12話:祝杯はダイナーで
グレゴールワイバーンを討伐し終えた俺達は夜の街で少しお高めなダイナーで祝勝会を開くことになった。
「カンパーイ!」「カンパーイ!」
――チャリン!
乾杯の音頭をとり、ジョッキが奏でる透き通った音色に心地よさを感じつつ、一気にグラスに注がれている黄金色のエールをゴクゴクと飲み干していく。
「んくんく……ぷはぁ!」「ごきゅごきゅ……にっがぁっ! ははっ!」
独特の苦みとまったりとした舌触りを味わい、その直後にくるスキッとした爽快感を得た後に、口の中で残った余韻を舌の上で転がして堪能していく。これまで2度は飲酒をしたことがあるが。今回の飲む酒は格別だ。いつものように飲む酒とは全く違った趣が感じられるな。
「いやぁ、君が頑張ってくれたおかげでこうして旨い酒にありつくことができた。本当に感謝するよ」
「そっ、そんな! これもすべてミステルさんの大活躍からの賜物によるものですよ! 自分なんてあいつに対して手も足もでませんでしたから。本当に出会えて良かったですよー!」
「そっ、そうか……ふふ。いい出会いをしたものだ」
実際にそうだと俺は思う。身の丈に合わないクエストを受けてしまったんだ。だがその反面、今の自分ならと多少の自信があったが。彼女の助太刀がなければあのまま俺は確実にやれていたに違いない。本当にミステルさんには感謝だ。協力って大事なんだなと学ぶ機会を得ることができたんだ。
もしあのまま仮にグレゴールワイバーンを倒せたとしようか。あのままきっと自分はソロハンターとしての道を歩んでいたに違いない。ただ誰にも馴れることなく、1人孤独に戦う自分になっていたと思うんだ。昔の俺がゲームのオンラインでそういう事をよくやっていたし自分で分るんだ。
「ふふっ、ありがとうカリト君。だが、それでも君は私をサポートしてくれたことに変わりはないよ」
さらに。
「君はちゃんと自分の持てる力を発揮していたと思うよ」
「あっ、ありがとうございます!」
その場で勢いよく立ち上がり、自分を褒めてくれたミステルさんの前で舞い上がると。
「こらこら。そう周りの事を考えずに感情的にならないの。それは私の特権だ。君にはまだ100年はやいよふふっ」
「はっ!? すっ、すみません!?」
辺りを見ると、幸と言うべきか。周囲の騒がしい声で俺の痴態を見られていることはなかったようだ……ほっ……。いや、でも正確には事後の事は別だと言うべきか。周りの視線が1点に集中してあつまっているな。俺を見ているじゃないとなると。
「あの人……ミステルさんじゃん」
「あぁ、黒銀のミステルだぜ……緋の与一の副団長で『黒銀』の称号を持つ美女だ……」
「うそっ、あのご令嬢がそこに立つ若い男といっしょに食事だと……? どこのどいつだ……?」
「ねぇ、誰かぁ。ここにブラックワイバーン20頭を生きたまま捕獲して持ってきてくれないかしらぁ? 報酬ははずむわよぉ」
そんな事されたら街が戦場になるじゃんと地獄耳を立てつつ思いながら平静を装い。
「ふふっ、彼らはジェラシーを感じているだけさ。羨ましいのだよ私と食事を一緒にすることをさ。気にするな。君も立派な大人のひとりだろ?」
「大人と言われましても。自分は……こうこうせい……でしたし……」
事実そうだったしなー。まぁニートだったんですけど。するとミステルさんは俺の言葉を受けて沢山の疑問符を浮かべながら首を傾げて。
「コウコウセイ? 自分は学生だったとでもいいたいのか? どういう意味か分らないけど?」
「……はい、実をいうとそうだったんです」
ミステルさんには辻褄の合わないでっち上げた嘘の生い立ちを話すべきか。本当の自分は元はというと別の世界の人間だが、この異世界に転生した時に。俺はある
「なるほどな。君は遠方の冬国の生れだったのか。しばらくは学生として身をおいていたけど。ご両親が病気で床に伏せてしまってそれでお金が必要になってハンターにか……」
「それと自分。旅の道中で交通事故にあってしまいまして……。その時のショックが原因で記憶を無くしてしまったみたいなんです」
「それはお医者様から言われた事なのかい?」
ミステルさんの思っている内容と実際はそうじゃないけど事実に変わりはない。泡吹いて気絶しているジジィが乗ったプリウスミサイルでそのまま吹っ飛ばされて転生したんだし。考えられる所まで頭の中で煮詰めていくと、頭を強く打ち付けて死んでしまったのが原因なんだとしか思いようがない。
その時に転生して、もれなく後遺症も転生時の引き継ぎ事項として引き継がれてしまったのだと思う。神様ってとことん理不尽な事を与えるのがお好きなようだ……。ファ○ク。
そうしんみりと思いふけていると。ミステルさんが感涙の表情を少しみせて。
「君は立派な親孝行者だな。事故で記憶を無くしたのにもかかわらずその思いを果たそうと頑張っている。さすが私が見込んだだけのある男だ!」
「は……はい……ありがとうございます……」
お礼の言葉を述べつつ、俺の話が嘘だったと知られたらきっと、彼女は絶対に幻滅するだろうなぁ……。と思いつつジョッキを呷り、しばらくの間。俺はミステルさんと会話を弾ませていく。
「私の母上は元々王立の調査団に属するハンターだったんだ。父上は同じく王立の聖騎士で」
「身分違いの恋の末にミステルさんがここにいらっしゃるわけなんですね。憧れるな~」
「あぁ、そうだ。私は母上と父上を心から尊敬して愛している」
「すごいですね……」
俺の母は専業主婦で父は会社員だ。何を根拠に俺は比べようとしているんだ……。さらに。
「うん。それでね。元々は父の手ほどきを受けて聖騎士の道を歩もうとしていたんだけどね。結局いまはこうして大手のクランを束ねる副団長のハンターとして活動しているわけさふふっ」
「ミステルさんはどうしてハンターの道を選ばれたのですか? 王立の聖騎士になれば安定した生活が送れるのに」
「その道はいままで何度も考えたことはあるわ。たしかにハンターという職業は苦痛を伴う毎日を送る事がおおい。収入は安定しない。身体が資本。まぁ、これは聖騎士でも同じだろう。普通に安全地帯でのんびりとしながら生活できるのはとても素晴らしい事だ。だが、ハンターは違う」
と間を置いた後にミステルさんは。
「私がハンターになろうと思ったのはね。私の「おっ、ミステルじゃないか!」っていうわけだ……」
「えっ?」
唐突に別の声が割り込んできたのでうまく聞き取れなかった。その声の主はというと。
「タケツカミか。今までどこに行っていたんだ?」
「すまんな。急な案件をギルドから貰っちまってさ。ほら例のアレに関する準備クエストだ」
俺達が座る席の側。その右側に完全武装姿のタケツカミさんがミステルさんに対してにっこりと表情で話をしている。
タケツカミさんの肩にはスリングを通して袈裟懸けで掛けられたアサルトライフルがぶら下がっている。その銃は
「それは手間を掛けさせてしまった。本来ならばそのクエストはミドルクラスのハンターにやらせるべきだったのに」
「いや、いいさ。若い連中は他の仕事に追われてるからさ。いま動けるとすれば俺くらいだったからさ」
「とかいいつつ。その新しい銃の試し撃ちをしたかったのでしょ? 団長がいないクランがどう立ち回れるというのかしら? ちなみに今回の狩猟したモンスターは?」
「岩甲竜グランゴモラだぜ! いやー、さっすがだよこの銃はよ!」
「まて、それ以上の武勇伝は後で聞きたい。すまないが。ここにいる少年と一緒に食事をしている最中なんだ」
ミステルさんとの話に夢中になっていたタケツカミさんは、どうやら俺が側で座っていることに気づいていなかったようで。俺に気づくなりおっといった顔をしていきなり。
「……おいちょっとこい!」
「えっ、なんです……!?」
言われるがままに俺はタケツカミさんに腕で首を引っかけられたまま連行されてしまった。んで、ミステルさんと少し距離を置きながら背を向けてコソコソと話が始まり。
「なんであんちゃんがミステルと一緒にいるんだよ!? ナンパか!? それともデートか!? お前いつのまにあいつと……!」
「ちっ、ちちちちちちがいますぅっってぇ!」
俺は動揺しながらタケツカミさんに説明した。
「ほう……なるほど。それであんちゃんの昇格祝いにミステルがか……」
「えぇ、そうです」
「払えよ」
「えっ」
「美人の女に食事代を払わせるなよ?」
「わっ、わかっていますって!?」
「ちなみにここのダイナーの食事代はいくらか解ってるよな?」
「えっ、それは……」
じつを言うと全く知らない。なんかよさげで良いなと思ったのと。ミステルさんからここで食事にしようと誘われたのもあって……うん、値段をよく分からずにその場の勢いで注文してしまったのだ。
「はぁ……。そうだな。テーブルのディナーコースを見る限り。ざっと700ダラーだ」
「にゃぁっ、なにゃぁひゃくだりゃぁっ!?」
そんなに高いのここっ!?
「その様子を見る限り。昇格試験に浮かれて調子づいて羽目を外しすぎたみたいだな……。これじゃあ弱小クランの若い連中と変わらないな」
「うっ……!?」
目上の人に言われるとグッとくる物がある。
要するに、俺に対するタケツカミさんの評価が下がってしまったというわけかよっ!?
「あのな……。まだこれから始まったばかりの。それもグレゴールワイバーンを1体狩猟しただけの青二才がするような事じゃない。無駄遣いは良くないぞ」
「おっしゃる通りです……」
「まぁ、今日はいい勉強になっただろうし。ここはおっさんが助けてやろう」
「えっ?」
タケツカミさんはニカッと笑みを浮かべ、そのまま去って行ってしまった。
「…………」
「カリト君」
後ろから近付いてきたミステルさんに呼びかけられて振り向き。
「あっ、すみません……!」
「どうしたんだい。そんな青ざめた顔して。まさか……。タケツカミがなにか良くない事を言ってきたのかい……?」
ミステルさんの表情に心配の文字が浮かんでいる。俺はブンブンと首を振り。
「なっ、なんでもないです……!」
「……そうか」
「なにも悪い事は言われておりませんので……ははっ」
「ならそういうことにしておこう」
安心の表情を浮かべるミステルさんを見て、俺はホッと安堵のため息をついて席に戻った。で、
「あのミステルさん」
「ん、どうしたカリト君」
「タケツカミさんとはどういった関係なのですか……?」
「あぁ、彼は……」
ミステルさんが少し考える素振りを見せてきて。
「彼は私と同じクランの仲間だ」
「……ええ、そう話しが聞こえてきたので分ります」
「それと」
「はい……」
「彼は私の」
「わたしの……?」
「兄だ」
そう聞こえた瞬間。手に持っていたナイフとフォークを取り落としてしまった。
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