37話:ネメシスへようこそ!
薄暗い地下通路。その中を足音を響かせながら歩き、俺は唯々前へと進んでいく。
「……地図に書いてある場所まで行ってこいって無茶言うぜ……」
アルシェさんの適当さに辟易しながらも、指定されたアジトと呼ばれる場所まで向かっている。こんな事をしている自分に言い聞かせてやりたい。
――チュウチュウ。
「さすがに地下通路だ。ネズミの声が暗いところから聞こえてくるな」
ネズミというより、それに近い小型のモンスターなのだろう。
この世界には古い欧州様式の下水施設みたいなのが地中にあって、その中を俺は歩いている。正直にいってとても臭うし、普段の狩でもこんな強烈な場所には行かないから余計に精神的に参ってしまいそうだ。
「えと、ここのT字路を右か。ん? 左なのか?」
すこし地図の読み方を間違えただろうか。若干場所の把握が上手くいっていない。それもそのはずだ。ここはいわゆるちょっとしたダンジョンみたいな場所になっているからだ。
「あっ、ここはこうか」
危うく道を間違えるところだった。この地下施設には番犬ならぬモンスターが特定のエリアを徘徊しており、組織の秘密を守っているのだとか。
そのモンスターはアリゲーターの姿をした恐ろしい奴なのだとか……。
「そんな奴と出会わないように、正解のルートを覚えていかないといけないのか……」
あえてそうすることで組織を守ることが出来る。まだ入団前だけど、とても大事な事だと言うことはよく分かる。
「なんだかこう、怖い物見たさって言うのかな……。すんげぇ興味あるな……」
職業柄、こう、見たことの無いモンスターをこの目で確かめてみたいという。いわゆる職業病的なところがあり、そう思っているところがある。
「まぁ、それはいいか」
いまは指定された時刻に間に合えばそれでいい。モンスターの姿を見るのはまた今度にしよう。
「えと、そうだな……。よし右に行こう」
ルート的にはあってそうだ。途中になると目印があると聞かされているので、その辺までたどり着ければ大丈夫だろう。
それからしばらく道なりにマップを使って歩いて行くと。
「おっ、あれが竜の尻尾のマークか」
赤い竜の尻尾が描かれた落書き。その壁に描かれている尾の先側に正解ルートがある。とりあえずそこを頼りにしつつ、繰り返し更に奥深くまで進んでいくと。
「あ、扉がある」
緑で塗られた所々さびがついている鉄製のドアが見えてくる。あれがアルシェさんに教えられたアジトの入り口だろう。
「よし、ノックするぞ」
最初はノックで挨拶をする。すると次にやることが、
「だれ?」
鉄ののぞき窓から女の声がする。
「合い言葉をいいます」
「……復讐の女神の名前は?」
これは間違いだ。つまりそのまま組織の名前を伝えてしまうと大変な事になる。
「創造女神の1人の名前はネメシス。邪悪な物を払いのけ、正義ある物に力を授ける正義の力を司る女神である」
事前に伝えられた合い言葉どおりに話した。すると、
「あなた。名前は?」
「サトナカ カリトと言います。アルシェさんに今日ここに来るようにと言われてきました」
「そう、あなたがあのモンスターテイマーのサトナカ……」
「はい、そうです」
モンスターテイマーと呼ばれるのは正直慣れてないが、そう断言した方が良さそうな感じだった。どうやら組織間では俺の通り名は『モンスターテイマーのサトナカ』で呼ばれているらしい。
「入って。そこに居座ってるとそろそろあいつの巡回ルートになるから」
「あいつ?」
「知ってのとおりファットアリゲーターがここを通り過ぎるの。あの暴食獣に食べられたいのかしら?」
「いえ、嫌です」
「なら入りなさい」
――ガチャ、キィィ……。
「お邪魔します」
「邪魔って、あなた今日からここで寝泊まりするのよ?」
「えっ?」
黒いスーツ姿に、赤毛ショートの艶やかな髪を下ろした美少女が目の前に立って俺を見つめている。
それはどういうことだろう……。
「アルシェさんから聞かされてないの? 基本、アジトで寝泊まりして仕事をするの。休日以外は寮には戻れないと思って頂戴。ようするに宿直業務が最初の君のお仕事になるわよ」
「えぇ……何もそういった話し俺、全然アルシェさんから聞かされてないのですが……」
「あぁ、あの人は基本適当なお人だから気にしないで。とりあえず彼女の尻拭いは私がやるから安心して」
ボスなのにアルシェさん。スタッフに尻拭いさせるだなんて。
「わ、わかりました」
「うん、よろしい。じゃあ、入りなさい」
「失礼します」
「ようこそ。ネメシスの地下アジトへ。こころから歓迎するわ」
「うぁ……すげぇ綺麗だ……」
地下通路の汚い様式とは違い、アジトの中を狭い通路を伝って歩き、たどり着いた先に待っていたのはとても清潔に整えられた1LDKの広い、アメリカンな感じのカントリーリビングだった。その部屋の中央にある黒革の大きなサイズのロングソファーで、1人のスキンヘッドにクロスーツ姿の男性がリラックスした様子で居眠りをしている。コミック雑誌をアイマスク代わりにしている所に対し、思わずなんか変わった寝姿だなと思ってしまった。俺でもあんな使い方をしないぞ……?
「ちょっとロッソ! なにだらしない姿で居眠りしているわけ? 交代の時間にはまだ早いわよ!」
通路とリビングの境目で赤紙の美少女がスキンヘッドに黒スーツ姿の男性に声を上げる。
「……ふが。……ぁあ? なんだよ……少しは仕事をさぼっても良いだろ……? どうせ今日はただ部屋で待機しているだけなんだからさ……」
「バカ。今日は新人の教育っていう大事な任務があるじゃないの! ふざけたこと、これ以上いうなら容赦しないわよ……?」
凄い。彼女の背中からとてつもない赤い殺気がこみ上げてきている。マジだ……。
実際に彼女の両手には、赤と金色に輝く回転弾倉式の拳銃が握られており、明らかにそれでロッソと呼ばれている男性を殺す気でいるようだ……。
「……んたく。おてんばなんだから可愛いお嬢さん。そんな怒ってると後ろにいるヒヨコちゃんがおびえてちまうぜ?」
「……くっ、いいように言ってくれるわよねまったく……。まぁいいわ」
両手の拳銃をクルクルと回して素早く目に見えぬ速さでしまう赤紙の美少女。その神速の技に思わず俺は普通に見入ってしまっていた。なにあれ、めっちゃ俺もやってみたいなっ……!? 12発だってやってみたい!
「おとなしい方が映えるってもんよレフィア」
「言ってくれるのは勝手だけど。口を慎みなさい。あなたより立場は上なんだから」
「おうおう、こんな場所で権力行使ですか。お堅いことだ。まぁ、とりあえず口げんかは止めておこうぜ。とりあえずそこのヒヨコちゃん。お前の名前は?」
「あっ、っと、サトナカ カリトです。よろしくお願いします」
「うむ、なるほどな。君がモンスターテイマーのサトナカと呼ばれている男か。んで、今日はモンスターを連れてきていないのか?」
「はい、いつものようにモンスター牧場で留守番してもらっています。今日は初出勤日なので」
「じゃあ、次からはここに連れてくるってわけか」
「アルシェさんの許可があればですが」
「無駄よロッソ。あなたの考えている事は手に取って分るわ。おおかたあなたの趣味に付き合わせたいだけでしょ? あんたの趣味に付き合ったら碌な事無いんだから……」
その口からすると。レフィアさんはロッソさんの趣味に付き合わされて嫌な思いをしたのだろう。一体どんな趣味なんだ……?
「俺的には良い感じの趣味だと思うんだけどな……。映えるし」
「思い出しただけで腹がたってきたわ……。ねぇ、殺してもいいかしら?」
再び神速の速さで拳銃がレフィアさんの両手に握り締められる。
「冗談だレフィア。とりあえずその拳銃をしまえ。喧嘩っ早いたらありゃしないぜ」
「だれがそうさせているのよ」
「まぁ、兎も角だ。こんな俺達だが、最後まで仲良くしようなミスターサトナカ」
「よっ、よろしくお願いいたします……」
顔にかけていた雑誌を手で下ろし、ソファーに座りながら握手のジェスチャーをしてくる精悍な顔つきのイケメンのロッソさん。俺もそれに答えようとおもって彼に近付いたのだが、そうしている内に終わってしまい、居場所がなくなってしまった。
「ほら、行くわよ新入りのサトナカ。いまからあなたが使うストレージルームに案内するわ」
「は、はい!」
スタスタとリビングを後にしようとするレフィアさんの背中を追いかけながら、俺は彼女の後につづいて行くのであった。
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