セミのいのち

 今は、八月。楽しい夏休み。ぼくは、今、セミをつかまえようと、いろんな木を見て回っている。あたりでは、みーんみーんと、せみが、大合唱しているが、なかなかみつけられない。僕の名前は、板橋健人。小学五年生。セミが大好きで、夏になるといつもセミ捕りをしている。


 そして、この日も……


「健人、こっち来てごらん。セミがいるぞ」

 おじさんは、顔から吹き出る汗をタオルでふきながら、ぼくのほうを向いて手まねきする。このおじさんというのは、ぼくの母の方のしんせきであり、夏になると、時たまおじさんの家に行くのだ。今回は、初めて虫取りをてつだってもらった。ぼくがちかよってみると、なるほど、せみが、大木にひっついて、みーんみーんとないている。

 持っていた虫取りあみをのばせるだけのばして、セミにかぶせた。

 セミは、それでもないている。

 あみのふちでセミをつっつく。セミはとびだとうとする。そこへあみに入ったセミの入り口をふさぎセミをたぐりよせ、セミをつかんで、虫取りかごの中に入れた。セミはやかましくジージーとさけんでいた。


夜、おじさんの家でごちそうになった。居間で一休みしていると飼い犬のアオがおじさんの腹の上に乗っておじさんに甘えてきた。おじさんはアオの頭をなではじめた。アオはなでてもらっている間中ずっと目をとじていた。とっても気持よさそうである。しばらくすると、おじさんがぼくにはなしかけてきた。

「今日、セミとり楽しかったなあ」

 うなずく。

「セミ、みせてもらっていいかな」

 かたすみにおいてあったかごをおじさんにわたす。

「りっぱなセミだなあ。セミは、夏の代表だから、いかにも夏って感じさせるな」

 おじさんがぼくに笑いかける。返してもらったセミの入ったかごをずっとながめていた。セミはうんともすんとも鳴かなかった。


次の日、帰るときちょっとしたそうどうがあった。昨日とったセミのことだ。

おじさんはぼくに、

「セミは、長いこと生きられない。逃がしてあげたらどうなんだ」

 首をふる。(せっかくとったセミなんだから、ぼくの自由でいいじゃないか。おじさんは何をいっているのか)そう思うばかりでおじさんの言葉はほとんど耳に入らなかった。おじさんはあきらめたのか……そのうちセミについては、話題をしなくなった。


 家に帰ると、セミの入ったかごを一番目立つ居間の出窓の所においた。心の中では、おじさんの一言。「セミは長く生きられない。にがしてあげたらどうなんだ」という一言が心に強く重く残っていた。それでもセミを手に入れたという喜びの方が大かった。時間が経つにつれ、おじさんの言葉は心からはなれていった。


 三日後の深夜の事だった。この日やることをすべておえていた。そして、布団に入り、ゆめを見ていた時だった。大きな音が聞こえてきた。夢からさめると大きな音はどっからきこえてくるのだろうと手探りでいろんな部屋を探し始めた。ジージーととてもけたたましく鳴いていた。家族も起きてきた。

 みんなで何の音だろうと思い探してみるが見つからない。

 しばらくすると、音は全く聞こえなくなった。

 弟が、

「なんの音だったんだろうね。きんじょめいわくだったなあ」

「一体、何の音だったのかしら」

 とお母さんも不思議がる。そんな中、お父さんは、

「いいからもうねよう。健人も、隼人ももうねなさい。もう何時になっていると思うんだ!」

 「はあい」というと自分の部屋に戻って行った。ちなみに、弟の名前は、隼人という。


 次の日、ぼくは、十二時に起きた。台所に行くと、朝昼けんようのバタートーストを食べた。食べてしばらくぼーとしていると、不意に、セミの事が思い出された。ぼくは、セミを見に、居間に行った。


 セミは、体をうらがえしにしていた。六本の足を天井に向け、背中を地面につけていた。ぼくは、かごの入り口を開け、そっとセミにさわってみた。ぴくりとも動かない。


 (もしかして、死んじゃったの?)


  その時、お父さんが起きてきた。

「健人、おはよう」

「おはよう……お父さん?」

「なんだ?」

「セミが、死んじゃった」

「可哀そうなことしたな。もしかしたら……」

 健人は、もしかしたらと聞き返す。

「昨日の声は、セミが最後に声をふりしぼったのかもな」


 その後、ぼくは、近くの公園にセミをうめに行った。公園の片すみで、シャベルで地面に穴をほった。地面は、とてもかたかった。そして、夏だというのに、冷たかった。なんとか、小さな穴をほると、その中にセミを入れた。足をちぢこませているセミに、そっと土をかけて、埋めた。この日も、あつい夏の日。周りでは、セミが、大きな声で、みーんみーんとないていた。


 セミをうめてから一週間位してから、おじさんから電話があった。おじさんは、お父さんと長いことしゃべっていた。手ぶりで次代わってと伝えた。電話を代わってもらい、おじさんとしゃべった。

「元気か」

「元気だよ」

 そんなたわいもない会話だった。いつしか話の内容はセミに移った。

 正直に言った。

「おじさん、セミは、死んだんだ」

 おじさんはだまっていた。話を続ける。

「ごめんなさい。おじさんの言うとおりにがしていれば、セミはもっと生きられたかもしれないのに」

 おじさんはしずかにいった。

「実は言うとね、うちのかっている犬のアオも、すてられていたんだよ。それをおじさんが、ひろって育てているんだよ」

 あの幸せそうなアオをみると、すてられていたとは、考えられもしなかった。

「セミも人間も動物も同じ生きているものには、変わりないんだよ、同じ生きている限り、その生き物にたいして、思いやりをもたなければいけないんだよ」

 はいと言った。

 それきりセミの話をしなかった。


 次の日の夕方、セミをうめた場所にいくとそこへかがみ手を合わせた。セミの墓を見る。夕暮れの日が赤く墓をてらしている。


 耳を澄ますと周りではセミが、みーんみーんと鳴いていた。


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