6.

 人魔大戦、という史上最悪の戦争がかつて起こった。それは「魔法」による利便をよしとしない「人貫軍」と、魔法による豊かな世界を望んだ「天道学歴院」および「勇者連合」が全面激突した、世界最悪の大戦だ。王国は「人貫軍」側として、「魔法」の優位性を悟りながらも、「魔法」によって既得権益を害する貴族、王侯、そして何より一般市民のために戦わざるを得なかった。結果として「人としての意地」は、華々しく散った。当時なんの規制も受けず、制約も設けられず、条約においても縛られなかった「全盛期の魔法」という理不尽は、数多の命を蹂躙した。出兵した兵士の九割が死ぬか、行方不明になった。そういう戦争だった。それが無事に調停という着陸点に至ったのは、奇跡か、或いは「勇者連合」のもたらした慈悲という他にない。

 どういう経緯があったにせよ、多くの命が失われた。さらに魔法の台頭によって多くの失職者が生まれた。そこで、王国から共和国に変わった際に講じられた政策こそ「インフラ大規模改修」であったのだが――それはまた別の話だ。


 先の「人魔大戦」における明確な死者数は判明していない。おそらく、彼女が見送った愛しい人も、その不明確な内の一人ということだろう。

 あの戦争から、もう何年が経つだろう。既に三回、議会の選挙が行われているから――驚いた、もう十二年は経っている。


 彼女は十二年もの間。

 たった一人で、あの連絡橋で――


 「…………………」


 気が付けば、私は。黒電話を握りしめていた。そして、昔なんども回したあの番号を、無意識に辿っている。


「私だ。……そんなに不思議がることでもあるまい。なに、君の声が聞きたくなっただけさ。……そういうなよ。私だって、レムル・バロン家のご令嬢が、君のおぞましき性欲によってもたらされた失敗談に、眉をひそめるところなど見たくないのだ。……そうか、私の頼みを聞いてくれるか。いや、持つべきものは親友だな」


 余計なお世話だった。いい年をして、他人の過去に干渉するとは。大人げない。馬鹿げている。情けない。


 だが――。なんども考えた末に、そう決めたのだから仕方ない。

 あの忘れられた橋で茫然として過ごすのは、私のような老人にこそ相応しい。ちょうど、一人きりであの川の流れる音を聴きたいと思っていたところだ。

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