今だけは…

俺を、迎えにきた車。

俺が車に近付くと、後ろのスライドドアが開く。

助手席ではなく、後部座席に座れ、という無言の合図。


その指示に従って、俺は無言で車に乗り込む。

お前は一瞬後ろを向いて、俺を見る。

目が合い、思わず笑うとお前はまた直ぐに前に向き直る。


俺達は、何時までこんな事を続けるつもりだろうか。

全てを投げ捨てる覚悟もないくせに、お前を手放す事も、出来ない。


お前は真っ直ぐ前を見て、車を走らせる。

バックミラーに写るその目元を、俺は見ている。


お前は、年を取ったと嘆くけど、それはお互い様なんたぜ?

ハリが無くなったとか、シワが増えたとか、髪に白いものが見えてきたとか、そんな事はどうでもいいんだ。

お前は、自分が綺麗になっていく事を、知らないのか?

逢う度に、年を重ねる毎に、綺麗になって、俺から離れさせなくさせるんだ。


俺達は、何処に向かって行くんだろうな。


許される訳はない。こんな事。

道徳だとか分かっていても道から逸れる、そこに言い訳なんか許されるはずもない。

美化する気もない。

ただ手放したくはないなんて、大人の我儘はタチが悪い。



赤信号で車が停まる。

バックミラー越しに目が合う。

笑ったお前は、今だけは、俺のものなのに。


俺のものなのは、今だけだ。




どうして俺達は、こうなった?





 

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