43話:里中 狩人の正義
大貴族アルーシャ・レン・エルバード公爵邸の襲撃が滞りなく終わり、邸卓の前にある建物の屋上で待機をしていた里中 狩人はルナとロッソが正面玄関から出てくる所を遠巻きに見ていた。
「あっ……終わったみたいですね……」
「あの2人に仕事を任せたら早いから助かるわ。リリィ。的の尋問を任せても良いかしら?」
転落防止用のパラペットに背中を預けて退屈そうに髪を弄るリリィ先輩。
「えぇ、いってくるわ」
冴えない感じでレフィア先輩に言葉を返すリリィ先輩。あまり気乗りがしないようだ。
「じゃあ、よろしくね」
「はーい。じゃあね、新人くん! また後でね♥」
「あっ……はい……」
「なに呆けてるのよ!」
――ガシッ!
「いだっ!?」
「ったく……」
「すっ、すみませんレフィア先輩……」
リリィ先輩の声に魅了されて思わず呆けてしまい、レフィア先輩から一発げんこつをくらってしまった。
そんな俺達のやりとりを楽しそうに笑みを浮かべながらこの場を立ち去っていくリリィ先輩。
それからしばらくしてリリィ先輩の後ろ姿が見え、先輩はそのまま正門から邸宅の方へと向かっている。
「新人。リリィが建物の中に入るまでその場で狙撃による援護をしなさい。中はあの二人に任せていいわ」
「よ、ようするに銃をここから構えていれば良いだけなんですね……?」
その後はロッソ先輩とルナ先輩がリリィ先輩の護衛をしてくれるのだろう。
「そうね。ここに私達が来る前までにはあの二人が警備兵を含めて制圧している段取りの筈だから。ただ、リリィの周辺におかしな奴がいないか見ていれば良いだけよ」
「いたらどうしますか……?」
「えっ、それはもちろん問答無用で殺しなさい」
俺の使う銃はモンスターを狩るためにあるんだ。……できれば人を撃ちたくない。だが、先輩の命令には従わないといけない。
「りょ……了解です……」
「大丈夫。なにかあればルナが身体を張ってリリィを守ってくれる筈よ」
彼女のなりのフォローなのだろう。でも、自分にとってはあまり意味を成さない言葉だった。いやだ……人を撃ちたくない……。
「お願いだ……リリィ先輩の前に誰も出てこないでくれ……」
「…………」
いまの弱気な自分の言葉を聞いていたのか分らないけれど、レフィア先輩は双眼鏡越しに前方の監視に集中している様子だ。聞き流してくれていれば良いのだけど……。
ふと、ロッソ先輩が出撃する前に、俺に聞いてきた言葉を思い出す。
『なぁ、新入り』
『はい、なんでしょうロッソ先輩?』
『新入りにとって自分の正義はなんだ?』
『えっ?』
「俺の正義は……」
分らない。今日一日でネメシスに入ったばかりの自分に何があるって言うんだよ。その時はロッソ先輩の質問にはちゃんと答えられなくて分らないと答えてしまった。そしたらロッソ先輩は、
『いいか。この仕事は分らないでは済まされない。アルシェの姉さんに誘われて入っただけの理由だけだと。この仕事はそう長くは務まらないぞ。いいか自分の正義を持ってそれを貫くんだ。いいな?』
と、難しくてよく分からないアドバイスをしてきたのだ。
よくよく考えると、日本からこの世界にやってきて、ただモンスターを狩るハンターとしてのんびりとやっていこうと昨日までそうやって生きてきた。
だが、日を追う事に自分の周りの日常が変わってきて、今日からはこんな目に遭っている。正直慣れない。慣れていたくはない環境だ……。
アルシェさんの体験した話を聞いていなければ、俺は当にここから逃げ出していたかもしれない。そしたらまた元の日常に戻れただろう。少し歪な感じにはなってしまうが。
「アルシェさんの相棒の最後の話を聞かなければ良かったな……」
そうぼやいていると。
「新人。前方11の刻。距離は330メーター。なにか黒い影がリリィを監視しているようだ。確認してくれないか?」
「…………あっ、はい」
レフィア先輩が邸宅内で何かを見つけたようだ。指示は途中までしか聞けてないが、とりあえず聞き取れた指示通りに銃を構え直してスコープを覗いて確認をしてみると。
「……レフィア先輩。直ぐに射殺した方がいいかもしれません……。あれ、スナイパーです。武器はクロスボウのような物をリリィ先輩にめがけて構えています……」
「取り急ぎ弾着調整しなさい。射殺を許可するわ」
「りょ……了解です……うぅ……」
今すぐ嫌だといいたい……! でもやらないとリリィ先輩が矢で射貫かれてしまう……! 考えろ自分……! 先輩も納得するような狙撃を……!
「レフィア先輩。お願いがあります」
「何?」
「相手の武器を破壊するつもりで撃っても良いですか……?」
その言葉を聞いたレフィア先輩は、
「…………1回だけなら許す。失敗したらあんたの頭を撃つから」
つまり……覚悟を示せというわけか……。だったら気持ち的にも楽になれるわけだ……!!!
「じゃあ、遠慮無く撃たせてもらいます……!!!」
息を100まで吸って10吐き出して90で止める。まだ駆け出しだった時に村で教えてくれた教官の言葉通りにやれば良いんだ。
まだぶれているけれど。自分の正義が少し見えてきた気がする……。ただ、今は目の前の正義を貫こう。そう思いながらセーフティレバーをオフにして引き金に指をかける。
弾着の誤差左右1メートル。上下のブレ無し。風は無風。ストレートコースど真ん中でいける……! 使用弾薬は狩猟用の風帽付の貫通弾。これならいける……!
「いきます……! ファイア……ッ!!」
その言葉と同時に引き金を引いて身体に来る反動を軽く押さえつける。
一発の銃声が鳴り止み。そのスコープ先に見えている標的は。
「うん、重傷ね。よくやったわ。あれなら私でも納得してあげられる成果だわ。お見事よ」
「はぁ……はぁ……やったっ……」
狙った先とは少しずれてしまったが、相手の片手を射貫くことに成功した。これで相手はクロスボウを撃つ手段を失った事になる。
「うん、ルナが気づいてくれたみたいね。リリィを迎えに行ったわ」
それと同時にロッソ先輩が飛び出して倒れているスナイパーを仕留めに向かっていった。
「そういえばルナ先輩ってボディーガードの仕事をしていらっしゃったのでしたっけ?」
「ん? ボディーガードって言う言葉は分らないけれど、元何処かの貴族様の警護隊長を任されていたらしいわ」
「そうなんですか……」
「でもああやってミスをするからクビになったのだけどね」
リリィ先輩を狙っていたスナイパーの事を言っているのだろう。さすがにあれは不可抗力だと思うんだけどな……。
「とにかく引き続き周囲の監視を怠らないこと」
「了解です!」
少し気分の高揚を感じながらも続けてリリィ先輩の動きに注視するのだった。
ちなみにレフィアがルナに言った言葉は間違いである。
「あら、新人の割にはちゃんとやるじゃないの。嫌いじゃ無いわ!」
実は既にリリィを狙っているスナイパーの事については気づいていた。
ルナは新人の里中 狩人の力量を計るために、既にターゲットに向けて懐に銃を忍ばせながら、新人の失敗をフォローする為にその場に待機していたのだった。
そんなルナの行為を横で知りながら新人の活躍を見ていたロッソは。
「新入り。どうやらお前の正義は見つかったようだな。ははっ」
笑顔で里中 狩人を迎え入れていたのであった。
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