35話:新種モンスターの双刀甲虫を調査せよ。3


「…………」


 茂みの中に籠もりながら姿勢を低く取りつつ、ブーニハットと呼ばれる帽子を目深く被り直し、意識を集中させる。


「ご主人! ご主人! ご主人ってば!」

「うっ、うるさい! 静かにしろよっ!?」


 緊張感のないサンデーに声をかけられて思わず大声で突っ込んでしまった。やめてくれ、今にもどこかでターゲットが潜んでいるはずなのに。逃げられたり、襲いかかられたりでもしたら、なにもかもご破算になってしまうじゃないか。と、とりあえず彼女に人間の狩のやり方を教えなければならない。


「いいかサンデー。いまから人間の狩のやり方を教えてやるからおとなしく見ているんだぞ」

「わかったご主人!」

「いやだから静かにしろって言っただろうがっ!?」


 声を荒げて再びサンデーに突っ込みを入れたが、俺の中では叱った部類に入っている。そのニュアンスを直感で感じたのだろう。サンデーはしょぼんと少しふて腐れてしまった。


「…………」


――ビポポポポ、ピポポポポ。


「綺麗な鳴き声だな」

「むぅ……」


 虹のような美しい光景を連想させてくれるような鳥の鳴き声がどこからともなく聞こえてくる。俺はバックパックからフィールド図鑑を取り出して両手で開き、鳥類について記された項目を探しだし、先程鳴いていた声の主の名前を調べてみた。


「……虹色極彩鳥(ニジイロゴクサイチョウ)か。特徴的なその鳴き声を発するのはオスで、子孫を残すため常日頃その歌声に磨きをかけているという素敵なシンガーである。メスは数多くのオスの中で一番心に響いた歌声に惹かれてそのオスとつがいになり子を1~2羽産む。へぇ、こんな鳥がいるんだ」

「なぁ、ご主人。私にはタダの餌にしか思えないぞ」


 なんと品の無い。あいや違う。鳥でも容赦なく餌と見なしている彼女の食い意地に対し、関心と呆れを……。やめておこう。考えても何も生産性がないことに気づく。そうだよな。生きるためにどんな肉でも食べるよな普通に考えると。


 1週間モヤシ1袋生活をしたことのあるこの身としては否定できない話だ。


「よし、奥にすすむぞ。いいかあまり大きな音を出さずに。俺の後ろか一緒についてくるんだぞ?」

「わかったご主人!」


 毎度おなじみの元気なお返事に対し、俺は肩をすくめて受け流すことにした。もうちょっとコメディー要素があると楽しいんだけどな……。無理か……。そもそも俺もそんなに陽キャじゃないし。前の世界では人のことをディスるだけのひねくれたキャラしていたしな……。自分で思って少しムカついた。


「ぼやいて考えごとしている場合じゃ無いな…………」

「…………」


 意外にもサンデーは静かに茂みを歩いている。


「お前、俺より静かに歩けてるな」

「でしょー。ふふん。これもご主人の教えてくれた経験っていう言葉のとおりさ!」

「なるほどねーって、あっ」


 俺に褒められたと感じてサンデーが得意げな様子だ。真似をしたい気もするが。人間には無理な姿勢をして歩いているので。ていうか彼女が勝手にスカートの丈を短くしているのでまじまじと見てはいられない……!


「いやまて。なんで俺はモンスター相手にエッチな事考えているんだよ」

「なんだご主人? 何か考えごとか?」

「ただの独り言だ。ほら、いくぞ」

「おう!」


 とりあえず彼女の穿いているピンクのアレは綺麗さっぱり忘れよう。


 そんな葛藤を頭に抱えながらも、俺は茂みをかき分けて進んでいく。それにしても蒸し暑い。これが密林の環境というものなのか。砂漠とは全く違った熱さと煩わしさを肌で感じている。とにかく歩きづらい!


「ふぅ……水」


 俺は弾帯ベルトに収めてある水筒を取り出し、口の中に潤いを満たすように水を流し込んでゴクッと飲込んだ。ツーとくる心地よい冷たさを喉で感じながら、


「はぁ、生き返る」

「ご主人! 私も水をくれ!」

「んっ、一口だけだぞ?」

「あーい!」


 蓋を開けたままの水筒をサンデーへと手渡した。


「んくっ、んくっ、んくっ、はぁ……」

「おい、お前。いま3回飲み干したよな!?」

「えー? そうか?」

「いやそうかっておいおい」


 誰かこいつに水の大切さを教えてくださいお願いしますなんでもしますから……! 思わず心の中で泣きそうになってしまった。 


「ふぇーん! そんなつもりじゃなかったのにぃ! あんまりだぁああああああああ!!」

「あんまりだったらこうなってない!」


 あのあとサンデーが持っていた水筒を容赦なく強奪し。素早く蓋をしてそのままバックパックの中にしまった。そしたらこのありさまである。水筒を取り上げられただけでそんなに泣くものなのか……?


「俺が水を飲んでいるのを見て、真似したかったのは分る。だけどなっ!? ちょっとは加減して飲む事を考えろよなっ!?」

「だって、水ってどこにでもあるじゃない! そんなにその中に入っている水が大事なのぉ!? あと美味しかった」

「あたりまえだろっ!? おいしい水だからな⁉︎ 綺麗な水ほどどれだけ貴重なモノか。生水なんて飲めたもんじゃないぞ! って、そうじゃない!」

「またサンデーに嫌な事するんだねっ!? そういう事だよねっ!?」

「いや、なにもそこまでは言ってないですけどねぇ……」


 このままじゃ埒があかないし。仕事にも影響がでてしまう。とりあえずここは一旦ベースキャンプにもどることに――


――ダン! バキメキ! ザザザッ!


「――ッ!」


 しうようと思った矢先のことだ。突如大きな足音と共に、右側の奥から複数の大木のへし折れる音が聞こえてきた。殺気。いや、これは強者の気配だ。いる。もしかすると俺達の探していたターゲットが近くにいるにちがいない……! 


「サンデー。いまから静かにするんだぞ……」

「……うん」


 彼女も突如感じた気配に身構えていた。さっきまでの態度とは一変して、真剣な面持ちをしている。


「……ちょっと覗いてくるからここでまってろ」

「まってご主人。さっきのお礼に私が様子を見に行きたい」

「できるのか?」

「当たり前よご主人! 私を誰だと思っているの」

「食いしん坊のメスドラゴン」

「そう! 私は誇り高きメスドラゴンよ、って、食いしん坊は余計よ!」


 メスドラゴンについては何も突っ込まないのか。


「しーっ! 声が大きいってば!」

「むぅ! いまに見てろご主人! この私がどれだけご主人の役に立つのか見せてやるぞ!」

「わかった。くれぐれも戦ったりするなよ? 見たら直ぐにもどってどんなモンスターがいるかを教えてくれればいいからな? くれぐれも本能的に襲いかかるなよ?」

「まかせろご主人!」


 心配で心配で仕方が無いのだが彼女を信じることにしよう。サンデーは茂みの中へとササッと静かに入り込んでいき、そのまま気配の感じる場所と思わしき所へと偵察に向かっていった。


「………………遅い」


 5分くらいは待ったのだが帰ってこない。まだ探しているのか?


「遅すぎるな」


 更に5分まって帰ってこなかったので、俺は痺れを切らし、彼女の向かったと思わしき場所へと向かうことにした。


「……んんっ!?」

「ぎゃああああああごしゅじんしゃまぁああああだじゅげでぇえええええええ!?」


 茂みの先に見えている開けたところで、サンデーが見てくれ構わずに泣叫びながら助けを求めていた。


「なにしてんだよおまっ!?」

「美味しぞうな虫がいだがら食べでみよと思っでぇ! そしたらいきなり白いモノで巻き付けられてこうなっだのぉ!! びぃぇえええええええ!!」


 糸巻きになって逆さにぶら下がって絶叫する姿はシュールだった。 


『フシュルルル!』


「――ッ!?」


 上から細口で空気を勢いよく吸い込むような音が聞こえくると同時に、俺の足下にネバッとした白い球が着弾する。それを間一髪にバックステップで避けて事なきを得た。だが、


「くっ、クモ……? カマキリ……?」


 前の世界の知識を元にして連想する二つの昆虫。得体の知れない気持ち悪さを兼ね備えた異形の姿の巨大な虫。体長は2メートルもあるその奇怪な姿を前にして、俺は恐怖に囚われていた。分る。この目の前の存在に俺では勝ち目が無いと。


「き、君の名はクモカマキリなのかな……? へへっ」


 と、木の上でぶら下がっている昆虫型のモンスターに問いかけてみると。


『シュウウウウウウウウウウウウウウウウ!!』


 即答で答えてくれた。とてもお怒りのご様子。すかさずライフルを構えて発砲し、そのまま横へと駆けていく。


「サンデー、今すぐ助けるからなっ! そこでおとなしくしているんだぞっ!」

「だじゅげでぇえええええええ!」


 駄目だ。恐怖のあまりに彼女はパニックを起こしている。とにかく今はクモカマキリ野郎を相手しつつ、サンデーと一緒にこの場から脱出を計らなければ。相手の様子はというといきなり大きな音に驚き、すこし怯んでいる様子だ。


 それと同時に相手の攻撃手段を予測する。あのモンスターは恐らく昆虫型のモンスターで間違いない。8本の足の内、前足の2本はカマキリのような折りたためるギザギザの鋭い鎌を両足に持っている。あれを振り回して攻撃するのだろう。そしてさっきの白いアレは恐らくクモのような粘着力のある糸なのだろう。あれで足を固めて拘束し、そのまま上から鎌を使ってバッサリと対象をハントする。


 そのような攻撃が出来るということは、確実にそれなりの知能があると思って良いだろう。前の世界の知識が現に活かされていることに嬉しさ半分、緊張感半分といったところだ。


『シュルル……」


「……次は何を仕掛けてくる?」


 さっきのように粘着弾を吐き出してくるか? それともそのまま飛びかかって鎌を振りかざしてくるのか? 様子を見ながら相手の動きを見つつ様子を伺う。


「どっちにしろ。これは調査クエストだ。死なない程度に調べ尽くさせてもらうぞ!」


 昆虫は基本的に火に弱い。だけど、こちらにはそういった類がなく、用意してはいなくて、つまり。まともに相手にするのはよくない!


『シャァウウ‼︎』


 ヒュンと鞭を振るような音と共に、左手のカマが俺に襲いかかる。それを一瞬の判断でしゃがみ込み、すかさずライフルで発砲して応戦する。


『シュウゥ!』


「どうだ驚いたかクモカマキリ野郎!」


 言葉が通じるのかは不明だ。だが俺の挑発を聞いてクモカマキリ野郎は苛立ちを募らせている。それに答える形でクモカマキリ野郎は右手の鎌で切り裂こうと振りかざしてきた。


「ははっ、見切っているから無駄だぜッ!」


 これも常日頃に鍛えてきた動体視力の賜物。相手の振りかざてくる鎌の動きが全て、ゆったりとした感じになって動いているようにこちらには見えている。


『シュルルル!――ブシャァ!』


「――ッ! やるなっ」


 両方の鎌を1度に振り下ろした直後の3フレーム。クモカマキリは素早く突き立てていた鎌を振り上げ、そして口腔から粘着弾を3発、扇状に真ん中から右へ左へと吐き出して俺に命中させようとしてきた。少し判断を見誤った。もう少し相手の動きを予測しなければ。


「他になにか隠し球でもあるのか? 無ければこちらも応戦するぞ?」


 なるべく相手の神経を逆なでしない程度に応戦するつもりだ。これくらいルーキーの俺だってどうって事の無くこなせる。


「ご主人! あいつが木に登ったら全力で避けて!」

「それはどういうことだ?」

「来るよ!」

「――!」


 ふとサンデーが横からアドバイスをしてくれた。どうやらパニックは収まったようだ。アドバスを受けた後の短いやりとりの直後。クモカマキリはその場から跳躍して、生い茂る木の葉の中に身を隠した。


「サンデー! いま降ろしてやるからな!」

「駄目だご主人! 私を囮にそいつ。ご主人をつるし上げようと狙っている! 私も木の上にぶら下がっている白い球から人間の足が見えて。それで助けようと思って……」

「……まじかよ」


 ふと上を見て目を凝らすしてみると、そこには大小複数の糸玉がぶら下がっていた。その中にはもごもごとうごめく糸玉があり、恐らくそこから脱出しようと頑張っているのだろう。だが、音を聞く限りコポコポといった水音が聞こえているのでもう助からないはずだ……。何が起きているのかは想像したくはないな。


 モンスターは人間を捕食していたようだ。その事実を知って俺は討伐しなければならないことに気づく。例えあいつは調査対象のモンスターだったとしてもだ。同じ人として仇を取ってやらないと……!


 前の世界でも似たようなケースがある事を思い出した。こうしてはいられない。戦力を整えなければ。


「とにかくあいつがエリア移動したら降ろしてやるからな! いましばらくそこで我慢するんだぞ!」

「わかったご主人! あっ」

「どうした?」

「ご主人! 来るよ! 場所はそっち!」

「いや、そっちっていわれても場所がわからんわ!」


――ブシュッ!――ブシュッ!――ブシュッ!


『シュゥアアアアア!!』


「くそっ、判断ミスった!?」


 前方のどこからか飛来してきた粘着弾に右足を取られてしまい、いわゆる拘束状態に陥ってしまった。状態異常の中でも最悪の部類に入るデバフだ!


「うっ、うわぁあああああああっ!?」


 俺が足を取られたのを見計らって、クモカマキリ野郎が真上からプレス攻撃を仕掛けてきた。着地まであと5秒。なんとしてでも回避しないと……! 


「早くしろ俺!」

「なにしてるのご主人! 早くそこから逃げて!」

「分ってる!」


 俺はナイフを使って絡みつく糸を的確なポジションで素早く切り裂いていく。そして、


「いやぁあああご主人!」

「うぅぉりぃやぁああああああああ!!」


 あと2秒のスレスレのところで間一髪。横に向けて全力のハリウッドジャンピングダイブに成功。まじで死ぬかと思ったぞ……。


――ズダアアアアン!!


「ゴホッ、ゴホッ――!」


 背中から襲いかかってくる土煙にむせつつ、目を凝らしながら背後の様子を伺うと。クモカマキリは身体と地面に対して密になるようにして濃厚接触をしていた。って、ふざけた事を考えている場合じゃないな。


「プレス攻撃をミスするとしばらく動けないのか。ならば」


 すかさずライフルを構えて発砲を繰り返す。弾倉に弾が無くなった所で一旦交戦を止めておき、相手はうめき声を上げながら身動きがとれないようなので、すかさずサンデーを救出する行動に移ることにした。


「ご主人!」

「いま助けるから待ってろ」

「そんなモノでこれキレないと思うよ!」

「なぁに大丈夫だ。これはハンターズギルドが支給してくれた何でも切れるナイフだ。ほらじっとしてろよ。あ、そうだ。頭は自分で守れよ」

「へっ」


 どっちみち切れば頭から真っ逆さまだしな。呆けた表情をしているのをよそに、サンデーに巻き付いている糸をナイフでキリキリと音を鳴らしながら切り離すことに成功した。


「へぶぅっ!?」


 ドシャッという音と共に頭から落ちてしまったサンデー。首が折れてないかと心配になったが、そうはならなかったようでひと安心。だがそれも束の間のことで、


「うがあああああっ!! ご主人酷いぞ!!」

「ごっ、ごめん! まじでごめんだから! お願いだから木から降りたいから!」


 怒れる彼女に滅茶苦茶怒られてしまいました。しかもいきり立ちながら、俺の頭を狙って噛みつこうとガチガチと口を開け閉めしながら飛び跳ねていて、彼女が勝手に変身を解除してしまう事は無いけれど、もしそうだとしたら確実に酷い目にあいそうな程の身の危険を感じていた。


 そんなやりとりをしていたら、


『シュルルル!』


 クモカマキリ野郎が再び地に足をつけて動き出した。かなり苛立っている様子。


「くそっ、遅かったか!?」

「ご主人! 早く降りるのだ!」

「いや、お前が降りるのを邪魔してきたんじゃないか。まぁ、いい。こいつをつかえ!」

「えっ、うぁっと!? 何これ」

「拳銃だ。分るか」

「分らないよ!」

「あぁ……」


 いざというときに使える拳銃なのだが。道具の使い方の知らない彼女に投げ渡したのが誤算だったことに気づく。冷静さを欠いていた行動だった。くそっ……!


「ああもう! 俺のバカヤロウ!」


 少し自分の考えのなさにやってしまった感がいっぱいになりつつも、急いで木から滑り降りて着地し、そのまま2人並んでクモカマキリ野郎と対峙した。


「どうするご主人? このまま戦うのか?」

「いや、隙をみて逃げ出すぞ」


 作戦はこうだ。まず始めにサンデーを戦闘に巻き込まないように茂みの中に隠れさせる。次に単独での一騎打ちに持ち込み、そのまま戦いを繰り広げつつサンデーにはベースキャンプに戻ってもらう。


「サンデー。お前は茂みの中に隠れていろ。俺が奴と戦って足止めする。俺が奴を足止めしている内にベースキャンプに戻っていろ。なぁに、大丈夫だ」


 とは口で彼女に言いつつも、


「……絶対に生きて帰るぞ……!」


 未知の敵との戦いにおいて、俺は初めて自分の無力さを痛感していた。……仲間が欲しいと。


「ゲームだったら平気でソロでもこんな大敵と対等に渡り合えたのにな……ははっ、情けないぜ……」


 まるで今の自分は、昔見ていたゴブリンのアニメに出てくるような、モブ冒険者に近い境遇に立たされているようだ。このような落ち度になってしまったのは、自分に責任がある。そしてこの状況をどうにかしないといけないのも自分に


「ご主人……」

「おう」


 サンデーが心配そうにしている。彼女は唇を噛みしめ、そのまま俺にこう話しかけてくる。


「いやだ。私もご主人と一緒に戦う」

「お前。自分が何を言っているのか分っているのかっ!?」

「分っているよご主人。それでも私は戦う。私にとってこの戦いには理由がある。私自身の為。そしてご主人を守る為にあるの」


 せっかくチャンスを作ったのにこの反応はさすがにイラッときてしまいそうだ。だが、それよりも。彼女の真剣な眼差しに胸を打たれてしまい、スッとこみ上げてきた怒りが収まり、そしてそれは熱い友情へと変わっていき、いまこの瞬間、共に戦う頼れる戦友として彼女の事を見ている自分がいることに気がついた。


「サンデー……すまん。お前の事を厳しくし過ぎたかもしれないな。いままでの事。許してくれ」

「なっ、なによ突然に。べっ、べつに謝ってくれるって言うなら許してあげても良いけど……?」


 突然の事で若干慌てふためくサンデーは、その場で腕を組みながら顔を横に向けて俺の視線を避けようとしていた。


「とっ、とにかく。いまは目の前のモンスターを倒すことに全力! あやまるのは後で何度でも聞いてあげるから! だから……」

「だから……?」

「ご主人のために私。この場で変身させて欲しいの」

「……帰るまで素っ裸になるんだぞ?」

「人間の姿じゃなきゃいいじゃないの!」

「いや、どのみち街に戻ったらそんな悠長なことも言ってられんぞ。モンスターが街のど真ん中にいたらどうなるか少しは考えろ」

「…………むぅ、それでも私はご主人に言いたいことがあるの」

「なんだ言ってみろ」


 俺の物言いに対してムスッと機嫌を悪くするサンデー。


 とりあえず彼女の意見を聞いてみようではないか。これでも俺は相手とは対等に接するのが主義としているからな。ちょっと頭の中で偉そうにしているのは気にするな自分。


「服は。服はいつでも着る事が出来る。だけど服を着てもご主人が私の事を見てくれていなかったら、それは服を着る意味が無いと思う! こんな私のような群から追い出されたつまはじきものに対して。ご主人はとても優しくしてくれた。私は戦う。戦わなければ生き残れない。生存競争には戦いがあって勝たないと意味がない! サンドフットドラゴンのメス、サンデー。誇りを駆けてご主人を守る為に私、人肌を脱いで変身がしたいの!」


 熱い力説。熱い言葉の数々。その言葉を前にして俺はこの場でゾクッと、得体の知れないオーラを彼女の身体から出ているのを目の当りにしてしまった。これが異世界なのか……。


「言っている意味が分らないが。言いたいことは分った」

「ならば今すぐにでも変身を――」

「駄目だ。今はその時じゃない」

「どうしてっ!? どうして許してくれないのっ!?」


――どうしてって言われてもな。お前のその言葉がそうさせたのだからとしか言いようがないだろ。


「あのな。変身する事は特に駄目とは考えてはいない」

「だったら直ぐにでも変身してもいいことだよね! ならさっそく」

「ちょぉっとまてぇ!?」

「なによもうご主人!」

「だからな……」


 ああなんだろう。もっとサンデーにはデリカシーというものを覚えさせないといけない気がしてきた。


「その場で変身するなっていいたいんだよ。とりあえず茂みの中に入って、んで変身しろ。いいな?」

「わかった!」


 さっきまで頭が冴えていたサンデーは何処に行ったんだ……?


「はぁ……服を脱いで変身しろよな」

「服の脱ぎ方わからない」

「……えっ」

「だからそのまま変身する!」

「おまっやめっ……あぁ、行ってしまった」


 俺の制止を聞かずに彼女は側の茂みへと入っていってしまった。その直後。


――ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!


『シュルルル――ッ!』


「叫び方が怪獣じゃないか」


 有り余る元気に任せて光と共に元の姿に戻ったサンデーは、その場で盛大な雄叫びを上げて参上した。そして突如現れた敵に対してクモカマキリ野郎は身を低くして臨戦態勢を整えだし、その場で威嚇の声を上げている。


「よし、サンデー! お前の強さを見せてやれ!」

「グルグル! ガアアアアアアアアアアア!!」


 サンドフットドラゴンの強みはその強靱な顎と脚力を活かした体術。そして砂を使ったブレス攻撃が得意なモンスターだ。質量的にはサンデーが少し格上といったところだろう。目測にはなるが、クモカマキリ野郎の全長は1000cmといったぐらいだろう。大してサンデーの全長は1500cmだ。


「いいぞ、そのまま隙をついて噛みつくんだ……!」

「グルル……」


 サンデーとクモカマキリ野郎が互いににらみ合い、共に円を描きながら回り歩いている。お互いに懐に入る位置を牽制しているようだ。


 しばしの牽制とにらみ合いが続き、そしてついに。


『シュルルル!』

「ガアアアアアアアアアアア!」


 お互いに埒があかないと感じたのだろう。共に飛びかかるカタチで衝突し合い、そのままもみ合うカタチで戦いの火蓋が切られた。


「すげぇ……」


 目の前で繰り広げられている戦いを見て思わずだが。俺は大怪獣バトルの特撮モノを目の前で見ているかのような錯覚に陥っている。


 そう思っていると、サンデーがクモカマキリ野郎の臀部を背面からその顎で噛みついた。その強靱な噛みつき攻撃に対し、クモカマキリ野郎が悲鳴を上げながらもがき苦しんでいる。


――ブンッ!――ドシャァ!


『キュゥ――!?』

「グルルゥ!」


 サンデーに噛みつかれ、クモカマキリ野郎はそのまま大木にめがけて投げ飛ばされて悲鳴を上げた。


「よし、そのままサンドブレスでトドメだ! いけ!」

「ガルルゥ! フンスッ!」


 サンデーはその場口を大きく開いて息を深く吸い込む。そうすると彼女の前方にある地面から大量の砂が吸い上げられていき、ある程度したところで彼女はそのまま足を踏ん張ったままの姿勢になり、その場で力を貯める仕草をして、ジェット音と共にビーム状のブレス攻撃をクモカマキリ野郎に浴びせるように仕掛けた。


――ズザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!


 想像はできるだけしたくはないが、あのブレスには大量の砂が含まれており、それがいわゆる研磨の役割を担っていて、それに直接触れてしまうと摩擦によって身体が削られていくという恐ろしい必殺技だ。

 実際に他の的で実演をしてもらった事があったけれど、その時的にしていた大木の一部分。つまりブレスが直撃した箇所は跡形も無く消失してしまったのだ。


「ゴホッ、ゴホッ!」

「大丈夫かサンデー!」

「ぐるる」


 ブレス攻撃の直後と言うこともあって、サンデーの喉の調子が悪くなっている。ブレス攻撃の代償だ。彼女の体内でブレスに使った器官が砂でダメージを負い、しばらくの間はブレス攻撃を仕掛けることができないようになってしまった。


 だが、それに見合った一撃をクモカマキリ野郎にお見舞いすることが出来た。なんと奴の両手の鎌を切断する事に成功したのだ。戦闘が終わり次第。回収して素材として有効活用することにしよう。ふと、


『シュ……ルル……』


「まてサンデー」

「グル」


 クモカマキリ野郎は酷く弱った状態で身体を起こし、そしてそのまま森の奥へと立ち去っていった。どうやらエリア移動をするために逃走したようだ。


「ふぅ……行ったか……」


 今回は通常のクエストではない。あくまで調査だ。この戦いが確かならば、やつは双刀甲虫と呼ばれるモンスターで間違いないだろう。シルエットの写真見たいな資料がないこの世界では、目での確認に限定されている。今日中には記憶した全てを提出用の本に記載しないといけないな。


「はぁ……疲れたぁ……」

「お疲れさ――」


 変身を解いたサンデーが素っ裸で多く背伸びをしてあくびをしていた。それを何も考えずに振り向いて直視してしまった自分はその場で硬直せざるを得ず、ただ呆然と彼女の艶やかな裸を凝視するばかりだ。


「……サンデー! お前服を粗末に扱うなっ!」

「げぉっ!? なんかご主人が凄く怒っているぞっ!? にっ、逃げなくてはっ!?」


――サンデーは俺の鬼の形相を見るなりその場からスタタタと猛ダッシュで逃亡を図った。てか、足はえぇな……。


「……あっちはそうだな。ベースキャンプだし。あとでしばいてやらないと」


 と、彼女のお仕置きを考えつつも。


「うーんキャンプに手頃な布とかあったけなぁ……」


 即席の衣服を作って上げる事を考えていたのであった。


 


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