31話:ハンターという職業の必要性


               =1=


 アマーリエさんに連れられ、俺はギルド長が待つ会議室に案内をうけた。


「少しお待ちください」


 両開きの扉の前で待てと、軽い会釈と同時に彼女の指示を受けた俺はその場でとても緊張していた。異世界に来てというよりも、前の世界でもそうだったが、こんな重苦しい場面に遭遇したことがなくて、もう今にもお腹が痛くなりそうだ。


――コンコン。


「…………いない」

「えっ?」


 いないというのはその……どういうことだろう?


「すみません。もうしばらくお待ちください。執務室に向かわせて頂きます」

「はっ、はぁ……」


 えっ、どういうことだ? 俺は今からギルド長と会議室で面会するんだよな……? 執務室って、まさか遅刻とかじゃあるまいし。


 アマーリエさんの少し慌てた表情と共に数分くらいその場で立ち尽くしていると、奥の通路からふたりの姿が見えてきた。片方はアマーリエさんで間違いない。もう片方は……、


「お待たせいたしましたサトナカ カリトさん。申し訳ございません。ただいまギルド長は緊急の案件に対応している最中でして。改めて明日に来ていただくか、よろしければ隣の秘書の者からお話を聞いていただけないでしょうか?」


 申し訳なさそうな表情で謝るアマーリエさんの隣にいる女性に対し、俺は心の中で美人だ……と不覚にも素で思ってしまった。しかもファンタジー感まるだしの人間ならざる者だ。


「はじめましてハンター・サトナカ カリト。私はギルド長の秘書を務めさせて頂いております。名をアルシェ・カーナ・エルドラゴン。人間と共生関係にある種族フェアリードラゴン。その一個体でございます。人間でいうとその1人とでも言うべきなのでしょう」

「…………あっ」


 白に灰色の刺繍が施されたシンプルなローブ姿を纏った青髪緑眼の女性。人型のドラゴンなんて聞いたことがない。俺は未知の存在を前にして何も言葉を出せずにいた。お話の世界だったらここで気前の良い会話をするんだろうな……。俺にはそんなこと出来そうにない。


――混乱しているせいもあってか。俺は完全にホワイエットが人型のドラゴンの姿をしている事を、この時忘れていた。


「ひとつハンター・サトナカの考えている事を当ててみましょうか。あなたは今とても緊張していらしゃって。それに初めての種族を見て戸惑いと困惑と一緒に思考できる余裕がない。ええ、そうです。私のようなフェアリードラゴンは元はと言えば竜の姿をして生きています。ですがごくたまにこうして私みたいな個体も存在するのです。特に知能の高い個体の場合はそれが多いのですよ。私達は姿を変えることができるのです」


 まっ、まるで魔法みたいな事だな……。


「アルシェさん。サトナカさんが困っていらっしゃいますよ。初対面でビックリされていらっしゃるのですから。あまりからかわれるのはよくないかと」


 アマーリエさんに窘められ、アルシェさんがすこし飄々とした様子で肩すくめた。そしてクスリと顎に手を当てて挑発的な笑みを浮かべ、そのまま俺の事を見つめてきている。いや、絶対にこれ。俺の事を見下げてきているだろう。


 悲しいかな。初対面で俺はフェアリードラゴンのアルシェさんという美人に見下されてしまったのだった。


「さて、からかいはここまでにしておきましょう。あなたを使ってストレス発散させてもらったのは謝ります。さっきまでギルド長の激務のサポートをしていたので」

「あ、あぁ……その忙しいんですね」

「ええ、死ぬほど忙しいです。いつになったらギルド長は私と夜をすごされるのだろう。私が愛情込めて作った特別なお料理をいつになったら食べてくださるのだろうって」

「何言っているのかはよく分かりませんが。……大変なんですね」


 もうなんだろう。俺もう帰って良いかな? 愚痴を聞きに来たわけじゃ無いんだけどな……。


「はぁ、まったくアルシェさん。今日はそんな話を聞きにもらいに来たわけじゃないんですけど」

「あっ、あらやだ私ったらいけないわ。あの人の事になるとつい……」

「ははっ……」


 どうやらギルド長の話題は避けておいた方がいい感じがした。多分、スイッチ的なモノが彼女にはあるのだろう。あるいはフェアリードラゴン特有の生態?


「とりあえず。ハンター・サトナカ。立ち話はこれくらいにして、隣の会議室に入って続きをしましょう」


               =2=


 質素な室内にある重厚なロングテーブル席。1対1の形で面と向き合い、俺とアルシェさんの会話が始まろうとしていた。アマーリエさんは部署が違うので元のオフィスに戻ると言い、そのまま立ち去られた。話が終わり次第、迎えに来てくれるらしい。


「さて、さっそく時間も押している事だし。ギルド長からあなたに幾つか話したいことがあったそうなの」

「はい」


 ローブの懐に手を入れて、アルシェさんが一冊の黒い手帳を取り出してテーブルの上に置いた。そのまま彼女は手帳を開いてペラペラとページを捲っていく。俺に関係する話の箇所を探しているのだろうか?


「あった。えとですね。ギルド長があなたの実績報告に興味があったみたいなの。なんでも……。あなたとモンスターが共生関係。つまり、テイムパートナーになったモンスターについてとても興味が湧いたらしいのよ。かという私もギルド長と共生関係にあるのだけれど。要するに前例のない方法でモンスターをテイムしてしまったあなたの不思議な能力について詳しく聞きたいらしいのよ」


 まとまりの無い話だけど。要は俺とサンデー、ホワイエットがどうして仲良くなってしまったのか。その事についてギルド長は話が聞きたかったのだろう。急用が無ければ本人が直接この場で話を聞いていた。てか、緊急の案件ってなんだ?


「その、不思議なチカラっていうのはよく分かりませんが。自分はハンターです。モンスターを討伐してお金を稼ぐ職人です」

「ええ、そうよ。あなたはこの街の人々の生活を支えている職人の一人。あなたたちハンターがいなければこの街全体はモンスターの巣窟だったと思うわ。これも全て先人の人間が多くの犠牲と共に築き上げた結果。ハンターという職業はこの街にとって欠かせない重要な防衛機能なの」


 彼女の行っている事が大事な事なのは分る。だが、防衛機能って言われるほどの重要な職業と言われても……。あまりピンとこないな……。


「その様子だとあまり自覚がないみたいね。あなたランクは?」

「ルーキーです」

「そう、だったら遅かれ早かれ私のいっている事の大事さを身で知る事になるわ」

「……?」

「いまは楽なモンスターを相手してはいるけれど。マスターランクのハンター達は日々、命がけの戦いをもって仕事をこなしているわ」


 それはつまり。アルシェさんが知っているハンターの本質を意味する言葉だった。


「人間という種族は無力よ。何も持っていない。それでもギルド長や他の人間達は今日までを生きてきている。フェアリードラゴンの私でさえもビックリするくらいにね。オスの同士が彼らの行動を見たらきっと愚弄するわね。無駄な事をっと」

「なんかイラッとくる話ですね」

「ええ、オスは特に弱い相手を見るなりそう態度をとるからね。まぁ、私から見ればあいつらは基本的に怠け者だと思っているから、むしろ滑稽に思えるわね。人間のオスの方が働き者でよく頑張っているから、私はそっちの方が好きよ。特にギルド長は……」

「あっ、そうですね。凄いですよね」


 アルシェさんのギルド長愛はさておき、中立な立場に身をおくアルシェさんの考えは凄く共感を感じる。どちらの事情を知っているが故に出てくる言葉だ。片よりはない。平等に物事を見聞きして喋っている。


――俺は、彼女になら全てを話すことが出来るかもしれないと思うようになった。


「なるほどね。つまりほんの偶然の命がけで思いついたクラフトで、難を逃れたけれど。逆にそのモンスターの餌? あなたの思いつきで作った即席の餌が事の始まりになったという訳なのね」

「本当にどうしてこうなってしまったのか。自分でもよく分かりませんよ。知り合いの凄腕ハンターの人に聞いても。絶対にあり得ないって突き返されてしまうばかりです」

「まるで神様の贈り物というべきかしら」

「……まさか」


 俺が異世界転生した時はそんな存在と邂逅した覚えが無いぞ。むしろあんな目にあった状態で転生したのだからあり得ない。お話じゃあるまいし……。そう思いたかった。


「もし……もしですよ。僕が生まれたときに神様からチートっていう能力を与えてくださったとします」

「チート? 生まれたときに? もしかして覚えていないの? 幼い時にはそのチカラについて自覚が芽生えるはずよ?」

「記憶が無いんです。僕が目を覚ましたときは極寒の雪山だったので」

「それについても気になるけれど。つづけて。そのチートっていうやつを」

「はい。チート。つまり特殊能力の事です。僕の場合はモンスターをテイム出来るチートをもっているんだと思います。どういう理屈で話せばいいのかは分かりませんが。少なくとも僕の知る限り、普通にハンターの仕事をしていてもモンスターとは仲良くできるどころか命を危険にさらす事ばかりが大半を占めると思います」

「広義的に見れば大方そうね。能の無いハンターは自然に淘汰され、大地の糧となる。逆に秀でたハンターはモンスターを大地の糧にする。この世界でハンターとモンスターの強弱の関係はそうバランスが保たれているわ」

「ええ、僕のチート能力はそのバランスを根っから崩壊させてしまうモノなんだと思います」

「聞く人によれば危険だと思われるわね。私だからいいけれど。あなたの能力は場合によっては、利用価値のあるモノとして見られるわ。これは忠告よ。決してその能力をよそで語ることは金輪際やめておきなさい。そしてギルド長にも」

「どういうことですか?」

「トップに君臨する者ほど、利用したいと思いたくなるのよ。あなたは下でハンターをしているから分らないかもしれないけれど。人間ってこういう時に限って面倒なのよね」

「お、大人の事情ってやつなんですね」

「あなたも大人の1人よ。そこは理解しなさい」


――すいません。まったく理解できていないです。


 とはいえ、俺なりの考えは伝えた。だが、記憶喪失という設定は押し通さなければいけない。俺が、たった1人の異世界人だということを。その事を隠し通さなければならない。嘘が嘘を呼ぶ。心に宿る幻肢痛はこれからの人生におおきく関わってくるだろう。それでも俺は嘘を突き通さなければならない。


「アルシェさん。僕はこのチートでどうこうしようとは思いません。まぁ、欲を言えばこのチカラでいろんなモンスターと仲良くなりたいという気持ちはあります。そこでお願いがあります」

「お願い?」

「はい、ダメ元でギルド長にお願いしてもらいたいのですが。僕と仲良くなったモンスターが安心して暮らすことが出来るようにしてもらえないでしょうか。実は――」


 俺はいままでサンデーに起きた事を話した。


「なるほどね。学者ギルドの学者連中がモンスターの暮らしている牧場に連日押しかけてきて困っていると。知識欲の塊だからね。多分、そいつらはあなたのモンスターを使って実績を残したいのかもしれないわね」

「なんでもお見通しなんですね」

「学者ギルドの悪評はよく聞くから当然のことよ。あいつら知識を得るためなら覗きだってする輩だから」


 この世界の学者の扱いが心配になってきた。


「あと、ひとつお願いがあります」


――サンデーのお願いを実現してやらないといけないな。


「テイムしたモンスターと一緒に狩猟をする許可をいただけないでしょうか?」


 そのお願いに対し、アルシェさんの目つきが鋭いモノに変わった。そして――


「ごめんなさい。そのお願いは私の一存では判断できないわ。学者ギルドの兼についてはどうかしてあげられるけれど。前例のない狩猟方法についてはハンターズギルド全体での協議をしないといけないの。だから今すぐには許可をおろせないわ。ギルド長も恐らくそう答えるはずよ。だから今しばらくは自分の腕を磨くことに専念しなさい」


――アルシェさんの言葉に思わず、俺は残念な気持ちでいっぱいになってしまったのであった。


              =Side=


「ふぅ……」


 初対面の人間だったけど。底知れぬ闇を抱えているのを直感で感じ取った。あの子は今後注視しないといけない。フェアリードラゴンのアルシェは、執務室に散らかっている書類を片付けながらそう思っていた。


「秘書とは、よもや私が嘘をつくとはな……」


 何の意味を察しているかは分らないが、彼女も里中狩人と同じく嘘をついていた。


「モンスターをテイムするチート能力。……放っておけない気がするわ」


 アルシェの思っていることはいくつかある。だが、それは彼女の頭の中で思い描いている事ばかりに過ぎず、憶測の域でしかない。


「相棒。君はまた私の元に生まれ変わって戻ってきたのかい……?」


 それと同時に。


「……ついにこの時が訪れたか。100年に1度の災厄。歩く破壊要塞。要塞巨龍・バオレイジュロンの出没。どうする……?」


 この情報は隣国のハンターズギルドからの報告だ。動く要塞がそちらに向かって歩いている姿を遠くで観測した。その報告が正しければ、間違いなくバオレイジュロンがこの街にやってきていることになる。歩く厄災の中でも特に面倒な巨大モンスターだ。


――それともう一つ。


「自然擁護団体、モンスター愛護団体はいつになったら自分たちが私達に守られている事に気づいてくれるのよ……!」


 温室育ちのバカ共がと、アルシェは悪態を突きながら色々と対応策を考えている。これらの団体を権力でもってねじ伏せて、来るバオレイジュロンの脅威から街を守らなければならない。やることはいっぱいだ。


「あとは……そうね……ハンター・サトナカに新種モンスターの調査クエストを……お願いしてみましょうか……。双刀甲虫・ツゥインソードビートルの生態調査を……指名クエストで発注っと……」


 こうしてサトナカ カリトが次に対峙するモンスターが決まったのであった。

 

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