38話:ネメシスのオフィスルーム

「ここが私達の書類仕事をする部屋ね」

「はぁ……すごく清潔感があるっていうか……」

「殺風景っていったらコロスからね? これ全部私が一人で整頓しているのだから。余計なひと言しゃべったら容赦しないわよ?」


 なんで次に言おうとした言葉を当ててしまうんだよレフィアさん。

 ストレージルームの案内を受け終えて次に来たのはここ。部屋の中央にシンプルな鉄製のオフィスデスクと黒革のオフィスチェアーデスクがセットで対に6つ並べられているという、いかにも昔ながらの日本様式の事務室みたいな所だ。デスクの周囲を囲むようにして書類棚が所狭しと並べられており、部屋の奥の上座的なポジションには上長専用の高級そうな書斎机が、同じく高そうな茶革のレザーチェアーと一緒に鎮座している。


 その部屋の中に一人のピンクショートの髪をしたスーツ姿の女性がいた。その女性は上長のデスクの近くでこちらに背を向けてリズムよく飛び跳ねている。あれは……見なかったことにしようかね。背中越しからバルンバルンと揺れている胸がヤバイぞ……。


「オタク、オタク、オタク、はいっ、はいっ、はいっ、ふぅう~!」

「……あれなんですか?」


 でも隣にレフィアさんがいらっしゃるのでガン無視はできそうにない。

 てかあの踊りは今は懐かしの……あれじゃないか……!? まさか異世界でアレを見ることができるとは……。すんげぇ涙が出てきちゃいそうだぞ……!?


「あーっ、気にしないで新人サトナカ。アレは遊んでいるだけだから。とりあえずあいつの事は気にしないで頂戴。いい、気にしないで頂戴。いいわね、答えは聞いていないから?」

「だったらなんで同じ事を聞いてくるんですか」

「とりあえずあの子はあとで私がこの手でコロシテヤルから。オフィスルームで踊るなってなんど言っても聞かない奴には丁度良いわ。新人君に対する見せしめにもなるしね。つまり死ねってことよ」

「えぇ……」


 初対面から時間が過ぎて間もないが、レフィアさんのコロシテヤルはただの口癖だと思って良いのかな……? 意外と真面目で堅そうな女性で言葉遣いの荒い人なのかもしれない。接し方には気を遣わないといけないな……。正直苦手なタイプだ。


「とりあえずここでいろいろな書類の仕事をしてもらうことになるから。一応先に言っておくと、最初は先輩達の書いた書類を纏めて整理して色々としてもらうことになるわ。じゃっ、次はトレーニングルームにでも案内しようかしら」

「よ、よろしくお願いいたします」


 要は最初にする俺の仕事は雑用がメインになるというわけか。それで給料が破格と来たのだからしばらくは楽にさせてもらえそうだな。

 とりあえずレフィアさんの後に続いて次の案内先に向かおうとした。ふと。


「新人くん。レフィアちゃんの言葉遣いはアレだけれど。実はとってもウブで可愛いんだよ~。うふふっ、また後でお話ししましょうねぇ~。ばいばーい」

「今のは幻聴よ。あなたは壁越しから聞こえてくるロッソのエロゲーを耳にしているだけだと思い込みなさい」

「えっ、えぇ……」 


 チラッとレフィアさんから目をそらし、甘いアイドル声で話しかけてきたまだ名前を知らない可愛い先輩に見惚れてしまう。まるでその出で立ちはアイドルそのものにも思えてくる程に端麗な容姿と可愛らしい顔つきが特徴的な女性だった。

 彼女ともっと話してみたかった。お近づきになってみたかった。まるでそれは疑似恋愛のようだ……。てか、今日から一緒に仕事をするのだからいつでも近づき放題。要するに……アレだ……。


「うん、この職場まじで最高だっ!」

「うるさい新人。だまって歩いてついてきなさい」


 ピシャリとレフィアさんにつめたく言われるも、俺にはそんな言葉など気にすることはなく。むしろいい感じだ。いつでも聞いていたい気分だ。何だからあの先輩の事を思うと心が満たされていく感じがするな……。


「ちなみにもう掛かっているみたいだけど。あの子の言葉を真に受けてはいけないわよ。あれでも制御して君に話しかけてきているからまだいいけど。本気を出したらあの子。言葉で人を殺せるからね?」

「…………えっ?」

「あの子の武器は話術。もちろん普通の武器は使うわよ。人並みだけど。モンスターを相手には無理だけど対人戦では頼れる奴よ。声を使って男女関係なく始末できるわけ。初対面なのにああやって距離をあっと言う間に縮められてしまうだなんて駄目よ。あの子なりの挨拶とテストだから。次にあの子に会う時はそれ相応の耐性をつけて接しなさい。やられるから」


 そういえば俺……人見知りだったよな……? それを忘れてしまう程だなんて……。


「まぁ、そうしょげないの。安心しなさい。あの子はあなたの教育係には向いていないから、ちゃんと適任のスタッフをつけるわ」

「わ、わかりました……」


 なんともまぁ気まずい状況にいながらも、俺はレフィアさんの後に続いて行く。


「ちなみにあの子の名前はリリィ フォステルだから。覚えておきなさい」

「リリィさんですか……」


 リリィさんの話術の力が解けていない今の自分にはまるで恋の予感を感じる言葉の響きだった。

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