7.

 コネというコネを使い尽くして、私はとうとう「ある人物」とコンタクトを取ることに成功した。彼を呼び出す際、前金として五百万ベニスを支払った。その手紙を学歴院に届けると同時に、私は凄まじい達成感に襲われ、床に伏せった。医者を呼ぼうかとも思ったが、そのための金はすべて今しがた預けてきたばかりなのだった。

 朦朧とする意識の中で、妻を死においやった流行病を思った。その症状に酷似しているのだ。私は思わず笑ってしまった。絶望のためにではない。いま、この段階に至って、ようやく妻との思い出を、鮮明に思い出せるようになった自分自身に対してだ。情けない。どうしてもっと、あの大切な思い出に浸ることに、時間を費やしてやれなかったのか。今となっては総てが懐かしく、また妻の優しい微笑みが、こんなにも近い。そのことに、私は申し訳なさすらおぼえて涙を流した。


「ちょっと、なにを勝手に死のうとしているんですか?」


 幻聴が聴こえた。ここは私の屋敷だ。旧連絡橋からは三㎞も離れている。なら、彼女がこんなところにいるはずがない。走馬灯も、いよいよ佳境かと私は覚悟を決めた。


「最近、散歩に来ないと思ったら、陰でこそこそ色々やってくれたみたいですね。おじいちゃんのくせに、無理をするからそうなるんです」


 彼女のちいさな掌が、そっと私の額に触れた……ような気がした。もう何も感じないはずなのに、ほんのり暖かさを覚えた。


「本当は、無許可の魔法使用は学歴院の人たちに怒られちゃうんですけど……たまには奇跡が起こっちゃうこともありますよね?」


 そういって、彼女は微笑んだ。それはあの連絡橋で何度も目にした、優しい笑顔だった。どうしてそんな風に笑えるのか。私など、老いてただ死ぬ体である。なのに、どうして自分自身の苦痛を棚に上げて、そんな風に笑えるのか。その笑顔に生かされていると思うと、やはり私は涙を流してしまう。


「生きてればきっといいことありますから、もうちょっと頑張りましょう。神様はいじわるですから。きっと天寿を全うするちょっと前に、とってもいい出来事を用意してくれているんですよ。だからそれまで、もうちょっとだけ頑張ってみましょう。私も、おじいちゃんも」


 それを言い残して、彼女は私の額から手を離した。いつの間にか、体のだるさが消えていた。熱っぽさもどこかに消えていた。ふっと胸のつかえがとれ、息をするのが楽になる。


 なんだ、と私は思った。

 私が言いたいことは、全部彼女が言ってくれた。

 彼女には大切なことなど、最初から全部分かっているのだった。そう思うと、もうなにも思い残す事はなかった。 

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