80話:1日だけの恋愛関係なら その1

「あれお客様どちらに行かれるのですか? そちらは一般様のフロアでございますよ」

「ごめん……ちょっと夜風に当ってくる」

「はーい」


 通りすがりの嬢に話しかけられた俺は適当な言い訳を告げて先輩達の元へ向かった。


「どうしよう……」


 まさかあんなことになるだなんて……。

 

「明日からリリィ先輩の事をどう見ればいいんだよ……!」


 リリィ先輩はきっとお酒の飲み過ぎて本心じゃない事を言ったんだとおもうんだ。実際にレフィア先輩からは恋好きの女と聞いていたから多分そうなんだと思う。所詮。あれも俺の前で演じているに過ぎないんだきっと。


「またあった時にでも今日の事覚えてます? って聞けば良いか」


 どうせ自分も覚えていなかったと言ってはぐらかせば良いことだし。


「あら、もう帰ってきたの新人」

「ええっ!? なんか早くねっ!?」

「あららぁ? どうしたのそんな神妙な顔しちゃってー」

「先輩の皆さん……実は……」


 ロビーに戻り、俺はリリィ先輩がこの店に留まることを伝えた。理由も全てである。ただし、俺と彼女との間に起きた事は省いてである。言えるわけない。


「それで。プッタネスかと他の大手ポリスのボス達があうとされている会合の日付はいつなのかしら?」

「えと……その……」

「まさかその事を聞き忘れて私達の元に返ってきたわけ……?」


 レフィア先輩の表情が険しくなっていく。


「はい……そうです……」

「はいそうですって……ふざけるなっ!」


――バッチン!


「はがっ!?」


 何で? どうして俺はレフィア先輩に胸ぐらを掴まれて頬を引っ張っ叩かれたないといけないんだ……? 口の中で血の味がしてきている。


「バカじゃないの! あんた。その大事な情報を持ち帰らなかった事がどんな結末になるか分っているわけ! そのミス1つで部隊が全滅するのよ! いい、もう一度聞くわ。なぜ聞き忘れたの。それとリリィがどうしてここに来ないわけ!」


 その気迫のこもった表情と怒鳴り声に思わず。


「あんな事があって平然と日付が聞けるわけがないでしょうがっ!!!!」

「…………?」


 お互いににらみ合う事になってしまった。それでも俺は目尻に涙を為ながら反論しつづけた。俺は悪くはないと。リリィ先輩が突然俺に色仕掛けをしてきたこと。そして……。


「俺……! リリィ先輩の事が好きか分らないんです!! あれだけ言われても俺の気持ちには何もないんです!!」

「じゃあ、それは恋とかじゃないわね」


 ツンとした表情をしながらもレフィア先輩は的を射た言葉を返してくる。


「でも、あの人の元から離れたら急に寂しさを感じてしまったんだ……! わかんねぇよ! 自分でも何言ってるんだか! 好きって女の子に言われて答えられなかった自分が情けなかった! だから先輩と揉めてしまったんですよ!」

「話が読めないわね……」

「ちょっと良いかしらサトナカちゃん。レフィアちゃん」


 ピリピリとしたやりとりをただ静かに見ていたルナ先輩が間を割って入ってきた。


「ねぇ、1つ提案があるのだけどいいかしらサトナカちゃん」

「……なんでしょう」

「もういっそリリィちゃんと恋人になっちゃえばいいじゃないのかしら」

「……冗談のつもりですか?」

「いいえ本気のつもりよ」

「なぜです?」

「ルナ。悪いけど私は理解できないわ」

「レフィアちゃん分っているでしょ。リリィちゃんの生い立ち。あの子は恵まれない恋ばかりをしてきた女の子よ。その子がいま新しい恋を知って。本当の意味で彼の事が好きになってしまったのよ。色欲の神の力を司る彼女が目覚めた恋は私達でも止められないわ」

「色欲の神の力?」


 初めて聞く異世界のワードだ……。いったい何なんだそれは?


「サトナカちゃんにはまだ教えられないわ。ネメシスという組織の根幹を成す話だからみだりに誰にでも話せることじゃないの」

「自分が新人だからですか……?」


 自分だけはみ出し者あつかいされるのはいい気分じゃない。


「とりわけリリィちゃんは血筋が血筋だから色濃く力を受け継いでいるのよ。8割と言うべきかしら。彼女でも制御できない眠れる力がまだあって。ネメシス、いえ。アルシェちゃんはその力を悪意に使われない為にと思って組織にスカウトしたのよ」

「アルシェさんはそのことに気づいていたのですか?」

「ええ、そうね。大体この組織にスカウトされる人材の大半がそういった力を持つ人間ばかりなのよ。あなたもそうね。モンスターテイマーという神がかった力をもつ少年。かつてアルシェちゃんが。いけないわ。これ以上は言えない約束だったわね。あの子の過去に関わる話だから口外できないのよ」

「ちなみに俺は暴欲の神の力を授かってるんだぜ」

「私は無欲の神の力を授かっているわ」

「あたしはひ・み・つ」

「一人だけ秘密にしてどうするんですかルナ先輩」

「まぁ、おふざけはここまでにしておきましょう。とりあえずサトナカちゃんにはお姉さんからのアドバイスよ」


 俺はルナ先輩に伝えられたそのアドバイスを受けて。


「先輩の皆さん。お騒がせしてすみません。その、自分でも気持ちの整理が出来ていないのですが……。ルナ先輩の提案した話を聞いて俺、もう一度リリィ先輩と面と向かって話してみたいです……!」

「ふふっ、そうよ。話をしないとお互いに思っている事が伝わらないわよ。サトナカちゃんがリリィちゃんを泣かしてしまった理由はそれ。お姉さんはそうだと思うわよー」

「ふん、サイテー」

「うっ……」

「てめぇ、リリィをまた泣かしたら承知しねえぞ? っわかってるよなぁ? 土下座じゃすまさねぇぞ?」


 1部を除いてお二方ほど睨んできていらっしゃる。あぁ、責任重大だなこれは……。


「で、では……行ってきます」


 俺はリリィ先輩ともう一度向き合って仲直りする事を決意した。そして。


「リリィ……先輩……」

「シクシク……」


 部屋の入り口の前に立ち。ベッドの上でうずくまりながら鳴いているリリィ先輩を目の当りにして俺は。


「先輩もう一度あの時の話しをしませんか?」

「…………グスン。いいよ来て……寂しいよ……」


 彼女が俺を求めるようにその場で両手を伸ばしてきた。先輩の表情は泣き崩れてぐしゃぐしゃだった。俺、悪い事してしまったんだよな……。


――いいサトナカちゃん。何があってもリリィちゃんを全力で受け止めて上げなさい! そして受け入れてあげなさい! ネメシスは誰一人でも欠けるような事があれば未来が閉ざされてしまう組織なの。人間はいろんな人がいる。認めてあげなさい。肯定してあげなさい。あの子には貴方だけが心の支えになってしまったのよ! だから絶対にあの子を取り返してきなさい!


 意を決して俺はベッドに向かって歩いて行った。

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