32話:みんなの人気者ホワイエット


              =1=


 アルシェさんとの話を終え、俺はいつもの見慣れた酒場に続く階段を降りていくと。


「ねぇねぇ、君何歳なの?」

「カワイイー!」

「はわわっ……」


 何やら集会所が騒がしいぞ……? 

 

「あの……あのその……あうぅ……」

「いやぁーんかわいいわ~」

「こぉらぁ、マリナってば。女の子が困っているわよ」


 えっ、女の子って……。てか、酒場の漢達が妙に慎ましくしているのに違和感を感じるんだが……。


「ねぇ、お姉さんにお名前を教えてほしいなー? お姉さん達。お嬢ちゃんと一緒に仲良くお話がしたいの」

「ほっ、ホワイエットっていいましゅ……あうう……」


 なるほど。いつもならセクハラする漢達もタジタジな訳か。ちょっかいをかけようにもできないわけだ。


 集会所の酒場が女の色めき立つ声で騒がしかったのだ。そこに男の声なんて無い。もうそこは完全に絶対領域。入ってしまえば何がおこるか……。てか、俺も近づけんぞ……。ふと、


「あっ、ご主人様! ふぇぇ待ってたよぉ……!」

「きゃっ!?」


 華奢な身体をして以外にも力のあるホワイエットに押しのけられてしまい、その場で囲んでいたウェイトレスのお姉様方達がビックリしている。


「みゅぎゅー! さびしかったー!」

「いでで、ごっごめんよ待たせて」


 もう少し加減をして欲しいのだが、幼いこともあってホワイエットの抱きしめている腕の力が強すぎて我慢出来そうにない。


「そ、それはそうと……。何があったんだ……?」


 今まで俺の居ない間に何が起きていたのか。


「ホワイエットね。ご主人様を待っていたらね。お姉ちゃん達が私に興味があってね。それで」

「あぁ……なるほどね」


 カワイイ者には目が無いお姉様方達に囲まれてしまった訳か。


「ホワイエットちゃん。その男の人は?」

「あぁ、すみませんホワイエットがご迷惑をおかけしておりました。僕はこの子のその兄でして。里中狩人といいます」

「サトナカ カリトさん。ふぅん。そうなんだ」


 何がそうなんだだよ。真顔でそう言われてしまうと気になるじゃ無いですか……!


「妹さんを置いてなにしてたの? またスタッフにナンパしてたのかしら?」

「ふぁっ?」

「あなた。この集会所でよく受付嬢にお茶しようとか名前とか聞いてきたりしているよね。みんな知っているわよ。ナンパのサトナカさん」


 なんてこったい。もうここのお姉様方達にそう見られていたのか。


「しっ、仕方がないじゃないですか。こっちだって女の子と仲良くなりたいっていう気持ちがあるんだからさ!」

「それが駄目なのよ。あなたはストレート過ぎて生理的にてかロマンのかけらが無いし。それに下心まるみえなのよ。女を甘く見ないで頂戴」


 バレてたか。俺だってソックスしたいんだよ! ふと、


「ご主人様。ご主人様はどうして女の人に嫌われているの……?」

「えっ、そ、それは……」


 俺達の会話に興味をもったのかホワイエットまで参戦してきた。やばい。ここで下手に失言すれば確実に良くない展開になっちまう。


「ホワイエットちゃん。君のお兄さんはね。女の人に対してデリカシーがないのよ」

「でりかしー?」

「そう、デリカシーよ」


 異世界でデリカシーがないと言われると滅茶苦茶つらい……。小学校時にやった告白の事件を思い出してしまうじゃないか……!?


「と、とにかくそとにでるぞホワイエット。これからお兄ちゃんが沢山お前の為にお洋服を買ってあげるからいくぞ!?」

「あうっ!?」


 ホワイエットの手をとり、俺は一目散にその場から逃げ出すように集会所を後にしたのだった。


               =2=


 それから10分後くらいだろうか。ホワイエットが俺にデリカシーって何と必要に知識を請うばかりが続いていた。俺だって知らんから彼女にはまた勉強して教えると伝えてお茶を濁すことにした。


「ねぇねぇご主人様。これからお洋服を買いに行くの? ホワイエットはこの姿でも大丈夫だよ?」

「いや、それはだめだ。駄目なんだ……」


 君をテイムした限り、幸せな気持ちになってもらいたいからな。どういうチートなのかは正直わからん。だが、犬猫を買うような扱いをしてはイケナイと分っている。ペットじゃない。この子は人型であり、周りから見れば人間なのだから。身なりはしっかりとしてあげないと。可哀相だからだ。


「俺が君と出会ってからずっとその恰好だからな。さすがに不衛生だ」


 今彼女が来ているのは古着の女の子用のドレスだ。あちこちすり切れており、ときおり動物特有の臭いがホワイエットから漂っている。もしかすると、お姉様方達がデリカシーがないと言っていたのは、この事かもしれないと思ったのだ。


「ふえいせい?」

「きたないっというわけだ」

「ホワイエットはきたなくは無いよ?」

「モンスターの君にとってはそうかもしれないけれど。人間から見たらそれは汚いんだ」

「人間って変だね」

「変って言うより学びから得た常識かな」


 実際に公衆衛生が酷いと伝染病が蔓延しやすいしな。


「それに綺麗な姿でいるとみんなから好きって思われるしな」


 異世界に来て、結構俺も身なりには気を遣うようになっていた。働くとやっぱ人って変わるんだなぁって。


「だからさ。ホワイエットはみんなの人気者になって欲しいなって」

「ふみゅ。人気者っていうのはよく分からないけれど。ご主人様のご命令なら綺麗になってみるね」


 俺の手を握り締めながら、ホワイエットはニッコリと可愛らしく首を傾げた。天使だ……。


「よし、今日はお前の為に沢山クエスト受けてお金を稼いだし。気にせず好きなお洋服を買っていいぞ」

「ありがとうご主人様!」


――仲の良い兄妹だな……。 と、里中狩人とホワイエットのやりとりを見ていた街の人達は、そのような温かい感情を抱いていたのだった。


「どうだい着心地は?」


 ボルカノで12歳用の子供服を扱っているお店はここだけだ。古い赤煉瓦造りの店舗。ここはミーミアの洋裁店というお店だ。主に赤ちゃんから14歳までの服を豊富に取り扱っており、これもミステルさんの紹介で教えてもらったお店だ。サンド・ライノスタートルの討伐以降。あれからミステルさんとは仕事の都合で会えていない。彼女もクランの活動に忙殺されているらしく、手紙を受け取ると大抵は兄のタケツカミさんについて、愚痴をこぼしているのが多く見られる。


――シャァ。


「うーん、ご主人様。ゴワゴワしてへんだよぉ」

「フリルを沢山つかったドレスだからな」


 いわゆる甘ロリドレスって言うやつだな。色は白。彼女のトレードカラーを意識した。なぜかよく似合っている。だが、俺の職業病なのかな……。実用性に乏しいと思ってムズムズしてしまう。コミケに参加するなら申し分のない恰好だ。いや、むしろ連れて行きたい。


「とてもおかわわわわ」


 うん、お店のお姉さんも大満足のようだ。てか落ち着いて。


「これ買います。いくらです?」

「300ダラーになります」

「じゃあ、これお願いしますね。あと他には」


 寝間着はいるな。あと部屋着も。いま彼女が来ているのは外に着ていくやつなので、多少値は張っても良い。


「寝間着と部屋着を3着ずつお願いします。できるだけリーズナブルでコスパが高いのを」


 ファストリテール。○クロ的な服があれば充分だ。それさえあれば事はたりる。


「つまり安くて実用性に長けたお召し物が」

「そういうことになるな」

「お嬢様をもっと可愛くしたくありません? 部屋着でも寝間着でも?」

「んん??」


 お姉さんの嬉々とした顔の裏に何か見え隠れしているのを察した自分。とりあえず適当におしゃれな奴で頼んだとサラッと受け流すことにした。


              =3=


「お買い上げありがとうございました~。お嬢ちゃんまた来てね」

「うん! ありがとう! またね!」

「おかわわわわ」


 ミーミアの洋裁店。今後も利用することにしよう。お客の希望にちゃんと応えてくれる店なんて良い店だと相場が決まっている。


 店を出て、俺達は再び人の往来が盛んな街路に赴くことにした。今度は俺の用事だ。そろそろアレが出来上がっている頃だろう。


「ご主人様! 次はどんな事をするの?」

「今度は俺の防具を取りに行くのさ」

「狩に使っている道具のこと?」

「ああ、そうだな。いずれかホワイエットにも立派な防具をつくってやるから期待していろ」

「ホワイエットはこのままでも戦えると思うよ?」


 そういえばドラゴンだったな。ファンタジーではその鱗は鋼鉄に等しく、それ以上の防御力を有しているのだったけな。


「いや、怪我をした時に困るからな」

「優しいねご主人様!」

「て、てれるな……」


 ちょっと庇護欲がそそられてしまったぞ。


 という雑談をしつつ、俺達は銃器屋ボルカノの前にたどり着いた。


「どうするホワイエット。ここで待っているか?」

「ご主人様にお任せする」

「じゃあ、そうだな……」


 選択肢が2つ。とりあえず俺はここで待っていてくれと頼んだ。


「わかった。じゃあ、お店の前でまっているね」

「なにかあったらお店に入ってくるんだぞ」

「はーい!」


 手を上げて元気よくお返事。まるで保育園児の女の子そのものだ。可愛いな。

 ここは日本とは違う。異世界の街だ。ようは外国に来ていると変わらないし、そこに住んでいるかぎり何が起きるかなんて分らない。下手をすればホワイエットが奴隷に……。考えすぎたくは無い。


「まぁ、ここは武器屋だし。人さらいが来るような場所ではないからな」


 だって、ハンターの往来が盛んなお店だもん。人さらいなんかここでしたら、ボコボコにされてつるし上げられるのが目に見えているしな。


 とりあえず俺は店の中に入った。背後から窓硝子越しにホワイエットの熱い視線を感じるのは何故なんだ……。後ろを振り向いたら顔を窓硝子に密着させて顔面崩壊している件について。


「笑いを取りに来たのか?」


 と、ぼやいていたら。


「らっしゃい。おっ、噂のルーキー。ハンターサトナカじゃないか」

「あ、カミルさんこんちわっす」

「おう」


 相変わらずの職人的なあいさつ。親父も機械工の職人だったからよく似た感じだったな。慣れてない相手になると口数が減るのは世界共通なんだな……。かという俺もこの人と話すときは苦手意識をもってしまう。


「あの、ついこの間にお願いしていた防具は完成しましたか?」

「あぁ、あれか。まさかあんたがあのモンスターを倒してしまうとはな……。驚いたぜ。最初はちょっとした嫌がらせだったが。こうして噂を聞いていると、あんた。将来大物になれる器かもしれんな」


 えっ、まじっすか。


「っていうのは冗談だ。おら、ちょっと待ってな。ギャハハッ」

「…………えぇ」


 嘘か本当なのかどっちなんだい! カミルさんが工房に入っていくのを見ながら、そう心の中でムッとした感情で思った。


「おら、これが頼まれたブツだぜ。上物だ」

「うぉ……これが俺の初めての防具か……」


 カウンターにドシッと乗せられた防具に目が釘付けに。

 いままで中古の防具で狩に赴いていたから尚更嬉々としてしまう。


「あんた。その反応だと昔っから兄貴のお古ばかりもらって育ったくちだな」

「さっ、さぁ……どうなんでしょう。記憶にはないので……」

「んっ?」

「あれミステルさんから聞いてなかったのですか? 僕、記憶喪失なんですよ?」

「いや、それは聞いてるさ。もしかしたらそうなのかもなって言いたかっただけなんだけどさ」


 あっ、なんだ。そういうことか。


「まぁ、雑談はここまでにしておこう。こいつはサンド・ライノスタートルの甲羅をふんだんに使ったライオットスーツ【強化重装甲防具】だ。基本的にこいつを使う射手は主にマシンガンナーが多いな。頑丈で打たれ強い。機動力にも長けていて扱いやすい。遠距離職のハンターが好む防具だ。もちろん。お前さんのようなスナイパーも同じだ」


 要は移動をあまりしない射撃職に向いた防具なのだろう。


「あのスキルとかあるんですか?」

「あん、スキル?」

「その防御力アップとか、狙撃時に命中率を向上させてくれるバフスキルとか」

「そうだな。こいつの場合は危険感知スキルの向上のバフ効果がついている。サンド・ライノスタートルの生態をうまく再現した防具だとおもうぞ。あとは自分で調べるんだな」

「気配を感じ取るスキルですか……」

「まぁ、この先でいろんなモンスターと戦う事になるから。時と場合に合わせた防具選びは重要になっていくぞ。場合によっては火を扱ってくるモンスターもいるからな」


 属性耐性のある防具も重要になってくるのか……。


「それとひとつアドバイスだ。武器もアップグレードしろよな。防具ばかりが狩の成功に直結しているとは言いがたいからな」

「まだルーキーランクなので収入が安定していないので。いずれかになりそうです」

「早いことに超したことはないさ。その時はこの店を頼れよな。せっかくの縁だ。これからも贔屓にたのんだぞ」

「はい、その時は是非お願いしますね」


 こうして俺は新しい防具を手にすることになるのであった。そして、


「なぁ、ハンターサトナカ。この武器はどうだい?」

「それは何ですか?」

「鉄鉱石と甲殻海種の殻で合成したレバーアクション式のショットガンだ。サイドアームに使えるように銃身は切り詰めてあるが、近距離では頼れる相棒になるぜ。値段はそうだな……1500ダラーはどうだ? おまけに背中に背負えるようにホルスターもセットでおまけだ。もれなく弾も40発はくれてやるぜ」


 あっ、欲しいけど……今日の宿代と食事代が吹き飛びそうだ。だがしかし……!


「ください!」

「まいどありー!」


 何を衝動買いしてるのだろうか。嬉しさ反面。今から夜のクエストを受けに行かないと……、と思いながら、カミルさんに差し出されたそれを手に取りながら思うのであった。

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