83話:恋する乙女の歌・リリィ その1

「これはいいったいどういうことかしら!?」

「みてのまんまの通りだよ」

「ええそうね」


 動揺するジェスタを前にして俺達はそう言葉を返してやった。


「リズ! お客様とそのような事はいけないでしょ!」

「リズ? 誰のこと?」


 ふっと軽く鼻で笑うリリィ先輩。どこか余裕そうな表情だ。


「誰ってあなたのことでしょ?」

「オバサン」

「おっ、おばさん!?」

「ああそうだよ。とりあえず。俺の仲間を返してもらいにきた」

「どいうことかしらぁ?」


 オバサン呼ばわりされてジェスタはこめかみに青筋を立てている。


「そのまんまの通りだよ。何の考えでか知らんが。ネメシスの仲間を勝手に忍び込ませていたんだよははっ」


 実に爽快愉快。優越な笑い声を上げて睨み付けるジェスタを蔑む。


「なるほどね……理解したわ。あたしの汚点ね……。まんまとそこの女に言葉で騙されたわけか……くっ!」

「そういうことよー。とりあえず。あたし達の楽しい時間を奪った罪は重いわよ。だってついさっき良い感じにこの人とあと一歩でキス。できそうだったのに……!」

「いや知らんがな」


 即答で言葉を返すジェスタ。すると。


「いいわ。黒服の悪名はよくしっていることよ。そういえば噂でどんな男でも言葉で簡単に籠絡して精神的に崩壊させて暗殺する事が出来る女がいるって聞いたことがあったけど。まさかそこの女なのかしら」

「手の内を明かすほど私は安い女じゃないわよ」

「その言葉をいってくる時点で自分がそうですと行っているもんよ。なるほど殺すには惜しい人材ね。使い方次第では組織に大きな利益になるわね……。そしてプッタネスカ様の為にもなる……」


 その場で深く熟考するジェスタを前に俺達は。


「今のうちになにか武器になるものを用意したほうがいいですね」

「カリト君の言いたいことは分るわ。あの女。私を引き抜こうと考えているようね」

「そんな事。俺はさせませんよ」

「うふふ、そう言ってくれる君の事が好きだよ」

「ばっ、恥ずかしい事を言わないでくださいよっ!?」

「うふふ」

「ねぇ、リズ。あんたの本名はなんだい?」

「それ聞いて何になるの? 悪いけど貴方を取り逃がした時に組織としては困るわ」

「問答無用で私を殺す前提で話をするのね貴方。だから嫌いなのよ。聞き分けのない奴らは。特に悪人殺しを悪じゃなくて正義と思い込んでいる黒服の連中とか」

「あんた達がやっている悪よりマシだクソが」

「何の事かさっぱりね」

「闘技場で戦わせているモンスターの事だよ。薬漬けにしてモンスターを苦しめた罪は重いぞ……!」

「ははっ、その話ね。そもそもお国のお貴族様の方が悪いわね。私達は依頼を受けてやったに過ぎない。そしてそのノウハウを使うのは当然でしょ? 邪魔な奴らを蹴散らすにはもってこいの兵器よねー」

「モンスターは兵器なんかじゃない! 彼らは生きているんだよ!」

「プッタネスカ様がこの都市を征服した暁には国が立ち上がるわ! 建国した暁には。私達を悪と蔑んできた奴らにモンスターを使った戦争を仕掛けてあげるの! かつてあいつらが自分達でしてきた時のように。同じようにしてやるのよ!」


 かつてとか分らねぇ。だがな。


「人間が勝手にモンスターを戦争の道具にして使う謂われはねえよ」

「もういいわカリト君。聞き分けのない奴らほどああやって自己肯定してくるから意味が無いわ。もうここはあいつを徹底的にすりつぶしましょ」

「ねぇ、女。よかったら。いえ、これは取引よ。私の配下になりなさい。それ相応の報酬と対価と地位を約束して上げる。あなたの力を組織の為に役立てなさい」


 そう言われてリリィ先輩は。


「断る。私はそんなくだらない理由の為に鞍替えするつもりはないわ。それに」


 と間をおき、俺に顔を向けるリリィ先輩。彼女はニッコリと笑みを浮かべて、


「私。これからこの人とデートの約束があるの。だからお断りするわ」

「……はっ?」


 ジェスタはリリィ先輩の言葉に意味不明を口を開けてキョトンとした。


「何がいいたいかわ分らないけれど……。要するに交渉は決裂ということね。残念ね。貴方とならこの店をもっと大きくできるとおもっていたのに」

「こちらこそ残念だわ。前から貴方の人使いの荒さにはムカついていたの。もっとマシな待遇とかしてれれば考えていたのに」

「いや、それ完全に気持ちが半分持って行かれてません?」

「あーんちがうよカリト君。これはた・だ・の・冗談よ」


 真面目に冗談には聞こえなかったんですけどっ!?


「了承したわ。じゃあここで死んで貰うわ。おいお前達出てきな! 仕事の時間よ!」


――ダダダダダ。


「うっ囲まれた……」

「そうね……」


 ジェスタの合図と共に計5人の屈強そうな荒くれ者達が現れた。それぞれ手には拳銃を持っており、完全にこちらを殺す前提のつもりで前に立ちはだかっている。そして。


「ジェスタ様。こちらを」


 彼女の腹心らしき男が側でひざまずき、ロングレバーアクションライフルを両手の上に掲げる。


「ありがとう。じゃあ、これでさよならね。まずはそこの坊やから! 死んでから神に懺悔なさい!」


 その直後。銃口を向けられた俺は胸に強い衝撃を受けて後ろに吹き飛ばされてしまう。


「がっはぁっ!?」

「死なないですってっ!?」

「……ててて、そうだよ……。こいつは防弾性能付の戦闘服だからな……!」

「カリト君。場所を移るわよ!」

「お前らやっちまいな!!」


 ジェスタの号令と同時に荒くれ達が拳銃を両手で前に構えて打ち始めるのを耳にしつつ、リリィ先輩を身体で庇いながら部屋のテーブル辺りまで移動する。そして。


「離れてくださいリリィ先輩! ふんっ!!」

「あいつテーブルを持ち上げやがった!? ガキのくせになんてパワーなんだよっ!?」


 ご丁寧な解説ありがとうな。おかげで気兼ねなくお前らにこの持ち上げたテーブルを投げてやれるってわけだ!!


「お望みどおりにくらいやがれ!!」


 テーブルの盛大な破砕と共に3人の荒くれがその場でダウンする。そしてそのまま俺は間合いを詰めて乱闘を考えたが。


「そういえば俺。格闘技とかやったことねぇや……」

「ええっ!? じゃあ、誰が戦うのよっ!?」


 衝撃の事実をしってリリィ先輩が酷く動揺する。


「えっ、リリィ先輩って格闘技とかできないんですか……?」

「当たり前でしょ! 私は銃を使うとか素手で戦うとか苦手なの! 持っているのってこれくらいよ! ほら」

「ええ……」


 よく見ると彼女の手のひらにあるのはデリンジャーと呼ばれる銃だ。普通に銃撃戦には向いていないのが見て取って分る。

 あぁ、でもよくよく考えてみると納得はいくかな。声の力を使って相手を支配して制圧している時点で銃とか使わずに済むわけだし。その気になれば支配した人間を殺す事だって出来るわけだからあまり武器とかって意味ないか……。


「じゃあ、どうします?」


 もうここまでなのだろうか……。すると。


「ここは私の出番ね」

「この状況を打破できる作戦があるんですか!?」

「説明すると長くなるから簡潔に言うわね。私の歌でカリト君のことを強化して超人にしてあげるわ」

「えっ、でも……俺ってリリィ先輩の声の力が効かないんじゃ……?」

「やってみないと分らないわ! さぁ、私の前に立って。私の事を守って!」


 俺はリリィ先輩に言われるがままに前衛の位置に立つのだった。



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