84話:恋する乙女の歌・リリィ その2
「ら~――」
その歌声は天使の歌声だった。手を掲げて目を閉じ魔法の詠唱を唱えるかのように歌うリリィ先輩の姿は輝いていた。
――愛は私の為に。愛は愛する人の為に。愛は人を強くする。
「綺麗だ……」
「なんなのこの子……」
この場で殺伐とした感情を渦巻いていた者達にとってつかの間の安息の時間が訪れている。俺を含めて他の敵対者全員が彼女の歌に魅了され、そして聞き惚れていた。
――それは運命の瞬間。恋は芽生え育まれ思いを告げて。そして愛になる。
「これがリリィ先輩が言っていたもう一つの声の力……」
リリィ先輩はこれをボイスヒーリング第1節『恋する乙女の祝福』と呼称しているらしい。愛する人に全ての愛を告げるという意味が込められた歌なのだとか……。暖かい気持ちになるな……。
そして歌の中盤に差し掛かり、リリィ先輩がその場で舞い始めた。その美しい舞い姿はまるで壇上に立つトップスターのようだ。
――カリト君。私は元々歌やお芝居とかダンスが好きだったの。過去の事が無かったらきっと素敵な女優さんになれていたかもしれないわ。
ふと、
「身体から力が湧いてくる……!」
あの時とは違い、俺の身体が彼女の声の力を受け入れたようだ。あの時の苦痛とは違い、今は暖かくて気持ちよくて心地が良い。そして不思議と力がみなぎってくるのが感じる。まるで俺の中に眠っていた力が覚醒したかのような感触だ。
「ジェスタ! ここで決着をつけてやる!」
「……! 何してるのあんた達!! 私を守りなさい!!」
「無駄ですよ。ほら」
「くっ……!」
ジェスタを護衛していた男達は、既にリリィ先輩に魅了されて戦闘不能に陥っている。
「問答無用お前を倒す!」
「くっっそおおおおおおお!!!!」
その場の勢いでジェスタが俺に向かって銃を構えて速射攻撃を仕掛けてくる。それに合わせて俺は恐れることなく前に詰めていく。
「どうして!? どうしてお前に銃弾が当らないのっ!? 近距離なのにっ!?」
「これが愛の力か……!」
ジェスタの放つ弾丸全てが俺の目の前でそれていく。まるでリリィ先輩に守られているかのようだ。
「ふんっ!」
「がっはぁっ!?」
俺はリリィ先輩の歌に夢中になっている男の1人にアッパーカットを仕掛ける。男はそのまま天井に向かって突っ込んで行く形で吹き飛ばされた。
――ガチャ。
「頂くぜ!」
「まずい!」
天井に突っ込んだままぶら下がっている男の手から拳銃が地面に落ち、それを拾い上げた俺は間伐入れずに銃を構えて発砲する。だが、ジェスタに狙った弾丸はその場にいた男に命中してしまった。彼女の咄嗟の判断で男は、ジェスタを守る盾として利用されたのだ。
「仲間思いじゃないな……!」
「あたしを守るということは。こういうことに使われても文句はないということよ!」
男は意識を失っているようだ。殺してしまったのかと思ったのだが、よくみると奴の胴体には防弾アーマーが着用してあって、致命傷には至らずに済んだようだ。多分俺の使っている拳銃は大口径の銃弾だからか、衝撃が緩和できても、意識だけは持って行かれてしまったのだろう。まぁ、それは兎も角だ。
「もう後はないぞ……。大人しく降参するんだ。俺はみだりに命を奪うような野蛮な事はしない。どうするジェスタ?」
俺はジェスタに問い掛けた。お前はどう思っているんだと。すると。
「降参するくらいならお前を殺してプッタネスカ様に褒められ方がいいわ!! しねぇ!」
ジェスタは銃の引き金を引いた。すると。
「弾がない……!? あぁあああああああああああああああああああ!!!!」
弾倉に弾が無い事に気がつくと、錯乱した彼女はそのまま銃の銃身部分を両手に持ち、剣を構える要領で立って、そのまま俺に振りかざして殴打で殺しに掛かってきた。
「見える……!」
一瞬の素早い殴打攻撃がスローで見えている。力以外にも反射神経や身体能力が歌の力で底上げされていたようだ。
「無力だ!」
「ちぐじょぉおおおおおおおおおおおぉ!!!!」
「リリィ先輩っ!!」
歌い続けているリリィ先輩に対し、一心不乱にジェスタが銃を振りかざしたまま間合いを詰めようと走り出す。
「くっ! 弾切れか……!!」
装弾数があまり無かったようだ。くそっ! このまま走ってあいつをタックルで捕まえられるか…………? 無理かも……。
――愛しの王子様。私を愛の力で守って。愛で私はそれに答える。
「それでも俺はリリィ先輩が俺にくれた愛の為に守ってみせる……!!」
全力疾走からの雄叫びを上げ、あと2メートルの所に辿り着いたジェスタにめがけて上半身を使ったジャンプタックルを仕掛けた。
リリィ先輩がやられる数秒前の所で。
「まにあええええええええええええええええええええええ!!!!」
「があああああああああああっ!!!?」
身体に手応えがあった。リリィ先輩の悲鳴は聞こえない!
「チェストオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
「ぎゃあああああああああああああああああ!!!!」
タックルを受けても立ち上がって襲い掛かろうとしたジェスタに対し、俺はその場で全力の回し蹴りを奴の頭にめがけてぶつけた。
「ふぅ……決まった……」
歌ってすごいよな……本当に……。
――10分後。
「きぃいいいいいい!! 離しなさい!!」
「やだよーおばさーん。拘束といたらまた私に向かって襲い掛かるでしょー」
「殺してやる! ブッコロシテヤルゥウウウウ!!!!」
ヒステリックに叫びながらジェスタは怨嗟の声を漏らしている。
「どうしますリリィ先輩」
「そうね。このままおいてても始末が悪いからまかせて」
「ひっ、なっ何をするきなのリズ!?」
「ひとつ最後に教えて上げる。私の名前はリリィ。私の声で暗殺された人達は全員その場で死ぬの。嘘だと思うでしょ? うふふっ、本当だよー。だって……今からあなたの身体の中にある人格を殺してあげるんだから」
「いっ、いやあああああああああああああああ!!!!」
「そう叫んで命乞いするくらいなら。私達の大事な時間を奪った事について。何か言うべき事があるじゃないの?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!!」
ジェスタは歯をカタカタと鳴らしながら謝罪を繰り返し続けている。
「初恋の相手とキスをする瞬間を邪魔した罪は重いわよ。じゃあ、そのまま眠りながら死になさい」
「やめっ――うっ…………」
リリィ先輩がジェスタの耳元に何かを囁いた直後。彼女は悲鳴を上げるのを止めてそのまま眠りにつきながら意識を失ってしまった。それから数秒後だろうか。
「あれ……大きなお星様がチカチカって……あれれ……なんだか息苦しいなぁ……。ねぇ、ままぁ……どこなの……? 私は誰……?」
その日を境にジェスタという女の中にあった人格はこの世に存在しなくなったのだった。
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