36話:調査報告
クモカマキリこと、スパイダーソードマンティスの調査クエストを終え、俺とサンデーはギルドに戻ってとある場所に赴いていた。
--コンコン。
「はーい、どうぞー」
「サトナカです。入ります」
執務室の部屋越しからアルシェさんの気の抜けた返事が返ってくる。
俺は相手の応答を待たずに部屋に入室する。サンデーは入り口前で待機だ。
「やぁ、数日ぶりだねー。今日はどんなようかな?」
「……あんたがこの前依頼してきた調査報告の結果を手渡しに来たんだよ」
「あららーとても怖い顔しちゃってるわねだぞっと。さて、あなたをおちょくるのはこれくらいにしておきましょう。あなたには強引な形で調査依頼をさせてごめんなさいね」
ペコリと軽く会釈するアルシェさん。
「本当なら手続きを踏まえてやるべきことだったじゃないのか? 事務とか何かしらの処理をした上で俺に渡されるのじゃ無いのかよ」
「まぁ、そうなのよね。でも、それをしてしまうといけないこともあるのよ」
「どういうことだ?」
目の前のテーブルに体を預ける形で両膝をつき、そのまま両手を組んで真剣な表情を浮かべ、アルシェさんはかけている眼鏡を白く光らせながら話しを始める。
「これはね。いわゆる秘密のクエスト。あなたにしかできない調査クエストだったのよ。そしてこれは私からの挑戦状でもあったわけなのよ」
「秘密のクエスト……俺に対する挑戦……」
「物は試し的な意味合いなのよ。あなたがテイムしたモンスターの実力の把握と、あなたに対する評価を自身で確かめたかったわけ。この前にあなたが話してた一緒にクエストを受けられるように計らって欲しいという要望。あれを実現する上で可能かどうかを知りたかったわけ。部屋の前で待っている女の子をアマーリエに連れていかせたのはこの私よ」
「あっ、あんたが牧場から連れ出したのかよっ⁉︎」
「ええそうよ」
「きっぱり答えられると。清々しくも感じてしまうな……」
「曇りのない言葉で話すのが私のポリシーよ。事実を伝えているのだからよく聞きなさい」
「最初、ある提案をしようと思ってあなた達に会いに行くつもりで牧場に行かせてもらったの。そこで会えたのはサンデーちゃんだけだった。最初は私のことを見て驚いたり警戒していたわね。ご主人また新しいメスを連れてきたなって。なんの話かはよく分からなかったわ。でも誤解を解いていく形で彼女と話をしていくうちに次第に仲良くなって、そこであなたの代わりに提案を聞き入れてもらったわけ」
「サンデーからそんな話を聞いてないぞ。てか提案って何なんだ?」
マジであの時サンデーからそのような話を聞かされていなかったので、どうやって脱走したのが詳しくわかった。何勝手なことしてくれているんだよ……。おかげで牧場のオーナーからクレームが来たじゃないか。危ないぞっと一言で。てか俺の意向を無視してあいつ……なに勝手なことを……。
まぁ、あいつを1人にさせてしまった俺が悪いからな……。
「それはね。あなたに私の管轄する直属のギルドに加入してもらいたいのよ。今回の調査クエストはある意味で入団テストも兼ねてたわけなのよねー」
「ねーって……えっ、ええええええええええぇっ⁉︎」
あまりにも衝撃的な誘い。
「ちなみにあのクエストの意味合いとしてはね。ああ言ったクエストをよくこなす組織なんだぞって言う示し的な意味合いが含まれていたわけなのよねー。要するにー。英雄物語の御伽噺とかでよく語られる暗部組織の一員として働いてもらいたいってなわけなのよ!」
「暗部組織……」
いかにもこのハンターという職業における暗い部分の象徴ですよーと言わんばかりの言葉の響きだ。
「そう。でっ、名前はネメシスっていうの」
「ネメシス……まるで復讐を実力行使で強引にやるヤバイ名前ですね」
「…………ん? ちがうわよ。ネメシスっていうのは神話時代から語り継がれている伝説の創造女神の1人の名前よ。邪悪な物を払いのけ、正義ある物に力を授けてくださると言われているわ。正義の力の象徴を司る由緒ある凄い女神様なのよ」
「へぇ……」
「まぁ、それは兎も角よね。とりあえず名前だけは知ってもらえたわけだし。あっ、そうそう。この組織の名前を聞いた限りは他言無用よ。少しでも喋ったら直ぐにメンバーを伝って私に報告が上がるから。つまりあなたは私と出会ってから監視されておりまーす! 君には組織としての付加価値があるから手を出さないわ。代わりに聞いてしまった相手を……ね?」
「ねっって何ですかっ!? そんな事聞かされたら怖いじゃ無いですかっ!?」
嘘だろっ!? 俺が監視されていただなんて……。まったくそんな気配を感じなかったぞ……? さらに。
「そうよ。怖いわよ~。うふふ」
「わっ、わかりましたからそんな笑顔で殺意剥き出しで喋らないでくださいよ……」
「分ってくれて嬉しいわ♪」
「あぁ……普通にハンターの仕事がしたいな……」
「だぁいじょうぶよ。あなたが不思議な力を手にしてなかったらどこにでも居る極貧の三下ハンターとして毎日を送っていたはずよ」
「極貧の三下ハンターって……」
それを組織のトップの人に言われるとめっちゃ傷つくんですけどねぇ……。ははっ……泣いちゃいそう……! ありがとうな俺のチート能力よ……! 首の皮一枚つながって生きていられているぜ!
「まぁ、怖い話はここまでにしましょう。あらためてハンター・サトナカ。あなたのその実力を暗部組織ネメシスはかなり高く評価しております。あなたが入っていただければ。それ相応の地位と名誉と生活が営めることをお約束します」
態度を改めて、真剣かつ柔和な笑みと共にアルシェさんが俺を暗部組織ネメシスにヘッドハンティングをしてきている。その姿を前にして俺は酷く頭の中で悩まされた。
「……俺は。俺は普通にハンターの仕事をして日常を送りたいんです」
「ええ、その考えは正しいと思います。でも現状のあなたをみているとその普通という生活からかけ離れつつあるように思えるのです。例えばサンデーとホワイエットの二人をテイムして使役しているところとか。普通ならそのランクで倒せるはずの無いモンスターを容易く応戦して倒していたり。明らかに人並み外れた実力を備えているように私と暗部組織ネメシスのメンバー達はあなたの事を見ているのですよ」
サンデーとホワイエットを仲間に出来たのは俺の転生したときに得たチート能力の影響だ。普通ならその2体のモンスターは人間とは相容れない存在にある。だが、その不可能を可能にしたのがこの能力だ。
そして普通に倒せないモンスターを容易く相手していられているのは俺の前世のゲームで得た知識と技術力がそうさせているからに過ぎない。身体能力はそんなに高いわけでは無い。だが強い相手と戦っていく内に、自身の体面的な能力とスキルがレベルアップしているのはよく感じていた。
「確かにそうだと思います……」
「ええ、そうね。そしてこれから訪れるあなたに対する運命を教えてあげます。私の長年の経験から言わせてもらうと。あなた。このままだと確実に不幸な目にあってしまうわ」
「えっ……どういうことですか……?」
「難しく説明すると分りづらいから率直に言わせてもらうわね。あなたがテイムしているモンスターは将来的には政治的、あるいは学術的にいいように扱われてしまう恐れがあるわ。そしてテイム能力を所有しているあなたにも不幸が訪れるのは目に見えている」
「不幸……」
急にシリアスな空気が流れ始めた。俺に訪れる不幸とは一体……。
「少し短い昔話をしましょうか」
――昔々。あるところに一人の若き青年がおりました。その男の職業は村の周りに現れるモンスターを管理。そして必要なら狩りをする、いわゆるハンターという職業の前進となる仕事を小さな村でしておりました。
そんな彼にある素敵な出会いが訪れます。彼女は竜族の娘で、たまたま男の管理する村の森に羽を休めようと降りた際にその青年と湖で出会ったのです。
竜族の娘は酷く警戒しました。彼女の一族は人間による過去の虐殺劇に遭い、以降、人間は悪しき存在として言い聞かされていたため、優しく接しようとしてきた彼を竜族の娘は力で抵抗してしまったのです。
竜族の娘の抵抗に遭ってしまった青年はその場で誠意をみせます。するとその一連の動きに対して聡明な娘は理解したのです。人間は全て同じじゃないのだと。
こうして娘と若き青年は友のちぎりを結びました。娘は彼を『相棒』と呼ぶことにしました。
しかし青年は彼女の事をどう呼ぼうか悩んでしまいます。彼女には名前がないのです。
それでも青年は彼女の事を『カーナ』と呼ぶことにしました。娘は人生で初めて呼ばれた名前を酷く気に入りました。
こうして娘と青年の長きにわたる付き合いが始まろうとしたのですが、村人達は二人の事を受け入れる事はありませんでした。
目にも余る差別と迫害から逃れる為、娘と青年の二人はまだ新しく出来たばかりの火山の麓にある小さな村に引っ越しました。
そこでの生活は素晴らしい物でした。村人達は彼らを心から歓迎してくれたのです。
村の人達が受け入れた理由。それは竜族がこの地方では神として崇められていたからです。
さらに村人達が受け入れたもう1つの理由があります。青年がモンスターを倒せることを知ったからです。その当時、村人達は周辺に出没する凶悪なモンスターによって命の危険にさらされていたのです。
こうして身の安全と様々な恩恵を得た二人はここで長く住むことに決めました。
それから10年が経ち、村は国の大都市として栄えることになりました。青年が始めたモンスターを狩猟する仕事が大成功を収めたことが要因となって、周辺で噂を聞きつけた同業者達がここぞと集まったことにより、様々なビジネスが村で生まれたからです。
二人は街を発展させた功労者となりました。それと共に王国から勲章と地位が与えられました。青年はこれを皮切りにハンターズギルドを設立。同業者の職の安定化を図ることに尽力しました。竜族の娘は彼の事を精一杯影で支えました。功労者の筈である竜族の娘に対し、王家はなにも与えませんでした。彼らにとって重要なのは人間である青年だけだったのです。
それから数年が経ち、青年はモンスターテイマーの力に目覚めました。その噂はとどまるところを知らず、王家はその力を政治に利用しようと決めました。
青年はハンターの仕事ではなく、戦争の道具として扱われていくことになってしまったのです……。これが語り継がれているモンスターをテイムする力を持つ人間の悲劇の物語……なのです……。――
=2=
「さて、とりあえず契約事項の確認をしましょうっと。まず、福利厚生について話すわね。まぁ、簡潔に言えばタダで三食部屋付きの寮に一生暮らすことになるわ。味は安心して一流の料理人がメンバーに提供しているからねー。美味しいわよ。下手すると下町の料理が食べられなくなっちゃうかも」
「まじっすか……」
「ちなみにいつもは何を食べて1日を過ごしているのかしら?」
「えっ……それは……」
なんだろ。なんとなく喧嘩を売られているようにも思えるんだけど……?
「……いつも食品店で売っている半額札のついたランチボックスで三食すましています。って、何を言わせてるんだよ!」
「あーっ、よく聞く三下ハンターの食事だね……。大丈夫。今日から君はそんな辛い思いをせずに一生楽に暮らせることになるから」
「……まだ俺、入るって言ってないんだけどな……」
「でも不幸な目には遭いたくないでしょ?」
「あんな話をされたら嫌でも入るしか無いでしょうが……」
「うふふ、素直な男は好かれるわよ。もっとギルド長を見習わないといけないわよ……うふふ……あの人は素晴らしい――」
といった、毎度のアルシェさんののろけ話を小一時間聞かされる羽目に。
「――はぁ……あの人の手を触れていると胸がドキドキしちゃうのよねぇ……」
「あのー、そろそろ次の話をしてくれません? こっちは人を待たせてるんですけど?」
「あっ、ごめんなさいね。ついつい……。さて、次にあなたの現状について組織としては全面バックアップをさせて頂きたいと思っております。あなたの管理しているモンスター牧場は今日からオーナーを変えてこの私が管理する事にします。既に手配は済ませておりますので手続きは必要ないわ」
「めちゃくちゃ早とちりじゃないかよっ!?」
「善は急げっていうでしょ? ちなみに私が管理するのでタダで自由にあの広大な牧場を我が物顔で使えるわよ」
ちょっとその言葉に魅力を感じてしまうな……。
「それは凄くありがたい。だが、どう仕事をすればいいんだよ」
「ああ、ルーティンね。1週間の流れについて説明するわね。基本的に仕事の有無はシフトで自由に組めるようにしてあるわ。それぞれメンバー達には個々の事情があるから。それを尊重する形で仕事をしてもらえるように態勢を整えてあるの」
「ちなみに週に何日入れば良いんだ?」
「そうね3回は必ず朝か夜には出勤してもらうことになるわ」
「そんなんでいいのか? もっとこう5日とか」
「ああ、そうするとメンバーの自由が利かなくなるから。それにモチベーションを下げさせないためにもあえてそうしてあるの。ちなみに固定の休日は日の曜日ね。その日は私も休みたいからねー。あっ、そうそう。通常のハンターの業務も兼業してオッケーよ。そもそもこの組織は秘密だからねー。なのになんでお金が沢山あるのってなると面倒でしょー?」
「まぁ、そうだよな。で、働くとなると報酬はどうなるんだ?」
「月給制で1月に270ダラーから支給されるようにしてあります」
「270ダラーぁっ!?」
「わー至って健全な反応ねー」
「いやいや普通に考えてもそんな……」
月に270ダラーをもらえるだなんて……。破格だぞ普通に……?
「ただ働きがしたいならそれでもいいわよー」
「いや、全力でください」
「あら、残念。食い扶持が減って他のメンバーがウハウハだったのに」
あっ、ぶぅねぇっ!? 危うく俺の給料が他の人件費に回されてしまうところだった……!? マジで口は災いの元だなこりゃ。
「……組織に加入するのはいいが……。税金とかどうすれば良いんだよ」
「あぁ、その辺については安心して頂戴。組織に入ると税金が優遇されるから」
「どういう事だ?」
「要するにお国のお抱えハンターの一人として扱われる。つまりあなたは今日からお役所の役人さん。役人の地位に就くと税金が優遇されるんだけど。特にこういった秘密組織については完全に非課税対象なの。そこら辺については大人の込み入った事情もあるし気にしない気にしない」
ゴシップ好きだから気するなと言われるのは無理があるんだけどっ!? てか、それめっちゃアウトなんじゃ……。
「ただし、通常のハンターの活動で得たお金に対しては課税されるからねー。こっちの給金は非課税でぇ、そっちの報酬金は課税たいしょう。これでバランスを取っているのよー。込み入った事を言えば、非課税を課税のお金で賄うから問題ないわけ」
「どうりで毎月の税金が重いわけだな……」
いつも月に得た報酬金の合計から3割が徴収税でお役所に持って行かれている。そう考えると安くなれる訳なんだな……。片方で生計を立てて、もう片方で税金とかの出費に扱う。理に適っているじゃないか。
次第に俺はこんな美味しい仕事はないと思い始めていた。
「……わかった。とりあえず契約しようかアルシェさん。俺が何できるかは知らん。正直このモンスターをテイムするチート能力の使い道もあまりよく分かっていない。あんた達が高く買ってくれているのは正直に嬉しいが、あまり期待しないでくれよ?」
「その言葉を了承したと受け止めさせてもらうわね。ようこそ! 暗部へ! メンバーを代表してこの私が歓迎するわ!」
席を立ち、大きく手を広げたアルシェさんはその場で満面の笑みを浮かべたのであった。
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