58話:リリィは彼と恋がしたい。彼は今日も裏の仕事をする。

「クエストの依頼を受けてくれてありがとうな。おかげでこっちは気持ちよく新しい銃が作れそうだぜ。完成までには約1ヶ月は見積もってくれ。なんせこの銃はあんたが考案した特注品だ。あんたの気に入るようなモノを完璧に作らないといけないからな!」

「感謝しますカミルさん。では、自分はこれから夜勤の仕事があるので後はお願いしますね」

「おう。頑張れよ。ちなみに今日はどこに行くんだ?」

「そうですね……」


 的を外すようにしておこう。


「フィールド警備の仕事ですね」


 だが本当は違っていて。


「距離200メーター。風向きは右より7度。誤差を修正します」

「合図があるまで撃つのは駄目よ」


 真夜中の繁華街。その街外れにある二階建ての空き家。その二階にあたる部屋の窓際からスナイパーライフルを構えている。ターゲットはまだ現れない。


「リリィが誘導する形で子爵をベランダにおびき寄せる手はずになっているわ。問題がなければそのまま貴方のタイミングに合わせて撃っても良いわ」


 子爵と呼ばれているとある貴族の男。事前にルーノ職長から名前などは教えてもらえなかった。内部に入る人間以外には何も伝えることが出来ないんだとか。


『今回は特に警戒心の強く、あらゆる方面にコネクションを持っている貴族階級の男が今回のターゲットだ。現場のロケーションや的の名前についてはリリィとロッソのみ伝えておくことにする。それ以外の者は二人に効く事はしないように。くれぐれも頼んだぞ』


 あとでレフィア先輩にどうしてなのかと聞いてみると。コネを多く持つ人間ほど情報網が濃く、そして広いこともあって、こちらの動きが漏れてしまう危険性が高くなるからだとか。まるでスパイ映画みたいな話だなと思いながら、現実で俺がその立場にある事を知って学んだ。とりあえずメモしておかないとなと思いながら今に至るわけで。


「レフィア先輩。出来れば頭は撃ちたくないです」

「ええ、今日はその殺しでいいわ。こっちも的に色々と聞かないことがあるから」

「了解です……」


 顔には出さずに心の中でホッと胸をなで下ろす。

 今日でこの仕事に就いて1週間くらいになる。最近になって思った事がある。


――気づいたら俺。人を撃つことに対して躊躇しなくなってしまった。


 誰かに何がどうと説明しようにも理解してもらえないかもしれない。

 今の環境に慣れて自分でも分るくらい感覚が麻痺しているんだと思う。

 だからこうして今、テーブルの上で依託射撃の姿勢で待ち伏せをしている。


「そういえば君。知り合いのつてで聞いたのだけど。新しい銃を考案して作ってもらってるんだってね。本当なの?」

「……ええ、そうです。そろそろこの銃から新しい物に更新して腕を上げたいなって思って。それと狩りをするときに今のままだと効率が悪くて」

「なるほどね。確かにその銃だとせいぜい人を撃つくらいしか使えそうに無いわね。それはもう捨てるのかしら?」

「いえ、これは村の師匠からもらった大事なお下がりの武器なんです。大事に整備して残しておきたいですね」

「思い入れのある武器なのね。わかるわ。私も自宅に飾ってあるから」


 俺は何を話しているんだろうな……。今から人を撃つっていうのにこんな雑談をするだなんて。もう何度繰り返してきた事だろう。


「そういえば話が変わるけれど。リリィが最近よく君の事でいろいろと聞いてくるのだけれど」

「ん? リリィ先輩がですか?」


 なんだろう? 俺、彼女に何か目をつけられているのかな?


「うん。よく君の事が知りたいって。私の知っている事を教えて欲しいってね。私も正直君とこうして付き合って間もないから。彼女には分らないわって言葉を返してはいるけどね」


 なんかリリィ先輩は一方的な感じに俺の事を詳しく知ろうとしている節があるようだ。俺の事を知って何をしたいのだろうか?


「何がしたいのでしょうリリィ先輩」

「それが分ったら私も困らないわよ。あの子が好きな事といえば……」

「好きな事といえば……?」

「恋……かしら?」

「…………ん、いまなんて言いました?」

「だからあの子は恋することが趣味で好きな事なのよ」

「あーっ、なるほど俺をからかっているんですね先輩! 俺ってそんな持てない奴だから信じるわけにはいきませんよ!?」

「途中で動揺して言葉を返すと説得力に欠けるわよまったく。まぁ、あの子の事だから気にしないで。君には選ぶ権利があるからね。女の私からのアドバイスよ」

「忠告ですか? まぁ、気には留めておきますね」


 それよりも今は仕事に集中しないとな。既に奥の託邸で状況は始まりつつあるわけだし。現在、リリィ先輩が言葉巧みに力を使って子爵を魅了し、そのままベランダに引きずり出そうとしているところだ。もってあの男は3秒くらいだろうな。それを俺が狙い撃って制圧するのが自分の仕事になる。ちなみにリリィ先輩は風俗嬢を演じ、ロッソ先輩は付き添いのボーイを演じている。


「来たわね。いい位置取りよ。君が狙い撃ちやすいように彼女が気を遣ってくれているわ。チャンスよ」

「はい、撃ちます」


 俺はすかさず上機嫌にリリィ先輩とイチャこらしている子爵の足に狙いを定めて引き金を引いた。


「命中。よくやったわ。さぁ、撤収よ。あとはあの2人に任せておきましょう。これで私達の作戦が実行に移せるわね」

「作戦……ですか?」


 レフィア先輩の口から初めてそれを知った。


「ええ、ここでは話せないけど。近い日になるかしら。廃墟都市で作戦を行う事が決まったの。その過程で必要な情報を集めるためにここ最近動いていたわけ」 

「廃墟都市……」


 ミステルさんから少し聞かされた事がある名前のフィールドだ。昔に大きなモンスターによる天災が起きて壊滅したのだとか。


「ええ、廃墟都市内で大手ポリスによる非合法の実験が行われているらしわ。内容は分らないから調査するの。それと同時に、組織に有用な物であればそれを押収する。もちろん悪人達は全て殲滅するわ。職長からは君もついてくるようにと命令が入っているから来なさい」

「また後で日程について教えてください」

「ええ、いいわよ。じゃあアジトにもどりましょう」


 絶対に行くさ。アルシェさんが出してきた取引を遂行する為にも。そしてモンスター牧場にいる3人の為にも俺はこの仕事をやらないといけないから。

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