41話:人狩り専門のハンター・レフィアと恋好きのリリィ


              ―1―


――ボルカノを裏で支配する事を目論んでいるギャング組織『猟犬』。その頂点に立つボスであるアルバードは、いま目の前で起きている事についてまったく理解できず、回路が熱暴走で停止したPCのように、ただ呆然と目まぐるしく流れている恐怖に対し、怯えながら壁際にベッタリと地面に座ったまま涙を流しつづけている。


「あっ…あ、あ、あ、ぁあ……!!!?」

「あらぁ? どうしてそこで泣いちゃってるのかなぁ?」

「り、リリアン! い、いいいたい目の前でぇなにがおぎでいるんだぁっ!?」


 ついさっきこの酒場で知り合ったばかりのすっげぇ美人のいい女。赤い派手なドレスがその我が儘ボディと似合っていて、思わず声かけちまったら『うふっ、あなたぁ………いい男かも……うふっ』と言葉を返してきやがって、それであれよあれよと良い感じになってそのまま上の階のベッドルームへ一緒に行ったらこの有様だ。


 部屋に入るなり黒服の男女が待ち構えていて、そのままあっと言う間に銃を向けられてしまう始末になっちまった。思わずリリアンが俺を騙したのかと問い詰めたのだが。


「ひっ、ひどいっ! せっかく良い感じにあなたとセックスができると思っていたのに……っ! ひどいわ……! てか誰よこの人達はっ!!」


 と、泣きながら癇癪混じりに言い返されてしまったので思わず開いていた口を閉ざす羽目に……。これは振られたなと俺の長年の経験がそう物語っている瞬間に出くわしてしまったのだ。


 そこからはこみ上げてくる怒りにまかせて野郎共を集めてドンパチ騒ぎに発展した。こっちはアサルトライフルを装備した腕利きの兵隊共だ。対して相手は二人だぜ? 常人のハンターでも正面向かってかち合うわけがない。

 男は場所に似合わないようなオンボロのボルトアクションライフルを持ってきていやがる。たいした野郎だ。昔の開拓時時代のガンマン気取りのお坊ちゃんとみた。修羅場を何度もくぐり抜けていた俺がそう思う事だから間違いない。


 あの男は人を撃ったことのないしょん便小僧だ。もう笑うしか無い。ああいう奴をつかって俺達は世のため人のために金を稼いでいるわけなんだからな。


 しかし……男は兎も角だ……。隣のほっそりとしたいい感じのボディラインをしている赤毛の女は見る限りプロだ。それも相当やばい奴だと直感で分った。


 得物は銀の回転弾倉式の拳銃を両手で二丁持っていやがる。あんな芸当があたかも毎朝聞く目覚まし時計のスイッチを押して止めるかのように、奴は俺の大事な仲間達をいとも容易く脳天に銃弾を送って撃ち殺していきやがる……!


 こいつは殺し屋だ。それも人狩り専門のハンターだ……! 何処の組織からの回し者なんだ!? こんな相手に対して立っていられる奴なんていない。俺だって自信満々にいられたのもほんの数分までだったからな……。

 おかげでいま、目が見えないし、全身が麻痺しちまって動くことも立つことも出来ないときたわけだ……。


――リリアンこと、リリィ フォステルのハニートラップに引っかかってしまったアルバードは、あまりにも自身に対する嫌悪感と情けなさに悲愴しており、自身の女好きがこうも命の危険を招くことになるだなんて……と、これは仕組まれた事であるにもかかわらず自分を責め続けていた。


 そんなアルバード。リリィから見ればただのキモ豚にしか見えていない。喋る汚物を吐き出す豚。サファイアのように輝いていた瞳孔を開かせ、アルバードを侮蔑の眼差しで見ている彼女は心の中でこう思っている。


(あぁ、新人君の晴れ舞台をこの目で見れないのが悔しいわ……! レフィアがこのおっさんに対して色仕掛けして頑張ればよかったのに! 何よ! 色気より血の気の方がいいだなんて! それだから男運がないのよ! てか、私が新人君の教育係やりたかった! 何よ、先着順って意味分らないわ!)


 要するに里中狩人の側に居られないことに対するレフィアヘのクレームである。プンスカプンスかと怒っている。


 表を能面で被りつつ裏ではご機嫌斜めのリリィである。


「……さっさとやっちゃいたいけど。レフィアから見てろって言われてるしなぁ……」


 なお、彼女の呟きはアルバードには聞こえていない。リリィの能力で彼女の言葉は何も聞こえないように催眠をかけられているからだ。


 リリィの仕事は二階のベッドルームで的を監禁する事だ。下で騒がしく二人がドンパチをしている間。彼女は身に纏っているドレスをアルバードが目の前にいるにもかかわらず、その場で脱ぎ捨てて元の服装に着替え直している。これもアルバードには見えていない。彼女の言葉の力で自分は盲目の男であると暗示をかけられており、一時的に目が見えなくなってしまっているのだ。念の為に身体は麻痺して動けないという暗示もリリィはかけている。


 地面に落としていた、超小型の手のひらにすっぽりと収まる銀色の拳銃を右手で拾い持ち、リリィはそのまま立哨の姿勢で待機状態に入る。


「……サトナカくん。可愛かったなぁ……」


 リリィの恋心は多感だ。昔からいつもそうだったなぁと彼女は思いだしている。


「レフィアが泥棒猫じゃないといいわね……」


 リリィは里中狩人の事が気になって仕方ない。私より年下の男の子はストライクゾーンという趣味を持っている彼女にとっては絶好の恋愛対象である。リリィは今年で24歳。そろそろ結婚しろと手紙を介して両親が催促してきており、このような仕事柄のこともあって毎度返信に頭を悩ませている。


「はぁ……。名前がカリトくんだったよねぇ……、ちょっと変わった名前をしている男の子……。純粋無垢で汚れの無いあの目。食べてみたいなぁ……」


 なお、性的な意味を込めてである。ヤンデレ顔なのは彼女の職業病からくる癖である。本心は至って普通である。


「いやでもいきなりは苦いと思うし、熟してからの方が……うふふ……」


 今日もリリィの頭の中はエッチな妄想でいっぱいになっている。


              ―2―


「ちょっと新人サトナカ! なに私ばかりに仕事やらせてるの! ちゃんとしなさい!」

「うぅ……ノイローゼになりそうです……うぅっぷ!!?」


 人の頭から血が噴き出す瞬間を見て平然としていられるわけないでしょうがっ!! 銃撃の片手間に俺を睨み付けられても酔った顔で言葉を返すしか出来ないし。そもそも銃撃戦だなんてFPSをすこしだけやったことあるだけで、本物の銃を使って人を撃ち殺すことなんて俺にはできない相談だ。


 そもそも俺はハンターだ。モンスターを銃で狩るのが仕事だ。人を殺すためにある銃なんかじゃない……。


 とりあえず俺はその場で体調不良の振りをしてやり過ごすことにした。


 怒号とも言える激しい銃撃戦が静まりかえって終わり、


「まったく情けないわね。……まぁ、今日は多めにみて上げるわ。私も人を殺したときはそんな感じに近かったから」


 そういってレフィア先輩が俺の身体を腕で持ち上げて介抱してくれた。

 それに甘んじて身体を預けたまま立ち上がった瞬間。


「おぅぇっ!?」

「ちょ、なにいきなりゲロってるのよぉっ!? うぁ……ズボンの端にあんたのやつ少し掛かっているじゃ無いの……!!」

「す、すみません……!」


 下を直視するよりもレフィア先輩の怒り顔が怖すぎて目が自然と釘付けになってしまっている。


「あとで洗濯しなさい。やり方は口答で教えるから」

「わ、わかりました先輩……」


 ゲロのせいで今日の洗濯係に任命されてしまった。レフィア先輩の前でビシバシされながら洗濯だなんて想像したくないな。

 とりあえず。隣の血まみれのホラーな光景は流し目に留めておく。また吐き気を催してしまいそうだったから。


「さっ、いくわよ。的のいる部屋に。今頃はもうリリィの仕事で監禁された状態で待っているはずよ。あとは色々と尋問して処刑するわ」

「…………」


 次から次へと来るやばい言葉に思考が追いつかない。俺はただ黙って二階に向かうレフィア先輩の後を追いかけるだけしか出来なかった。


「どうする? 尋問して処刑の段取りで考えているけど一緒に立ち会いたい?」

「えっ……」


 そりゃぁ……ノーと言いたいが。先輩にそう言われたら振りだと日本人なら当たり前なわけで、


「どうしたい?」

「いっしょに見学させてください……」

「体調管理も仕事の内よ。それでも一緒に入るなら覚悟しなさい」

「わ、わかりました」


 いよいよマフィアやアクション映画でもみたことのあるような展開が訪れようとしている。そんな緊張感と共に、高鳴る心臓の鼓動に理性で堪えながら部屋へとレフィア先輩の後に続いて入っていく。


 中に入ると部屋の中央で全身下着姿の男がイスに縛られた上体で座らされていた。その隣には、俺を見るなり柔和な表情を浮かべたリリィさんが立っている。


「こ、このアルバードが切り抜けられなかった物事など1度だってない!! 切り抜けてやるさ!! あぁ、切り抜けてやるぅ!!」

「ちょっとうるさいから黙らせてリリィ」

「は~い、うふふ」

「うっ……」


 リリィ先輩が目の前でアルバードと名乗る男の耳に顔を近づけて何かを囁くと、男は意識を失ったかのように騒ぐのを止め、頭を上下にうっつらうっつらと揺れ動かし居眠りをし始めだした。

 

「別にそこまでやらなくてもよかったのに」

『うるさい人は1度眠らせてから起こした方が効率が良いのよ』


 さっと筆談を書いた画用紙を掲げてレフィア先輩に言葉を返すリリィ先輩。


「さすが尋問のプロといったところかしら」

『まぁね♥ そうしないと興奮状態で精神的に追い詰めたらよくないから♥ そうしないと玩具であそべないでしょ♥』

「ほどほどにね」


 玩具とはなんぞや……?


『じゃあ、さっそく尋問を始めたいのだけど。どうする? 痛いやつか気持ちいいやつか。どっちが良いかしら?』

「情報によるとそいつは女好きらしいから性的な拷問でいいんじゃないかしら? ほら、気持ちいいのをもっとしてくれと言わせながら情報を引き出すアレよ」

『うーん、でも新人君には刺激がつよいシーンばかりになっちゃうから。後で個別に彼にもやらせてくれるならやってもいいわよ♥』


 勝手に先輩達の間で自分の貞操が勝手に取引材料にされているのがもの凄く嫌なのだが。こうみえて俺は初めては好きな人にあげたいというこだわりがある。なので、


「か、かってに俺の貞操を奪おうとしないでくださいよっ!!?」


 と、取引を邪魔した。するとリリィさんがもの凄く悲愴感にあふれた表情と涙で俺を見つめてきて…………あぁ、罪悪感が……。


「はぁ、だめよ。そっちの拷問は無し。初日でやめられたら組織としては困るから却下にするわ」

『は~い。残念』

「ほっ……」


 レフィア先輩の機転が上手くいって俺の大事な身体は守られた。あとでお礼を言わないと。


「じゃあ、痛い方は私が専門分野だから。とりあえずリリィは尋問を任せるわ。サトナカ。あなたは扉の前に立って廊下の警備を任せるわ」

「りょ、了解です!」


 言われたとおりに俺は扉に張り付くようにして立哨を始めた。

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