちょっと大介!」という言葉が聞こえたが、無視した。

 夕ご飯の時間になるが食欲がない。晋作の事が気になってしょうがない。夕ご飯を終えると、電話の前に立って、ボタンを押す。でも……もし……居留守使われたら……も~いいや! 二階に駆け上がり、ベッドの中にもぐり込む。明日謝ろう。明日になれば、解決するんだ。そう自分に言い聞かせた。でも……。それに打ち消すような疑問が次々浮かんでくる。もう今日は寝ることに決めた。まだ8時だけど……。


 次の日、学校にいつもより早く着いた。気になってしょうがないからだ。晋作はと、まだ来てない……机の上にうつ伏せになって時が過ぎるのを待つ。気がつくと、二十分経っていた。もう来ているはず……。晋作の机を見てみた。みんな集まっている。僕は、そばに寄って行った。

「おはよ~」

 誰も声を返してくれない。僕は晋作の顔を見る。晋作は顔をそむけた。誰も素知らぬふりして遊んでいる。「ごめん」を言おう……言えない……もし拒否されたら……自分の席に戻る。何でこうなっちゃったんだろう……机にうつ伏せになった。涙があふれ出る。止まらない。ホームルームが始まり、席を立たなくちゃならなくなった。立てない……ぐしゃぐしゃな顔を見られたくない。先生の鋭い声が飛んでくる。

「おい、大介! 立ちなさい」

 立てない。何回か言われる。そのうち、諦められた……。


 その日はずっと、伏せっていた。帰りのホームルームの後、ランドセルを手にさっと帰ろうとすると、先生に残っていろと言われた。その後、先生に真っ赤になった目を見られ、どうしたんだと聞かれた。ぼくは、答えなかった。先生は「力になりたい」と何度も言ってくれる。でも……言えなかった。


*********************************************************************************** 


 晋作と喧嘩してから、もう三ヵ月が過ぎていた。僕は、海藤のグループに入った。でもそれは、本意では無い。海藤に将来の夢がないのって聞いたら、無いと答えた。お金持ちになれれば、それでいいんだそうだ。


 晋作と違う。意志の強さが……。


 海藤が僕に近づいてきた理由も分かった。要するに僕と晋作がいると、クラスの話題をほとんど持ってちゃうからみたい……でも文句は言えない。一人きりにはなりたくないから……。


 冬の寒さが厳しくなってきたこの頃、巷では、風邪がはやり始めている。風邪にならないように、身を縮め、寒さに震えながら、帰っていると、ハルが待ち伏せしていた。僕は、素知らぬふりをして帰ろうとすると、ハルが自分の肩をがっとつかんだ。

「大介、お前、今のままで本当にいいのか?」

「今のままって?」

 とぼけてみる。

「晋作に謝んなくていいのかよって事だよっ!」

 黙る……。

「見てて俺も辛いんだよ。晋作も元気ねえし、俺もなんとなく寂しいし」

 黙っている……。

「お前はどうなんだよっ! お前はずっと、晋作と一緒だったんだろっ! 思うところないのかよっ! 晋作の事、裏切ってよお!」

 僕は、肩を振りほどいて歩きだす。すると、ハルが肩を持って強引にこっちを向かせ、右頬にパンチを入れてきた。僕が倒れこむと、ハルは言った。

「お前がこんな弱虫だとは思わなかった。最低だな」

 そう言って、ハルは行ってしまった。弱虫か……そうだな弱虫だな。それもとびっきりの……。

 体育館の裏に行く。そこは、誰もいない静かな場所。少々寒いが、考えるのにはいいかも知れない。僕は、ずっと冷たいコンクリートに体育座りに座って、吹きすさぶ風に耐える木を見ていた。一人っきりの空間にずっと身を任せながら……。


 次の日、風邪を引いてしまった。お母さんが学校に電話を掛ける。僕は、ベッドに寝かされた。シーンとした部屋……今日は何故だか心地いい。ベッドにもぐり込んで寝たいだけ寝た。起きると、机の上にプリントが載せてあった。ああ、学校が終わって誰かが届けてくれたんだな。不思議と気持ちは静かだった。また眠くなった……睡眠をむさぼる……。


 二日目、少し良くなって、テレビを見た。もうクリスマスだ。いつもだったら、晋作んちでクリスマスパーティーやってんな。今年は、寂しくクリスマスか……見ると、もう4時だった。お母さんが、プリントを持ってやってくる。お母さんが言った……。

「今日も、晋作君がプリントを持ってきてくれたわよ」

 え? 今何て?

「晋作がプリント届けてくれたの?」

「そうよ。昨日も届けてくれたわよ」

「なんで、教えてくれなかったの!」

「昨日、言ったわよ。そしたら、置いといてって言ったの。誰だっけ?」

 記憶をたどる。分からない……。だけど、もうのんびりしてなんかいられない!  パジャマを脱ぎ、普段着に着替える。まだ身体はふらつくけれど、それどころじゃない。もっと重要なことだ。お母さんが上がってくる。

「どうしたの!」

「今から、晋作んちに行ってくる」

 お母さんはあわてて止める。僕はお母さんに言う。

「僕は、晋作を一回裏切っちゃったんだよ! でもプリントを届けてくれた。僕も覚悟を決めなくちゃいけないんだよ」

 お母さんは金切り声をあげる。

「電話でいいじゃないっ!」

「電話じゃダメなんだよっ!」

  着替え終わると、お母さんを振り切って外に出た。外は、くもり空だった。僕は走る。息の続く限り……〇川の土手を通る。


 もうすぐだ。その時、雨が降り始めた。初めはぽつんぽつんと、次第に強く……強く……。晋作の家に着くころにはもうずぶ濡れだった。なんか頭が痛い。寒気もする。ともかく、インターフォンを押す。「は~い」と声がする。

「大介です。お話があります。晋作君いますか」と言った。インターフォンから「ちょっと待ってね」と声がすると、しばらくしてから、ドアが開いた。目の前には晋作がいた。晋作は目を見開いていた。


「どうしたんだ。その格好!」


 驚くのも無理はなかった。びしゃびしゃのぐしょぐしょだったし……。お構いなしに、

「晋作、ごめん。僕が悪かった」

 晋作は黙ってる……。

「晋作にいつも負けてるから、追いつきたかったんだ。負けっぱなしじゃイヤだから!」

 晋作のお母さんが出てくる。僕の格好を見るとビックリしてた。すぐさま晋作のお母さんにバスタオルを借りて、身体を拭く。中に入れてもらい服を借りて、ストーブにあたらせてもらう。二人は黙る。僕はもう一回話そうとすると……晋作が言う。


「負けてるなんて寂しいこと言わないでよ。親友でしょ。僕たち、何年一緒にいる? 大介のすごい所一杯知ってるよ」


 その言葉を聞いて涙があふれ出てきた。とめどなく……。

「ごめん……」

 それを言うしかなかった。二人で、ずっと黙ってストーブを当たっていた。30分後、お母さんが迎えに来た。さんざん怒られた。でも、幸せだった。ずっと胸をふさいでいたものが取れた気がした。心に新しい風が吹き込むような気がした。心がぽかぽかしてきた。帰り際、晋作は言った。

「今日は、ありがとう。こんな雨の中……学校でまた会おうね」

 お母さんと二人帰る。後から声が聞こえてきた。

「小説待ってるから~!」

 僕は思いきり手を振った。頭の中に小説のプロットがもやもや浮かんでいる。題名はもう決まっている。それは、


  『親友』


 くもり空の合間から一瞬太陽が見えた。いつの間にか雨が上がっていた。頭痛がひどくなっていたけれど、今日というこの日は、色んな意味での勇気、優しさをもらえたような気がした。


終わり

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