45話:つかの間の明るい日常のひと時その1

――朝の8の刻。洗濯室での出来事。


 あれから俺はレフィア先輩が手渡してきた衣類の洗濯をやっていた。正直にいうと女物の衣類を洗濯だなんて何その役得とかって、大半の男達はそう思うだろう。俺もついさっきまでそうだった。レフィア先輩の下着を触れるなんておいそれと出来ないわけなのでね……。


「……て、場にはレフィア先輩のスーツ上下とワイシャツに金ダライと粉洗剤。これでどうやって洗えば良いんだよっ!? てか下着はどうしたんだよレフィア先輩っ!?」


 なんとなく黒い袋で手渡されてからここで見て察した。昨日着ていた下着はそのまま着けて先輩は就寝したのかもしれない……。あるいはシャワーか何かをしていた際にどこかに纏めて入れる自分用の洗濯カゴがあって、それを自分で洗うか洗濯屋に渡して仕事を任せる為、この場所にはないのどちらかなのだろう……。もっと仕事で信頼を得ていかないとこの先下着を洗うだなんて無理だな自分……ははっ、残念……!

 それは兎も角だ。洗濯という日常作業の枠の中で、俺の中に定着していたのは機械。つまり洗濯機を使った方法しかしらないのだ。洗剤類とボタンを操作して出来るアレしか知らない。だからそう、


「水を入れて洗剤を入れてかき混ぜてからのゴシゴシになるのかな?」


 原始的なやり方だけどこれしか思いつかない。我ながらに生活力の低さに思わず落胆のため息をついてしまうばかりだった。

 ちなみに今までこの世界に着てからは自分で洗濯をしたことが無かった。だってやってくれる業者があるなら利用すべきだろ? 時間が勿体ないし、それに定額制で使い放題の所を利用していたから経済的だと思ったからやらないんだ。


「よし、できた」


 ひと通りの衣類を洗い終え、あとは軽く絞って蒸気室に持ち込んで乾燥させるだけだ。

 それから5分後に蒸気室にある吊り棒を使って、衣類を手早くハンガーみたいな用具を使っていき、そのまま頼まれていた雑用を無事に終えることができた。


「少し遅れたけど。俺もそろそろ寝ないとな……ふぁぁ……」


 疲れがピークに達しながら雑用をこなし、そのまま床につきたいという欲求が体中に満たされていく。


「でもここで仮眠をとっても何か言われそうだしな……」


 どのみち明日は休暇だ。姿をくらましてもその次の翌日に顔を出せば良いし。


「このまま伝言だけ書いておいて連絡板に貼り付けておこうか」


 なにか連絡事項があればそこに残せとレフィア先輩に教えられたとおり、俺はそのままオフィスルームによって自分のデスクに座った。


「ルーノ職長以外の先輩達はどこで寝ているんだろ……?」


 睡眠を妨害しない程度の声量で独り言を呟きながら伝言を紙に記入していると。


「何してるのー?」

「あっ、リリィ先輩」


 どっかから湧いて俺の背後にいつの間にか立っていたリリィ先輩が声をかけてきた。あれ、俺の記憶では既に眠りについて夢の中にいらっしゃったのでは……?


「ふむふむ。今日はこのまま街に戻って自分の部屋で寝ると」

「はい。それでそのまま翌日まで休暇を頂こうかなって思っておりまして」

「別にそんな律儀に書かなくてもいいのよ?」

「えっ、そうなんですか?」

「うん。レフィアは堅い子だけど。他のみんなは特段その辺に関しては曖昧かなー。あそうそう。私の声。普通に喋っているけどね。ルーノ職長。これくらいでそう簡単には起きないから大丈夫だよ。ただ途中で起こされると怒るから気をつけてね」

「さ、さじ加減の難しそうな感じがしますね……」


 まだここに来て2日だ。ルーノ職長の人となりが分らないからな。


「ふふっ、最初はそれくらいの声でいいと思うわ。それよりも」

「はい」


 ん? 何だかリリィ先輩の目つきが急に大人の女性っぽくなったぞ? いったい何だ急に?


「今日から暇なのよね?」

「ええ、そうですが……」

「よかったら君の住んでいるお家。私に見せて欲しいなぁ~って、思っているんだけど。どう?」

「…………」


 えっ、それってつまり……!? これって女の子を男の部屋に連れて行く展開なのか!!?


「ごっ、ごめんなさい先輩! まだその気持ちの整理が付いていないので……!!!? おおっ、おつかれさまでしたぁっ!!!!」

「あちょっと声大きいって!! んあぁもう!! あーあー、逃げられちゃったぁ……。まぁ、そう簡単に誘いに乗らないわよね。ちょっと残念。でも、そこがウブでいいのよねぇ。ますます好きになっちゃうわぁ……」


 恍惚とした表情を浮かべて里中狩人の事を思うリリィ。私欲丸出しの恋する乙女。なので彼女の得意分野で今日は彼をアプローチしてみて、好感度を引き上げていく作戦を幾つか思案している。


「まずはストーキングから始めないとなにもできないわね!」


 プロスキルの無駄遣いとはこういうことだな。と、目をつむるフリをしながら恋に励むリリィの様子を観察するルーノであった。

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