81話:1日だけの恋愛関係なら その2

「ねぇ……私を慰めてよ……」

「リリィ先輩……」

「名前で呼んで。リリィって」

「……リリィ」

「うん……カリトくん。嬉しい……」


 目尻を潤ませている彼女の表情に薄らと笑顔が浮かび上がる。こんな顔をリリィ先輩はするんだと思いながらも、俺は彼女の寝そべるベッドのそばに腰をかけた。するとリリィが俺に身を寄せてそのままくっついてくる。


「触れられるのに触れた感じがしない。なんでだろう……」

「…………」


 彼女が何を思ってそう呟いているのだろう。恋愛経験やロマンス系の言葉に乏しい自分には何も答える事ができない。それでも彼女は俺と側にいることで安心感を感じているようだ。次第に泣くことを彼女は止めていった。


「ごめんなさいねカリトくん。私って昔からずっと感情的になるとこうなって収集がつかないの」

「大丈夫です。リリィ先輩のそういう表情は僕は好きですよ」

「ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」

「お世辞とはいかないんですけどね」

「ふふっ」


 優しい雰囲気が漂っている。なんだろう、さっきとは違った会話をしているからだろうか。こうリリィ先輩と話をしているとさっきまでの嫌気とか緊張感とかが和らいでいく。


「ねぇ、もう一度リリィって呼んで」

「はい、リリィ」

「もー。はいじゃなくてもっと男らしく相づちをうちなさいよー。せっかくのムードが台無しでしょ」

「すっ、すみませんリリィ先輩」

「あーっ、また先輩っていった!」


 ツンとそっぽを向いてムスッとするリリィ先輩。困ったなぁ……。


「……リリィ」

「ん? なになに?」

「リリィ!」

「きゃーっ、私の名前を呼んでくれたー。うれしい!」


 面倒くさいな……。でもルナ先輩の言うとおりに彼女を受け入れないと。


「ねぇ、どうして戻ってこようと思ったの? 聞かせて」

「先輩達が背中を押してくれたんです。自分。あのとき分らないといいましたよね」

「ええ……とても心が傷つく言葉だったよ……。私、声の力を使っている身だから人一倍言葉の力の影響が受けやすいの」

「常に自分の声を耳にしているからですかね?」

「ええ、そうよ。昔は大変だったけれど。今はもうアルシェさんのおかげでこうしてカリトくんとお話ができるまでに成長したの」

「あっ……リリィさん……」


 彼女の手が俺の太腿に触れる。その手つきがすこしエッチだったので思わず反射的に変な声を上げてしまった。


「ふふっ、可愛い声だね。私も君みたいに可愛い声を出すことはできるよ」

「いっ、いまはダメですからねっ!?」

「いいじゃないの。ここに居るのは2人だけ。時間はまだまだあるよ」

「いやそういう意味でいった訳ではないんですけどね……」


 彼女のスキンシップの仕方が徐々に変な感じになっていく。


「だっ、ダメですよ!」

「きゃっ!」

「あっ……すみません……」

「…………痛いよ」


 右手を左手で庇って痛そうにさするリリィさん。とても悲しそうな表情をしている。どうして? と目で訴えかけてくる彼女の視線が胸にチクチクと来て罪悪感がこみ上げてくる。


 俺はここでミスを犯したことを実感した。


「どうして私を拒むの? 戻ってきたのは何の為だったの? まさかレフィアに言われたから。ルナさんから言われたから来たの?」

「…………」


 俺は答えるタイミングを間違えてしまった。無言のまま言葉を選んでいた間にリリィ先輩の表情が更に鋭くなっていく。


「許せない……。私をバカにしに来たんだったら出て行って。もう貴方とは恋をしない……! さっさと出て行きなさい!!」

「リリィせんぱっ――うっ……!?」


 頭が割れる……!!!? 思わず反射的に両手で頭を抱えて悶え苦しむ。


「あぁ……あぁあああああああああ!!!!」


 頭の中に映像が流れ込んでくる……!!!! これは……誰だ……? 目の前にフラッシュバックの映像から、セピア色の映写機の映像が映し出されている。その中で動く人は……。


「リリィ先輩……?」


 似ている。けど今の彼女の容姿とは違う。俺の見ているのは可愛らしいドレスを身につけた小さな女の子だ。とても楽しそうに綺麗な庭の中でボール遊びをしている。でも顔立ちに面影がある。これは……彼女の記憶なのか……?


 そしてその直後。俺は眩しい光と共に意識を取り戻したのだった。


「――だっはぁっ!!!?」

「えっ……うそ……私の力が効かないの……?」

「先輩……?」


 さっきまで見ていた女の子の顔と、いま目の前で驚いているリリィ先輩の表情が重なり合う。


「さっきのは何だったんだ……」


 説明のつかない現象を目の前にして思考が追いつかない自分。ふと。


「ごめんなさい! あなたを傷つけてしまってごめんなさい!」

「先輩……?」


 リリィ先輩が俺を強く抱きしめた。そして彼女はまたシクシクと泣いた。


「先輩……」


 俺は彼女の身体を抱きしめ返す。あたたかい。女性の身体はこんなにも温かいんだと初めて俺は知った。優しい香りがしている気がする。


「自分に嘘をいうような事を話すけどいい?」

「どうぞ」

「貴方は私の王子様。私の声の力を唯一受けないたった1人だけの男性。貴方のことがもっと知りたくなったわ。どうして声の力を受けないのかが気になったの。それとさっきの恋をしないは嘘よ。ごめんなさい」

「いいですよ先輩。気にしないですから。先輩このまま聞いてください。僕から貴方に提案があります」

「うん」

「僕とここを脱出して。そして仕事が終わったら。1日だけの恋愛関係をしませんか?」

「嬉しいよカリトくん……!」


 彼女の抱きしめる力が強くなる。俺もそれに応じて強く抱きしめ返した。

 


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