46話:つかの間の明るい日常のひと時その2

「んー! 朝日が気持ちいいぜっ!」


 今の時刻は9の刻だろう。良い感じに外は涼しく、そしてボルカノの街中は爽やかな感じで賑わっている。こういう場所に立っていると今自分の置かれている状況を忘れてしまいそうだ。はやく家に帰って寝よ。少し眠気が吹き飛んだ感じがしているが疲れはある。


「飯はどこで食おうか」


 そういえばバタバタしていたこともあって夕食というか朝食を取っていない。


「いつものギルドの酒場で旨い酒と一緒にヴェルズチキンの炙り焼きを楽しもうか」


 決まればさっそく行くのが男というもんだ。だれる身体に鞭を打ちながらいつものギルドの集会所へと向かった。


「いらっしゃーい。あら、サトナカじゃない。朝から酒だなんて」

「俺が朝っぱらから酒飲んじゃいけないのかよ……」


 集会所の酒場に着いて席を着くなり、明らかに厳しめな塩対応をしてくるウェイターのお姉さんこと、名前は何だっけ? まぁいいか。


「いいえ別に。また女の子を変な目で見るために仕事をさぼりに来たのかなって思ってさ」


 相変わらず安定の変態扱いの自分である。うん、今に見てろよ。金持ちになってあんたの事ひいひい言わせてやるから覚悟しろってばよ。


「それで。お酒の注文以外は何? 女の子はメニューには無いわよ」

「うるせえ。とりあえずヴェルズチキンの炙り焼きひとつとブレッド頼むわ。今日は夜勤明けでとにかく肉が食いたいんだよ」

「はーい。おつとめご苦労様」

「……たく」


 肩をすくめながら立ち去っていくウェイターのお姉さん。名前覚えたら金をチラつかせてキャーダイテー! って言わせてやりたくなった。


 そんな事を思いながらしばし待って酒と料理がテーブルにドカッと並べられる。


「おまたせ。ごゆっくりー」


 それなりの愛想といった感じで商品を運び終えたウェイターのお姉さん。そそくさと自分の居場所に戻っていってしまった。


「名前が聞けなかったな」


 ちょっと残念に思った。ムカつくけど見た目が可愛かったので本気で名前を教えて欲しかったのだ……。



 そんな彼の様子を遠くから覗き見している人物がいた。


「ふむふむ。仕事が終わるとああやってギルドの酒場で晩酌をするのね。これは良い情報材料だわ。彼に同じ料理を作ってあげる時が来たときは是非腕を振るって上げてうへへへへっ」


 途中から残念な笑い声を上げているのは里中狩人に恋する乙女こと、リリィ フォステルである。周りの通行人はリリィの事をうわっ美人とか背中から見て思ってはいるが、本人は全く気にしておらず、彼に夢中である。


「ねぇねぇそこの可愛いお嬢ちゃん。なにしてるのかなー?」


 チャラい感じの男がナンパを仕掛けてきても、彼女は完全に自分の世界に入っており聞いていない。


「そんな事してないで。俺と良い事しようよ」

「……あっちいって」


 自分の世界に邪魔者が入ってきたことに気づき、リリィはたった一言だけ言葉を発して、


「わっ、わるかった……じゃあな……」


 彼女の声の力でナンパ男は退散していったのであった。


「あっ、美味しそうに食べてる……。私も一緒に食べたいなぁ……」


 彼の事も含めてである。


「あっ、あれはバタービアだ。安酒だけど、彼にとっては大事な至福のいっぱいなんだね。ビアは苦手だけど、特訓して飲み慣れようっと……」


 とにかく彼に気に入られようと猛勉強中のリリィである。


 そんな彼女の視線をことごとく気づいていない里中狩人は。


「あぁぁああああうみゃあああああいいいい!!!!」


 完全に一杯だけで出来上がってしまっていた。バタービアのアルコール度数は17で、呂律が回らない程の酔い方は一般的にはしないはずだと思う。


「うぃっひっく、疲れてるから酔いが回るのはやいぜぇ……」


 という事を呟いているのをリリィは目の当りにして。


「あっ、お酒が弱いのかな? うーん、ちょっと楽しい時間を過ごすときにはネックかな……」


 リリィはお酒を飲みながら恋する人と楽しい一時を過ごすのが好きなので、彼の酔い方をすこし残念に思っていた。


「うい、ごちそうさん」


 しばらくして食事を終えたサトナカはそのまま集会所を出て行こうとしていた。リリィは雑踏に身を隠す準備を始めて彼が入り口から出てくるのを待ち伏せている。特に前にでてどうこうするつもりはなく、遠目にストーキングしながら彼の事について知るために今日は情報収集をしているだけだ。


「さて、家に帰るか……」


 集会所から出て入り口に立つ里中。ボーッとした表情を浮かべつつ顔を赤くしてふらふらと歩き出す。


「…………次は何処に行くのかな君は?」


 少し距離をあけつつ見られない形で後に付いていくリリィ。彼女に触れられていく人達が色香に当てられて、少しときめいた表情をしながら過ぎ去っていく。


 しばらくして里中狩人に近付く者が現れた。


「うぁ、あれって黒銀のミステルだ。なんで? 大手ギルドの副団長している女がどうして彼に近付くの……?」


 不安と驚きと共に銀色のドラゴンメイルに身を纏う黒銀のミステルを見てそう思っているリリィ。しばらく観察をして見ることにした。


「やぁ久しぶりだねカリトくん」

「あぁおひぃしゃしぶりですみすでるざん」

「おやおや酒臭いなって思ったら朝っぱらから飲んでいたのか。大丈夫なのかい。君、まだハンターランク的には大変な時期だろ?」

「いえいえ、それだからこその酒ですよぉ~」

「うーん、ちゃんとシャッキリとした君の事が気に入っているんだけどな――」


――ガタッ。


「……ふぅ。危ない危ない……」


 周囲の人は気づいていない。なぜならリリィはその言葉を聞いた瞬間に苛立ちを感じ、素早く路地に隠れてストレスと発散したからだ。それで現在は建物の角から怖い目つきでミステルを睨みながら様子を伺っている最中である。


「ん、なんだか研ぎ澄まされたナイフのような視線を感じるが……」

「なんです?」

「お、ちょっとだけ酔いが醒めたか。いや、さっき変な視線を感じてだな……」

「そうです……?」

「ほっ……」


 さすが大手ギルドの副団長している女だ。私の殺意を素早く察知するとは恐れ入る。と、そう思いながら胸をなで下ろすリリィ。


「まあ、いい。こんな平和な街にモンスターなんていないしな」

「可笑しいことをいうなんて」

「悪い悪い。まぁ、ここで立ち話もアレだし。カミルの店で込み入った話でもしようじゃないか」


 その末尾の言葉を耳にした瞬間。


「えっ、それって……?」


 リリィの脳裏に嫌な記憶が蘇る。だが、


「君が前に言っていた新しいボルトアクションライフルの材料。それに必要なモンスターの指名依頼クエストが入ったらしいから。良かったら受け取りに行こうでは無いか」


 彼女の思い違いであった。


「あっ、ハンターの仕事の話だったのね……」


 少し冷静さを欠いていた自分に対して反省するリリィである。


「うーん、これ以上は尾行は難しいかな……。相手が相手だしね」


 あの黒銀のミステルがあの子と繋がっていたとは……。と、未だに驚きを隠せずにいるリリィは。今日の所はこれくらいにしてアジトに戻ろうと思い、そのまま帰路向かって暗闇の中へと消えて行った。



 そんな彼女の尾行を築くはずも無く。里中とミステルはカミルの店に訪れて入っていく。


「らっしゃーい。おっ、今日はデートかな」

「冗談はよっ、よせって……。私達はまだそんな間柄では無いぞ……」

「何デレてんだよぉミステルぅ! 久しぶりに会えたからって、女の顔をしちゃってぇ」


 ニヤニヤとイタズラ心丸出しでミステルをイジるカミル。今日は仕事が立て込んでいるのだろう。顔が煤で汚れているのが覗える。


「あのカミルしゃん」

「あん、なんだ酔っ払いがうちの店に何か用なのかい?」


 相変わらずのカミルの塩対応に対して、酔いが醒めないながらも里中は思った事を話す。


「もうそろそろお得意様として扱ってくれても良いじゃ無いですかー!」

「うるせぇ、そう扱われたいんだったら今すぐ10万ダラーをポンと投げつけてから言えってのがきんちょが」


 そのやりとりを間に挟まれて見ていたミステルがクスリと笑い声を上げる。


「まぁまぁカミル。ここは私の顔に免じて今日くらいはよくしてやってくれ」

「ふん、あたしはあたしが認めた客でない限りは優しくするつもりはないんだ。それになんだいがきんちょ。あんたが頼んできた変なボルトアクションライフルの設計図。至る所にセンスのかけらも感じない描き方してあるから読みづらいじゃないの。とりあえずしばらく会えずにいたから今日は徹底的に話し合ってブラッシュアップしていくわよ」

「うへぇ……。そんなに下手な設計図でしたか……?」

「ふふっ、口ではそう言っているが。お前も私みたいになっているじゃないか」

「ふんだ!」


 ツンとした態度に思わず俺は、あぁこれはまずったなと思いながら頭を悩ませてしまう。あれでいいと思うんだけどなぁ……。現代の銃をイメージして作ったんだけど……。だめか、この異世界の技術力では……?


「んで、あんたの言う1000キロからでもぶ厚い皮膚を持つモンスターに一定のダメージを与えられるっていうお題。普通に出来るぞ」

「出来るんですかっ!?」

「あったりまえだ! ミドルクラスのハンターからはな。貫通弾以外にも重量弾を扱ってもいい決まりがあるんだ。それをルーキークラスのハンターが使うってなったらギルドは大騒ぎだぞ」

「えっ、それってどう不味いです?」

「要するにだカリトくん。前例の無い事を君はやろうとしているわけさ。普通の駆け出しハンターは与えられた弾を使って頑張って戦うの常識で、君の場合は少しずれた常識で狩をやろうとしているんだよ」

「それに重量弾を扱えるのはミドルクラスとは限らないが、要するになんだ。誰でも使える代物だが、コストが掛かる。1発で20ダラーする」

「高っ!?」

「それに支給品じゃ無いものを持ち込むからギルドからは許可書をもらわないといけなくなるぜ。あんたの過去の狩猟経験の話を聞く限り、何故か大物のモンスターを狩ることが多いようだな。気持ちは分るが、いまは基礎を得る大事な時期だぜ。それすっ飛ばして狩を続けてたら痛い目見るぞ……」

「…………」


 なんてことだ。俺の考えている事って非常識なことだったのかよ。2人のベテランからのアドバイスを受けてしまうと意気消沈してしまうな。


「まぁ、あんたの出してきた設計図。パパが魂を込めて力作にしてみたいって意気込んでいるみたいだし。それにいつまでも駆け出しの武器だと心許ないだろ? だったら作らないと職人の名が廃れちまうしな。やると決めたからにはやらせてもらうぜ」

「君が強くなるのを見ていると私も誇らしくなれる。それに私も君の考えた武器が気になっているからな。頑張ってひと狩いこうでは無いか。もちろん私も協力してあげよう。副団長としてではなく一個人のハンターとして、君を応援してあげる」

「下げてからのヨイショってなにがしたいんですか。ねぇ、何がしたいわけですか? イジりたいだけですよね?」

「まぁ、細かい事は気にするな。あんたには朗報だろ。とりあえずあたしのパパが要求しているモンスターと必要な素材を集めてきてここに用意して欲しいんだ。期限はそうだな。二ヶ月はどうだい? それくらいならいけるだろ? なんだったら今からモンスターかフィールドに行って取ってくれば良いさ。すでにギルドには申請済みだし。手ぶらで行くことができるがどうだい?」

「えっ、いまからですか?」

「それはナイスアイデアだカミル! 君とはこんどいつ会えるか分らないからな。よし、今日は気合いを込めてお姉さんが色々とお金を出して上げよう!」


 なんか勝手に俺の予定が削られているのだが。


「その、今日はバイトの夜勤明けなんですよ。できたら家に帰って寝たいのですが……」

「ん? そうだったのか。それは早く言って欲しかった」

「す、すみませんミステルさん」

「まぁ、取り急ぐような用はしばらく私とクランには無いからいいさ。君の都合のいい日にでものんびり狩に行こう」

「そう行って頂けるととても心強く感じます……!」

「ちょっとあたしとパパの事も考えてよね。ああみえてパパはこの街で有名な1級クラフトマンなんだから。待たせられるのは私も含めて嫌な人なんだよ」


 これはちょっと明日からの段取りを考えていかないとイケなくなってしまったな。明日はあいつらと会って遊びたかったのだけどな。うーん……。


 そう悩みながら里中狩人は次に狩るモンスターのクエストの依頼書を受け取り、ミステルとは分かれる形でその場を後にしてホテルに戻ったのであった。


「……サトナカくん……この私を困らせる程に君の周りには女の子が沢山いるわけなのね…………。よぉーし、だったらあの子達よりも魅力的な女の子だぞってアピールしつつ良い感じにアプローチするぞ!」


 やっぱり彼とミステルの事が気になってしまったリリィ。ようやく彼らを見つけ、店に入ってから終わりまでの一部始終を、店のショーケースのガラス越しからバレないようにベッタリと張り付きながら見ている彼女であった。


「よし、急いで作戦を考えないといけないわね!」


 何やら良からぬ事を思いつく恋する乙女(?)のリリィであった。

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