3.
旧連絡橋通りは、全長1.5㎞を誇る有数の散歩路である。私は毎朝その往復をしているから、三㎞もの距離を散歩していることになる。その間、彼女はなんの苦も浮かべずにただ私に付き従ってくる。大した集中力だ。これがオルカ橋を根城とするギルド所属のバリ屋なら、半分も持たず膝を突いていただろうに。「魔法」の才能だけでなく、「継続力」もこれだけ有するとなれば、稀有だ。こんな辺鄙なバリ屋どころではなく、天道学歴室所属の魔導士として、国家を支えるのも夢ではないだろう。
いちど、彼女にそう問うたことがある。「君ほどの才能を持つ者が、どうしてこんな場所のバリ屋に甘んじているのか」と。いま思えば、配慮にかけた質問だった。だが、彼女は嫌な顔ひとつ浮かべずに答えた。
「オルカ橋でバリ屋をするには、バリ屋ギルドに所属しなければなりませんから。ですが私、集団行動苦手なのです」
天真爛漫な笑顔に、思わず私も笑った。「大多数に迎合するだけが生き方ではない」などと、判った風なことも言った。それでも彼女は微笑んで、ひたすら私にバリヤを張っていた。
才能のない者に限って、自らの権利を主張しようとする。その権利を国家が容認しようとするとき、ギルドは自然な流れとしてに世間に生ずる。要するに組合だ。バリ屋にも組合があり、共和国唯一の国路であるオルカ橋を占領することで、その稼ぎを共有している。豊かな国ほど、才能の無い者に優しい。そのせいで、彼女のような実力者ほど肩身の狭い想いをすることになる。だが、彼女は気にした様子もなく、微笑みを浮かべながら言う。
「別に、お金がほしくてここにいるわけじゃありませんから」
ではなんのために? そう尋ねると、彼女は「あっ」と口元を、その小さな手でふさぎながら、ちいさく首を振るのだった。
「なんでもないんです。私はきっとただ単に、一人でいるのがすきなんですよ」
私は、その笑みが「嘘つき」の笑みであることを瞬時に見抜いて気分が悪くなった。別に、彼女の嘘を咎めようというのではない。ただ、嘘を吐いている人間の表情を瞬時に判別できる自分が、そういう能力を持たずには生きられなかった王侯貴族時代の自分が、たまらなく恥ずかしくなったのだった。
誰にでも、触れられたくない過去というものは存在する。
しかしながら――私という醜悪な老人は、彼女がどうして連絡橋を根城として活動しているのか、興味を示さずにはいられなかった。
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